東京の片隅から
目次きのうあした


2003年10月12日(日) 下り路で自転車爆走

折り畳み式で車輪が小さい上に椅子からハンドルまでの距離が私には長いので余計前傾姿勢、さらにはブレーキの利きが甘いという見た目のかっこよさと畳み方の良さを帳消しにするような自転車をYさんが持ってきた。
早速借りて自動車に積み、奥まで行ってから宿のテニスコートまで爆走する。
さすがに他人の自転車は怖い。小学生時代に止まれずに電信柱や植え込みに突っ込んだ記憶がよみがえる(苦笑)。
そういえば「月とキャベツ」にもこんなシーンあったなぁと思い出す現在(最近珍しい)山崎モード。
テニスコートに着いてからも夜の間に降った雨によりテニスは出来ず、結局バーベキューとアケビ取りに熱中して飲んだくれて終わる。宿に帰ってからも温泉の後の一杯〜夕食〜部屋飲みと延々と宴会は続き、終わったのは2時近く。
一日中飲んでるか寝てるか温泉か、それしかしていない。いいのか。果たして体重の行方は。


2003年10月11日(土) テニス?合宿

会社のテニス部(=釣り部=スキー部=野球部)の合宿という名の出張飲み会(温泉付き)に巻き込まれてまーさんと群馬まで出かける。
ところが、関越道も東北道も渋滞。下道をのんびり走る。
10月の連休、しかも天気も上々ということで、あちこちで稲刈り。一家総出で作業をしている。
ずっと向こうまで続く金色の穂波。あぁ豊かだなぁと思うと同時に、今年は特にほっとする。
渡良瀬川に沿って北上し、足尾を通過する。山はもうじき紅葉なのだが、一番奥の山だけ禿山。100年経ってもまだ草木も生えない。山が緑になるのはあと何年かかるのだろうか。
そのまま山を越えるともう日光である。相変わらずの渋滞だが、群馬側へ抜ける道は空いている。戦場ヶ原ではもう紅葉が始まっている。来週くらいがピークだろう。今年は特に早いような気がする。
宿に着いたのはすっかり暗くなってからだったのだが、こういう寄り道は楽しい。


2003年10月10日(金) 十五夜

会社のエレベーター前の窓がちょうど東に面していて、帰るときに月が見える。
じっとみていると、ぐんぐん上がっていく。
まるでつくりもののようだと思う。


2003年10月09日(木) 記憶

日記に書こうかどうしようかずっと迷っていたことがあって、本当は誰にも言わないでおこうと思った。
でも、やっぱり書こうと思う。

この前見ていたTVで、今年あるバンドを脱退した元メンバーの出身地(と私は聞いている)が映った。
彼がどのような理由でバンドを脱退したのかは明らかにされていないし、ということは明らかにしたくない・すべきでないということで、いい大人が判断したこと、こちらがただす筋合いのものではない。で、あえて考えないようにしていた。
でも、TVに映った風景を見て、あぁこういうところで育ったのかなぁ、今元気かなぁとふと思った。
元気だといいな、いつか自分がいたバンドのことを誰かに笑って話しているといいなと思う。


2003年10月08日(水) インパクト勝負

久しぶりに気に入った携帯が出てきたのだが、auであった。(私は今のところJフォン改めボーダフォンユーザー)
なんといってもデザインがあほくさいのが良い(笑)。携帯電話を使うのはオフの時だけなので、私は見た目重視である。
ドコモに変えようかと思っていたのだけど、ドコモの携帯電話は色がつまらないのだ。どのメーカーも判で押したように黒かシルバー、良くて紺、Pシリーズで赤が出ているくらい。サラリーマン向けとはいえ、スーツが地味なんだから小物に色が欲しいなぁという声はないのだろうか。
にしても端末そのものの料金って高い。新宿(代々木)にマンハッタンもどきみたいな悪趣味なビルを建てる金があったらもうちょっとなんとかしてほしいものだ。


2003年10月07日(火) リレキショ

落合が中日の監督に決まったそうだ。OBの中から選んだらしい。
落合って最初はロッテじゃん、という突っ込みは禁止なのだろうか。


2003年10月06日(月) またかい。

朝起きてTVをつけたらいきなり京浜東北線が止まっている。ということは東海道線も止まっている。まーさんが外勤で家を出るのが遅いことを幸い、ゴミ出しと食器洗いを頼んで普段よりも早めに出社。
案の定、東京駅は人が右往左往しているのだが、ちょうど東海道線が動き出したところらしく、振替乗車券の配布が終わっている。窓口で貰うのも面倒臭いのでそのまま東海道線で出社する。15分ほど待ったが、何とか始業時間直後には出社。うちの会社はタイムカード制ではないので、こういうときは助かる。
事故の原因は夜間工事か何かのショベルカーを始発電車が引っかけてしまったことらしかった。線路際にショベルカーのショベルとアームがばらばらに寄せてあった。負傷者はなかったようだが、この前の中央線の事故といい、どこか気がゆるんでいるんじゃなかろうか。


2003年10月05日(日) 東京流行生活

両国の江戸東京博物館で開催されている「東京流行生活展」を見に行く。明治以降の東京の社会の移り変わりを展示するもので、あえて言うならば考現学なのか。錦絵から始まって着物、洋服、自動車、電化製品まで。どこに反応するかでその人の年齢がわかるという非常に優れた(苦笑)展示である。
混んではいたが人出はまずまずで、書籍関係の展示が多くて熱心に見ようとすると流れが詰まってしまうのが難点。
ところで、この展覧会には銘仙が展示されている。「銘仙」というのは明治後期から昭和中期くらいまで生産されていた着物で、くず糸も使用したために生地に傷があり、だからこそ安く庶民の晴れ着として使用されたものである。柄が原色で、カーテンのような柄、よく言えば斬新、悪く言えばキッチュで、今わりと「リサイクルきもの」として一部でブームになっている。だからか、この日も着物姿の若い人が目に付いたのだが、自分で着たらしく、背中心(背中の真ん中の線)がずれている。普段着付けの先生に注意されていても自分では見えないのだが、こうやって他の人の着付けを見ると、あぁ先生が仰っていたのはこのことだったのか、と思う。背中に気を遣うって、洋服だとほとんどないだけに、なかなか難しい。

11月中旬まで行われているこの展覧会、世代が違ってもそれぞれに見所があって楽しい。親子3代で来ている家族もあった。こういうのいいなぁ。


2003年10月04日(土) なつかしい口癖

金木犀の香りもだいぶ薄れてきた。とは言っても近くによると香りが漂う。こちらが慣れただけかもしれない。この時期、こんなに金木犀の木があったんだと毎年再確認する。
高校の同窓会報が届いた。そこで知ったのだが、体育を習った先生が亡くなられたそうだ。私が習ったときにずいぶんお年を召していたのだが怖さは随一、厳しい先生だった。
彼女の授業前の口癖は「はい、耳輪首輪腕輪指輪外して!」だった。うちの学校は制服の規定がなく、従ってみんな思い思いの私服にアクセサリーもパーマも化粧もピアスもあり、今だったらカラーリングもありだろう。あまり極端な格好をしない限りは特におとがめなしという自由な校風なのだが、体育の授業ではさすがに外すように、ということで、この注意文句が出るのである。あぁまただよとみんなで笑いながらでも正直に外したりするあたり、結構素直だったかもしれない。結局、いくら私服とは言っても毎日学校に着ていくわけで、最初のうちはきちんとした格好をしていても最終的には着回せるオーソドックスな格好(=地味)になってしまうのがオチなのだが(苦笑)。


2003年10月03日(金) 新アイテム

会社のシステム構築の一環として、なぜか巨大スキャナとプロッタ(プリンタ)がうちの部に設置された。両方ともA0まで取り込み・印刷できるというもので、大変優れものなのだが、置く場所がなく、四苦八苦して場所を作った。
セットアップ業者から使い方の説明を聞いて、彼が帰った後しばらくいじってみる。確かに機能は素晴らしく、入社直後から比べると隔世の感である。しばらく遊びのネタができそう。でもなにをやろうか。

ところで、いい遊び道具が来たと思ったのは私だけではないらしく、現場の人がちょこちょこと顔を出す。普段あまり顔を出さないKさんが資料探しをかねて顔を出して、早速機材を見つけ、あれこれ訊いてくる。仕事中とは全く違う顔である。目が輝いているのだ(笑)。尻尾があったらブンブン振っている。プリンタでなくてプロッタだと聞いてちょっとがっかりした模様。何をする気だ(苦笑)。「あゆの等身大ポスターとかあるよ」と言ってたが、ハマサキ好きなんて知らなかった。意外だ。


はる |MAIL