東京の片隅から
目次|きのう|あした
晴れていて、風も適当にある。サイクリング日和だ。
最近、筋トレをした方がいいかな、という感じになってきたので、一番手軽な方法としてサイクリングを選んだ。利き目があるかどうかはわからないが、気分転換にはなる。
日比谷まで自転車で行くことにした。皇居の土手には、菜の花、ハナダイコン、カラスノエンドウ。思わずよそ見をしそうになる。 ちょっと足を伸ばして銀座まで出て、「ROCKIN'ON JAPAN」と「BREATH」を購入し、コンビニでビールとおつまみを調達。
ライヴは楽しかった。ビールもうまかった。
ところで、新宿から日比谷は緩い下りなのだが、帰りはその逆で上り坂になる。記憶にある急坂は避けて帰る。 明日筋肉痛にならなければいいが(笑)。
探し物があってお茶の水へ行った。見つからなかったのでそのまま九段下〜半蔵門〜市ヶ谷へ。 九段下でごついニイちゃんの集団にあって何ごとかと思ったら、武道館でプロレスをやるらしい。なるほど。
皇居のお堀は菜の花とハナダイコンと八重桜が満開。
歩き過ぎたのか、足が痛くなった。あまり歩いたという自覚はないのだが・・・。コンバースのスニーカーは、距離を歩くのには向かない。これでは足をいためてしまうので、もうちょっと底の厚いスニーカーを買った方がいいかもしれない。
新宿東口でぶらぶらするが、今日はどうも新歓コンパが多いらしい。学生で一杯だ。早々に西口へ脱出。
| 2001年04月13日(金) |
教科書で教えてくれないこと |
教科書が易しくなるのだという。これ以上易しくなってどうするんだ。 基礎学力(教養)あってこその「ゆとり」だと思うんだが・・・。 頭は鍛えないと退化するだけだと学校を出てから思う。 一番勉強したのは小学校時代だったと思うが、その頃に覚えたことは結構今でも覚えている。
高校はミッションスクールだった。教師もわりと「左」寄りの人が多くて、ミッションスクールというのも相まって、さきの戦争については普通の高校よりも詳しくやったと思う。 なんせ2年生の1年間、週1の歴史の時間は(30時間以上ある)大日本帝国憲法発布から敗戦までだけをやるのだ。教科書はほとんど使わない。毎回10枚ほどのテキストを配付された。
歴史の教科書が問題になっているが、どう解釈するにせよ、まずは知ること。 それを教えるには今の教科書は余りにも薄っぺらい。 マスコミは「何が起こったか」は報道しても、「なぜ起こったのか」と「何が論点なのか」はなかなか報道しない。自分で考えていかないと、本当のことを見失いそうだ。
教科書を薄くせざるを得ない理由もわかるんだけど。 教職なぞとっていたので、教育実習もした。母校はミッションスクールで、中学受験をする家の子供はわりと躾にうるさい家も多いのだけど、それでも授業の準備と同じくらいの比率で生徒指導に時間を割かざるを得ない。小学校ではなおさらだろう。「授業よりも教職員同士、父兄の対応のほうがやっかいだ」と言われたが、さもありなん。 時間中私語をしないで机に座っていること、勉強はしんどいけどやらなければならないものだということ、そういうことから教えなければならない今の教師はきつい。友達でやはり教師をしているのがいるが、飲み会の時はやっぱり愚痴大会だもんなぁ(苦笑)。 でも、やる気のない教師はどんどんクビにしてどんどん外の血を入れればいい。塾教師でも、教職浪人でも、なりたくてなれない優秀な人は沢山いる。
蒸し暑い。湿度が苦手で無類の汗かきな私にとっては厳しい。 うちの部所は特にパソコン10台、コピー機、プリンターフル可動、冷蔵庫、南向きの大きい窓、と温度が上がる条件が揃っている。 これでもパソコンが液晶画面になったから放熱は減っているはずなんだけど・・・。 早々と衣替えで半袖になってしまった(笑)。 いまからこんなに暑かったら夏本番はどうなるんだろう。案外寒かったりして(笑)。
2年休職していた後輩が戻ってきた。 もともと他の事業所にいたが、欠勤続きでうちの部所に来て、結局ココロの病で休職。そのままフェードアウトするんじゃないかとみんな思っていたのだが、復帰した。 ココロの病は一生モノなので気長につきあわないとね、と会社にいる経験者は言う。彼は一応治ってから何年も経つのだが、それでも月1のカウンセリングを続けている。 どうも私の周りには高校時代からココロの病になる友達が多いんだが・・・類は友を呼ぶのか?10代は結構壊れていた私はそう思う。
人間は機械みたいに「ここが壊れたから部品を取り替えてメンテナンス」とはいかない。出来が悪いカラダでもココロでも、なんとか折り合いをつけてやっていかなきゃいけない。時々しんどいけど。
時々思い出す絵本の言葉。小さい頃、気に入って、いつも口癖のように言っていたらしい。 「なにがなくともげんきでいなくっちゃ」 私は疲れている子供だったのか(笑)。
一日中たまの「さよなら人類」が頭の中で回っている。この前イヴェントで本人の声で聴いてしまったのが原因だと思うのだが、それにしても回り過ぎ。 でもたまの歌詞の世界は結構好きだったのだ。ケンジよりもタルホ的だと思う。
「翼をなくしたぺがさすが 月に梯子を架けてゐる」
なんだかトモフスキ−(カステラ時代は知らない)にも同じ匂いを感じる。 両方とも夜中に散歩していそうだ。街角で星を拾ったりしていないだろうか。
常務が「中村さんはこの部所で物足りなくないのかなぁ」と言いながら部屋を出ていったそうだ。やばい(笑) 私は入社以来、異動はない。いいかげん6年目に入っているので、かなり余裕だ。それに、部内に女性はひとりなので、マイペースで気楽。 基本的に女性はあまり異動はないのだが、最初から現場に配属された私は、長く勤めそうだと踏まれているらしい。 それに今年は6月か7月に再編成があるらしく、かなり動きがありそう。
異動してもいいんだけど、忙しいかどうかよりも、人間関係が良いところのほうがいいなぁ。今の部所は雰囲気がいいので、忙しい時も仕事ができるんだけど・・・。結局仕事が面白くなるかどうかって、人間関係だと思う。 今日もなんだか会議をやっていた。再編成についてだろう。どうせ私らの人事なんか飲み屋で決まるんだけどね。会社なんてそんなもの。
青山に劇を見に行った。遊◎機械/全自動シアター「食卓(テーブル)の木の下で」。 戯曲を書いた高泉さんはずっと「家族」「喪失と再生」を描き続けている。正直言って、私には観ていてもまだまだわからないところが多い。ある日ふとわかる時が来るのかもしれない。 何年か前はキャラメルボックスとかも観ていたけど、最近は遊◎機械しか観なくなってきている。 毎回思うんだけど、遊◎機械はステージの作り方が好きだ。最近は青山円形劇場や、世田谷パブリックシアター等比較的円形の劇場でやっているからかもしれないが、客席と舞台とが近く、サイドの席から観ても楽しめる。面白い。
そのあと街をぶらぶらしてから三軒茶屋へライヴを観に行った。三軒茶屋は街が賑やかだ。商店街が賑やかで元気が良くて、ほっとする。結局商店街で育った私は、大形店舗の1ケ所で買い物がすむ便利さはどうも気持ち悪いところがある。 賑やかさと言う点では、下北沢も賑やかなんだけど、遊びには便利だけど生活するにはちょっと不便かなぁと思う。
ところで三軒茶屋で屋内釣り堀を観たんだけど、結構人が入っているので驚いた。隠居所じゃなかったのね。金魚も売っていたけど、シカオちゃんみたいに「買ってよー」という声は聞こえてこなかった(笑)。
箱根に行ってきた。 風呂好き(温泉好き)のまーさんが箱根に出来た温泉テーマパークに行きたくなったらしい。 いろいろな温泉があったんだけど、温泉というよりも、温水プールみたいだった。水着着用だからかもしれない。なぜか水泳帽&ゴーグル着用の人もいたりして・・・。泳ぐのか!? 風呂に入って、昼寝して、御飯。久しぶりにまったりした。
そこで初めて足裏マッサージをしたんだけど、余りにも痛い場所があったので何のツボだか聞いたら、「胃腸」と「キモチ」だそうだ。「キモチ」って?心臓のこと?(別に悪くないが) 思ったよりも痛くなくて、ちょっと拍子抜け。テレビではみんなのたうちまわっているからもっと痛いものかと思っていた。 それにしても温泉は怪我の多い自分には傷口にしみる。湯舟に入っていてビリビリする。だから効くのか。
| 2001年04月06日(金) |
myself on the mirror |
今日は委託業務の決算確定検査。資料が見つからなくてバタバタしたり、突っ込まれたりしたものの、何とか無事終了。ほっとする。
帰りにデパートで靴を見る。 いろいろ試着(?)していたのだけど、ふっと鏡の中の自分を観たら、足が太くて靴が似合わなくて何だか哀しくなってしまって、結局買わずに帰ってきた。 足が太いわりにサイズが小さく、おまけに幅広甲高なので、サイズがないのと、華奢な靴が似合わないのだ。とほほ。 ところで、今春夏の靴は、サンダル、ヒール高め、バックストラップ、華奢、カラフル。どれも私が苦手な要素ばかり。駅まで20分弱シャカリキに歩く身としては厳しい。いっそスニーカーで通勤するか(笑)。
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