つらつら - 2010年12月31日(金) 今年も今日で終わり。 今年一年、よくやったよくやったと自分をほめてみる。 録画してたロンハーSPをぼーっと見ていた。 ネタをぶっこまれる企画を見てたのだけど、タレントさんの反応やぶっこまれるネタを見て、「あれ?これってあの数の特徴っぽくない?」と数に興味を持ってるとこなので、特徴が見えやすかった4人のタレントさんをちょい計算。 おおー。 ちょっとしびれた。 ああいう風に表現されるのね! ハートの望みがこのことだからなあとか、現在うまくいってるのだろうなあとか思ったりした。 ハートの望み、それを叶えるための方法としていること、そのふたつがうまいこと行ってる時の表現、の3つを見てたんだけど。 あるタレントAさんは、ハートの望みは過去を思い出すと納得するところがあるし、そのための方法も納得するところがある。でも今表現しているものはハートの望みのものでもそのための方法でもないまた違うものだった。 タレントBさんは、Aさんと同じハートの望みだったのだけどAさんとは違ってハートの望みをそのまま表現していた。 (望みと方法がうまくいってる時の表現はまた違うものを指しているひとだったのだけど) 受けた印象として、Aさんは表現の奥にハートの望みがしっかり支えている感じでかっこいいなと感じた。 Bさんはちょっと苦笑する感じ。 ハートの望みを内側で叶えるか、外側に求めるかでこう違うのだな、と理解したりした。 ハートの望みは、他人に叶えてもらおうとしている人よりも、自分で叶えている人がかっこいいみたいね。 なるほど!おいらも自分で叶える! おもしろい。すごく参考になる。年末番組が。なにこれw 追記。 夢で望みが叶った。ちょっとしたことだったんだけど、ずっと望んでいたこと。 というか、夢の中で「なんで今さら…」と思った。 そこで目が覚めたのだけど、気分が軽くなっていた。 現実には叶わなかったことだけど、今さらと思うほどずっと持ってたんだなあと思った。 そして、叶えたかったはずなのに、叶わないことだと思ってしまってたんだなあと。そしてずっと持ってたと。そっか…そうだったか。 眠ると脳みそは、いるものといらないものをわけてくれるらしい。 わたしの脳みそが、もうこれはわたしにいらないもの、って決めてくれたんだなあ。 そして、いるものはなにかも教えてもらったような気分。 手放して新年へ向かう! そして、今年最終日に気付いたこと。 自分の望みだけ、もしくは相手の望みだけを叶えようとしても満足しないということ。 自分の望みも相手の望みもどっちも叶える、としてみるとおもしろいということ。 ぷんすかモードが出る時は、その時がわたしのエネルギーの費やし時だということ。怒ってる場合ではない。 費やし時にちゃんと必要なエネルギーが出てきてくれるって、…なんて便利で無駄がないのかしらー。 気づいたことその2。 わたし、とても無駄なことをしていたなあと理解した。 これまた数で理解したのだけど、わたしは「自分らしく」いたいのに、それを優先してはダメ、わたしもお世話する人のマネをしなきゃいけない、と思ってた。 でも、お世話したい人の気持ちを受け取ってなかったなあと。。。 物はありがとうと受け取っていたのですが、気持ちをもっと受け取れるなあって思った。 気づいたきっかけはロンハーSPの有吉氏の彼女と別れた話を見て。自分に甲斐性がない、と別れる気持ち。 わたしが男でも別れる理由はそれは出なそうだなあと思った。 そして、わたしが彼女で有吉氏の気持ちを理解したとしたなら、わたしは「自分らしくいられればいい」だけなので、有吉氏が甲斐性を感じられるように協力してみようかなと思う。 わたしはどちらかといえば世話されたい方に入るから、何気にその協力は望むところ! そして、もしもわたしも有吉氏と同じ価値観を持っていたなら、その気持ちを理解して別れるかもなあとも思った。同じ価値だから一緒に努力してみる、ってのもあるかもね。 同じ価値じゃない場合、その気持ちを理解できないか、理解して相手の気持ちを優先させて自分の気持ちを出さないまま別れるか、理解してそれなら難しいなと別れるか、理解して新たな道を作っていくか、かなあって思った。 自分の望み、相手の方の望みに反しないなら、最後のがいいかな。 そう思ったよ。 と、ここまで書いたところで気づいた。「なぜか」有吉氏の名前の計算を間違ってたことにw なんで間違ったかなー。 ちなみにちゃんと計算すると、上記のことは振る舞いとして現れることみたいな感じでした。ハートの望みは別にある。 ... つらつら - 2010年12月30日(木) 母のところへ行ってきた。 寝ていた。来たよーと起こす。 おやつの時間になったけど起きない。 目は覚めているのだけど、身体を起こさない。 うーん、眠いのかしら? とそのままの姿勢で話す。 横になってるし、久々にヒーリング。 ん?なんか大丈夫?反応がありますけども。 痛いとこでもあるのかしらと聞くと、腰が痛いらしい。 で、腰にも手当て。 でも腰っぽくないんだけど。。。 手のマッサージ、足のマッサージもした。 あまりにも冷たかったから。 むくみもある。薬をこの間変えたからそのせいかもしれない。効果があまりないらしいので、薬剤師さんにやめてもいいか聞いてみることにする。 いいこと言おうとしたわけでもなく、気にいられようとするのももうやめて、自分そのままで行こうと腹をくくって自分の思うことを母に言う。 なんで?といまだにわからないけれど、感動している母。 こころが大きいね、と言われた。 母のために何かしてあげたいって感情を優先せず自分のままで、と腹くくってその反応? よくわからないまま、マネしてもいいよ、と言っといた。 ここで2つの自分を見た。 ひとつはエゴちゃん。 ここで喜んでるのはエゴちゃんだなあと観察。ほんとにわたしがうれしがってる時ってこのフィーリングじゃないんだよなあ、と観察。 ほめられたかったのよね、と他人事のようにそのフィーリングを見た。 もうひとつはギャップ。もうどうでもいいと。 わたしにそのつもりではなくても相手にとってはそうなんだから、もういいや。 なにか問題出るならともかく、否定したり修正したりってそういやこれまでの人生たくさんやったなあと振り返ってみた。 しかも、そうでないよと言っても聞いてもらえないことがほとんど。だから結構つかれること。 以前も、相手の方が思うその自分でもういいやー、と肯定はしないけど否定もやめたらそれで終結したことがある。 言葉じゃないんだなあ。 どう言われても、浮かれたり落ち込んだりすることなく、ただ自分でいればいいんだなあって思う。 お母さんは自分のせいにすることないよ。 わたしもひとのせいにしない。 お母さん、もう自分のせいにしないって腹くくるしかないよ。そうして関わりを楽しんでるって、腹くくるしかないよ。 なるほど。文字にしてみたら、母の感じたこと、ちょっとだけわかった。 お母さんのおかげでわたしは自分が行きたい時期にスクールにいけるんだよ、ってことも押しておいた。 月に一度、気分がおちる母。 わたしも前までそんな感じだったからなー。バイオリズムがダイレクト。 以前までは母のためにどうにかしたい、って気持ちが出てたけど、…出なくなったなあw それを責める自分もいない。いいねー。 見守る。母のことも観察しとこう。母は母で体験してる。 ... つらつら - 2010年12月29日(水) 「情報提供ができない」「話題がない」と自分を下げる時があった。 冷静になってみるとよくわかんないことを思っている。 友人にも、「それだけしゃべっといてなにを言ってるの?」と言われたりもして、まあそうかもしれないけど、と思いはするのだけどピンと来ていなかった。 原因何かな、と思った時、高校の時のある記憶が出てくる。だけど、それ自分ばかりのせいじゃないでしょー?と今、客観的に見られるようになってそう思う。 遅ればせながら、わたしの味方になりました。 ほんとにゆっくりだ。 いまだ、数にはまってます。 なんかおもしろくなっちゃったのは、数が小さいほど子供的なエネルギーで、大きいほど年配の方的なエネルギーなんじゃなかろうか?とふと思ったらなんかしっくりきたこと。 1は生まれたてとかまだお腹の中の赤ちゃん。2はちやほやされる頃の赤ちゃん。3は幼稚園とか小学生くらい? 4でルールとか理解できたり言うこと聞くような感じになって。5で反抗期というか正義感清潔感あふれる感じーというか。 で、それがひらめいた後に、あーそういえば年齢によってチャクラが発達する年齢があるとか本で読んだなあ、それと同じくらいなのかなあ、と見てみたけど…まあ合うっちゃ合うけど微妙。 まあ、つじつまあわせることもないので保留。 そうなると、わたしの名前から導かれる数字は幼子エネルギーなのだけど。 なんかすんごくよくわかるのは、じじい好きな理由と世話好きな女子に好かれやすかった理由。 じいちゃんと孫、って関係だったり。女子はちびっこ相手するみたいな感じなんかな。 今日は、このひととだと赤ちゃん同士、小学生同士だなあとか、このひととだと世話してもらってる感じだなあとか、自分と相手の方の数字を思い浮かべながら過ごしました。 わたしから見ると、数が大きいものばかりの人に安心する。 おじいちゃーん♪って懐く感じ。(←どうなんだw) ちびっこ同士は楽しい感じ。 じいちゃんエネルギーを持つ人を探そう、と思ったのだけど、。。。今までを振り返るとちゃんと察知してんだよ。これがまた。察知してたんだなあって、計算してみて気づいて、すごいなあって思った。 おもしろいよなあ。 今日、わたしは子供エネルギーを持つ大人、というつもりで過ごしてみたけど、すごく過ごしやすかったです。 いつもならばしなかったこともしてた。 そして。なのに。 なんだ。楽だなと。 背伸びし過ぎだったんだなあと。 自分の役割を十分つとめよう。 ... つらつら - 2010年12月28日(火) わたし、精神的Mかと思ってた。 自分のしんどい部分を見るのが好きなので。もちろん、しんどさを手放すためにやってるわけだけどね。 それが好きだから、精神的Mだなと思ってた。 しかーし。 まるで陰陽の関係のよう。 今日、自分の中に「逃げようフィーリング」が出た時にそれを観察していたわたしは、 ふっふっふ。逃げようとしたよね、今。。。 …ちょっとやってみよっか? という気持ちに。 なに?この楽しい感じ。 わー、Sっぽいー。 と思いました。 Mもあるなら、Sもあるw 違うようで同じもの。 楽しもうとしたというよりも、ふつうに楽しかったw わたし最近、楽しい状況をというよりも、「自分」を楽しんでると思う。 ... つらつら - 2010年12月27日(月) M-1見た。最後かー。 わたしにとっては今年、「M-1」だったら笑い飯。おもしろかったのは、スリムクラブでした。今年はこれは漫才か?という感じが多かったなあ。 いやしかし、4分しかないんだけど!って見る側にどきどきさせるって! おもしろいw 毎年M-1で思うけど、理屈にできるかもしれないけどそれだけじゃできないなーと。 2人が楽しんでやってると混ざりたくなる。片方の人が主役で片方の人がサポートってじゃなくて、一緒にやってる感じ。それが笑える。 ベースは得意なそれであっても、ずっとそれだと慣れちゃう。うまいなーって安心して見られる漫才もあるけど、それもある意味慣れがあったりして。 慣れない感じ。え?どうなるの?なになに?って感じ。 それがおもろい。ぐいーって見る側を引きこむ。 おいらも見習うぞ。 先日「すべらない話」でヌーディストのオフ会のネタを見たからか、ヌーディストな夢を見たw いつの間にかみんな(男女4人くらいだったかな)で裸んぼう。いつの間にか裸になってるーあれー?酔ってもいないのに記憶ないぞー。パンツもー。まーいっかー。みたいな感じ。 んで、周りの反応を見ている。その反応を見て、わたしは自分に足りないと思っている。 で、大浴場へ。お風呂の用意〜とかばんをごそごそすると、パジャマのズボンばかり3本も持ってきていた。なんで?と思ったところで起きた。 うーん。ヌーディストのくだりは、なっとく。いつの間にか裸んぼうでまーいっかーって感覚もわかる。 そして、前は裸んぼうはわたしだけだったのに、仲間が増えたー。わーい。 んで。 足りないんではなくて、それが充分なわたしデザイン。のはずだ。そこを理解していこう。 今日、ひとつの電話ですごく妄想した。 その妄想で出てきた感情、なかったことにしたい感情を、ええい!と紙に書き出してみた。 だってさーこうだもんさー、どうしていいかわかんないしさー、こういうの言いにくいしさー、こういう自分嫌だしさー、被害者気分だとわかってるけどでもー、と出てくるものをとりあえず全部書いてみた。 不思議だなあと思うんだけど、頭の中に置いておいたままではわけわかんないのに、紙に書き出してみると、冷静につっこめる。 赤ペン先生になって、ここどうなの?とつっこむ。 これ、思い込みじゃね?整理して相談してみよう、とか。 みんなはこれに対してどう思ってるのかね?聞いてみようか、とか。 これさ、もっと具体的にどのくらいのことを言ってるの?とか。 お母さんもわたしと似たとこあるから、直にお母さんに相談してみるってのもありなんじゃないの?とか。 そして同時に、 こういうことに負担と感じるのだなあ。 このペースとしたら身体の負担というよりも、自分の気持ちが作り出す負担がかなり大きいっぽいなあ。 おお、まだお金に対しての未解決的な気持ちがあるなあ。 言われたままそのまま動くのは嫌だし、逆にどうしていいか決められない自分も嫌なんだなあ。 「今のわたしはこれができない」というのをハッキリさせて伝えるということをしてなかったなあ。 心配しない自分を責める自分があるなあ。 こうしたいと言われた時に、それが今の自分にとって楽ではない時に「別にそうでなくても大丈夫」と言ってほしがってたなあ。 わたしも「大丈夫」と言うなら、本当にそこから「大丈夫」にしてみせるくらいで行くといいのかもなあ。 などなどいっぱいわかった。 整理したら、行動すればいい。 わたしにとっては、整理するまでがたいへんに感ずる。。。 なんかちょっとずつわかってきたぞ。物が多いんだよ頭の中も。紙に書き出してみて、それで何があるかがわかるわけだ。 決めてない時の行動は楽じゃないけど、決めてしまえば行動は楽だ。 いつでも決めやすい頭&部屋にしておこう。新し物好き、楽しいの好きなわたしだから、増えるのは当たり前。流れ込んでくるのは当たり前。 ためずに今ウキウキものかどうかを見て、どんどん流していこう。頭の中も部屋の中も。 ... つらつら - 2010年12月25日(土) 朝起きたらそこは雪国だった。 ってほどではないけどうっすら積もっていた。 と思ったら、みるみるうちにどかどか降り注ぎ。10cm以上積もったかしら。。。 わたしのクルマは車高が低いので、あんまり積もらんといてー、と思いながら、でもちょっとワクワクもしながら雪を見ていたのでした。 職場から帰る頃にはえらい積もってて、発進するまでにえらい時間もかかったけれど。そして、道は日中に中途半端に溶けた雪が凍って、でこぼこでハンドル取られやすくてキャー!みたいな道だったけれど。 それでも読みたい本と、食べたいみかんのために寄り道。 わたしの動機となる力となるのだなあと改めて思った。本とみかん。 今日の朝、えーと、もうなにが起きてそう気づいたか忘れたのだけど(あ!思い出した)、どうやらわたしは「自分の思い通りにならなくて怒る」というパターンを持ってるっぽい。 同時にわたしは「期待してはいけない」という禁止が無意識に自分に対してされてるところがあるので、「思い通りにならない」というのは結果を受け取ってそう感じてるのではない。 こうならいいな → でもそれはわたしの考え&要望ってだけだ → んじゃそうなるはずがない!むー! ってルートで怒ってるパターンみたい。 期待、してないわけではないっぽい。 してから速攻で打ち消す感じ。 期待してはいけない、の裏側にあったものは、「わたしの期待は叶わない」という思い込みだったことに気づいた。 にゃーるほどー、って感じです。 「期待・要望が叶わない」という思い込みを取ろう。 自分の望む現実化をまじめに考えている今のおいらにとって、おもっきしじゃま! そして、ただ期待しない、でいいのだー。 欲求、望み自体はあっていい。というか、あった方がうれしいよね! ただ、それに期待しない、ってだけ。 期待できないではなく、しない、ってだけ。 怒っていたのは、「わたしの期待・要望が叶わない」というのをわたしが望んでないからだねー。 おっけー。 ... つらつら - 2010年12月24日(金) クリスマスイブだろうが、自分見つめましたw 朝からなんだか怒ってる感じだった。わたし自身。ちょっとの刺激に炎が燃えるみたいな。 なんも理由がないので、暴れ馬を観察していた。 どしたどした?おお、すげいな。エネルギー。と観察。 いつもより忙しそうになった。焦りも関係するのかなーとこれまた観察。 で、まったく怒ってるフィーリングに覚えがなかったので、これがうわさの他の人のを取り込んだってやつ?と思ってみたものの、周りだーれもぷんすかしてるわけでもない。 で、ひたすら観察。 そうしたら、段々と変化してきた。 あらー。 これ、怒りにも使えるけど、自分の体にしっかり入れようとすると、他のことにも使える感じだ? と思う。 始め、ぷんすかモードだったからか背中がちょっと痛かったのだけど、そう思ってきた頃には痛くなくなってた。 ああ、昨日「カペタ」読んだ影響か?と思ったりした。 その熱いフィーリングを身体に入れていたら、自分のバーチャルだった部分に気づいた。バーチャルで止まってる感じ。 ゲームとかネットとかどうこうって意味じゃなくて、わたしの現実に対する接し方・感覚がバーチャルっぽかった部分を見れた。 で。 それを否定するんではなくて、バーチャル好きなところもひっくるめて、まるっと引き受けたる!と思った。 だって好きだし。 得意だし! 活かそうぜー。 今日気付いた思い込み。 「ひとりで」やらなければならない、という思い込みがあるっぽい。だから焦るらしい。 なしてひとり? みんなでやったらどうなるの? やらなければならない、なの?ひとりでやりたいんではなくて? と、聞きだしたいところですが、眠いのでまた明日。 今日気付いたパブロフくん。(反射行動) いきなり言われるとそれをすぐに行動したくなくて、まずぐずる。 それ自体をしたくないという感じではない。次の日まで待って、って感じ。 なんだろこれ。 でも、結構このパターンあるんだよなあ。 守り執着系っぽいなあ。 今日気付いた、部屋が片付かなかった理由w 片付かなかったというか、片づけなかった理由だなあと思った。 感度落とししてたのかも。 あんまり感度上げていろいろ拾わずに済むようにーみたいな。 あっちゃもこっちゃも拾ったり自分で勝手に増幅したり、それで疲れるわけだろうなと推理。 疲れたから部屋が散らかる、を違うふうに見てみた。 来年の目標は、逆に感度上げて、でも疲れ知らず、やーん☆なんて楽しいの!(*゚ェ゚*)ってところに行きたいなと思う。 おいらやるでー。 ... つらつら - 2010年12月23日(木) わたしは誰かに自分の人生を決めてほしくはないし、誰かの人生を決めることはできないと思っている。 と思ってた。 今日、わたしが母のことを決めなくてはいけないと思って重くなった。 わたしがそうしたいと思うことと、そうした方がいいと思うこととが違うことだったから、重くなった。 昨日の日記に書いたことは予告だったようだ。 がまんして何かをした時、自分の気持ちを抑えて行動した時、わたしはそれに見合うだけの不幸を期待している、ということに気づいた。 そうでないと、がまんしたかいがないと。 これだけのことがあったからがまんしてよかった、と思いたいと。 がまんしたかいがないと怒りが出てくる、というシステムが自分にあったことを理解。 決して望んでいないことなのに、がまんすることを優先しそれを正当化するが故に望んでいる、という矛盾。 改めて、自分のためのことをやろう、と思った。 わたしが誰かの人生を決めることはできないけれど、その人とどう接したいかを確認し、どう接するかを決めることはできる。 いまだマンガ読みマイブーム。今日は「バクマン。」を読んだ。 そこのセリフ。↓ 「編集長は言いました。自分の描きたいものが描かせてもらえないというのは自分に才能がないと自ら認めている事だって。ならば港浦さんを含め編集部全員に、亜城木夢叶はギャグじゃない、こっちだと認めてもらえる作品をその3回の連載会議以内に回してみせます」 今日のわたしの背中を押すセリフだった。さすがナイスタイミング。 さんきゅー!やるよ! 追記。 「カペタ」のコミックスも読んだー。 さっすがおもしろいですなー! 同じ条件だったら誰にも負けない。条件が違うということに頼ってた。できないのは条件のせいだって。 この感覚、すげいわかる。 してなかったいろいろな覚悟、し始めたところ。 わたしは気持ちから始める。行動は勝手に後からついてくる。 自分の運転にカートを合わせる。 わたしはどちらかといえば、自分の運転をカートに合わせるタイプだったので、そういう手もあるわけね、と。これまた「覚悟」ちっくでやってみようかなと思った。 仕事場に女でも呼べるようになったらいっちょ前。 うーん、わかるなー。わたしもいっちょ前になりたいぞー。 上の方に書いたがまんについて、もう一度見ることになったりも。 がまんしないで本当に求めているものの本質をゲットするのに、これまでと違う方法を使うという手もある。とてもかるーい感じになるし、好き。 でも、これまで「がまんしてごりおし」と感じていたことも、そこに闘志が燃えているのであればチャレンジ対象というか、同じことでもがまんじゃねーなと。 うーん、上の方に書いたこと、どちらの方法がわたしにとって合ってるか、ちょっと検討してみようっと。 わー。そうこうしているうちにもうすぐクリスマスイブー☆ メリークリスマス! ... つらつら - 2010年12月22日(水) 自分の中の「ふつう」が変わっていってるなあと思う今日この頃。 当たり前としていたことに疑問を感じたり、そもそも全く必要性がないことをしてるなと自分を見たり。 例えば、夜勤などで眠ってるところを起こされると、低血圧だしあまり機嫌がよくない、ってのを当たり前にしていたのだけど。 確かにいらいらしやすい素地となるかもしれないけど。 いらいらの種がもとになければ、機嫌をそこねやすい下地がいくらあろうがいらいらしないよな、と思ったりした。 ということで。 なにげに、元気いっぱいの時は出てきにくいくらいのいらいらを見つけられるチャンスを手に入れた気分。 最近いらいら自分見つめネタがなくなってきてたのだ。らっきーw あとは例えば、以前は忙しい時にさらに何か頼まれたりすると「邪魔しないで!きー!」って感じのフィーリングが出てきてて。 なんでじゃまって感じるの?とか自分に聞いていたけれど。 いや、そもそもじゃまって感じるくらい焦っているのはなんで?と、さらにベースの方に疑問を持ったり。 だんだんと変わっていってるのがわかるのがおもしろい。 「なんでこんな服を大事に持ってるわけ?!」とか思って捨てたりしている。今までそれがあるの、別に「ふつう」だったのだが。。。 いる、いらないがはっきりしてきたのかなあ。 もはや現象がおもしろくて、どうしてそうなるかがどうでもいいw ... つらつら - 2010年12月20日(月) 夢日記。 舞台はどこだろ。海外の学校。ちょっと昔かも。 わたしは女生徒で、もうすぐあるイベントの日の服装をなににしようかしら?と話していたりする。 夢の中でもわたしは友人たちに比べて女子っぽくない発言をしてた。でも、そのイベントを楽しみにしていることには変わりない感じ。 男子生徒が周りで話しているのが耳に入る。 楽しそうで惹かれる一方、楽しんでいる話の内容に、嫌だわ下品だわ、と感じている。 で、その男子生徒達が去る。 皆いなくなって、わたしたちも帰りましょうと友人と教室を出ようとすると、入れ違いにひとりの男子生徒(やや長髪でカッコイイ)が入ってきて、友人にさよならのあいさつをする。 わたしにはないのね、しつれいなひと、どうせさっきの男子生徒と同じね、とすねるわたしw で、玄関?まで来たのだけど、教室に大きなバッグひとつをまるごと置き忘れてきたことに気付く。 金品等は入っていないけれど、どちらかといえば持って帰りたい。(なにが入っていたか忘れたけど、それに関してなにやらやりとりもあった) で、しつれいなひとが教室にいるけど取りに行こう、と友人にちょっとこちらで待ってていただける?とひとりで取りに戻る。 教室に着くと先ほどの男子生徒のみいる。 ピアノの陰に座ってる。 わたしがさっさと荷物を取って去ろうとすると、彼が言う。 現実的なもの、形にすることは大切なこと。 それなしで世界のなりたちを語ることはできない。 いくら情熱があったって、いくら感情が豊かで理解できていたって、形あるものがそこに加わってこそ叡智の風が吹く。 みたいな内容のことを美しい言葉で言っていた。 最初にいた男子生徒が発言してわたしが下品としていたことも、それらも含めて世界の理解となるんだ、と感じて、その人にわたしは釘づけになった。 という夢でした。 起きてからなんかマンガの「チェーザレ」を思い出したし、あの昔っぽい感じで共学ってあり?と思うので、わたしは女子生徒じゃなくてイタリアのひとだった可能性も。どっちでもいいけどw 4元素だなー。 初めのわたしへのあいさつなしもわかっててやってるな、このひと。 なんか、しゃんとする! ... つらつら - 2010年12月19日(日) 片づけが苦手な理由わかった。(いくつ目だろうw) 考えてしまうから、もあった。 そうじゃなかった。 今の自分が楽しくなるものであるか否か。 それだけだった。 それだけでよいのかー、と思ったらとても楽ちんに。後からのことを考えてみたりするから片付かない! いつか使うかも、とか、あったら使えるかも、とか、…使わないじゃん! ということで、明日はゴミ袋たくさん使いたいと思います。 自分からみる自分と、他人からみえる自分とにギャップがあることが多い。 人からわたしのことを聞いて、「わたしそんなにいいひとなんだ」ってびっくりしたりする。 ふと気づいたのは、逆はないなーと。「わたしそんなにわるいひとなんだ」ってびっくりはしないなあw 「わたしもそう思う。。。」って取り込むパターンか、それか「あまりにもわたしじゃない」とスルーしてるなあ。 その方がうつしだしているわたしだから、わたしというよりそう感じるその人自身のことを表現しているのだよね。だからわたしの方こそ、いいひとだなあ、と相手の方を思う。 でも「知らなかった!」ってびっくりしてるのはなんでだろうと思った。 わたしは自分の好きなところを、今よりももっともっと見てもいいのかもなあ。 ... つらつら - 2010年12月17日(金) 今日も昨日に引き続き、意味不明「大好き!」フィーリング。 これまでわたし、恋愛は達成させようとしていたというか、証明とか約束とか、そういう意識だったような気がする。 安心を求めてた自覚もあったし。 しかーし。 それ、外側の(状況や環境などで作られる)安心だった。。。今気付いた。。。 だから表現も、「わかってもらうためのもの」で、自分の気持ちそのままだったかというと。。。違うよね〜!と。うん、そうだ!違うのだよ!(@_@) あまりにも「大好き!」「大好き!」ってなっているので、気づいたこと。 こころの底から「大好き!」って感じられる人がいること自体、そしてそれを素直に伝えられる自分でいるということ自体、それもわたしは安心するってことに気づいた。 とても軽やか。そして、内側からできている安心だってことにも気づいた。 相手の方がこたえてくれなくてもいいの? そんなの夢見てるだけじゃないの? とわたしの一部が言う。 以前は、そのわたしに負けてた。 でも今(というか今日)は、こたえてくれるくれないじゃあないと思った。そこにあまり力を入れていない。 「わたしが」どれだけ、大好き!と感じているかどうか。どれだけ素直に表現できているか。 そっちが重要。 え? これ、どうなるんだろう。。。こんな軽やかで。 充分、持ってるんだなあ。もうすでに。 後は素直さだ。じゃましていいから素直にいこうぜ!なにも達成しなくていいから、がんばる必要もないぞ! ただ、大好き!を楽しむー。 ... つらつら - 2010年12月16日(木) 今日見た夢は、覚えてないんだけどなんとも苦い感じのもので、自分を見るネタがあったなー、って夢でもやってて、まあうとうとしてる時に思ったのは、わざわざこういう夢を書きとめておくこともないな(現実でいつもやってるから)、ということと、このまま起きるとわたし夢の影響で今日はどよんとしてるのかしら?ということでした。 時々あるので。夢がどよんとしてるから、その日のテンションも落ち気味とか。その逆に夢がハッピーだったから、とか。 で、起きたらば。 なんか「大好き!」って感じ。 え?「大好き!」のフィーリングなんてどこから来たよ? 全く覚えがないけど感覚だけある。また得意の予告? え?大好き!って感覚が予告ってワクワクするんですけどっ! ということで「大好き!」フィーリングを味わいながら本日を開始。 そうしたら、。。。わたしの恋愛のパターンを見る羽目に。あれー?大好き!これのこと? 基本、白黒つけたい、と行動していることに気づいた。恋愛…なんだけど。 しかも、その方法が変。。。 なんで変にしてんだろ?正攻法で行けばいいのに、と見つめると、また出ました。 「じゃましてはダメ」「わたしもじゃまされたくないもん」 なるほど、さっさと白黒はっきりさせたいからね。じゃまがあるとすぐに白黒はっきりできないもんね(^_^;) てか、白黒はっきり。。。そもそもできるのかどうか、とふと思う。ねえ、正攻法のが早いよこれ。。。 じゃま禁止令があることに気づいたので、「あえて、じゃましてみよっか!」「じゃましていいよ!」と許可してみた。 ガンガンいこうぜ! だいたい、そのじゃましないように、というのが多岐にわたり過ぎ。。。 「仕事のじゃまをしないように」から「暇な時間をじゃましないように」まで。 ううん。。。 許可しただけで後はそのまま普通に仕事してただけなのだけど、自分の中身が動いているのがわかった。動揺〜〜。途中頭が痛くなったりした。 行動としては何もしていない。でも、心掛けを変えました。 じゃま禁止令発令モードを見つけたら、逆にじゃましていこうと思います! ... つらつら - 2010年12月15日(水) おお!わたし天才じゃね?と思った本日のひらめき。 母は脳梗塞になってから右側が見えづらくなって転倒しやすくなったのだけど。 身体の機能もある一方で、気持ちもせかせかしているから身体が追いつかなくて転ぶ、というところも見える。 んで、今日ひらめいたこと。 身体の動きがゆっくりになっているのだから、気持ちがせかせかしている時はそれに気づいて、気持ちを身体に合わせてゆっくりにすると、身体と気持ちがおんなじスピードになるからスムーズに動く、つまり転ばないんではないか。 ちなみにこれまでは、ちゃんと身体に意識を向けて、足の裏の感覚とか意識して、って感じのことを言ってましたが…、いや、これは身体が早く動かせられる人向けの話かもなと。 あれー?もしかして、そういうことじゃないかい?とワクワク。 ちはやふる11巻を読む。 うわー。すきな言葉たくさん書いてある。 「運命戦は運命じゃない」とか、「愛嬌と云うのは〜」とか、「勝負で自分の命運を決めるのは自分じゃない」とか、千早振るの意味とか。 「ああいいんだ 説明できない音になるまえの音 “聞こえる”って言っていいんだ」っていうとこ、すんごい共感した。 「暑いし きついし 疲れるし 勝てないし 悔しいし」それならなんでやってるの?って言ったら、好きだからだー。 数の神秘の本を読んでいます。 やべー、おもしろい。 たいてい占いの類の本って、自分のところ見て、気になる人のところ見て、で終わったりするのだけど、これ(Daso Saito著「シークレットオブナンバーズ」)、自分のところじゃないところも、気持ちの持ち方というかが自分に関係していることが書かれているし、読んでるだけでイメージできる瞑想できる感じがあって、気づくとぼーっとしてたりしますw 家族、親戚、学生の頃に仲良かった友達、逆にあんまり好きでなかった先生、好きだった人、惹かれる人、今周りにいる人、とりあえず40人くらいのそれぞれの数字をリストにしてみました。 この数がどう、っていうんではなくて、数の組み合わせでわたしはその人にどう感じる、みたいなものがあるなあと思いました。 名前っておもしろい〜。 もっと理解したい、そしたらもっと人間を理解できる、と思いました。自分含めて人を理解するということ、楽しいんだよなあ。 ちなみにわたしの場合。 人生のテーマ → 一瞬一瞬をトータルに生きる ハートの望み(動機) → 常に自分らしく在る 望みを叶える手段として使っていること → 感性を使う 社会への貢献 → 楽しさの分かち合い ふっふっふ、とほくそ笑みました。すんごいよくわかる。 自分のことがわかんないよーとか、偉そうだと思って落ち込む一方で自信ないとかやってたりするなあとか、これまで自分に対して思ってたことが、ぜーんぶ解説されているような感じで。。。ああ、そういうことか、ってとてもすっきり。 振り子の極ではなく本質を見る、振り子の極から本質を知る導き方、が少しわかった気がしました。 まだまだ読み足りない! ... つらつら - 2010年12月12日(日) わたしに、「察して欲しい」という方法は通用しなくなってきているなあと思う。 こういう行動をするということは、この方は〜〜と思ってるのかな?と感じたとしても、それはわたしの見方だ、わたしだったらその人の行動をする時はそういう意味だということだ、と改めて思って、実際にその人がこうしたいとかこれが欲しいとか嫌だとか、そう表現をしない限りは保留のままにすることに自然となっている。 確かめた方がいいかな、って時は本人に直に「〜ってこと?」と確認する。 確認することなんてできない、って抵抗がある時は自分を見つめてる。 相手の身になって想像する、というのは、相手の感性を通して想像しないと意味ないなあと感ずる。 ということで、相手の感性・感覚をイメージすることを自己トレ中。 わたし単純でいいなあ、と思うけど、難しいこともできる(キャパの大きい)人の気持ちがなかなか理解できないところがあるかもなあ、と思う今日この頃。 ... つらつら - 2010年12月10日(金) 筋肉痛ですw あさって、披露宴に招待されていてそこで余興をやるので練習をしているのですが。 余興をやることが決まったのが1週間前。おいら、やらないのかとばかり思ってた。 で。そこから練習が始まりました。 2曲やるうちの1曲はもともと振り付けがついている曲。YouTube見ながら覚えた。 何気に今回気づいたのは、わたし、振り付け覚えるの早いみたい。というか、集中して覚える気になれるらしい。 周りの方が、覚えられないー難しいー、というのでその部分を変更。 エグザイルのみんなでぐるぐる回るやつ(トレイン)と、千手観音に変更。客観的に見ててもらったら、いいねー!と言われたのだけど自分たちで見えないからどうなのかわからない。 で、今日の練習ではドアの前でガラスに映る姿をみたら、なにげに上手w 昨日から2曲目も練習開始。って、3日前なんだが。 ノリのいい曲だから、要所の振りだけみんなで合わせたら、後は各々フリーで踊ってよう、って話でいたのだけど、それだと当日どうしていいかわからなくなる、って意見もあって。 昨日出た皆のアイディアを持ち帰って、本日ダンスを構成して持っていった。2日前。うちらプロか? 疲れるし、次の動作を声かけしながらやっていたしで、なにげにエアロビみたいな気分になりました。。。 ちなみに振り付け自体は簡単なもので、モンキーダンスとかヒゲダンスとか見たことあるものばかりで構成。 構成の参考に(なったかどうかは不明だけど)YouTubeでソウルとんねるずを見たりした。 うー。あー。わたし踊りを見るの好きなんだなあ。バレエや社交ダンス部を見るのも好きだったしなあ。そして、わたしも踊れるようになりたいと思うみたい。見るのはジャンル問わないけど、自分がやるのは問うみたいね。 まー、とにかく。体力、筋力をつける目標が見つかった。 踊れるひとになる! ... つらつら - 2010年12月08日(水) こうしてたら欲しいもの、手に入らないよね。わかるよね、なのになんでこうしてるの? 今日もその感覚がした。今日は対象があった。 ああ、そうだね。それでは手に入らないよな、と思った。 そして、手に入れたいんだろうか?、とふと思った。今まで欲しがっていたはずなのに。 好きなものではあるだろうなと思うのだけど、わたしの求めるものに必須ではない。 必須ではない…うん、そう、だよなあと思う。 道具だけ集めようとしてたようなものかなあ、とちょっと思った。 求めているものを直に見てなかったというか。 道具はまあ、自分に合えばいいというか、すてきだな好きだなと思っても、わたしの手になじまない道具だったら飾っとくだけになるだろうし。 ちょっと修正しよう。 「ここから来る問い合わせはうるさいから先にしよう、でもこれって操作されてるような気分だ」 職場でそう感じることがあった。 Q、うるさいと感じているのはなんで?なにがうるさいの? A、気持ちが乱される。ペースが乱される。嫌だ。それがうるさい。一方的に要望ばかり言う。 Q、なるほど、こちらの要望も聞いてほしいわけだな。んじゃ、こちらの要望とか状況の説明とかしてる? A、「理由どうこうは関係ないから、迅速に結果を出せ」と来るから、聞いてもらえる気がしない。逆に「理由を説明しに来い」と苦情を言う気満々の方もいる。どちらも嫌。。。 Q、気持ちに添ってもらいたいんだね。じゃあ、それはわたしがやる。わたしが気持ちに添う。・・・そしたらどんな感じ? A、なんでもないみたい。聞こうとしないのも、苦情を言いたいのも、相手の方が今そういう状態ってだけ、って素直に思う。操作…でもないね。なんだろう、この違い。 あとは実践。 なんか最近、おなかが変。 痛いわけでもなく、お腹すいてるわけでもないのだけど、なんだか妙に活発に動いていてぐるぐる鳴っている。 おいらのおなか、なにが起きているのだろうか。 昨日の正直じゃなかった件。 それぞれ正直で全く問題なかった。 わたしはわたしの正直をやればいいだけだ。 周りの方の表現も楽しめばいいだけだ。正直でもそうでなくても。 自分の正直を土台にして、周りをフォローしましょ。 ... つらつら - 2010年12月07日(火) 今日は正直じゃなかったときがあった。 案の定、右の顔がー。 なにが嫌だったんだろう、と振り返る。 わたしはやりたかったんだよな。うん、やりたかった。 でも、やりたくないひともいて、それを理解するまではよかったけど、やらない方向でこのように行く、としっかりしたものが見えなくて、それが嫌だったんだな。。。 もともとわたしはやりたかったから、やらない方向ならこうしたいというのがなかった。 なのに、わたしは「わたしも決めなければいけない」みたいな感覚になってた。 協力したい気持ちと自分の気持ち。 自分の気持ちを理解してる上で、協力したい。 うーん、なんかわからないけど嫌だ。。。の状態で協力しようとしてたなあ。 今日気付いた、よく使うわたしの方法。 まず、ふろしきを広げるということが多いと思った。 目標がなくてもやる人になりたかった。 ○○のために、っていうのがなくても実行する人になりたかった。 期待しちゃう自分がいたから、それが嫌いだったから。 でも、こうなりたいっていう目標があった方が意欲が違う。 体力をつけるとか身体を作るとかよりも、例えば過去を思い出すとDDRでうまくステップ踏みたいからそれができるようになるため、とかなんかしらあった方が楽しい。 体力をつけるためにとか、ダイエットのためにDDR、ではなくて、わたしの場合はDDRのために体力をつける、って方向なんだな。。。 楽しもう。 そして期待するのだったら、それとちゃんと向き合おう。 期待が嫌いなのはよくわかる。期待しない「状況」を作るのではなくて、期待する自分を認めて、期待しない「わたし」を作ろう。 なにを目標にしようかなあ。 今日気になったフレーズ。 一部のスーパーで絶賛発売中。 先日、PCでこうやって使ってるけどどうやるの?って聞かれて答えられなかったことがあった。 いつも無意識に操作している部分で、意識してみたらパッと飛び散ってしまったようで全然思い出せない。 似てるのは、幼い頃に「呼吸ってどうやって自動的にしてるんだろう?」と思って呼吸がうまくできなくなったことかな(^_^;) 無意識というか、自分が頭ではなく感覚で覚えようとしている時を意識できた。 頭も整理するのには使うのだけど、基本的には身体の感覚だったり音だったり。 自然にやってたけど、この習得の仕方、意識して使って行きたいなと思った。 海老蔵さんの会見を見る。 報道されていること、なんかいろいろだし、わたしはご本人にもお会いしたことないのでわからないことばかりだけど。 自分の感覚を使うと、海老蔵さんの態度はわたしにとって好ましかったと。 それを報道した番組のキャスターさんやコメンテーターさんよりも好ましいと感じたと。 なにが正しいとかでなく、それをわかっておこうと思う。 ... つらつら - 2010年12月06日(月) 影響されやすいなあと思う。 昨日の親子を見たのと、それからコミックレンタルで借りた本がちょっと暗めの本だったのもあって、おもいきり夢はそんな感じの夢。 どうにかしようとしている人たちをわたしは見ている。 どうにかしようとしているのだけど、その方法が「あまり近づきたくない相手に近づいて、自分の気持ちを抑えて気にいられようとすればなんとかなる」って感じのもの。 わたしはとても落ち着いていて、そんなことしてもあんま意味ない、って見ていた。 ものごとって自らそうなりたくて向かっていくのだなあ、としみじみ思った。 わたしは、それらの人たちを見ながら、どうしようか、と思っていた。 わたしは、そこを立ち去ればいいだけということがわかる。自分の望まない場所に取り込まれずに済むことを知っている。 でも、友人を置いて逃げることになるので躊躇している。友人はもう入っていってしまった。どうにかなる、と思って入っていってしまった。 起きてから振り返っても、どうしたらいいのかがよくわかっていないし、気分は曇り空。 とりあえず、このもやもやを感じていよう。 と、思ってたらなんとなく答えが。 そのできごとが起きる前、わたしはどうしてた? 正直に、自分の感じることを友人に伝えてた? もし、伝えていたのだったらもやもやしていないかも、と思うんだけど。 入っていったのは友人の選択。 もやもやしているんだったら、何か伝えられてないと感じているのか、それとも友人の選択までわたしが決めようとしているのか…。 そして、友人の選択がうまくいかない、っていうのも本当? そこじゃなくて、わたしの方法ではない、もうわたしは使わないと決めた方法ってだけじゃないの? あうう。 ... つらつら - 2010年12月05日(日) いつもはそんなに夜遅くにはスーパーには行かないのだけど、今日はコミックレンタル返す&借りるついでに寄った。…また借りる予定はなかったのだけど借りた。 スーパーを出ようとしたら、入口に子供が3人たむろっている。小学生くらいの子と、幼稚園行かないくらいの子。 こんな遅くになんで子供だけいるの? と思った。 そうしたら道を挟んだ駐車場の方から怒号が聞こえた。 その子たちの両親らしい。 早く来ないと置いていくというような内容を、なかなかの音量と表現で行っていた。 うわー。 わたしはかなり引いた顔をしていたので、それに気づいたらしきお父さんの方は少々和らいだが、なんかすごかった。おどし? それに対して怯えるでもなく慣れた感じの子供たち。 子供がどうこうというより、そういう発言をしているさまに悲しいと感じ、その一方で、こういう人いるんだなあとなかなか見れないものを見たような気分になっている。 ... つらつら - 2010年12月04日(土) なんかマンガ祭りですw コミックレンタル一気読みシリーズ。そろそろ満たされたかな。マンガはゆるんでいいなあ〜。 小山さんの「宇宙兄弟」でわくわく&いい感じに脱力し、いくえみさんの「潔く柔く」でやさしい気持ちになり、もーサイコーっすね! やー、すてきなマンガに囲まれ幸せです。 マンガ祭りが終わったら、奇跡のコースを読むかなー。 買っては来た。すげー厚さだ。1巻、ってまたこの厚さが続くわけですね。 マンガ祭りに並行して、人体実験中でもあります。ちなみにくつしたは定着しました。 今回の実験テーマは、与える栄養でどのくらい違うか。 ...
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