思考過多の記録
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2000年12月31日(日) 見た後に跳べ

 今日が正真正銘、今年の、そして20世紀の終わりである。昨日の日記にも書いたが、本当にこの1年はいろいろなことがあった。特にここ数年は、これまでには考えられないような事件が立て続けに起こったという印象がある。つい昨日も、まるで駆け込みのように高校生カップルによる血生臭い事件が報道されていた。時代の変化が早く、既存のカテゴリーには収まり切らない事象や、常識を覆す出来事が日々起きている。まるで川底の砂が流れによって少しずつ削られていくように、僕達の社会は根底からゆっくりと変わろうとしている。
 こういう時に「時代を超えて変わらないもの、それは人の心の温かさです」などという言説に惑わされてはいけない。確かに時代の流れとは無関係に不変なものとしてあり続けるものもある。また、民族や文化の違いを超えて普遍的な価値としてもいいこともあろう。しかし、これから始まる新世紀は、一言で言って「一寸先は闇」の世界といっていいと思う。これまでも基本的にはそうだったが、ますます確実な予想というものが立たない状況になっていくであろうと思われる。あらゆることに対して全く逆の予測がなされ、どちらも確からしく見えてしまう。先に進むことも躊躇われるが、動かないことは死を意味する。加えて、これまで先送りにされてきた数々の問題が、決済の日がやってきたのだとばかりに僕達に請求書を突きつけてくる。そんなシビアな時代はすぐそこだ。いや、もはや僕達はそんな状況に突入しつつある。
 「見る前に跳べ」とい大江健三郎の小説がある。僕はどちらかというとそうすることが苦手だ。跳ぶ前についつい見てしまい、足が竦んでしまう質だ。結局跳ぶことができずに後悔する結果になる。しかし、そんなことを言ってはいられない。来るべき21世紀に僕が目指すものは「見た後に跳べ」。希望的観測という偽りの光に惑わされることなく、目の前の闇に目を凝らし、できるだけ客観的な情報を得た上で、踏み切る勇気とできるだけ遠くまで跳べる跳躍力を持ちたいものだと思う。
 こうして20世紀も終わる。偉そうなことを言っても人間はなかなか本質的には変われない。来年も僕の思考過多は直りそうもない。引き続きお付き合いいただければ幸いである。
 それでは、よいお年を。


2000年12月30日(土) 20世紀の終わりに

 2000年も間もなく終わろうとしている。そんなわけで「この1年を振り返る」という企画がマスコミを賑わしている。加えて今世紀最後の年でもあるので、「20世紀を振り返る」という、まさに百年に一度の特集まで登場している。音楽CDにも「ミレニアムヒット」の類のベスト版が幾つも発売されているくらいだ。考えてみれば、僕は2つの大きな時代の変わり目を生きることになる(まだ断言はできない。何しろ、まだ1日ある)。ひとつは、昭和から平成への変わり目であり、もうひとつが世紀の変わり目である。
 「大きな時代の変わり目」といっても、考えてみれば自然に流れていく時間に人為的に区切り目を入れたというだけの話であり、本来深い意味はない。別に区切らなくても時間はたつのだから。ただ、人間の意識というのは不思議なもので、たとえ人為的なものであっても一旦区切られた単位ができると、それに縛られるようになる。例えば「昭和」という時代に何かしら共通する空気があったかのように感じられてしまうのだ。よくよく見てみれば、軍部が台頭してくる昭和初期と、高度経済成長からオイルショックへとなだれ込む戦後の後半部分とでは、時代の雰囲気も違えば社会のシステムも人々の生活も意識も全くかけ離れている。なのに人々は「昭和」という一区切りの時代としてとらえ、回顧したり意味づけしたりするのである。同様に、「世紀末」というと何となくある種の雰囲気が漂う。少年による凶悪犯罪が多発したりして、社会に不穏な空気が流れたりすると、思わず「世紀末的状況だね」などと口走ってしまうのだ。
 また、大概こうした時代の単位が意識されるのは、当然のことだがその時代の終わりである。つい去年くらいまで、大抵の人は「20世紀を生きている」などと意識していなかったと思う。今年も今くらいになって初めて「テクノロジーの発達によってグローバル化し、大小の戦争が繰り返された、これまで人類が経験したことのない希有な世紀を自分は生きてきたのか」と感慨に耽るという次第だ。しかも、そういうものだと頭では理解しても、正直いまひとつ実感はわかない。何だか自分の日常生活とはかけ離れている感じがするのだ。
 しかし、こういうこともあながち無意味ではあるまい。その時代のただ中を生きている人間には、なかなか自分たちがどんな状況におかれているのかは見えないものだ。だからバブルが崩壊するなどと夢にも思わずに株を買い続けたり、後先を考えずに世界を相手に宣戦布告してしまったりするのである。とても正気の沙汰とは思えない。だがそれは結果を知っている現在の時点から振り返るから分かることである。まさに人生(歴史)は前向きにしか進めないが、後ろ向きにしか理解できないものである。流れる時間を止めることはできないが、その中で少しの間だけでも立ち止まって、来し方行く末に思いを致すことは大切だ。動きながら正しい現状認識ができればベストだが、それを完璧にやってのける人間はそうそういない(少なくとも僕にはできない)。それに、過去を振り返るのは結構楽しい。そのただ中にいる時には見過ごしていた意外なものを発見したり、その時には気付かなかったある事象の別の側面や意味を再認識したりすることができる。他人が動いている時に自分だけ止まるのは勇気がいるし、「後ろを振り返らない」ことが格好いいとされている。けれど、それまでの経過と現状を冷静に振り返り、その成果と問題点を明らかにすることによって、今後の方向性は見えてくるものだ。わき目もふらず、ただがむしゃらに(あるいは思考停止状態で)前進するのみでは、進路を見誤ったり前方の障害物を避け切れなかったりする恐れがある。僕達のいる社会や人類の歩みを少しだけ冷静に振り返る機会として、「世紀末」が与えられているのかも知れない。そうでもしなければ人類は少しずつでも進歩することすらできないと考えて、我々の祖先の誰かが時間に区切り目を入れることを考えたのだとすれば、その人はなかなか先見の明があったといえよう。
 勿論、それでもなおかつ人間は過ちを繰り返す。そして、何も考えなくてもあと数時間で21世紀はやってくる。悔やんでみても始まらない。けれど、せめて僕達が次に時間の区切り目を迎える時(それはもしかしすると自分の人生の終わりかも知れない)、できるだけ悔いが残らないようにはしたいものである。


2000年12月26日(火) You may say I'm a dreamer

 つい1・2年くらい前まで、僕は自分のことを理想主義者だと思っていた。しかし、どうもそうではないらしい。どちらかというと僕は、かつて自分が敬遠していたはずの現実主義者のようである。現実主義というと、何となく現実に負けてしまったことの言い訳の匂いがする。現状追認というのが青年時代の僕には許せなかったのである。
 20代の頃の僕の脚本は夢や理想を追う主人公の話が多く、登場人物達は「変革」や「革命」を叫んでいたものである。彼等は理想を語り、その実現のために行動しようとしていた。現実の自分がそうだったとはお世辞にもいえないが、おそらく脚本の登場人物達に自分の理想像を投影していたのである。若い時代にはありがちなことだが、世の中全てが間違っているような気がしていたのだ。それは、ありうべき理想の状態を基準にして、そこから逆算して現実を認識していたからである。理想と現実がかけ離れているならば、変わるべきは現実の方である。そして、現実を変えなければならないのは僕達だ。そう強く信じていた。そしてそう口にしてもいたし、いろいろな文章にも書いた。そんなこんなで、その頃の僕は所謂「理想主義者」だと自他共に思っていたのだ。
 しかし、いつの世の中でもそうだが、多くの場合理想は現実の前に敗北する。そして僕も実はそのことをはっきり分かっていたのだ。脚本の中でも、変革を企てた主人公達の行動は必ず封じ込められていったし、彼等の夢は常に挫折を余儀なくされていた。また、理想を語る主人公の横で、必ず醒めた目で現実を見つめるキャラクターが登場していた。理想を語ってみせることで、僕は自分が現実に負けたわけではないと思いこもうとしていたのかも知れない。理想主義を標榜することは、現実を変えられなかったことに対するアリバイ作りに過ぎなかったのだ。悲しいけれど、そういわれても仕方がない。この国の多くの革新政党(野党)も、状況としては全く同じである。彼等にはそもそも理想の実現に対するプランも意欲もなかったのである。
 30代も半ばにさしかかろうとする今、僕はかつてのように理想を語ることができなくなった。それは、結局僕達はどう転んでも現実の中でしか生きていけないということを知ってしまったからである。だからといって、かつて僕が標榜していた理想の全てが無意味だったとは思っていない。理想から見れば現実は惨憺たるものであるが、ここを出発点にして、どうしたらその状態に近づいていくことができるのか、そのための問題点は何かを見極めるために、僕は現実を直視しようと決めたのである。そうすることでしか、本当に理想を実現することなどできない。また実現され得ない「理想」は画餅にすぎない。それこそ犬にでも喰われてしまえばいいのだ。変革とは、理想と現実のこの微妙なバランスをうまくとりながら、少しずつ行われていくものなのである。
 現実に負けたくないから、理想(夢)ではなく現実を語る。人はそんな僕を「理想主義者」と呼ぶのだろうか。


2000年12月25日(月) 「つながる」ということ

 年賀状の季節になった。最近はネット上でも年賀状をやりとりできるが、やはりまだ葉書が主流であろう。虚礼廃止ということで、一切年賀状を出さないと決めている企業や個人もあることはあるが、こちらもまだ少数派だ。とはいえ、やはり時代の流れには逆らえない。僕自身のことを考えれば、葉書などというもののお世話になる機会は年賀状と暑中見舞いくらいである。手紙(封書)に至っては、メールを導入して以来めっきり書かなくなった。それまで僕は手紙が結構好きで、よく物理的に離れてしまって会えなくなった友人に書いたりしていたものである。
 メールや携帯が広く普及し、多くの人が利用するようになったことに眉をひそめる向きもある。コミュニケーションの密度や内容が薄くなったとか、言われていることは様々だ。実際に携帯やネットの依存症のような状態になる人もいて、問題になったりしている。ただ、やはり便利だ。携帯やネットの利用者の多くがその利点として挙げているのは、すぐに(または任意の時間に)相手と連絡が取れるということである。これは即ち、いつでも誰かとつながった(もしくは、いつでもつながることができる)状態でいられるということだ。この「誰かとつながっていたい」という欲望を具現化したものが、携帯でありメールなのではないかという説には、結構説得力がある。
 大雑把に言って、携帯やメールの登場以前に人とつながる手段は電話であり(ポケベルもあったが、携帯やメール程には広く普及しなかった)さらにその前は手紙であった。手紙という原始的(アナログ)な手段は、その人の筆跡が直接届けられるという点でメールとは異なるし、何よりも紙という実体を伴っているので重みがあるように感じられる。電話は基本的にリアルタイムの話し言葉によるコミュニケーションであるから実体がなく、伝わるそばから消えていってしまう。メールは勿論記録に残るが、筆跡がないため、本当に相手が打ったものなのか、またどんな状態(気持ち)で打ったのか等が読みとれない場合がある。どちらも手紙に比べると無機的な感じがすることは事実だ。言い換えれば、電話線や電波を介して行われる分、非常に間接的なコミュニケーションという感じがするのだ。ある一定以上の年代の人に携帯やメールに対して抵抗感があるのは、無機的=人間味がない=直接相手とつながっていないという図式が頭の中に出来上がっているからであろう。
 だが、本当に手紙の方が直接的なのだろうか。僕は最近逆の感じを持っている。つまり、手紙は自分の手を離れると郵便のシステムに乗り、集配の人や仕分け機を通ったりする等多くの行程を経て漸く相手に送り届けられる。何となく自分の全く与り知らぬところで開封されるというイメージなのだ。本来は手紙を介して相手とつながれる筈なのだが、封をして投函した瞬間にもそれを実感できない。一方メールは電話回線とコンピュータを通じて、データとして相手に届けられる。自分の家のパソコンから相手のパソコンまでは物理的につながっているのだ。携帯はもっと分かりやすい。自分の持っている携帯から発せられた電波が、基地局の機械やアンテナを経て相手の携帯に直接届くのである。ここでも電波という目に見えない一本の道筋が相手に向かって伸びている。しかも、手紙は配達される時間が限定されているし、情報にタイムラグができるが、メールや携帯は「いつでも何処でもリアルタイムでつながれる」のである。
 「いつでも誰かとつながれる」手段を持っているということは、それだけで「誰かとつながっている」状態にあるかのような安心感が得られる。どんな人にとっても孤独は辛いものだ。携帯やパソコンの電源を入れて出会い系のサイトにアクセスすれば、つながりたい相手を捜している人間を見つけることができる。どんな種類(または質)のコミュニケーションであれ、「自分は1人ではない」と実感できるものを手に入れられるのだ。しかし、それは携帯やパソコンの電源を切った時に僕達の周りに広がる現実世界(日常)が、自分と誰かがつながっていることを実感しにくい場所であることの裏返しであるといえはしないか。鳴らない携帯や空のメールボックスを見ることが、だから僕達には最も怖いことなのだ。電話回線や電波という誰かにつながる目に見えない一本の糸は、僕達のか細い命綱のようなものなのかも知れない。
 かくいう僕自身も、本来人目に触れないことを前提として書かれるはずの日記を、こんな場所で書いている。もしかするとこの文章を読んでいる見も知らない誰とつながっているのかも知れないという微かな期待によって、僕は何とか自分の存在を確かめている。


2000年12月24日(日) 何となく、クリスマス

 クリスマスイブということで、日本の何処にこんなにいたのかと思うほど多くのサンタクロース達が、街角の至る所でクリスマスケーキを売っていた。街はイルミネーションで飾られ、華やかなショーウインドウの前をカップルや家族連れが歩いている。見慣れた年末の光景である。しかしよく考えてみると、このキリスト教の一行事であるクリスマスが、一体何故ここまでこの国に定着したのか不思議である。例えばこの国のオリジナルな宗教である神道の行事で、僕達が知っているものがいくつあるだろう。輸入品であるクリスマスの方が僕達には馴染み深く、元々この国にあった筈の「伝統的」な行事は忘れ去られている。
僕は何もここで日本的伝統の復権を説こうとしているのではない。考えようによっては、現在の日本のクリスマスのあり方は、きわめて日本的である。そもそもクリスマスはキリスト教に由来しているが、ヨーロッパの国々ではそれぞれの国の民俗的な要素(例えば土地の妖精等)と結びついて色々な行事が行われているようだ。贈り物の交換や子供にプレゼントをあげるというのもそういった習俗の中に位置づけられており、国によってはサンタクロースにあたるものが日本でいうナマハゲの要素も兼ね備えていたりする。ところがこの国では、そういった民族的な裏付けや、元々あったものと結び付いて変化したという形跡は見られない。強いていえば、ケーキ屋や玩具業界、はたまたその他の様々な産業や小売業界といった、所謂商業主義がベースになっているといえよう。クリスマスは恋人達にとって特別な日であるという思想も、この国の習俗とは何ら関係ない。おそらく誰かが時代の流れを読んで、商業的に仕掛けたのであろう。
物でも思想でも文化でも制度でも、そして神さえも、この国はこれまで海の向こうのあらゆる国から貪欲に仕入れて、無節操とも思えるやり方で社会に取り込んできた。それが悪いと言っているのではない。新しい服を買って着てみたら案外ぴったり合った。でも実は着方は自己流だった。そういうことである。それこそがこの国の「伝統的」なやり方である。本来国や社会や文化というものは太古の昔から全く不変であり、今を生きる僕達はそれを正しく受け継ぎ、次の世代に正しく伝える義務がある、などというものではないのだ。クリスマスにケーキを買ってクリスマスツリーにイルミネーションを点すのは、もはや立派な年末の「伝統的行事」である。かつての伝統文化とそれが全く切り離されているのは、この国の社会が大きく変わったことの表れなのだ。そう、クリスマスは今の僕達にとっての年に一度の「お祭り」なのである。
因みに、恋人のいない僕は、今年もこの祭りに参加できなかったのだった。


2000年12月23日(土) 奉仕の義務

 教育改革国民会議という首相の私的諮問機関が、今後の教育の在り方についての最終答申をまとめた。前々から論議になっていた、所謂「奉仕活動の義務化」もしっかり盛り込まれている。これは教育基本法の改正や道徳教育の強化と並んでこの答申の目玉である。小・中・高校の児童・生徒は定められた期間、奉仕活動をしなければならなくなるのだ。18歳以上の青少年にもやらせる方向で考えているという。戦争中の「勤労奉仕」のイメージらしいという説もある。具体的には農業や福祉の現場などでの補助的な作業というのが望ましい内容とされているようだ。それによって今の子供達に欠けている人間性や社会性を育成するのだそうである。
 「奉仕活動の義務化」という何度聞いても違和感の残る言葉に、教育改革国民会議がどんな教育を目指しているのかが端的に表れている。言うまでもないことだが、「奉仕」は「義務」ではないからこそ「奉仕」なのだ。他人の利益や幸せのためにある程度自分を犠牲にして行うというのが奉仕活動の趣旨であり、本来は自発的に行うものである。それを上から命令してやらせるというのは「強制」以外の何ものでもない。これは、‘形(上辺)だけ’の発想である。よくこういう人達が好んで使う「服装(髪型)の乱れは心の乱れ」、すなわち内面の乱れが外面(=形/上辺)に表れるという奴とちょうど逆の関係にある考え方だ。よくいじめ問題が発覚した学校で、生徒と心を通わせるために「校門での挨拶運動」を始めたりするのに似ている。とにかく外側だけ整えて、その鋳型の中に人間をはめ込めば、自然に心(内面)にもその精神が浸透していくということである。そこでは子供本人の意思は全く考慮されない。彼等に言わせればそれは「わがまま」であり、軟弱な精神の表れである(そしてそれは全て「戦後教育」が作り出したというのが彼等の主張だ)。教育とはある種の強制であり、大人が子供にたたき込むものだという考え方が、この提言の根底にある。そうすることに対して及び腰になり、個性尊重と称して大人が子供の言いなりになってきたことが今日の教育の荒廃を招いたと、彼等は声高に主張する。命を大切にし、他人を思いやり、国や伝統文化を尊重する日本人を育てなければならないのだと。
 しかし、大人達から強制されて「奉仕活動」をやらされた子供達が、果たして「他人を思いやる心」など育めるのだろうか。そして彼等は本気でそう考えているのだろうか。もしそうだとするなら、こういうことに否定的な考え方を「理想主義であり、現場を知らない人間の論理だ」と非難する彼等の方こそ、現状認識が甘いと言わざるを得ない。日常の情報量などは大人よりも子供の方が多く持ち、社会の裏側や大人の狡さを知り抜いている今の子供達に、こんな子供騙しにもならない稚拙なやり方が通用する筈などないではないか。子供は、彼等が考えているのとは全く違った意味で、昔の子供ではないのである。もし子供を本気でよく育てようと思ったら、大人は今の何十倍、何百倍も頭を使って考え、議論を重ねなければならないだろう。何よりも教育の主役は子供なのであるから、子供達自身で考え、また子供達と話し合う機会を持つとが大切である。
 「奉仕活動の義務化」という発想の背景にあるのは、とにかく子供に大人の言うことを聞かせたいという、この国の支配層を形成する大人達の強い思いである。そこには、かつて「大人」「国」「社会」が持っていた権威を取り戻したいという大人のエゴが剥き出しの形で表れている。子供自身のために、子供をどう育てるのがいいのかという視点は全くない。逆に言えば、大人はそれだけ追い詰められているのだ。しかし、その原因は大人達が作り出していることは否定できない。もし本当に奉仕活動が義務化されたら、‘形だけ’を追求して本当に自分達のことを分かってはくれない大人達を、子供達は全く違ったやり方で追い詰めていくことになるだろう。


2000年12月19日(火) 原理と現実

 原理を大切にすべきか、それとも現実をより重視すべきか。これはあらゆる問題において僕達が直面することである。「現実」と対になるのは普通は「理想」である。だが、理想とは物事の「原理」を実現した状態という意味ではないかと僕は考える。したがって、ここでは「原理主義」について考えたいと思う。どんな原理に乗っ取って社会を作るかというような大問題から、手の届きそうな相手で満足するか、それとも自分の理想の相手が現れるまで待つべきかといった下世話にして切実な問題に至るまで、この2つはことごとく対立している。
 物事の原理を重視し、そこから逆算して現実を構築しようとするのが原理主義である。その立場からすれば、原理に照らして現実が間違っていれば、いかなる手段を用いてもこれを正さなければならない。間違った現実は破壊されなければならないのだ。もし現実が原理から外れているならば、現実が原理に歩み寄らなければならないというのが原理主義の思想の根本である。世界中でテロを繰り返しているイスラム原理主義の考え方はこれだ。しかし、どんな物事も原理の枠組みの中では運ばないのが世の常である。そこからはみ出してしまう部分にこそ、その物事の本質があるともいえるのだ。原理だけに従って物事を進めようとすれば、当然無理が生じ、周囲との軋轢も生まれる。「そうは言っても現実は…」というわけだ。そこで、現実に合わせて臨機応変の対応をとったり、柔軟に考えたりすることが必要になってくる。所謂「現実主義」である。
 しかし、ここで問題なのは、あまりにも原理が軽視されてしまうと、今度は行き当たりばったりの現実の中で、目先の利益や楽をすることだけ考えた選択が繰り返されることになりがちなことだ。現時点での選択と、その一つ前の時点での選択とがお互いに矛盾しているような整合性のない状態を続けていると、長い目で見たときそれは決していい結果を生まない。今の現実から考えて行った施策が後々困った問題を生んで、新たな「現実」として僕達の前に立ち現れるのはよくあることだ。生活を便利にしようと作ったあらゆる製品が、ゴミの山を築いて処分場を埋め尽くしているように。現実を優先することは大切かも知れないが、そのことに対してあまりに無批判・無節操であってもいけない。
 今僕達を取り巻くあらゆる問題が、おそらく「原理」を蔑ろにしたことから生じている。そのツケを僕達は払わなければならない時期にきているのだ。だが、既存の「原理」を振り回せば物事が解決するというものでもない。現実を無視した原理の押し付けは、必ず新たな問題を生む。しかし、もっと困ったことには、実は僕達は、自分が思っている程現実が見えていないのだ。本当の意味で現実と向き合うためには、全く新しい「原理」を作り出さなければならないだろう。折しも新世紀である。新しい「現実」が、僕達のまだ知らないところで生み出されようとしている。


2000年12月18日(月) 小心者の罪

 僕を知っている人には意外に思われるかも知れないが(そして、僕をよりよく知っている人には理解できることなのだが)、僕は結構人見知りをするタイプである。初対面というのに滅法弱い。最近は年の甲(?)でだいぶ慣れてきてはいるものの、それでも苦手なことは確かである。営業職の人間などは、初対面も何のその、見ているとまるで十年来の付き合いであるかのように打ち解けて喋っていたりする。そういう人を見ると心底羨ましい。思うに僕のように人見知りをするタイプというのは、相手への警戒心を抱きやすく、それをうまく隠すことができない。相手がどんな人間か(自分にとって敵か味方か)を判断できるまでは自分をガードして、ある一定以上は近付けないようにしてしまうのである。また、自分から進んで相手の中に入り込んでいくことができない。早い話が小心者なのである。自分を晒す勇気がないので、相手が自分の扉をノックするか、無理矢理にでも開けてくれるのを待ってしまうのである。このように、人間関係に臆病というのは何かと損をすることが多い。時にはそれが誰かに影響を与えてしまうこともある。
 夕方、僕は地元の本屋で立ち読みをしていた。単行本の棚の前に平積みになっている本を物色していた時、ある本の山の上に自転車の鍵らしき物が置かれているのがふと目に入った。誰かが置き忘れていったのだろうか。気にはなったが、僕はその時手に買おうと思っている本を持っていた。取り敢えず誰か来ないかを確認して、僕は少し離れた文庫本の棚の前に移動した。もし誰も現れなければ、この本を買う時にレジへ持っていくつもりだった。
 そこで立ち読みしていると、暫くして1人の背の高い細身の女の子が店に駆け込んでくるのが見えた。僕は本を読むふりをしながら、視界の端でその子をとらえていた。中学生くらいだろうか。彼女は本棚の前を暫くうろうろした。ポケットに手を入れ、終いにはその場で小物入れのようなものを取り出し、中を探り出した。明らかに何かを探している。そして、ひどく焦っているように見えた。彼女と僕の距離は数メートル。いや、1メートルもないかも知れない。おそらく彼女の捜し物は僕がさっき見付けたあの鍵であろう。教えてあげるべきか。いや、しかしそれが全くの勘違いだったとしたら…。僕が迷った1分もない間に、彼女は僕の横をすり抜け、表通りへ走り去っていった。彼女が店を出たとき、一瞬立ち止まったときに見えたその横顔には、焦燥と絶望が入り交じって表れていた。
 なぜあの時、僕は彼女に声をかけなかったのだろう。「この鍵、あなたのですか?」たったそれだけのことである。もし間違いだったとしても、それは彼女にとっては何でもないことの筈だ。ごくわずかな、他人にとってはとるに足らないほどの恥ずかしさから逃れるために、僕は彼女の絶望を生んでしまったのだ。いい歳をして、一体僕は自分の何を守ろうとしたのだろうか。見知らぬ人間に対して反射的に守りに入ってしまう自分が本当に情けない。長年のうちに身に付いてしまった習性は、なかなか変えられないものである。いつも他人のことを偉そうに批判しているが、僕には本当はそんな資格はないのかも知れない。
 結局僕はその鍵をレジに預けてその店を出た。あの後彼女はどうしたのだろう。自転車に乗れずに家まで歩いて帰ったのだろうか。心当たりの場所を探した後、もう一度あの店に来て、レジの人に尋ねてくれればよいのだが。それとも全てを諦めて、自転車を捨てることにしたのだろうか。
 彼女の横顔が今も僕の目に浮かんでくる。他人から見れば、おそらく何ということもない些細な出来事であろう。しかし僕にとっては、自分が本質的には何も進歩していないことを思い知らされた、心に重い石でも入れられたような‘事件’であった。ここでそれを「告白」したからといって、この小心者の罪が赦されるわけもないのだけれど。


2000年12月16日(土) 姿なき殺人者

 どんな理由であれ(または何の理由もない場合であれ)、人の命を奪うことは悪いことだとされている。最近この国ではこの前提も怪しくなっているとはいえ、実際に何らかの方法で人を殺せば、法律的にも社会的にもその人間は罰せられる。場合によっては自分の命をもってその罪を償わなければならない。しかし、人は目に見える殺人者によって命を失うだけではない。実際に手を下さなくても、人は誰かの命を奪うことがある。
 ある出版社で週刊誌のグラビアを担当していた入社2年目の若い編集者が、急性左心機能不全でその命を失った。所謂「過労死」だった。医学的にもそれを裏付ける検死の結果が出ている。にもかかわらず、誰もその責任をとろうとしていない。こういう職業にありがちな話であるが、彼の仕事は多忙だった。1日平均13時間労働が日常化し、休日も仕事がらみのインタビューとその結果のとりまとめ等に追われていた。責任感が人一倍強い人だったそうである。そうまでして仕事に打ち込み、会社のために働いた結果命を落とした彼に対して、会社も彼と同じ職場の人間も、そして彼の死が「過労死」かどうかを判断する行政や司法も、概して冷たいという。所謂「裁量労働制」(仕事をした時間に対してではなく、やった仕事の量に対して賃金を払う制度)をとっていた職場であるから、仕事の案配は自分で工夫できた筈だ。同じ職場で他に死んだ人間はいないではないか。この種の職場は遊びながら仕事をしているようなところがあるから、労働密度が高いとはいえない。入社以来ずっとその仕事の仕方できているのだから、この死が仕事に起因しているとはいえない。これが行政や司法の彼の死に対する見解である。こういう見方は全て、その背景に「死んだのは、お前のやり方が悪かったせい、つまり自分の責任」という考え方が潜んでいる。弱者を守ろうという気は更々ないようである。これだけ働かせていた会社は、勿論知らん顔である。そして同じ職場で働いていた人間達は、この事件に対しては何の反応も示していない。深夜に及ぶ長時間労働も、休日に会社の外で仕事をしていたことも、全てその人が‘自発的に’やっていたことで、この職場では当たり前のこと。それで死んだのは仕事のやり方が悪かっただけであり、結局は自分の責任だ。彼等はそう考えているのだろう。そうでなければ、人1人死んでいるにもかかわらず、彼の所属していた労働組合が「中立の立場」などと涼しい顔をしていられるわけはない。誰も彼の死に対して声を上げていないのだ。何か言って会社とことを構えたくない、という思いも強いようだ。
 確かに彼は病死である。だが、これは殺人だ。彼は「裁量労働制」という制度に殺されたのだ。それだけではない。その制度の下で働いていた職場の人間達も同罪である。彼等は自分達が働きやすいように会社に適正な人員配置を要求する等、労働条件の改善に声を上げなかった(「そんなことをすれば自分が首を切られる」というのは、その職場に労働組合が存在している以上、単なる言い訳にすぎない)。会社はそんな非人間的な仕事の実態を知りながら放置した。「自己責任」で死ぬまででも働いてくれれば好都合というわけだ。そして、行政も司法もこれまでずっとこういう実態を容認するような政策・判断をとり続けてきたのだ。彼等の誰1人として直接手を下してはいない。だが、実際に彼を死に追いやったのは彼等である。こういうことは、彼の事例に限らず、この国の、いや世界の至る所で起こっているのだ。
 直接手を下して人の命を奪う者達は目に見えるので、非難され、法的・社会的に罰せられる。だが僕は、間接的に人を死に至らしめる者達に対して、より強い怒りを覚える。そういう者達を、僕は決して許すことができない。


2000年12月09日(土) この世に1人だけ

 僕の大学時代の友人に先日久しぶりに会った。その時彼はこんなことを言った。大学時代、同じサークルの友人にこう言われたそうである。「たとえ人類が全員滅びて、地球上にお前だけ生き残ったとしても、お前はお前のままだろう」。これを読んだ当時の彼は、とても悲しくなったという。たった1人になってしまっても変わらない自分というのは一体何だろう。自分は他の人間とは全く無関係に存在しているようではないか。そう彼は思ったのだ。実は、彼をよく知る(と思っていた)僕も、彼の友人と同意見であった。いや、今でもそうかも知れないと思っている。
 僕が彼と出会った当時も、そして今も、彼は確固とした自分の世界を持っている人という印象が強い。ファッション、好きな音楽や映画、煙草の銘柄やライターのメーカー等々、彼には独自のこだわりがある。彼の文章には独特の文体があるし、何よりも全体から醸し出される雰囲気に、彼らしいとしか形容のしようのない独特の雰囲気があるのだ。勿論彼は、これまで出会ってきた様々な人々や映画、音楽などから影響を受けながら、その世界を形作ってきたのだろう。だが、傍目から見るとその世界は全く揺るぎないものとして確立されていて、ちょっとやそっとでは崩れ去らない強さを持っている。だから彼の友人のような発言が出てきてもおかしくはないと僕には思えた。彼自身、今ではそういう生き方を肯定しているようである。実際、周囲の状況の変化にも関わらず、彼のライフスタイル(生き様)は基本的には学生時代のままである。彼は確固とした自分というものを持っているのであろう。
 別に彼の生き方を否定するわけではないが、人間にはアプリオリに固有の人格があるわけではないと僕は思うのだ。周囲の状況や家族や友人といった様々なファクターに影響を受けながら、人間の人格は形成されていく。だから、その姿は不可避的に、それもしばしば本人の意思を超えて変化していくものなのではないだろうか。その意味で、人間の人格はその人と関わるあらゆる人間(や事象)とその人との関係性の交点に成立しているといえる。自分と周りとを結びつけるこの関係性だけが、自分が何者なのかを規定しているといってもいい。「私」が「私」自身を認識するには、「あなた」の存在が不可欠なのである。そのあり方は実に多様で、「これこそが本当の自分」と言い切れるものはおそらくない。その人が持つことができる関係の多様性が、その人自身の多様性を生み出す。これは、「八方美人」や「世渡り上手」ということとは本質的に異なる。そういう表面上の付き合いは、他者と本当の関係性を結んではおらず、むしろ深層部分でそれを拒絶する行為といえるだろう。いくつもの多様な関係性の中から、それを深層部分で結びつける「自分」という固有の人格が立ち現れてくるのではないか。そしてそれは、周囲との関係性の変化に伴って、当然移ろいゆく宿命を持つ。
 この世にただ1人取り残されるということは、その関係性が消滅するということであり、とりもなおさずそれは自分の存在を規定するものを喪失するということでもある。たとえ肉体が生き残っても、「あなた」がいなくなれば「私」は消える。人間とは、そんな儚い存在なのである。もしそうでないとするなら、人間とはなんと孤独な存在であろうか。そして、その孤独に耐えられないことは、果たしてその人間の弱さを意味するのだろうか。
 確固とした自分を持つ人間に憧れる彼は、ひとつの物語の構想を持っている。幕末の志士・土方歳蔵が現代に蘇る。それでも土方は土方であり続け、彼に惹かれた者達とともに土方は自分の理想を貫こうとするというストーリーだ。この設定で僕が物語を作るとすると、おろらく僕は、土方という人間が現代という時代や新しい人間関係の中で変化していく過程を描こうとするだろう。僕と僕の友人のこの違いが、彼は新婚で僕が未婚という差になって現れているとは考えたくない。


2000年12月02日(土) 見せたくないものは存在しないか?

 「バトル・ロワイヤル」という映画について、国会議員達がクレームをつけたそうである。原作は昨年出版されて話題になった小説だが、1クラスの中学生同士が殺し合うという衝撃的な内容で、当然残虐な描写が多い。これを映画化すると、必然的にそういうシーンが多くなる。これは青少年に与える影響が大きいということで問題視されたのだ。映画は間もなく公開されるが、それに先だって、クレームをつけた国会議員達に対する試写会と監督との懇談会が先日行われた。映画を見た国会議員の多くは、「青少年がこれを見て凶悪犯罪を起こす可能性がある」「未成年は見られないように何らかの規制をするべきではないか」といった感想を語ったそうだ。若手代議士の中には「是非見せるべきだ」という意見を述べた人もいたようだが、大勢はこの映画に対して否定的であったとのことである。
 僕は原作の小説を昨年読んだ。ことさら賞賛するつもりは毛頭ないが、一気に読ませる力作だなとは思った。登場人物がかなり類型的であることや、事件の経過を追って書かれているため、ひとつひとつのエピソードに深みがなく、全体的に書き込みが浅くなっているところなど食い足りなさは残るが、エンターテインメントとしてはよくできていると思った。だが、何といってもその設定が設定なだけに、きっと問題視されるだろうなとは感じていた。事実この小説は、ある賞にノミネートされながら、最終審査の段階で審査員の多くから問題視され、結局受賞できなかったという経緯がある。それにしても、(特にこの国の)人々は何故こうまでこの種の芸術作品を敵視するのだろうか。暴力やセックスの描写があると執拗な拒絶反応を示す様は、見ていて滑稽ですらある。
 凶悪犯罪が発生し、犯人が逮捕されると、メディアや識者といわれる人々は決まって映画やビデオ、小説等を持ち出し、事件との因果関係を言い立てる。まるでそれらが真犯人であるとでもいうかのように。しかし、例えばホラー映画を見た人間が猟奇殺人に走り、レイプシーンのあるビデオを見た人間が性的犯罪を犯すなどという短絡的な図式は、本当に成立しているのだろうか。統計的にも、何らかの因果関係が認められるとする結果と、殆ど関係はないとする結果とがあって、完全に立証されてはいない。人間の思考と行動は複雑で、そんな単純な図式で全てが説明されるはずもないことは、少し考えれば分かる。だが、単純なことは理解しやすく、多くの人々に受け入れられやすい。悪者を特定し、全てをそいつのせいにしておけば、それさえ封じ込めてしまえば問題は解決するのだから安心である。そこから、暴力的、残虐なシーンや過激な性的描写がある作品を規制し、特に精神的に未発達とされる未成年の目に触れないようにしようという動きが出てくるのだ。
 しかし、未成年にとって悪影響を与えるものか否かを、一体誰が、どういう基準で決めるというのか。そもそも、そんなことができる資格のある「大人」は、この世の中に存在するのだろうか。あの国会議員達が、自分達こそがその資格ありと考えているとしたら笑止千万である。第一、大人がやってあげなければ、未成年がその芸術作品の価値や意味等を判断し、どう受け取るかを決められないと本気で考えているとすれば、それは未成年(子供)に対する侮辱であり、子供を全く信用していないということになる。「教育上問題だ」とこういう問題に対して決まって大人は口にするが、頭から子供を信用せず、大人の価値観を押しつけるようなやり方こそ、教育上大きな問題があるのではないか。
 大人の価値観で「悪い」とされた表現は目に触れさせないようにするという‘純粋培養’的な思考は、政治家のみならず僕達一般市民の中にも根強くあるものだ。だが、たとえ現実にある問題を子供の目から隠しおおせたとしても、それは何の解決にもならない。人類の長い歴史の中で、世界中の大人も子供も、様々な理由から目を覆いたくなるような残虐行為(その最たるものは戦争である)を行ってきたし、また現在も行っている。その事実は消しようがない。だから、そうしたことを伝える表現を、僕達大人は抑圧するべきではない。でないと、そうしたことについて考え、情報を選択する力を子供達は失うことになる。「バトルロワイヤル」という作品を封じ込めるよりも、何故こういう作品が書かれたのかについて考察することの方が、余程教育的に意味があるのではないだろうか。
 見せたくないものの存在を隠そうとする大人達の愚かさを、おそらく子供達は知っている。


hajime |MAILHomePage

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