たけしの日記

2006年11月29日(水)

2002年7月30日(http://www.enpitu.ne.jp/usr/bin/day?id=9058&pg=20020730)の日記を読み返していて驚いた。なんだ4年前から脳科学における心と脳について考えていたのか。「個々の主体的な感覚です。」なんて書いてあるのを見てなぜか大笑いした。なぜなら、今僕が一番関心を持っているのが、患者さんの主体的な感覚とリハビリの療法との関係性だからだ。

しかも、その題材は小林秀雄じゃないか。今、僕は茂木健一郎にはまっているが、彼も小林秀雄の思想に大きな影響を受けているし、彼が書いた「脳と仮想」は小林秀雄賞まで受賞している。待てよ。もしかして、雑誌「考える人」に小林秀雄の言葉を借りて、心と脳の問題を提起していたのは、もしかして茂木健一郎だったのか。

で、「考える人」のバックナンバー(http://www.shinchosha.co.jp/kangaeruhito/mokuji/01.html)を見てみたら、どんぴしゃである。なんだ、この頃から茂木健一郎の書く文章が好きだったんだな。今の僕の日課は茂木健一郎のブログを毎日チェックすることである。この人、脳科学者なのか哲学者なのか芸術家なのか小説家なのか良く分からないくらいに、その才能が伺える文章を書くのだ。あこがれる。僕には今のところこの才能を真似することでさえ不可能だが。彼の唱えるクオリアというものを、彼の文章から体感するのだ。もしかして、彼はそれを意識して書いているのだろうか。もしそうなら、恐ろしい。

今からジムに走りに行ってくる。30分にするか1時間にするか、本番を四日後に控えて、どれくらいのトレーニングが適しているのか良く分からない。ただ、ハードにやるには今日が最後くらいにしとくべきか。じゃあ、1時間だな。走っている間、一体、自分は何を考えているのだろうかと思い、いつも覚えておこうとするのだが、走り終わった爽快感がその記憶を完全に消し去ってしまう。あの爽快感は一種のストレス除去剤みたいなものだな。

自分の考えていることなんて時間とともに消えてなくなる。ところが、日記を読み返してみると、おいおい、昔から考えてたことじゃんかって気がつく。この過去と現在の自分の考えがリンクするってのも、これまた新たな発見で面白い。



2006年11月28日(火)

昔の日記を読み返していると、恥ずかしい気持ち半分と懐かしい気持ち半分になる。そのまま読み続けていると、懐かしさが大きくなってきて、いつの間にか書いていたその時の気持ちを思い出していたりする。昔のサラリーマン時代の辛かった時代が蘇ってきて、胸が苦しくなった。今がどんなに楽で恵まれているか。いや、サラリーマン時代は振り返ってみると収穫の多い貴重な2年間だった。実質は多分普通の3倍くらいの仕事量だったかもしれない。少なくとも今の職場の5倍の仕事はしていた。

苦労話として自慢したいところもある。これだけ頑張ったということを知らない人に認めてもらいたいという気持ちは誰にでもあるのだから隠すことではない。しかし、同時に本当に分かってもらえるのは、一緒に働いていた上司や同期だけで、体験のない人に自慢げに苦労話をしたところで、それは実際には伝わらない。ただ、今の職場で「忙しい。」とか「ちょっとそれはできません。」なんて言葉を聞くと、内心は「はぁ?」って思ってしまう。「忙しいなら残業しろよ。」「できないじゃなくてできる方法を考えろよ。」と思う自分がいる。

前のサラリーマン時代の基準が体に染み付いている。一度、経験したある意味密度の濃い世界は、体に染み付く。不思議なことに、どれだけ怠けたいと思って実際に怠けていても、この体に染み付いた基準はムクムクと起き上がってくる。満足できなくなるのだ。以前のような超がつくほどの忙しさや仕事量は要らないにしても、この環境は自分の能力を発揮するには不十分だと体が教えてくれる。もう一度言うが、体が教えてくれる。頭じゃない、体が教えてくれる。

話は飛ぶが、「理解する」と「納得する」はかなり違うということを今日の帰り道に思った。たまたま患者さんのご家族に、僕と同じ高校の出身の方がおられて、母校の校訓の話になった。「自由、自治、創造」これが母校の校訓である。高校時代は眼が死んでいた。学校が嫌いで、高三の時に退学する相談をした。結局、それだけの勇気がなくて卒業はしたが、意味を感じずに過ごした高校時代だった。別にそれはどうでもいいのだが、それだけ嫌いだった高校の校訓だけは忘れずに覚えていた。「自由、自治、創造」高校生の時は、その校訓の意味を「理解」していたつもりだった。今までも。でも、最近になってようやくこの意味が「納得」できた。

納得とは体が感覚として受け入れること。そんな印象を強くした。自分に正直にと言うことがあるが、自分って何だよ。って思っていた。たぶん、体に正直にということなんだろうな。

蛇足だが、人間は表面的な感覚受容器からの感覚だけではなくて、内臓からも刺激入力を受け知覚している。体が感じるというのは、そうした内臓からの知覚も大きな意味を持つんじゃないだろうか?



2006年11月27日(月)

内定をもらっていた施設に、正式にお断りの電話を入れたが、なぜかとてもたどたどしいしゃべり方になってしまった。別にやましいところはないのにも関わらず、妙な罪悪感である。仕方がないじゃないか、悩んで悩んで自分のやりたいことの方向性を出しながら職を探しているわけなんだから。大体、見学させてくれと言っただけなのに、いきなり面接しちゃった施設側もちょっと勇み足だったんじゃないの?なんて屁理屈言って自分の妙な罪悪感を軽くしようとしてみる。

本命の病院から面接の日程の知らせがあった。仕事が終わってから家に帰るまで、家に帰ってからも携帯電話を握っていた。いつ電話が来ても出てやる。っていう感じで。電話が来たときは、別にまだ面接も受けていないのに「よっしゃー!」と雄たけびをあげた。今、気持ちが宙ぶらりんだから、早くなにかにすがりたいって気分なんだな。何日に面接です。というだけで、すごく安心するわけ。次は早く結果が来ないかな〜ってなるんだろうけど。

正直、明日にでも「退職願」を書きたい気分。別に今の病院を頭ごなしに批判する気は無いけれど、ダメだこりゃ。って瞬間が多すぎる。今までは何とか話し合って、新しい提案をしてとか、努力できたけど、あたしゃもうギブアップ。そういう気がないんだもの。スタッフに。当然の結果としてモチベーションが一気に下がりまくっている。こういう環境に満足できる方はどうぞ満足して働いてもらって結構。ただ、僕はいやだ。

内定への断り電話をした時に、あちらの担当者に「よろしければ理由を教えてください。」と聞かれた。そこではうやむやに答えたが、やっぱり僕は「治療者」としての療法士であることを優先したい。社会福祉思想的なケアを重視したリハビリが、リハビリじゃないとは言わないが、決して国家資格を持った療法士がしなけりゃいけないことではない。僕らがやることは他にあるはずだと思うんだよね。



2006年11月26日(日)

来週にマラソンを控え、今日は武庫川の河川敷で10キロ程度走ろうかと思っていたが、雨が降っていたので気持ちが萎える。

マラソンに出るなんて自分でも信じがたいが、これが本当で昨日事務局からゼッケンの引換券が送られてきた。これもまた信じがたいことだが、高校時代は陸上部に所属していた。と言っても、特に考えもなく陸上部に入ったし、走る能力が高いわけでもなく、まあ、途中でやめたりと中途半端。たぶん、走るフォームだけはきれいだったと思う。

球技では人一倍走る事ができるし、球技では持久力は高い。バスケットなんかも得意だし、タッチラグビーっていうスポーツをしていたが、めちゃくちゃ走る量の多いスポーツだ。そういう目的ある走りなら結構いけるのだが、走ることが目的となると、これが苦手だった。今年の2月からコナミのスポーツクラブに通いはじめて、コンスタントに走ったり泳いだりしてきた。その中で走ることが苦でなくなってきた。不思議。

走ることが楽しいってのはちょっと違う。走った後の爽快感がたぶん続ける原因の一つ。更に大きいのはやはり体力が戻ってきたこと、体重が減ってきたこと、体が締まってきたという体調面での変化だと思う。そこにマラソン話が持ち上がって、少しモチベーションが上がったということもあり、今は走るのが体調管理の一つの手段になってきた。なんか少しお腹が張るな〜って感じる時は走るとその張りがなくなったりする。なんか頭痛がするな〜って感じる時も走るとすーっと頭痛が消えていたりする。

大体、30分で3〜4キロを走るのが日々の走りだ。時速に直すと平均7キロぐらいかな。走り始めと終わりはゆっくり歩くので速度は遅いが、一番スピードを出す時は時速9キロで走る。ただ、マラソンは早く走るというよりコンスタントにタイムを刻むことが必要だから、今は時速7〜8キロをキープして走ることを意識している。先日、それで1時間走ったが、まあいける感じ。

ということで、たいして面白くない話になったが、来週はマラソンに出場してくる。ちなみに出場するのは沖縄の那覇マラソン。



2006年11月23日(木)

休みの日ごとに書いているから休日日記にでも名前を変えようか。

更にいくつかの病院や事業所へ見学に行ってきた。そこのスタッフと話もしてきた。見学や話の中で、やっぱり自分は今の職場に居る限り、療法士としての資質を今以上に向上させていくことはできないと痛感した。なぜかというと、やっぱり外には自分の知らない世界がまだまだたくさんあるから。今の職場にそうした外に開き、同時に上を目指すような方向性を感じない。あるのは、内向きの保身と下向きのリスク管理のみである。

ある施設の内定はお断りした。自分の中で盛り上がってきている脳科学の最新の知見とリハビリテーションの新しいあり方について、やはり施設ではつっこみ切れないような気がするからである。やはりリハビリテーション病院という、リハビリテーションを第一に考えている病院で、理解のある医師や病棟、そして他の療法士とともに、これまでにない新しい療法のあり方を探っていきたいと思っているからだ。

最初の頃は、そんなことを思ってはいなかった。今の病院に入職した当時は、やはりリハビリテーションとは何なのか?という根本的な部分が分からなくて、とても困惑した。そこから、リハビリテーションとはなんぞや?という疑問を解明すべく、様々な方面で行われる講演会や勉強会にも参加した。一時は、やはり福祉的な視点が必要なのではないかという思いを強くしたこともあった。機能回復なんて無理だろうってあきらめかけたこともあった。

しかし、今は多くの刺激の中から、本来自分が何をリハビリテーションに求めていたか、そして、今後のリハビリテーションに自分がどう関わっていきたいかが、明らかになってきたような気がする。恐らく、今が自分の旬なのだと思う。そのタイミングを逃したくはない。



2006年11月19日(日)

なんか1週間ごとに書いているから日記じゃなくなってきてるな。まあ、いいか。今週はエロエロはなくて、色々あった。

先週、事務長に諸々の要望書を出したが、一週間経っても反応なし。あ、これはかなり適当に扱ってるなと思ったので、さらにかなり主観的ではあるが、こちらの思っている問題点をまとめて、紙面で上司に提出。そして、納得のいくものが出てこないかぎり、「あっしゃ、この職場に残る理由はありませんのよ。」と説明。すると、翌日の夕方に事務長より呼び出しかかるが、まあ、いつもどおりの詐欺的会話の末、特に進展もなく終了。詐欺的な会話が更に心証を悪くして辞める気満々になる。

先週面接に行った病院から内定の話をもらうが、電話で断る。今週、ある施設から内定の書面をもらうが、これも断る予定。先日はあるリハビリテーション病院へ見学へ。なかなかいい感じ。来週も月曜日にある訪問リハビリの会社へ話を聞きに行くし、その翌日にはさらに別のリハビリ病院へ見学へ行く予定。と、まあ、こちらはどんどん話が進んでいて、12月末〜1月の中旬には次の職場を決めてしまう勢いで動いている。

どうしようもないバカ事務長の話を書いても仕方がないのだが、彼はやっぱり浮世離れしているというか、人の気持ちを推し量ることができないようだ。噂によればボンボンらしいし、仕方がないか。今回も、なんか目新しい話を持ち出したり、思いつきのアイディアを話していたが、これまでもそうした目新しい話や思い付きのアイディアでこちらに期待感を持たせて、ことごとく実現してこなかった。もう、バカにするのもいい加減にしろっつうの。

企業において、会社側から出される辞令や命令は絶対であることは確かだし、その実績に応じてできることができなくなることは良くあることだ。だから、別にこちらの期待が外れる事自体に文句を言うつもりはあまりない。しかし、同時に期待が外れることが続いたり、企業の実績が急落しているのを目の当たりにして、動揺しない人も少ないだろう。見事な理念の上に創立された企業であり、人として尊敬に値する上司が一人でもいれば、多少の不安があってもその企業のためになんとかと思えるのだろうが、うちの場合はそんなものが一つどころか、かけらもない。

ということで転職は決定的である。これまでの見学や面接から、自分なりの市場価値が多少なりともあるということを確認できたし、いつ辞めても困らないだろう。さようなら。バカ事務長。



2006年11月12日(日)

1週間日記をさぼった。さぼるといっても別に義務じゃないから好きなようにすればいいんだけどね。

今週は面接週間。月曜日に面接受けて、木曜日にも面接受けた。月曜日の方はまあなんとなく来てくださいみたいな感じだが、お断りする。木曜日の方はなかなか良いところだったが、まだ採用不採用の通知は来ていない。採用通知が来たら検討するつもり。まだまだ、面接を受けようと考えている。今の職場がどうとかこうとかよりも、色々なところを見に行き、話をすることはとても勉強になる。

元々は維持期や慢性期に焦点を合わせていたが、回復期とかでもいいかなと思うようになってきた。先日行った勉強会の影響もあるが、やはり療法士は患者さんの機能を回復させるのが仕事である。勉強会でも言われていたが、ICFなどは社会福祉の思想であり、療法士の専門性と混同してはならない。あくまでも障害者の機能を回復させる方略を常に模索しつづけることが重要だ。

もちろん社会福祉思想は大切だが、勉強会でも言われていた通り、それは療法士が目指すものではない。医師、看護師、療法士、MSW、家族、地域、患者に関わる全ての職種がそこを目指すべきである。社会福祉の視点こそ、チームアプローチが必要なのであって、療法士が行う機能回復はその一部分でしかない。セラピーとは治療なのであるということを改めて突きつけられたことで、今までの不明瞭な部分が晴れた気がする。

そうした気持ちの変化が、もう少し療法士としての技量を磨くことへの興味を持たせた。どちらかというと福祉や介護、ケア的な視点でセラピーを眺めることが多かった僕であるが、少し新しい境地を得たような感覚なのだ。



2006年11月05日(日)

2日半もの間監禁されたような勉強会が終了。いやー、正直きつかった。理解しようとする能力をフルフルに使ったせいか、おとといも昨日も夜は爆睡。三日目の今日は休んじゃおうかな〜なんて少し頭をよぎったが、朝は普通に家を出ていた。やっぱ自腹で二万円払って参加してるんだからね。

詳細な内容はいずれブログで書くとして、しかし、世の中には溢れるほどの情熱ですごいエネルギーで活動している人がいるんだね。本当にすごい。そうなりたいかどうかは別にして、そういう人たちが最先端を支えているんだろうなって思う。良く言われることだけど、最先端で世の中を引っ張っているのは集団のほんの数パーセントの人だけなんだってね。

僕はそんな人間になれるほどの努力をしていないし、したくなるような心もない。でも、この先は分からないよね。最初からあきらめるつもりはない。ただ、これって単なる形だけの憧れでは続かない。自分の心からそうなりたいと思わない限りなれないんだよね。僕は好奇心が強いほうだから、こうして色々な勉強会に参加したり、本を読んだりするのが好きだけど、あまり続かないんだな。いつか続く日が来るんだろうか。まあ、来ても来なくてもどっちでも構わないけど。

しかし、この仕事は奥深い。面白さはまだまだ僕の今のレベルの先の方にあるんだろうなって感じた。職場はイヤだけど。



2006年11月04日(土)

いやー、きつい。昨日からある勉強会に参加しているのだが、昨日は朝の10時から18時まで、今日は朝の9時から18時半まで、びっちりと講義が詰まっている。しかも、自宅から1時間以上かかる場所だから、朝もいつも通りに起きていく。正直、今日の2日目が終了してバテ気味だ。明日は午前中で終了予定。何がしんどいって、自分の専門分野ではないだけに一部の話が理解しづらいのだ。まあ、それを知ってて参加したのだから自業自得だけど。

ということで今日もすぐに寝る。最近23時までには寝てる。でも、朝は眠い。まだ若いな。



2006年11月01日(水)

サラリーマン生活でだらけた体になった時は、もう歳なんだろうかって思っていた。けれど、今は学生時代の体に戻りつつある。サラリーマン時代に大学のサークルに顔出して、学生時代の気分でプレーしたら見事にこけて鎖骨を折った。あの時はショックだったな。足が出ないんだもん。出せるつもりで、出したと思ったところに足が出ていなくて、他のプレーヤーに引っかかってドスン。ポッキ。(笑)

今日は職場のテニス仲間とテニスをした。動くんですよ。中学生や高校生の頃の全盛期の動きはないけれど、走れる。足が出てる。もし、何か劣ったところを挙げろといわれると、最初の一歩が出るのがやっぱり遅くなってるかな。昔だったら追いつけたところが、あと少しで追いつけない感じ。それ以外はそこそこ動けてる。体力というか運動神経ってのは、歳でそんなに落ちないんだね。落ちるのは普段の運動量とやる気なんだろうって思った。

朝晩の通勤での30分のウォーキング。ジムでの30分走。それだけ。それだけでかなり動きが戻ってきてるんだからすごい。やっぱり運動は足腰なんだね。自分の体が思うように動かせると、それは楽しい。自分の思い通りにならないと、それって心理的な影響さえ及ぼすんじゃないかと思う。特に昔スポーツをバリバリやっていた人が、子どもの運動会なんかで転んじゃったりすると、これはショックだろうね〜。「え?なんで?」って最初は理解できないかも。

体は動かすこと。大した運動じゃなくてもいいから毎日一定の量を。まずは簡単なところから。老け込むには早いよ。


 < 過去  INDEX  未来 >


石原たけし [MAIL]

My追加