東京の片隅から
目次きのうあした


2002年11月26日(火) 紅白

今年の紅白歌合戦についに中島みゆきが出るらしい。他からの中継になりそうだというのはスポーツ新聞の弁。そりゃそうだろう、歌を歌うのはかまわないだろうが、余興にかり出されるのはごめんである。紅白もあの余興がなかったらもっと面白いのだが、演歌歌手は余興でなんぼ、の商売だから仕方ないのか。さだまさしのようにトークショウ(歌つき)にしてしまったほうがいいかもしれない。個人的には元ちとせにも出て欲しかったのだが、余興をやらされるのは目に見えているから(奄美の伝統衣装で島歌とか歌わされそうだ)でない方が彼女のためかもしれない。


2002年11月25日(月) 責任者は誰だ

音楽を聴いていて、一番無責任なのはただのファンだと思った。
自分はどんどん成長していくくせに、アーティストには変わらないことを求める。自分と音楽がしっくり来なくなったのは自分のせいでもあるのに、それを棚に上げて「あのアーティストは変わってしまった」と責める。
それは恋愛に似ているかもしれない。


2002年11月24日(日) 3度あった

妹が行かれなくなってもらったザ・カスタネッツのインストア、24日と聞いていたので全く気にしていなかったのだが、23日の間違いで、行ってみたら天野月子がやっていた。がっかり。


2002年11月23日(土) 2度あることは・・・

昨日は全くついていなかった。
駅まで自転車で行ったら不法駐輪撤去作業中。しかたがないので駐輪場に入れて150円の支出。改札口まで行ったら定期入れを忘れていた。もともと定期区間外だから、とあきらめて清澄白河へ。佐賀町へ行くはずが途中で曲がり損ねたのが原因ですっかり道に迷った。やっとついたらデジカメにメモリが入っていない。途中の大型スーパーへ行くも、デジカメの特売をやっているのにメモリは売っていない。近くにも電器店はないという。悔しいのでそのまま家に帰って、自転車で出直した。地下鉄往復で420円の支出。

そして今日。
朝、釣りに行くまーさんを見送って、洗濯機を廻す。終わったので洗濯機を開けようとベランダに出たとたん、空が回った。この前まーさんと先輩がベランダでスキー板にワックスを掛けていて、そのせいで滑ったらしい。サッシの角に頭をぶつけて、大きなこぶが出来た。とりあえず無事なのだが、まだ頭と体のあちこちが痛い。

明日は何をしでかすか。


2002年11月22日(金) そういえばいつも曇り

江東区佐賀町の食糧会館を見に行く。とうとう取り壊されるそうで、最後の展示会「emortional site」をやっているのだ。建物全体を展示スペースにして、様々なアーティストの作品を展示している。てっきりとっくに取り壊されたのかと思っていたのだが、妹からのメールでまだ残っていたことを知った。

食糧会館、というか、元:佐賀エキジビット・スペースに行くのはなぜか冬の曇りの日であることが多かったような気がする。最初に言ったのがアンゼルム・キーファーだったことも、そんな曇天のイメージを増幅しているのだろう。

休みを取って見にいったのだが、さすがにビルそのものの人気もあり、人がたくさん。土日はすごいだろう。
現代美術好きの人、アマチュア写真家、古い建物好き、PVや映画撮影で知ったファン、もともとのテナント(やはりというか米穀関係が多い)関係者らしき人、近所の人などさまざま集まって「お別れ」にもかかわらずなんとなく楽しげな雰囲気が漂っている。建物が愛されていたことを感じる。
本当の最後には音楽家を呼んで「お別れ会」をやるらしい。


2002年11月21日(木) ボージョレー・ヌーボー解禁

会社帰りに実家近くの酒屋による。ワインに力を入れていて、店主がフランスまで行ってチェックするというかなりマニアな店だ。ボージョレーの品揃えも良く、新酒として飲むだけではもったいないようなものがそろっている。実際1年近く寝かせて飲んでも美味しかった。
7月に結婚した会社の人のお祝いをみんなで送ろうとしていて、計画が延び延びになってしまっていたので、とりあえずうちだけでも、とボージョレーを2本包んで発送して貰う。土曜日につくらしい。ちょうどいいだろう。
普段飲むものからすると決して安くない、というかむしろ高くついてしまうボージョレーなのだけど、イヴェント好きな私のこと、毎年つい買ってしまう。この時期に飲むのは1本だけで、しっかりしたボディのものを買って結局クリスマスやお正月に飲むことが多い。


2002年11月20日(水) 瞬間

料理のために、鍋で湯を沸かす。食材を切りながら、沸騰の瞬間を待つ。でも、気が付くといつも鍋は沸騰していて、沸騰のその瞬間を見られることは滅多にない。
今日は見た。まじまじと見てしまった。その瞬間を見たのが久しぶりだからだけではない。それがどういうものだったのかすっかり忘れてしまっている自分がいたからだ。そんな風に記憶の波はよせたりかえしたりして、憶えておくべきものは憶え、忘れるべきものは忘れてしまうのだろう。


2002年11月19日(火) 忘れ物

おでんを作ろうと思っておでんだね(ちゃんと魚屋で浜藤の練り物を奮発したのだ)を買って帰ったら大根を買って帰るのを忘れた。というわけで明日に延期。いま鍋の中では昆布が冷えている。


2002年11月18日(月) 浅井vs兵庫事件?

このところJAPANの掲示板でにぎやかなのが編集部兵庫がJUDE浅井(ex.ブランキー)の事務所に行ったらマネージャーと2人がかりで殴られた、というもの。くだらねぇなと思いつつ、自分なりにまとめてみる。
1.もともと浅井はJAPANに対して微妙な感情があった。
2.エゾロックフェスの言い出しっぺは元JAPAN編集長山崎+ミッシェルマネ+ブランキーマネである。JAPANが2年目以降手を引いたので2年目は動員ががた落ちし恨まれているらしい。
3.AJICOの時UAがインタビューで「ベンジーがこう言った」というのがどうも浅井本人の意向とはかなり異なっていたらしい。それが浅井→UAの時点で伝わらなかったのかUA→JAPANの時点で伝わらなかったのかは謎。
4.SHARBETSとJUDEのレビューを浅井は快く思わなかったらしい。
5.SSTVの生放送で浅井がJAPAN不買をブチ上げた。(これは私もたまたま見た)
6.こじれていたのでJAPANがインタビューを申し込んだが、インタビュー数日前に出たJAPANのレビューがまた気に入らなかったらしい。1人で取材に行った兵庫が浅いとマネージャーに殴られた。
以上。
どっちもどっちだなぁと思うのだが。
2に関しては「山崎」が言い出しっぺなのか「JAPAN」が言い出しっぺなのかでずいぶん変わるし、だいたいJAPANがついたからと油断していた主催者側にも落ち度がある。
3と4はインタビュアーの資質の問題。

でも結局他のアーティストのケースを見ていても思うんだけど、不満だったらその旨をきちんと編集部側に伝えなければいけないんじゃないか?たとえ文章にするのが苦手でも、きちんと伝えればブラフマン・トシロウの件(「ブラフマンを暴く」というコピーに対して抗議をし、その抗議とそれに対する再取材が次号に載った)のように後を引かずに収まったはずだ。
それにしてもマネージャーは何をやっていたんだろう。作品を作ったアーティストが取材や記事に不満を抱くのはある意味極まっとうなことで、でもそこから先はマネージャーの領域なんじゃないのか?たとえ個人事務所であったとしても、マネージャーはアーティストと一心同体であってはならないし、むしろ一歩引いていなければいけないと思う。浅井の評価を自分の評価と勘違いしていたとしか思えない。社会人として失格だ。
この前退社して話題になった吉本の名物役員が「大阪から転勤する前、芸人の人気を自分の人気と勘違いしていた」と言っていたが、私は浅井のマネージャーに彼の爪の垢でも煎じて飲め、と言いたい。


2002年11月17日(日) ファー付きコート

社販バーゲンでフォーマル用の黒のロングコートを買った。この冬はお葬式がありそうだし。アンゴラ混、ラビットファー付き。いや、ファーなんて付いてなくていいんだけど、そもそもコート自体があまりなくて、一番コストパフォーマンスが良さそうなのを買ったら付いていたというだけ。ちなみにカシミヤ混になるとファーがフォックスに出世するらしい(笑)。
コートがあまりなかったのは、このところ東京が急に寒くなって、店頭で売れ行きが好調らしいし、あとはそもそもコートそのものが今年の流行じゃないんだろうと思う。
それにしても今手持ちのコートは普段用の7年目くらいのアイボリーと、濃緑のフード付きコート。どう考えても28歳の格好ではなくて、普段の格好だって無印良品とユニクロが異様に多いので、タンスの中を見るたびにピーコに怒られそうだなぁといつも思う。


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