東京の片隅から
目次|きのう|あした
夜まで雨。そんな中でも名も知らぬ熱帯系の花だけは香る。ミクロネシアのホテルにあった石けんのような香り。石けんには「kasellelie」とアルファベットで書いてあった。それはハワイ語でいう「aloha」と同じような意味らしかった。「おはよう」も「こんにちは」も「さようなら」も「ありがとう」も全て含めた挨拶の言葉。普段照れくさくて言いにくい言葉も外国語ならばいいやすいような気がする。私も旅先では素直になるのかもしれない。
| 2002年09月16日(月) |
「なにがなんでもげんきでいなくっちゃ」 |
それは、私の大好きな絵本「あおいめのこねこ」の中の一節。 教科書でおなじみの「スイミー」とちょっと似ているのかな、周りと違うけど、そのまま生きる猫の話。 この本の持ち主である叔母によると、本を読んだあとしばらく小さい私の口癖だったらしい。 「なにもたべないよりもましでした」 「なにもたべないよりもましでした」 「なにもたべないほうがましでした」 そんな一節も。大人になって読み返したとき、思わずなみだが出た。
なんだか昨日の日記はただの愚痴だった。でもそういう気分だったのは事実。だから消さないで残しておこうと思う。(開き直りか?)
自分へのご褒美として、白いシャツ(無印良品のだけど)を買った。 できることから、一つずつ。
なんとなく髪型を変えたくなり本屋で雑誌を立ち読み。が、いまいちぴんとこない。結局普段どおりパーマをかけて終わりそうな予感。こちらに明確な希望がないと美容師側もやりづらいだろうし、かといって完全に「お任せ」にするには不安がある。 変わりたいけど変わる策のない自分がまだるっこしい。
眠い。 朝教習所に行って、帰ってきてご飯を食べて、休憩してから買い物をしようと思っていて、サッカーを見ながらごろんと横になって、・・・起きたら7時だった。 体調がイマイチだというのもあるんだけど。 しかもまだ眠いかもしれない(笑)。
| 2002年09月13日(金) |
注目の記事 <茶髪>教師が生徒の髪を黒く染め、1人が炎症 兵庫の中学校 |
兵庫県川西市の市立多田中学校で今月初め、教師が茶髪の生徒5人の髪の毛を市販の毛染め薬で黒く染めたところ、アレルギー体質の女子生徒1人の頭皮がただれ、全治1週間と診断されていたことが13日、分かった。学校側は生徒と保護者に謝罪し、今後、同様の指導の中止を決めた。(毎日新聞)
これ、なんか変じゃないか?自分で茶髪にしたときは大丈夫だったのか?(もともと地毛が茶色い場合は除く) そもそも、中学生で茶髪にすること自体がおかしい。今は小学生でも化粧やパーマ、カラーリングをする時代なのかもしれないけど、そもそも人に養って貰っている時点で見た目どうこう、というのは分不相応だと思う。「扶養家族と居候は紙一重」だ。清潔な格好をさせるのは親の義務だが、それ以上のおしゃれは自分が稼いだ金ですべきで、だからこそ楽しいんじゃないかと思う。 だいたい、年くったら塗らなきゃごまかせなくなるんだしさぁ(苦笑)。
どうもやばい感じがする。 このところ気分の落ち込みが激しくて、夜も寝られないし、物音に異常に過敏になっている。会社帰りに道を歩いていて枯れ葉の転がる音に飛び上がるなんて、どうにもおかしい。 もともと中学〜高校にかけて(今思うと)かなり精神的に追い込まれていたのだが、そのときの感じに近いかもしれない。 とりあえず、ビールを飲んでごまかす。 この気分はどうすれば抜け出せるというものでもなく、ただ波を待つしかない。もうじたばたする年齢じゃなし、気長に構えることとする。
スピッツのアルバム「三日月ロック」はまだ買っていない。聴いたら泣いてしまいそうだから。
あれから1年がたつ。 テロは善か悪かと言われるとそれは私にとっては絶対に悪なのだけど、だからといって報復攻撃をしていいか、といわれたら未だに迷う。 アメリカにとっての「正義」や「自由」はWASP(白人、アングロサクソン、プロテスタント)にとっての「正義」や「自由」であり、そうじゃない人にとっては必ずしもそうではないし、ましてや住んでいるところが違えば常識も違うのが当たり前で、去年のあの出来事は初めてアメリカがそのことを「知った」という意味では意味があるのかもしれない。 ミッションスクールに10年通ってキリスト教(プロテスタント)のいい面も悪い面も見せられてきた。疑問が多すぎて洗礼は受けなかったが、確実に自分の人格形成には大きな影響を及ぼしていると思う。
でも、結局、どんな宗教も言っていることは結局同じだと思うのだ。 ただ、お金がかかる宗教と因果応報ばかり脅す宗教は商売であって宗教じゃないと思っている。
まーさんが昨日外に出た帰りに歩いて有楽町から家まで帰ってきて(といってもたかだか1時間くらいなのだが)どうも気に入ったらしい。今日も東京駅で降りててくてくとお堀端を歩く。新しくなった丸ビルを横目に、それでも昔の丸ビルの方が天井の高いところとか、ファサードの細かい細工とか、テナントの扉が木製で店の名前が金文字で入ったガラスがはまっていたりするところとかが良かったなぁ」と思う。やはり昔もの好きらしい。ビルといっても一日中ビルの中にいればそれはある意味生活の場なわけで、あまりがんばった格好してお化粧も気にして歩くところじゃないと思う。そう思うのはビル慣れしているからだとは思うのだが。 そんなことをつらつら考えながら歩く。昨日は夕方だったのでスッポンや鯉がいたのだが、とまーさんが言うも、もう日が落ちた時間ではいきものの姿はお堀になく、ただジョギングする人だけが私たちを追い越してゆく。 帰りにスーパーマーケットに寄ってサンマと大根を買って帰った。
朝も会社近くの駅を出たところで雨に降られたが、帰りも自宅近くの駅を出たとたん向こうの空が思いっきり光る。こりゃたまらんとさくさく帰るも、無情にも途中で雨。路地裏を通って帰ると猫がわーわー言いながら三々五々散ってゆく。 家に帰ったら昨日の晩洗って干した洗濯物がまだ乾いていなかった。
昨日今日と奥多摩へ会社釣り部有志による鱒釣り。といっても管理釣り場で放流されるので「釣り遊び」と言った趣か。 なんせ最近新入社員を採っていない我が社、一番下っ端が30歳を挟んだ私とまーさんである。当然買い出しはうちの役目になり、朝早くから現地へ出かけてバーベキューや焼きそばの準備をする。 霧雨にもかかわらず大人子供あわせて20人以上集まった。
それはいいんだけど、昼過ぎに来てビール飲んでご機嫌でおしゃべりして人が作ったもの食べて、で、夕方になったら余った食材勝手に持って帰ってはいさようなら、という人がいるのが、図々しいよなぁという感じ。それでも男性陣は結構動くんだけど、一緒について来た奥さん方やら派遣さんやら全然動かないで肉欲しいときだけ箸と皿を持って汗だくのこちらの後ろをうろうろするのが危ないったらない。 結局女性陣で手を貸してくれたのは泊まり組の女性2人、職業は小学校の先生だけでした(苦笑)。有り難うございます。 泊まり組のおつまみ用の枝豆とか、電車で来た人が個人的に買った柚子や栗まで持って帰られてしまって宿に着いたらまた買い出しに行く羽目になった。
|