2001年07月29日(日) 愚かな自分。

私は何をしているのでしょうね。
外に出るとそれが当たり前かのように人と話し、笑い、行動する。
家に帰ってきた瞬間、誰とも口をきかず、部屋に篭もり、膝を抱えている。
私はいったい何なのでしょう。
私のココロは何処にあるのでしょう。

今は人に迷惑をかけ、頼っているだけ。
人は誰しも誰かに迷惑をかけている。
迷惑をかけ、頼っているだけだと思うならば、いつか返せるようになったら返せばいいと他人は言う。
だがその時はいつ来る?
私はその時まで生きているのか。
生きていなければならないのか。
私に何かが出来るというのか。
否、何も出来はしない。


1人、仲間を見つけました。
思わぬところに、話せる人がいました。
まだ、全てを語ることは出来ないけれど、それでも他の人には言えないことが言える。
同じ事を考えている人が居る。
同じ想いを抱いている人が居る。
その人は、ネット上ではなく、確かに目の前に存在する。
其の事は、少なからず、私にとって救いとなりました。

出会えた事に感謝を。

けれどその人ともいつかは別れる時が来る。
見送る側に立つか。
見送られる側に立つか。
見送る側に立つ時私は・・・静かに送り出しましょう。
決して引止めはしない。
引き止める権利も無いし、何よりその後の責任が取れない。
感情だけで相手を振り回すのは、二度としたくないから。

どうか、あの人が楽で在れますように。


訴訟の件ですが、一応回避する方向で動いてはいます。
さて、どうなりますかね?



2001年07月28日(土) 終。

訴訟を起こされる事になりました。
まだ完全決定事項ではありませんが。



2001年07月26日(木) 乞う。

どんなに辛くても
どんなに苦しくても
どんなに逃げたくても
それを享受するしかない

何がいけないのかなんて分かってる
どうすればいいのかなんて分かってる
なのにそれをどうしようともしていない

人はそれを怠けているだけだと言う
人はそれを逃げているだけだと言う

その通りだね
解かってるよ
泣く資格なんかないけれど
それでも泣きたい時がある

誰にも見えない所でなら
泣いてもいいよね

誰かが居る時は普通に振舞うから

だから・・・

今は ただ泣きたいんです



2001年07月25日(水) 腐臭漂わし。

濁った水はまた飲めるようになるけれど
一度腐ったものは、二度と食べられない
そこにあるのは処分だけ。



2001年07月24日(火) あはは(壊

開き直ったというかなんというか・・・
もぅいいです。
逃走逃走♪
逃げるってステキだわ(*´ー`)フッ
でもやっぱ考えると胃が痛いけどネ!
相変わらず鬱々だけどネ!
でももういいんですよ。
ダメなんです。
そんな感じ?



2001年07月20日(金) 滅。

今の分が終わったら、消えようか。
何処とも知れぬところへ。

今はそれ以外、考えられない。

本当にやらなければいけない事は、全く終わってはいないけれど。

今はそれ以外は・・・。



2001年07月13日(金) また・・・か。

また消えてた
気づくの遅くてごめんね

お疲れ様


あといくつ残っているだろう



2001年07月12日(木) 『モノ』でしか在りえず。

愚かで
何も出来ない
意味の無い『モノ』

居てよいのか
在ってよいのか

それは許されるのか

決して賢者では在りえず
決して愚者では在りえず
『モノ』でしか在りえず

そして『モノ』はいつか壊れるもの
それがこの世の理



2001年07月11日(水) 最後の砦。

『ワタシ』の存在が許される場所が なくなってきた



2001年07月10日(火) 笑顔=異質。

ん〜・・・はい。のあです。
ってなんだそれ・・・(-_-;)

今日はぁ・・・なんかあったかなぁ・・・?
なんもなかったと思います。
あ、1個挫折というかまたもやなんだけど、ボケかましましたね。
お馬鹿で申し訳ないです。
まぁ誰に謝るものでもないですけどね。

今日も起きてぼけら〜っと焚き火をしました。
やっぱ暑いです(´д`)y-~~~
でもやるけどね。
えっちらおっちら健気に燃やしてるってのに、ま〜だあるですよ。
大きくなってからの写真はほとんど無いんですけど、小さい頃の写真は大量にあるんですよね。。。
私昔は写真好きだったんですよ。
何も考えていない笑顔でレンズに笑いかけています。
何が楽しかったんでしょう。
今はカメラを向けられたって笑う事なんか出来ない。
人に対してなんか尚更です。
とりあえず笑顔らしきものを貼り付けているだけ。

昔の写真は見たくないですね。
笑っている自分が居るから。
そこに写っているのは確かに私なのに、異質なもののように感じられてならないのです。
『彼方は誰?』
問うても誰も答えてはくれない。

このまま何処かへ行こうか。
何も持たず、ふらっと歩き出して。
辿り着いた所が私の死に場所。
野垂れ死にもいいかもね。
お腹が空いたらそこらのゴミでもあさっとく?

そうだ。
明日にでも海を目指して歩き出してみようか。
電車を乗り継いで3時間ほどかかる距離。
歩いたらどれくらいかかるんだろうね・・・。



2001年07月09日(月) 堕落。

沈んでます。
ずぶずぶと・・・。
それに追い討ちをかけるかのごとく、状況がテンパってます。
精神状態よりも先に状況がきちゃってますね。
で、思いました。
やっぱ状況も精神状態も同じにしないとフェアじゃないよねぇ?(愚
というわけでまずは絶食記録挑戦でもしてみます。
体も合わせてあげないと、可哀想でしょ?
精神状態は今下降の一途を辿ってますので、ほっといてもすぐに追いつくでしょう。

限界までもう一息・・・?

自分が何をしたいのか分かりません。
食事をしたいのでしょうか。
睡眠をとりたいのでしょうか。
煙草を吸いたいのでしょうか。
出かけたいのでしょうか。
生きたいのでしょうか。
死にたいのでしょうか。

私はこんな事をしている場合ではない。
そんな立場ではない。
そんな事ばかりが頭の中を駆け巡り・・・。


とりあえず、手紙の処分は全て済みました。
写真は始めは地道に鋏や手でちぎったりしていたのですが、かなりだるくなっていたので、灰皿を用いて部屋の中で焚き火をしてみました。
あまり火が大きくなると困るので、ちびちびと燃やしていたのですが、それでもそこそこ火はあがるものですねぇ。
部屋の中黙々と写真を燃やし続ける女独り・・・。
怪しい・・・(-_-;)
煙ももくもくあがるし。
誰も部屋を覗かなくて、良かったです。
かなり妙な匂いが充満していたはずですからw
ていうか、夏の暑い中やるのは間違ってます。
更に暑くなっただけだし。。
でも気にもならないので、やり続けましたけどね。
それでもまだあるのよね〜。
はぁ。だる〜。
でも残しておくのは嫌だから。

問題はアルバムかな。
あれを燃やすのはちょっと至難の業です。
どぉしよっかな。。

まぁとりあえずそんな感じです。
で、今外界との接触を絶っています。
ネット上には出没しておりますが、リアルでの接触はとりたくない心境なもので。
そういうわけで、リアルの私を御存知の方々は、御理解頂けることをお願い致します。
生きてはいますので、御心配なく。



2001年07月05日(木) 日本語だろ?

月食だそうですねぇ。
私は見てませんけど。
視力悪いもので・・・。
てか曇ってるし〜。

『引き篭もり』って単語は、特に珍しい日本語でもないと思うんですけどね。
世の皆様の反応は芳しくないですねぇ。
たとえば久しぶりの昔の友人に会うと致しますね。
するとそれを言わなければならないと法律で決まっているかのごとく
「今何やってるの?」
とくるわけですよ。

「引き篭もってるよ〜」
と答えると
「なにそれ?」
となるわけですね。
日本語的に考えても、引き篭もりって普通に通用すると思うんですけどね。
分からないものなんですねぇ。
そこからいちいちこれはこういう意味や状態の事でね。
などと説明するのはまさに自分であほらしく・・・。
看護婦をやっている友人でさえわからなかったですからね。

てかね、いちいち聞くなよ!
って感じですね。
私が今何をやってるか、それが他人に何か関係ありますか?
それとも人と比べて私はちゃんとやっているぞとでも優越感を感じたいんですかね。
まぁこれはひねくれた見解ですが。
でもいつもこれを聞かれるたびに思います。
あんたに関係ねぇだろ!!
なんてね。
言いませんけどね。

最近は落ちてはいない・・・のかな。
微妙な波はありますが。
ただちょっと夏バテっぽい感じで食傷気味かもですけど。

今日は久しぶりにちょっと落ちてましたけどね。
情けなくてね。

そおいや今日起きたら(夜)なんか顔に切り傷が・・・。
本かなんかで切ったか?
全く覚えなっしん(´д`)y-~~~




小学校二年の女の子の遺書
『ママ パパへ
わたしは いきていてもいみのない人げんです。わたしがいきていても みんながこまるだけです。
ママパパ長いあいだおせわになりました。なにもいわず わたしをしなせてください。わたしはじごくで みんなのことをみまもっています』
『なぜ生きる』より抜粋



2001年07月04日(水) 時の流れ。

最近シリアルなのあです。
日記サボっておりました。(∇;;
まぁ、書ける時にだけ書く・・・というスタンスで。

この前久しぶりにまとも(?)に父親が視界に入りました。
といっても一瞬ですけど。
白髪増えてましたね。
というかほぼ真っ白?
正確な年齢は存じ上げませんが、そろそろ初老と言ってもいい歳だと思います。
あと何年働けることやら。
ウチは自営なので、定年というものがありません。
動けなくなった時が、定年でしょうか。

そんな父親を拝見致しまして、改めていつまでもココに居るわけにはいかないと、実感した次第です。
年老いた親にいつまでも寄生しているわけにも参りません。
早く出て行きたいのは山々なのですがね。
如何せん、思いと体は別物で。

昨日から部屋の片づけを始めました。
手紙は全て始末したものと思っていたのですが、妙な所からちょこちょこと出てまいりまして、そのままゴミ箱へというわけにもいきませんから、地道に鋏でチョキチョキ、飽きたら手でビリビリと・・・。
めちゃくちゃダルイ作業この上なしです。
シュレッダー欲しい・・・。
更にまだ写真も残っていましたね。
当分はその始末で一日を終えるでしょう。
はぁ。かったる・・・。
燃やせれば楽なんですけどねぇ。
住宅街って嫌ですね。

先日本を買ってまいりまして。
『なぜ生きる』
この題に惹かれてしまいましたw
中身は・・・ちょっと宗教っぽい感じあるかなぁ。
といっても宗教名が明示されどうこうというわけではありませんが。
親鸞聖人の説いた人生の目的が大きく取り上げられています。
『苦悩の根源である無明の闇が破られ、“よくぞ人間に生まれたものぞ”と生命の大歓喜を得ること』      『なぜ生きる』より抜粋
実に簡潔に言い表されています。
何故生きるのかという問いに対する答えは、色々と聞いてきましたが、この答えは初めてでした。
納得しそれに沿う事が出来るかどうかは別として、最も簡単なようでいて、なかなか出てこないこの答えに、何か感じるものがありました。
とはいえ、もし何かに変われるとしても、人間だけは選びませんが。

昔から読書は好きでしたが、同時に本を読む事に対する恐怖感がありました。
全てを読み終わった時、影響を受けることが多かったからです。
それによって考え方や生き方が大きく変わるという事はありませんが、それでも読後の倦怠感と頭の中を交錯する思考に、よく手を焼いたものです。
たった1冊の本。
けれどその影響ははかりしれなく。

もう今はそんな影響を受けることはほどんとありませんが。
物事を深く考える事が、出来なくなってきていますから。



2001年07月01日(日) 焦燥。

何も出来ない。
動かなきゃ。
動かなきゃ。
気ばかり焦って、一歩も前に進めない。

色んな問題が重なって・・・
どれもまだまだ解決できそうにない。

コトバって難しいね。

ただ黙って見ている事すら出来なくて。

離れられず。
近づけず。

さっさと終わりにしないとね。


     


のあ