東京の片隅から
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| 2001年09月22日(土) |
THE JERRY LEE PHANTOMのこと。 |
THE JERRY LEE PHANTOMについて書こうとふと思った。 THE JERRY LEE PHANTOM(JLP)。今私の中ではかなり上位を占めるバンド。一番はスガシカオだけど(笑)。 JLPはCDとライヴの違いがもの凄い。全然別モノだ。それがいいか悪いかは見る方の好みで、ファンもCD派とライヴ派とに分かれる。 CDだとタイトでソリッドで完成度の高い音楽を効かせてくれるが、ライヴでは、演奏はめちゃくちゃだったりするけど、踊り出さずにいられない熱いライヴを見せてくれる。 どっちが好きかと言われても困る。 でも、本人たちはどっちが好きなんだろう。 ライヴの本数を見ると、ライヴが好きなのは判る。で、枚数が出ていないせいもあるけど、プロモーションが少ない。それがちょっと勿体無いなぁと思うこともある。ライヴにムラがあるから、テクニック的には申し分ないけど、ライヴだけで好きになってもらうには、まだちょっと厳しいところもあるのだ。 ちゃんと完成度の高い音源を持っていながら、ラジオなどで流れることはほとんどない。 ライヴハウスに行く人間が世間的にはごく限られた人である以上、口コミにも限度があるし、積極的に売り込んでプロモーションするしかないんじゃないかという気がする。ひさしがあまり喋りが達者でないのはラジオを聴いているとなんとなくわかるんだけど(苦笑)、まずは内野にファンを増やそうよ、とも思う。 それでも、ライヴのほうが好きなのだったら、CDの音をライヴへ近付けなければいけないと思うんだけど、それはJLPの音的に難しいかもしれない。
外野がどやどや言うのは勝手なんだけど、もっとみんなに知ってもらうには、どうしたらいいんだろう。つい考えてしまう。 今にして思うと「Hey!3」に「世界に告ぐ」で出たのはちょっと早かったかも。まだ「monstar」のほうが良かった?
JLPは一度で人を引き付けられるようなフックのあるわかりやすい音楽ではないと思う。私も最初は引っ掛かったものの、ライヴに行くまでにはならなかったし。でも、独特のフレーズがだんだん頭の中でループしだす。そしてライヴに行くようになって、いつの間にかモッシュに飛び込み、円陣に参加してしまうのだ(爆)。だって、一度でもJLPを観たことのある人は、結構音は忘れててもバンド名と雰囲気は覚えてくれているんだよ。意外な人から「○○の時に観たよ、覚えてるよ」とか聴いてこちらが吃驚する。だからこそ、みんなに伝わらないのが余計に惜しいのかなぁ。
1日残っていた最後の夏休みをとった。 クリーニング屋へ行って、銀行に行って、街をぶらぶら。 無印で帽子を買おうか迷ったのだが、やめた。でも我ながら無印好きだなぁ。 雨も降るので、夕方そうそうには家に戻った。
明日、明後日と私の街ではお祭りなので、どちらかは必ず雨になるだろう。なぜかいつもそう。台風が来たことも一度ならずある。氏神が水神なのかな。 だんだん神輿の担ぎ手も少なくなってきて、人数集めにはどこも苦労しているらしい。昔は平日にやっていたお祭りを土日にずらしたのもそのせいだろう。 地域の広さのわりに地区が別れていて、私の家の周りではほぼ1km四方の地域に6つ。全域でも2km四方くらいか? 実は新都心のビル群も、新宿駅も、アルタも同じ氏子なのであるが、あまり向こう側には関係ない。でも新宿駅の周りでちんちきやっていたら、それはうちのお祭りです。
小学生までは私も子供神輿を担いだりしたが、そんな子供の社会の中にもなんとなく親の事情が見えかくれする。子供同士は気にしていないのだが、親や祖父母が町内会で有力だったりすると、周りの大人が遠慮するのか、錫杖や拍子木など、比較的楽で目立つポジションにつきやすい。なんとなくそういうのも見えかくれしたりして。
家を出るにあたり、不要な食器を貰っていくこととした。 うちにはなぜか写真用の暗室(水道つき)がある。どうやら叔父の仕業らしい。今はすっかり納戸と化している。 貰いものは大抵そこに詰め込んであるので、発掘してみたら出るわ出るわ。なんじゃこりゃーというものまで。 叔母がまだ外貨持ち出し制限のあった頃に東ドイツから買ってきたマイセンの花瓶まで。おーい。埃にまみれさせていていいのか? 母が嫁入りの時に持ってきた夫婦茶碗&湯のみセットまで発掘され、もうわけがわからない。母も祖母も在庫処分するチャンスだと思っているのでどんどん掘り出してしまう。そんなに持っていけないってば。っていうより、まだ2人残ってるでしょう(笑)。
結局、足りないものはほとんどなかった。(気に入らなかったものは、ある) キューピーの大昔のノベルティのガラスボウルやウイスキーの皿、コカコーラのノベルティのコップも貰った。 面白かったのは昔の松坂屋の包装紙の箱に入っていたガラスコップ&皿のセット。薔薇の模様の描き方がいかにも60〜70年代前半風。なぜか更には中華どんぶりの縁に描いてあるような渦模様が。でも中は薔薇(笑)。シモキタあたりの雑貨屋で売っていそうである。フリマでもやるか? 祖母曰く、戦前に伊勢丹で買った塗椀がまだどこかにいくつか残っているはず、とのこと。物持ち良すぎ。
| 2001年09月19日(水) |
Q.特技はなんですか。 |
姉が就職先に提出する書類に「あなたが生かせると思う特技を書いて下さい」という欄があったらしい。ちなみに彼女の就職先は大学の専攻でもあった農業関係である。 「『生かせる』ってどういうことかな」と姉。 「英語ができるんだから(生活するには困らない)『英語』と書くとくと海外研修生のセミナーの時に呼ばれるとか」と私。 「そもそも人がみんな特技を持っているって思っているあたりが嫌だね」と妹。そりゃそうだ。就職の時に履歴書で一番苦労したのがここ。
日常生活に役立たない特技ならある(笑)。 学生時代は絵を描いていたので、例えマンガのイラストでも絵を見れば画材と紙がわかったりした。生物部だったから動植物の名前は比較的詳しいかもしれない。 でも、当時は周囲はみんな絵描きだったり生物部だったりしたので、特技とは思わなかった。それが特技かもしれないと思い始めたのは就職してからである。 アパレル会社に勤めた友人は素材と価格が頭の中に入っていてつい原価計算をしてしまう。 紙問屋に勤めた友人も本の表紙でどこの問屋が納入したのかが判る。 でも、それはその職業ならば当たり前のことで、いったん外に出てみないと特技ってわからないものだよなぁと思う。
なんとなくついていない日。朝から歯車が上手く回らないで、軋んでいる。だんだん自分の心も軋んでくる。
今日は健康診断だった。内科の医師が遅刻をかましたせいで、時間が遅れる。もうそろそろすいただろうと思って受付に行ってみたら、分室の社員&アルバイトが大挙してやってきたところで、嫌になって部屋へ帰ってしまったら、電話で呼び出された。ち。 私のいるフロアに会議室があって、そこが会場になっているので、人が廊下をうろうろする。それはしょうがないのだが、レントゲンは1階で撮るため、だらしない恰好でうろうろするのがどうにもみっともない。たまたまうちの部署でサーバーやプリンターのメンテナンスを呼んでいて、向こうは(仕事だからだけど)暑いのにきっちりネクタイ絞めてくるのに、こっちはTシャツやYシャツの裾をだらだら出している。案内するのがすごい恥ずかしかった。
なんとなくなにもかもが上手く行かない日。郵便仕事でヒスを起こしかけた。そんな自分にさらに落ち込む。 人生をリセットしたくはないが、[undo]はしてみたいと思うことは良くある。
家に帰ってとにかくジャンキーなものを食べたくなったのだが、あいにくと台所には何もなく、バターを使いまくったベーコンエッグを焼いた。フライドエッグになってしまった。カロリー計算するのも恐ろしいが、それで気がすむならいいのか。いや、よくない。
歌舞伎町、NYと、事件が立続けに起きている。 両方ともある種の「夢」の具現化に対する報復だ。 でもその「夢」は他の人にとっては「夢」ではないのだ。一見華やかであればあるほど届かない者にとっては無惨だ。 ぶっ壊したくなる場合もあるし、ざまあみろと思う気持ちもある。 歌舞伎町の場合、私にとっては近くにあり過ぎるために日常と化してしまっているのだが、「夢」に見える人もいるんだろう。
私の「夢」はなんだろう。
初めて埼玉高速鉄道に乗った。 南北線と乗り入れしていて、浦和美園まで続いている。その先も延長予定があるらしい。 浦和美園は以前一度近くを走ったことがあるが、東北道が脇を走る原っぱだった。里山が少し残っている。 その真ん中に駅がぽつんといきなり立っていて、向こう側にサッカースタジアムがある。来年のW杯では準決勝が行われる。周りはなんにもなかった。今はちょっと変わっているかもしれない。 南北線自体通勤時以外はあまり有効活用されているとは言いがたい路線だ。 四ッ谷や国会議事堂前(溜池山王)は通るが、繁華街を通るわけではないので、遊びや買い物には利用しづらいのだろう。日曜日の昼ごろに乗ったのだが、車内はガラガラだった。そのまま埼玉高速鉄道に乗り入れるが、ホームもがらがら。 鳩ヶ谷で降りたのだが、市の名前にもなっているからてっきり市役所のそばなのかと思っていたら、そばに警察署があるだけの、こちらも何もない場所だった。(コンビニとマクドナルドは、ある。) しかも料金が高い。初乗りが200円以上する。これでは住民も利用しないだろう。銀座や渋谷を通っていたらちょっと変わるのかもしれない。
意外だったのは、埼玉高速鉄道の部分も地下鉄だったこと。てっきり地上だと思っていた。
ところで、まーさんは髪の毛を切ったことにも、色を入れたことにも気付かなかった。
髪をいじりたくなって、美容院に行った。 近所なのでのんびりした気分で行かれる。それが気楽。女性2人でこじんまりとやっているし、店内の雰囲気もラテンアメリカというか南欧というか柔らかい雰囲気。砂っぽいカスタードクリーム色の塗壁、白木の床、家具も白木系にステインでペイント。美容院の内装にしては珍しいかもしれない。 美容院に行ったのは半年ぶりだった。しかしその時にかけたスパイラルパーマが今ちょうど「くせ毛風」なので、ボブにしてみようかと思ったがそのまま生かして10cmくらい切って、色を入れた。ちょっとオレンジを入れた焦茶。赤も好きなのだが、私にはオレンジ系のほうが向いていると思う、とのこと。そのままプロに任せる。出来上がりはちょうど目の色と同じ感じになったので、いいかもしれない。 しかし髪をいじるとその日一日鏡が気になる。色を入れたから余計に。 明日のまーさんの反応が楽しみだ。
そのまま靴のバーゲンを覗くが、いまいちピンとこない。ストッキングを履いている時にまた来よう。 化粧品を買い足した。深緑のマスカラを買ってみた。 サッカーを見に行ったら、ひいきのチームが負けた。あぁ。
天気が悪い。体がだるい。眠い。 アメリカの事件はずっと引っ掛かっている。音楽も聴く気がしなくて、まだ封を切らないまま。どんよりとした気分。
せっかく休みをもらえることだしどこかへ旅行しようかなと思いかけていたのだが、国外はまず今年一杯くらいは無理だろう。国内も(行きたいところは何ケ所かあるが)なんとなく行く気が失せてしまった。
今回の事件でふっと思い出した人がいる。 大学生の頃語学研修で行った北京。学食でたどたどしい中国語会話と筆談で会話した相手は、パレスチナ人だった。 「どこから来たの?」「ぽぁぇしぃてぃん」。 彼はこの事件をどう思ったのだろうか。
アメリカの連続テロのニュースは見るたびに新たな情報が伝わってくる。どうやら犯人が絞りこまれてきたようだ。 それにしてもガレキを片付けるだけで数カ月、死者は数千人に登るという。 ニュースを見るのはつらい。でも、新聞だけでも読むようにしている。 それにしても気になるのがこういう時に一斉に出てくる「外交評論家」「中東専門家」。そんなに簡単にひとくくりにできるほど大雑把なジャンルではないはずなのだが、それをくくってしまうのが、日本のイスラムに対する理解度のレベルなんだろうと思う。電話でインタビューに答えている分にはまだ冷静な人も多いが、スタジオにいる人の中には「晴れ舞台」に舞い上がってしまって浮かれているように見える人もいる。 でもキャスターもリポーターも同じだ。きちんと事実報道に徹している人、日本人の安否しか気にしていない人、勝手に自分の意見を付け加えて暴走する人、さまざまである。 一番腹が立ったのが、事故映像を編集して放送する時にBGMを入れた局。アクション映画と勘違いしていないか?ものすごく不快だった。 湾岸戦争、阪神大震災の経験はTVにはないらしい。 結局映像情報が欲しい時はNHKを見ている。
ミッションスクールに通ったし、大学ではイスラム史も履修した。専攻は中国。社会科の教員免許もとった。一応ベースフォーマットは真面目に勉強したつもりだけど、それでも自分に信仰心がないからなのか、対立軸がよく判らないところがある。 自分と違う考えの人がいる。自分の常識は他人の常識ではない。ただそれだけのことではないのか。 アメリカ合衆国は自分達が胸を張っていられるほど世界中から愛されているわけではないけれど、それでも一般人を巻き込むのは間違っている。 しかし日米両国の首脳が今この時期に両方とも非常に内向きなのは嫌な雰囲気。石原都知事も帰ってこなくていい。
この事件はただの報復では終わらないだろう。報復に成功すれば、アメリカ合衆国は一時的には勝者になるかもしれない。でもまた血は血を呼ぶのだ。日本も否応なく巻き込まれるだろう。その時どうあるべきなのか。
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