東京の片隅から
目次|きのう|あした
| 2001年06月04日(月) |
Q 夏の訪れは何で感じるか。 |
A1 帰宅して冷蔵庫を開けたら麦茶が入っていた時。 A2 冷蔵庫のおやつがプリンからゼリーに変わった時。
わけもなく(いや、わけはあるんだろうが・・・)湿疹が噴出したり、ささくれが化膿すると梅雨が近いんだなぁと思う。こういう化膿する系の怪我って、身体の表面よりも内側が痒いのだ。骨と肉の間にかゆみが走る。風邪で気管支炎になって胸の内側が痒いのと同じ。 と家族にいったら「そんなんわかるか」とあっさり切り返されてしまった。え?そうなの?誰でも持っている感覚じゃないの??
コンフェデレーションは青息吐息の0-0という感じか。これがブラジル?と目を覆わんばかりのツメの甘さに再三再四救われた。でもさすがにボールキープやフォローの良さはかなわない。日本は最後の5分集中力が切れなくなったのは良いこと。都築も頑張った。 それにしても実況のアナウンサー、中田と中山を間違えっぱなし。もうちょっと視力を鍛えなさい。競馬中継に弟子入りしたら?解説は風間さんに任せておけばいい。
| 2001年06月03日(日) |
「上野動物園再々々襲撃」 |
午後、「上野動物園再々々襲撃」(青年団)を見に行く。 三軒茶屋まで自転車で出かける。日曜日だからかスクーターの多さが目につく。ある意味車よりも危ない。 会場のシアタートラムは初めて。ロビーに当日券売り場があって、空席状況を見ながら座席を購入するのだが、なぜか演出の平田オリザ氏がうろうろしながらチケット係の手許を覗き込んでいる。落ち着かないなぁ(苦笑)。想像していたよりもずっと小柄で華奢に見えるが、口を開くと物凄いエネルギーが溢れ出てきそうな人。
「上野動物園・・・」は人生の夕方に差し掛かった人たちの話だと思う。ある小学校の卒業生たち、40前から50過ぎまで幅があるだろうか。地元に残ったもの、出ていったもの、ある一人の葬式を機に集まる。思い掛けない人が現れ、懐かしい話に花が咲き、隠し事や嘘も明らかになる。 ちょっとした登場人物すべてにもきちんと過去があり、会話の端々から察せられるが、すべてが明らかになることはない。 起承転結でいえば、「転」だけを抽出した感じだろうか。 観客は20代から上は40代くらいまで?男女も半々くらい。 この芝居は私にはまだ早いのかもしれない。 クラスのヒロインだった彼女が死んだ妹と会う。同級生の前では強く元気な昔の彼女のままでいるが、妹と向き合った時にふっと年相応の顔になってしまう。それまでが若々しかっただけに、ごっそり歳をとったような顔が印象的だった。
なんだか「同窓会に出られるのは幸せなものだけだ」という両親の言葉を思い出した。
豆腐が食べたい。そんな日だった。
いつものように昼まで寝て、午後からマッサージその他で新宿へ。相変わらず人だらけ。暑いのでアイスを食べながら歩いている人が多いのはいいとして、デパートの中に持ち込んでいる外国人親子連れがいたのはちょっと驚いた。話しているのが中国語だったんだけど、食べ歩きに関してはまだまだアジアでは鷹揚だ。しかし話している内容はどの国でも大差ない(苦笑)。今日はサンダルを購入。
タワーレコードで貯まったポイント+αでTHE JERRY LEE PHANTOMのアルバムを2枚購入。ライヴに通い詰めているものの未だにCDを1枚も持っていないので、そろそろ買わねば。
夜はコンフェデレーション杯を見る。きょうだい3人で大騒ぎ。それにしても上のも下のもよく今までのデータを覚えているなぁ。過去10年くらいのデータがすぐ出てくる。 カメルーンは速いしパワーがあるしいいチームだった。ひやりとする時が何度もあった。足の長さが違うから、あと靴1コ分、というところでも届く。それに勝つにはやっぱり運動量を増やすしかないんだろう。今日はそれがうまく噛み合ったと思う。それにしてもヤナギ、うかうかしていると鹿島どころかA代表でも居場所ないぞ? 実は決勝のチケットが当たったのだけど、くるりの野音と重なってしまって、人に譲った。だあぁ。
今週から3ヶ月毎日新聞を取ることになったらしい。 ひさしぶりの新聞2紙体制。それまで取っていたのが日本経済新聞だったので、一般紙のカラフルさと字の大きさにくらくらする。それにしても、字が大きくなって字数が減ったということは、その分内容が凝縮されているはずなのだが、そうも思えない。どこを端折っているんだろうなぁ。 新聞が増えて何が変わったかというと、折り込みチラシ。日経新聞だと伊勢丹しか入らないのだ。東武も京王も小田急も入る。充実。 逆にいうと、日経にも広告を入れるのが伊勢丹のすごさだろう。どこをターゲットにするか。
そういえば、バブルの頃は新聞本紙よりも分厚いくらい広告(主に土地)が入っていたものだが、一時期よりは増えたとはいえ、当時から比べると随分少ない。あの頃が異常だったんだろう。
なんとなく仕事にも身が入らず、かといって家にも帰りたくなく、会社を定時であがってぶらぶらした。結構こういう時は喫茶店にいったりするんだけど、今日はそういう気分ではない。結局、デパートの上の美術館で過ごした。 観たのはオディロン・ルドン。実際に見ると油彩よりもパステルの方が良かった。リトグラフもあったが、リトグラフの「黒」の表現に惹かれてしまうあたり、まだ復活は遠そうだ。 それにしてもプロとアマの違いを歴然と感じざるを得ない。どんな表現方法の人であっても、その一線ははっきりしている。わかっていたけど、久しぶりに目の当たりにしてちょっとブルー。 でも久しぶりに(数年ぶりに!)画材を出してみようかな、という気分になっている。特に油絵。
帰りに、コーヒーとフィルターと安いウイスキーとを買って帰った。あとで飲む。
| 2001年05月30日(水) |
「大人の女」byシカオちゃん |
この日記は「日常/生活」日記にしてあるんだけど、「悩み」日記にした方がいいかもしれない(苦笑)。それほど今回の不調は長い。
やっと「FRAU」のシカオちゃんと最相葉月氏との対談を読んだ。テーマは「大人の女」。 その中でおや?と思うところがあった。 「ありものでぱぱっと料理を作れる」「逆に子供だと思う瞬間は悩みが遠いところ。この歳になると親の介護とか老後とか考えるようになる」
え?ありもので料理って当たり前じゃなかったのか(爆)。あまり味見もしないで料理を作ってしまう(そして失敗する)私にとっては目からウロコ。
もう一つの驚き、親の介護や老後について。逆に言い換えると、途中までは意識していなかったということ。というか、子供時代から意識していた私が変なのか。 うちは、女きょうだい3人。それだけならば良くあるパターンだが、父方だけで、叔母2人(未婚)と叔父1人(バツイチ)がいる。母方で子供がいない人も一組。必然的に、両親と祖母も含めて面倒を誰がどうやってみるか、ということになる。「とりあえずお葬式代だけは溜めて遺言も書いておいてね」とは普段から冗談で言い合っているが、いざとなったら分担して乗り切るしかないんだろうなぁ。でも父親の面倒を見るのは私らしい。残りの2人はいまいちそりがあわず、小さい頃は「私が婿を取って継ぐ」とか言われていた。 まだみんな元気なので切実な問題というレベルではないが、自分の将来設計や超安定指向には大きな影響があると思う。 みんないつから意識するんだろう。
ところで雑誌でわざわざ「大人の女」の特集をやるということは、それだけ大人になりたくない人が多いのか、それともなりたい人が多いのか。今の服の流行とリンクしているような気もするが、「ワンクラス上の大人のお洒落」、「マナー」、「フェロモンを身につける」とか見出しで見ると、理想は不二子ちゃんなんだろうなぁ。
結局ぼんやり考え事をしていて夜更かしし、今日は一日眠かった。 紅茶やコーヒーを入れたり、布巾を漂白したりしながら眠気を避ける。
会社帰りに昨日傷をつけてしまった靴を修理に出しに行く。リペアでは「直せるが、薄い色なので傷はハッキリ残る」と言われ、結局靴売り場でメーカー戻しで直してもらうことにした。一月以上かかるという。いくらかかるんだろう。 黒のサンダルが欲しくていくつか試し履きしてみたが、決定打がなく、見送り。
クジャクサボテンの花が咲き始めた。梅雨が近いんだなぁと思う。
| 2001年05月28日(月) |
ちょっと考えた→考え過ぎた |
ぼんやり考え事をしながら歩いていたら溝にヒールを突っ込んで思いっきりかかとに傷がついた(T_T)。まだ今年買ったものなので、明日リペアコーナーに持っていって、ダメなら修理に出そう。 とほほ。
自分の言葉がキツいのは重々承知だが、難しいなぁ。ネットに書き込む時は一度回線を切って考えてから書くようにはしているのだが、それでもまだキツいのかもしれない。 逆に、私は話し言葉だけで書き込むのにはちょっと違和感がある。きちんと「です・ます」「だ・である」で、とまでは言わないが、感情そのままを書き込むのはやはり何か違う。自分の感情を濾過して言葉を打ち込んでいくので、どうしても感情は薄まってしまうかもしれない。善し悪しだ。 ネットでは「行間を読む」と言うのは通用しない。読んでくれる人もいるが、書いたことそのままか、それ以下しか伝わらない。不思議だが、それが電子媒体の特性なのかもしれない。
銀座へ映画を見に行った。 久しぶりに銀座へ行ったら随分変わっていた。 いろいろと綺麗になったんだけど、以前の古い銀座の方が好きだった。単にブランドに興味がないからだけかもしれない。マヌカンのお姉さんが化粧ばっちりで怖いだけか? 今日の銀座は雨のせいで歩行者天国がない。おかげで歩道はかなりの混雑。しかもなぜか子供が多かったような気がする。子供は縦横無尽に走り回るのでなかなかデンジャラスだ。子供は脳内麻薬が出まくっているに違いないって言っていたのは大槻ケンヂだっけ? 今度晴れたら自転車で来よう。
銀座はお洒落して行くことはなぜかあまりない。Tシャツ&ジーンズが多い。お洒落な街かもしれないが、意外と気安い感じもする。 少なくとも表参道や代官山や渋谷よりは好きだ。
デパ地下を少し覗いて、でも何も買わずに帰った。
午後、下北沢へ行く。晴れたので自転車に乗っていく。 しかし体力が落ちた。もうちょっと何とかしなくては。
玉川上水沿いを走る。いい自転車が欲しいのだが、右側からしか自転車に乗れない(全く不可能なわけではないが・・・)私は、スタンドが両足のあるものでないと不便だ。結局ママチャリになるんだろう。荷物も入るし。 上水沿いを走っていて思うのは、区によって上水の位置付けが違うこと。 玉川上水は多摩川の上流、羽村市から新宿まで流れている。 渋谷区は埋め立てて暗渠にして上を公園にし、世田谷区はそのまませせらぎを見せる。三鷹や武蔵野のほうも見せる方式。 どちらがいいかというのは難しい。見せる方式だと植生の手入れにも費用がかかるし、蚊も沸くだろう。痴漢も出る。それを地域住民が受け入れられるか。そういう意味で、世田谷区は余裕があるのだと思う。 個人的には、やはり水面が見えていた方が好きだ。
帰宅してから今日からチケットが発売されるライヴがあるということに気付いた。あわててぴあに行ったら来週からだという。ところが、ライヴハウスに電話したら今日かららしい。(普段は発売が同時なのだが) また自転車に乗って今度は渋谷へ。無事入手。
さすがに疲れた。
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