東京の片隅から
目次きのうあした


2004年10月04日(月) なんとなく疲労感

貧血っぽくて顔色が悪かったので、久しぶりにチークをはく。化粧の中でもチークが苦手で、うっかりするとおてもやんだし、冬場はいまだにリンゴちゃん状態なのであまり使わないのだが、こういうときは仕方ない。なるべくさりげなく、と思ったら、全然わからない状態になってしまった。変な感じになるよりはいいか。化粧してもしなくても何も言われない職場だが、顔色を悪く見せないくらいは礼儀かな、と思う。

こつこつデータベースを作り始める。古い書類を引っ張り出しても、そこには自分の字。いかに異動していないかがわかるというもの(笑)。何年も前の書類でも誤植を見つけると凹む。手書きの書類だと間違ってないのに、パソコン入力→打ち出しだと、どうしてもミスが見つかる。さすがに今は減ったが、それでもゼロというわけにはならない。一応それで給料貰ってるんだから、もっとしっかりしないと、と思う。


2004年10月03日(日) 雨だし

起きたら雨。サッカー見に行くのに雨か、といきなりテンションが下がる。
しかもマリノスふがいなさ過ぎ!!ダメダメを絵に描いたような展開。足止まってるし。90分寒さに耐えて見て最後にがっくり。相手レイソルだし。でもマリノス君(マスコットキャラクター)200試合出場セレモニーは面白かった。ホームだけ出て200試合だからね。がんばりました。
夜、そのまま横浜でライヴを見る。良かった。しかし空腹にビールを流し込んだため、帰りの電車内で何となく気持ち悪くなる。帰宅してからも遅い夕食(0時近くに食うなよ)が苦い感じ。とっとと寝る。


2004年10月02日(土) 秋晴れ

山登りですりむいた腕の傷口が治りかけていて、全身が痒い。

いろいろな生活用品のストックがなくなってきていて、着付け教室から帰宅後、あちこち買い物。小学校では運動会をやっているらしい。音楽と、歓声と、アナウンス。外から見るとノスタルジックな雰囲気に浸れるのだが、実際子供の頃は運動会と学芸会は天災でもあってなくならないかといつも思っていた。だけど、子供心に、それを楽しみにしている同級生もいるのも知っているし、人によって晴れ舞台は違うことは、納得していた気がする。


2004年10月01日(金) 復活

やっと通常モードに復帰。机の上は山盛りの書類。さらに10月1日とあって上半期まとめの提出書類もある。淡々と「できることからこつこつと」。とりあえず時間内にめどをつける。

ところで、「特急」とか言いながら、受付日とうちに来た日の間が一週間も空いているのはなぜだろうなぁ・・・。しかも内容の関連部署はうちじゃないし・・・。

中国が木炭の輸出を禁止したらしい。当たり前である。いくら日本と緯度が同じで材料があるからといって、野放図によその木を切りまくって自分のところの娯楽(外食も娯楽だと思う)に浪費するのは、普通に考えれば、おかしい。それよりも台風で山から流出した材木、あれをどうにかできないものか。流れてしまったものは仕方ないにしても、流れないように適正に管理してそれを有効活用する、それがあるべき姿なのではないかと思う。少し高くてもいいんだよ。外食できるくらい給料貰っているんだから。


2004年09月30日(木) 鳥取〜東京

朝起きたら晴れたり曇ったり降ったり。まぁなんとかなるだろうと空港へ。なんとか離陸して東京に帰ってきた。
東京に戻ってから上司に報告を入れ、帰宅。
東京は絶好の洗濯日和である。家のことを片づける。
終わりよければ全てよし、だったのかは今のところよくわからない。


2004年09月29日(水) 三朝温泉〜鳥取

朝から雨。台風が近づいている。
とりあえず鳥取まで移動したら雨がやんだので砂丘を見に行く。人が少なくて暑くなくて楽である。自分たちが写真を撮って散策して戻ってみたらどこかのバカップルが砂丘の斜面にハードマークとイニシアルを残していったらしく、かなり萎える。いまどきそんなことをするやつなんてまだいるんだ、と妙な感心をしつつ、トンボ持ってこーい、言いたくなる。あれでは砂丘の魅力は半減である。
博物館なぞ覗いて空港へ。いよいよ旅も終わりである。飛行機も何とか飛びそう。

と思ったら、手荷物検査も搭乗手続きも終わり、さあ乗機、というときになっていきなり暴風雨。飛行機には乗ったものの微妙に揺れる中シートベルトを留めて1時間、窓の外には後ろ向きに飛ぶ雀、結局欠航。
最後にこういうオチかい、と毒づきながら振り替え手続きをして市内へ戻り、バスの窓から見た市内は床下浸水してるし、そんな状況で犬の散歩している人はいるし、完全に非日常。閉店間際の観光案内所へ飛び込んで宿の世話をして貰う。とにかく見つかって良かった。
適当に近所の定食屋で夕食。周りの席は同じ状況のサラリーマンばかり(笑)。
宿に戻って早々に寝る。
山陰地方は雪が降るからアーケードがあるのは普通なんだけど、こういう状況で本当にアーケードってありがたいと思った。普段は薄暗いから嫌いなんだけど。


2004年09月28日(火) 三朝温泉(三仏寺投入堂)

朝、雨。寺行きのバスに乗る。乗る直前にバス乗り場近くのタイルで思いっきり滑って背中を濡らし、かなり凹む。見ていたまーさん曰く「受身は取れていた」そうなので10年前に合気道をやっていたことは無駄ではないらしい。
バスの中には同じ目的と思われる人が数人。トレッキングシューズでなかった我々は登山道入り口の兄ちゃんに「足元滑るよ、雨具ないと難しいよ」と言われつつも、雨がやんだ時を狙って登る。もともと修験道のルートだったから道が険しく、両手両足を使って登る感じ。(軍手必須)それでも1時間弱で投入堂参拝位置へ。こんな足場の悪いところを木材を担いで良く登ったものだと思う。変なもの見たさの野次馬根性で行っても実際目の当たりにすると登って良かったと思う。
登山中に出会ったおっちゃんと妙な連帯感が生まれ、帰りは温泉まで送って貰った。

共同浴場へ行ってみる。正真正銘のかけ流し、お湯の温度は45℃、壁の蛇口は水だけ。とにかく暑いのだが、気分がしゃっきりした。飲んでも体にいいということでコップ1杯ほど飲んだのだが、効き目がありすぎてトイレに通うことになったのは余談。


2004年09月27日(月) 隠岐(島前)〜境港〜米子〜三朝温泉

移動日。完全に二日酔いコースで、食事採れず。船酔い体質だから、とごまかして(酔いやすいのは事実だが)、朝ご飯をおにぎりに包んで貰う。
境港のコインランドリーで洗濯。海を見ながら洗濯物ができあがるのを待つ、と言えば聞こえはいいが、要するに二日酔いで動けずにポカリスエット片手にぼんやり座っているだけである。
そんな感じなので早めに宿に入る。風呂に行こうと思ったらちょうど老人会のじいちゃんばあちゃんが到着したところで風呂の入り口にスリッパがずらり。危険を察知して一時退却する。宴会が始まったのを確認してから貸し切り状態の風呂に入る。三朝の湯はラジウム温泉で体にいいらしい。人形峠近いからなぁ。


2004年09月26日(日) 隠岐(島後〜島前)

朝イチのフェリーで島前へ移動。いい天気でのんびりとした船旅である。
午前中は船による海岸線観光、午後は歩いて同じ場所を陸から見る。船から見る断崖絶壁は陸から歩いていくとかなりしんどい。しかも放牧地の中を通るため、足元がかなり危険なのである。おまけに登りコースをたどってしまい、終点で会ったタクシーの運ちゃんに呆れられる。
しかし、この断崖も昔は段々畑として耕作していたらしい。とても真似できない。凄すぎる。
夜、泊まった宿のおっちゃんと酒盛りが始まってしまい、つまみが増えたり焼酎を飲まされたりする。3人でほぼ1升開けたような・・・。


2004年09月25日(土) 玉造温泉〜米子〜境港〜隠岐(島後)

朝、出立。今日はほぼ移動日。雨である。秋雨前線が居座っているらしく、綺麗に晴れない。
玉造から米子までは山陰本線、そこから境線に乗り換えて境港へ入る。
境港で時間があったので街を散策。水木しげる氏の出身ということで最近の町おこしテーマは「ゲゲゲの鬼太郎」らしい。雨の中にもかかわらずかぶりものの鼠男と鬼太郎を発見。ご苦労様。
昼頃の高速船で隠岐に入る。高速船なら1時間。近いような遠いような。
観光はバスに乗る。道が悪く海沿いはあまり走れないのが残念。
今度は軽自動車を借りてゆっくり回ろうと思う。
素泊まりの宿だったので、港近くの漁協がやっているレストランへ。夜と言うこともあって最初から最後まで客は自分たち二人。しかし魚に外れはない。堪能する。

ところで、この日、鉄腕!Dashのソーラーカーが上陸していたらしい。まーさんがスタッフ車を見たという。ソーラーカーには険しいんじゃないかなぁ(笑)山がちだしアップダウンあるししかもこの日は曇り。放送が楽しみ。


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