Niseko-Rossy Pi-Pikoe Review
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2004年02月29日(日) パットメセニーの『The First Circle』はフラメンコだった・マスラヲコミッショナーを聴け

このところ、選曲CDR『Feel Myself - 2004 Feb.』(>2・23参照)を友だちに聴かせまくっている。

(1)
「おら!これ、聴け!」と、そのために群馬の子どもたちに手渡しにいって、ついでに食べ放題でメシ食われて、買い放題で本買われて、モスバーガーにも寄られて、セブンイレブンにも寄られて、財布の底がつくまで散財させられた。
でもいーんだ。こどもたちにフィール・マイセルフおしえられるこのよろこびー。
(しかし、さっき電話して検証したら、誰も聴いていないそーである。期末テストでそれどころじゃない、という。あのなー、期末テストどころじゃないだろ、フィール・マイセルフだろ!おやじの言うことを聴け!)

(2)
音楽プロデューサー、雑誌編集者、出版プロデューサーといった肩書きを持つ若者たちにこのCDRを渡し、
「1曲目『Feel Myself』を聴いていると、5分過ぎに空中に浮遊するんですよー」と言ったとたん、
「・・・たださん、空中に浮遊するんですか?」と、怪訝な顔をしている。
手にしているスポーツ新聞には麻原彰晃に死刑判決のニュースがあった。


(3)
「たださん、聴きましたよ。たしかに坂本真綾の『ヒーロー』は音響派的な音を使っていますけど、これって、引用にもなっていない、いわば窃盗ですよ。」
「そこまでは言わないけどねー。」
「たださんはこういう音響派的な音使いをさして、“ポピュラーミュージックに回収されるだろう”と言うんですか?」
「・・・。」
「エイフェックス・ツインが出たあとも、あのドラムンベースをそのままアレンジに使用した例もありましたけど、そういった事態は、回収でも、ましてや引用にもなっていないとぼくは考えますよ。」
「はあ・・・。」
「菅野よう子はいい旋律を書きますね。菅野さんの『ぼくの地球を守って』なんかは、かなり好きです。『Feel Myself』も良かったですよ。」
「だろー!」
「でも菅野さんの、たとえばビョークの『ハイパーバラッド』をそのまま使ったような曲もありますけど、その引用にもなっていないパクリのあっけらかんさ、って、創造性のある天才というものではないと思います。むしろ、職業的センスとか、そういうものであって。そこまでやるか、という。」
「なるほどね。」
「だからぼくは菅野さんの仕事って、笑ってしか聴けないです。」
「なんだかんだ言っておれより聴いてんじゃん。CDジャンキーにならなくても、ふつーの子どもたちが彼女のCDからアレンジを通じて、そういう音楽の快楽にアクセスできているという事態は、ぼくはすごく大切なことだと思っているけどね。」
「そうですか。あと、my little loverの「evergreen」を聴いて笑ってしまいましたよ。パット・メセニー・グループじゃないですか。」
「だろー。ぜったい聴いてから作っているよな、小林武史。」
「でしょうね。でも、my little loverって、このあと全然面白くないのはどうしてでしょう。」
「おれの直感で言えば、ベースの音が重要じゃなくなったから、というのが理由。ベーシストが抜けたんだよね、『evergreen』のあと。」
「ベースの音ですか、そうかもしれませんね。」
「あとさ、あのCDRで「The First Circle」なんだけどさ。」
「ナイロンギターのラインにはうっとりさせられますね。」
「おれ、あの曲を聴いて20年ぶりにわかったんだ。あのさー、パット・メセニーの「The First Circle」は、フラメンコだったんだよー!」
「そうですかー。」
「あれ?驚かないの?もっと驚けよ。「The First Circle」は、パット流フラメンコなんだよ。」
「ああ、そうですかー。」
「・・・。」


元気を出せい。

板橋区限定、19才以下女子限定(!)、で人気が沸騰している、インディー・パンク・バンド、マスラヲコミッショナー()を聴け。
CDはすでに1万枚をクリアしたそうである。
新しくはない。知性も過去もパンク精神もない。青春の元気さだけがある。
遠藤真志(g,vo)、宇野元英(b)、近藤隆(ds)。
エレファントカシマシ・宮本浩次もこの初期衝動めいたエネルギーに触発されるべきかも。

the music i listen today
- 黒盤 / マスラヲコミッショナー (おもちゃ工房)2002
そして全ての「益荒男」と「手弱女」、「わんぱく」と「おてんば」に捧ぐ


■musicircus


2004年02月28日(土) 「タガタメ」Mr.Children“ディカプリオの出世作なら・・・”は『ギルバート・グレイプ』(1993)だそーです

ちと仕事が立て込んでて、日記の更新が進んでません。

25日のヤン・ガルバレク公演のECMファン向けのレビューをちょこっと書いています。なぜジャズジャーナリズムにたずさわる方々が、1000円の田村夏樹のライブにはひとりも来ていなくて、だよ、ジャズではない8000円のヤンガルバレクグループにこぞって招待券でお越しになって、ライブの帰りぎわ「ただくん、どうだった?」と尋ねる根性が気に入らない。

1日1ネタで書き置く、を、主旨にしているため、過去の日付でアップすることも、1ヵ月後に加筆することもアリ、にしました。


「たださん、ミスチルのタガタメに歌われた“ディカプリオの出世作”って何だと思ってます?」
「・・・。」
「まさか、タイタニックだと思ってたりはしませんよねー」
「ぎくー!、ちがうの?」
「『ギルバート・グレイプ (1993年) WHAT'S EATING GILBERT GRAPE』ですよ、ディカプリオの出世作は。タイタニック、だなんて、そんな安易な設定の歌詞ではありえないです。」
「た、たしかに・・・」
「ディカプリオは知的障害をおった弟役で出ています。この映画の主題は、他者とのかかわり、を、どう受け止めてゆくか、ということです。」

そっかー。ミスチルファンはきっとすでにわかっているんだろうなー。これからビデオ借りますー。


注文してあったCDがどさっと届く。ECMのトーマス・スタンコの新譜も激賞もんだ。
日本のフリー・ジャズ第3弾(

梅津和時=原田依幸 / ダンケ
 MTCJ-5531 / 2004.2.18
近藤等則 チベタン・ブルー・エアー・リキッド・バンド / 空中浮遊
 MTCJ-5530 / 2004.2.18
本田竹彦+ゲルト・デュルック / フライング・トゥー・ザ・スカイ
 MTCJ-5529 / 2004.2.18
リッチー・バイラーク+富樫雅彦 / 津波〜Tidal Wave〜+カフナ
 MTCJ-5528 / 2004.2.18
加古 隆=TOK / TOKライブ+TOKダイレクト・マスター
 MTCJ-5527 / 2004.2.18
加古 隆 / マイクロワールド
 MTCJ-5526 / 2004.2.18
加古 隆 / 巴里の日  PARIS DAYS
 MTCJ-5525 / 2004.2.18
中村達也 / ソング・フォー・パット
 MTCJ-5524 / 2004.2.18
吉沢元治 / アウトフィット
 MTCJ-5523 / 2004.2.18
阿部 薫 / スタジオセッション1976.3.12
 MTCJ-5522 / 2004.2.18



今日ひろった一言

「知ってっか、人は嘘をつく時、一番、真剣な顔をするらしいぜ」
           『まっすぐな道でさみしい―種田山頭火外伝―』いわしげ孝


2004年02月25日(水) ヨーロッパの精霊4人組としてのヤン・ガルバレク・グループ(きっと水木しげるもびっくり)

すみだトリフォニーホールで、ヤン・ガルバレク・グループの公演があった。
ものすごく楽しかった。

4人がステージで演奏している姿は、
ムーミンの世界、の、にょろにょろとか、
スナフキンや、ミーや、ヘムレンさん、
のように、素敵でした。

ガルバレクはノルウェー、マズールはスウェーデン、
ウェーバーとブリューニングハウスはドイツ、です。
やっている音楽は、ジャンルの壁を越えた
「ガルバレクの音楽」、としか言いようがないものです。
パット・メセニー・グループのコンサートと
ほぼ同じ構成感覚を覚えましたし、
東儀秀樹のコンサートとも大差ないものです。
この場合、そもそもジャズであるかどうかが
問題にならない音楽であるという点で共通している。
コンサートを聴きながら、
「あー、うちのむすめはこんなふうに
東儀秀樹のコンサートを聴いてきたんだろうなー」と、思った。
わたしの耳はまたしてもひとかわむけた。

あれ。

むかし、純粋ECMファンだったころ、
ジャズ・ファンに「ECMはジャズじゃない」と、
インプロ・ファンには「ECMは即興ではない」と、断ぜられ、
「ECMが何かである必要があるんだろうか…」
と思いつつも、ジャズを、即興を、わかろうと、
必死にひとりジャズ修行僧になって過ごすこと幾年月、
ようやく彼らの言うところの感覚を会得して、
今日はヤン・ガルバレクを聴きに来た。

ヤン・ガルバレクが自らのカルテットにビル・コナーズ、
ビル・フリーゼル、デヴィッド・トーンを迎えて録音していた時期、
は、ガルバレクは自分の音楽とジャズをアマルガムにして
彷徨っていた。たしかに彷徨っていた。
そして、彷徨うこと、は、ジャズだ。

今日のヤン・ガルバレク・グループを聴いて、
「ジャズじゃないじゃん」
と、野暮を言うのはやめよう。
音楽に耳を澄まそう。


公演後の楽屋で、ヤン・ガルバレクと話をして、握手をした。

女の子のような透き通った声をしていた。

手が大きくて肉厚でマシュマロのように柔らかかった。


多田雅範による、ヤン・ガルバレク・グループ来日公演レポート全文は"musicircus"に掲載しています。
■musicircus
(ECMコーナー内の「ECMファンクラブの記録」にあります)


2004年02月24日(火) 「中島美嘉は、渚ゆう子である」

今日はたくさんCDやエアチェック音源を聴いていた。
オスカー・ピーターソンのオルガン、なんてのも、なかなか聴けないものだった。
サックス奏者、宮野裕司。西荻窪アケタの店を中心に活動している、コニッツばりの円熟したアルトを聴かせる。要注目。
明日はヤン・ガルバレクのコンサートだー!



渚ゆう子を聴いていたら、すごい発見をしてしまった。

「中島美嘉は、渚ゆう子である」

聴けば、わかる。歌い方、存在感、そのものである。時代のモードだけが変わっている。

渚ゆう子の登場は、藤圭子が急降下消滅をしてしまった歌謡曲シーンに、入れ替わるように登場している。
中島美嘉の登場は。宇多田ヒカルは。歴史の怖さを感じました。


2004年02月23日(月) 押し付けCDR『Feel Myself - 2004 Feb.』を作成した

子どもに聴かせたい、と、押し付けCDRを作成する。

タイトルは、『Feel Myself - 2004 Feb.』

Feel Myself / 坂本真綾 (6:58) どうしてこの曲で世界はひっくりかえらんのじゃー。
The First Circle / Pat Metheny Group (9:18) 続くナンバーはこの天上サウンド世界しか、ありえねー!
焼け野が原 / Cocco (4:18) 「雲はまるで燃えるようなむらさき、嵐が来るよ」、これはもはや『嵐が丘』の世界。
主よ、人の望みの喜びよ / 高橋悠治 (3:03) バッハにしかリレーできない流れ。
うちゅうひこうしのうた/ 坂本真綾 (3:50) NHK『みんなのうた』で放映。宇宙飛行士と農夫のカップル、すてきだ。
ヒーロー / 坂本真綾 (2:49) デヴィッド・シルヴィアンの『Blemish』ばりの接触電子音的なアレンジがたまらん。ちとケイト・ブッシュ的。
evergreen / my little lover (5:46) まるでメセニーグループの音場感。マイラバはこのアルバムだけが傑出している。
I’ll Be (live version) / Mr.Children (10:01) ミスチル絶版ライブ2CD『1/42』より。このあと「花」に続くというハイライト部分だ。
Are You Going With Me ? / Anna Maria Jopek & Friends with Pat Metheny (8:41) 2月度MVP曲に認定せり。
Hero (inst) (4:04) オルゴールで演奏されたミスチルの「Hero」。

トータル58分51秒

耳のアドレナリン、でまくり。かなりラリってしまいます。
これから会うひとにも聴かせてあげよー!
こういうCDRを交換しあう仲間がほしいぞ。Maxellの「SUPER MQ(CD-R700MB)」水準使用、圧縮不可。

高1の長女「またー、誰なのよー、坂本真綾って!」。こないだの藤本美貴よりもお気に召すかと・・・。
中1の長男「あ、これ、持ってる」。とは、高橋悠治だった。ひえー。
小5の次男「おとーちゃん、CDかってー。女子十二楽坊はいいからさー、アルフィーのCD!」

・・・。


2004年02月22日(日) パット・メセニーの最高傑作は『Quartet』である。パット・メセニーの夏の匂い。

2・16の日記でBay City Rollersの「You Made Me Believe In Magic」を思い出していた。
そういえばThe Policeの「Every Little Things She Does Is Magic」という曲もあったよなー、
マジック、つえばそんまま、Pilotの「Magic」というのもあっただなー。
どの曲も、子どもの頃に心のヒットチャート1位になってがんがん耳の中でリピートさせていた曲。


「メセニーの女性ヴォーカルとのライブ、いいですよ」
「え?そんなCDあるんですか?」
「以前、メセニーはNOAというヴォーカリストをプロデュースしたことありますよね。その声とも通ずるもので、メセニーの嗜好がはっきりあらわれていますね。」
「はあ・・・NOAは聴いてないもんで・・・。」
「たださんにとって、メセニーの最高傑作は何ですか?」
「・・・『Quartet / Pat Metheny Group』。」
「じつはぼくもそうなんですよ。」
「え!ほんとですかー?はじめてですよ、そんなひと。メセニーにとっての創造のピークって、2つあるんですね、『The First Circle』の時点、それから、『Secret Story』『Zero Torelance For Scilence』のダブル・リリースした時点。」
「ダブル・リリースではなかったはずですが。」
「いやいや、『Secret Story』をはじめて聴いたとき、こんな傑作を創造してしまったメセニーは死ぬかもしんねー、と、まじに思ったし、そういう心配をしていたんですよ。それで、相次いで『Zero Torelance For Scilence』なんて途方のないノイズをマーケットに提出して、それでメセニーは救われた、と思った。」
「たださん、ミュージシャン殺すの好きですねー。」
「パターンですね。メセニーがインタビューにこたえて“この二つの音楽はぼくの中で同時に鳴っている音なんだ”と発言したのを読んで、ぼくはほんとそのように聴こえていたリスナーだったから、ひどく納得していました。」
「ぼくも同感でした。」
「メセニーはECMを離れて良かったんです。ECMにいたままだと、オーネット・リスペクトな作品、『80/81』『Rejoicing』は作れたけども、オーネットとの共演(『Song X』)は果たせなかった。」
「ゲフィンに移籍していきなりオーネットと共演しましたね。」
「ECMはドン・チェリーともチャーリー・ヘイデン、ポール・モチアンとも制作してきたけども、大将のオーネットだけは制作できなかった。オーネットも自分のレーベルを作っていたから、縁が無かった、と言うべきか。」
「そうですかね。」
「オールド・アンド・ニュー・ドリームスというグループがあったでしょ、ドン・チェリー、デューイ・レッドマン、チャーリー・ヘイデン、エド・ブラックウェル、この4人がクールにオーネット・リスペクトをしている。70年代後半のオーネットの沈黙に対する制作だったと読むと、オーネットはいやがったかもしれない。」
「もっと本能的なものな気がしますけど。」
「まあね。そのECMでの作品(『Old And New Dreams』『Playing』2作品ある)については、砂上の楼閣である、という批評がジャズ誌に載ってて、あとからその記述するところがこっちもわかってきたところがあるけど。すごくいい作品だけどね。」
「思えば、ECMはジャズに切り込んでいたラインが70年代後半にありましたね。」
「ECMはなんとかニューヨークのジャズ・シーンの捕獲を試みているようなところがあるんだけど、84年前後の、ECMニューシリーズ発足と、ジャック・ディジョネットのデビッド・マレイを擁したスペシャル・エディション、メセニーの『ファースト・サークル』、ジャレットのスタンダーズ録音、と、足並みが揃った時期がECMの分岐点だったかもしれない。ジャズ・レーベルを模索するのか、クラシックのレーベルになるのか。ECMのアメリカ側のスタッフが新生ノンサッチに抜擢されたのも、平行して。」
「そうでしょうね。メセニーは『Still Life』『Have You Heard』『We Live Here』『Immaginary Days』をECMでは作り得なかったかもしれませんし。」
「『We Live Here』はまったくダメです。『Immaginary Days』を素晴らしく感じる気持ちはわかるけど、あの壮大さの表現は自己模倣によるもので、単にピカソ・ギター1本のヒラメキで表題曲の“だし”が取れた、ってだけです。その“だし”の完成形が『Quartet』で、彼はそれ以降、この作品以上の新境地には出てきていません。」
「『Trio Live』という傑作を忘れていませんか?」
「だから、メセニーはできるんですよ、ああいう演奏も。要は、表現におけるリスクの取り方、みたいなもんです。」
「『ミズリーの空』『Pat Metheny & Jim Hall』はどうですか?」
「別格にいいですね。なんだかんだ言っても、下の世代は上の世代に勝てないです。単に才能という問題ではなくて。なんつうか、儒教的な態度でもいいんだけど、自分たちの上の世代の成果も失敗も含めて、どう受け取ってゆくか、は、メセニーに勉強させてもらいましたです・・・。」
「そんなもんですか。」
「そんなもんです。じゃ、とにかく最高傑作『Quartet』を改めて聴きましょうか。」

今日の定義:パット・メセニーの最高傑作は『Quartet』である。

パット・メセニーにとってピカソ・ギターというのは、非西洋音楽の導入、民族音楽との一体化、という“最終解決ギター”である。
微分音という言い方はしないけども、“チューニングされていない弦の響き”への強烈な希求をそこに聴き取れる。


体験的に、ギターという楽器こそがジャズ、ロック、クラシックといったジャンル(これ自体確固としたものでは実はないが)の垣根を、有効に越境できる楽器であることを、ぼくらはマルク・デュクレ、ビル・フリーゼル、エリオット・シャープ、ユージン・チャドバーン、そしてこのパット・メセニーなどから知らされてきている。それぞれ、じぇんじぇんちがうタイプのギタリストだけど。



パット・メセニーの夏の匂い。

『Upojenie / Anna Maria Jopek & Friends with Pat Metheny』を聴いてて襲われてしまった。
ここで取り上げられている「Are You Going With Me」のビートのアレンジはブッゲ・ヴァッセルトフトが示唆したような感覚のもので、それを土台に女性ヴォーカリストのAnna Maria Jopekさん(アンナ・マリア・ジョペックかな?読めないですー)が独自のヴォイシングで楽曲をまるで新曲のように生まれ変わったものにしている。そしてハイライトで、パット・メセニーのギター・シンセ(あのトレードマークの音だ)が出現した瞬間に襲われてしまった。

「Are You Going With Me(邦題:ついておいで)」はパット・メセニー・グループの81年の作品『Off Ramp(邦題:愛のカフェオレ)』に収録されているナンバーだ(それぞれ、邦題がなんとも80年代を感じさせている)。
コンサートのオープニング定番のナンバーで、『Off Ramp』のスタジオ録音からライブ・ヴァージョンとなって化けたナンバーだと思う。彼らの初のライブ・アルバム2枚組『Travels』での「Are You Going With Me」こそは、当時のメセニーへの熱狂を支えていた出来。

図書館の閉館BGMが、このライブ・ヴァージョンだった。

誰かはLP集めるのやめて水泳に打ち込み始めたらすぐに死んだり、誰かが貸しレコード屋のバイトを始めたり、誰かが海の家にバイトをしに行ったきり退学したり、たった半年会わなかっただけで長い旅から戻ったように後輩に会ったり。マージャンとLPレコードとガールフレンドだけで人生を過ごし続けることができる、と、まじで思っていた。

中央線はがたがたと揺れて走っていたし、駅前も狭かった。銭湯へパンツ一丁と手ぬぐいだけで出かけていたし、夏には下駄をはいて帰りには古本屋に寄ったような気がするし、中華料理屋で「にくやさいたまごおおもり」か「ればにらたまごおおもり」を食べてアパートまで歩くと、昼間に水まきした残りに自転車が通る音がして、パチンコ屋のにぎやかな音が夕方の雑踏に混じりはじめていた。

閉館する図書館から見る空のオレンジ色と藍色のグラデュエーション。何度か、鎌倉とか湘南とか城ヶ島とか江ノ島とかへ出かけて、日に焼けた夕暮れを過ごしていたような気がする。昼間のガールフレンドと夜のガールフレンドがいたような気がする。実際はアルバイトで忙殺されていたはずなのに、たくさんの出来事が日々起こっていたような気がする。火照った足の裏を図書館のフロアにペタっとあてて、閉館のBGMを聴いていると、今夜も楽しいことが起こるような気がして、明日も暑い日差しの一日になるような気がした。

日が暮れてアパートに戻ると、発売されたばかりの『クリスタル・サイレンス・ライブ』を聴いたような気がする。チック・コリアとゲイリー・バートンのコンサート。マージャンのメンツを集める電話をかけて、クーラーなんてなくて、アミ戸の風で涼んでいた夏の夜は、夏の匂いがした。

ベストヒットUSA系のコンピレーションCDで『東京エイティーズ』というものがある。80年代の前半に大学生だったマーケットを狙ったもので、イラストのジャケには、LPレコードをターンテーブルに置いてDJをしているカップルや、テニス・ラケットを胸に聖子ちゃんカットをした女子大生が公衆電話をかけているシーンなどが描かれている。


the music i listen today
- Upojenie / Anna Maria Jopek & Friends with Pat Metheny


2004年02月21日(土) JALのこの世のものとは思えない美しいスチュワーデス・94年のテリエリピダルトリオ・小林多喜二

JAL千歳空港、20時25分発、羽田行きに乗った。
この世のものとは思えない、ありえねーほどに、美しく儚き切ないスチュワーデス、貝田さんというスチュワーデスと遭遇してしまった。
いろんな偶然が重なってしまって、6回も至近距離、この場合、機内であるからにして、ずばり15センチ!、どうだ、6回だぞ、しかも、それぞれ1秒前後、これもまた機内であるからにして、1秒というのは、極めて長い。永遠のように長い。それは泉鏡花の「外科室」のように深い。
帰りに天井に設置されている荷物ケースにアタマをぶつけただけで、大丈夫ですか、って、見つめあってくれるなんて・・・。
なんという美しさだろう。座席ヨコを通り過ぎるだけで、思わず「キレイだー・・・」とつぶやくと、他の乗客と同感と合意の微笑み合いが起こってしまう(!)ほどに、美しかった。
重要なのは、「自分が美人であることを当然理解しつつ制御する知性と配慮のちからを均衡させるがごとくに内省している」美しさであることだ。
また、・・・わけわかんないことを書いてしまっているか?・・・なにをおだってしまっているのだろう。
いわば『ユニバーサル・シンコペーション』の「Bamboo Forest」におけるヤン・ガルバレクのサックスのような美しさであると言える。
とにかく、さすが天下のJALである。おれはもうJALにしか乗らんしJALの株しか買わんぞ。


94年のテリエ・リピダル・トリオの映像を観る。
ギター、テリエ・リピダル。パーカッション、トリロク・グルトゥ。ベース、ミロスラフ・ヴィトウス。
テリエ・リピダルの代表作に『Skywards(空へ)』(ECM1608)1996を挙げるひとはECMファンだ。
マンフレット・アイヒャーへの感謝を込めた曲に対し「Out Of This World (Sinfonietta)」、“この世界の外側まで”と名付けたリピダルのロマンチシズムに、ぼくは理解する。
『Skywards(空へ)』にミロスラフ・ヴィトウスは入っていないが、94年のこの映像でのリピダルとヴィトウスの演奏意識と、さらにヴィトウスの『ユニバーサル・シンコペーション』と、これらは透徹した美の達成において統一感を保持していることに耳の深いところが感応した。


昨日2月20日は小林多喜二の命日だった。小樽の街の雪は、何年も変わらないままのようだった。
■小林多喜二(こばやしたきじ)
彼が小樽で発行した同人誌「クラルテ」は“光”を意味していた。
どのような気持ちを込めて“光”を放っていたか、当時の小林のコトバとその土台となる文化的モードと社会環境とを、
昨日のミスチル「タガタメ」に照合することはかなわないけれども、
小林が「タガタメ」を聴いたとするなら、と、連想を働かせてみるのもいいかもしれない。


2004年02月20日(金) 筑紫哲也『ニュース23』でミスチルの「タガタメ」を聴く。・ap bank

筑紫哲也の『ニュース23』でミスチルの「タガタメ」を聴いた。

「ぼくたちは連鎖する生き物だよ」
「子どもらを加害者にも被害者にもせずに」

「タガタメ」のエンディングは、桜井和寿の絶叫のようであり悲鳴のようであったように思う。それは、歌うことの意味の強さの表現としてのものではなく、聴く者すべての個々人の中に潜む批評性、それは歌詞を判定したり、楽曲の完成度を計られたり、この日に歌われる意味を詮索されたり、Mr.Childrenとしての活動を読まれたり、そういった抑圧によって、やっぱり他者であるという絶望によって、絶叫し悲鳴をあげたのだとぼくは思った。

だから歌い終わった桜井くんに対して、筑紫哲也が、いまの歌の意味はどういうものだったのか、と問うことの残酷さ、こそが、あたかも処刑台に宙吊りされたような桜井くんをテレビカメラが映し出していたのだと思う。

だから小林武史の表情は、処刑台に吊るされた聖者の身内のようではなかったか。

ap bank = alternative power bank


2004年02月17日(火) プレスティッジはソニー・ロリンズの『サキソフォン・コロッサス』の直前に、このMOONDOGを録音しているんだぜ

両国の『かどや』でとりのさしみ(鴨だー)。
渋谷で回転寿司。いくらマル、たまごサンカク、こはだバツ、えんがわニジュウマル、はまちマル。
はまちを食べながら、セーラー・マーキュリーの好物がはまちだと知ったときの嬉しさ、ぼくとおんなじだ・・・、をいつも想う。

渋谷のジャズ喫茶でまったりまったりとした午後を過ごす。

「プレスティッジはソニー・ロリンズの『サキソフォン・コロッサス』よりも前に、
56年にこのMOONDOGを録音しているんだぜ、
ただくんよ、この演奏にビリー・ハーパーを見つけられるか?」

エドガー・ヴァレーズの『THE COMPLETE WORKS』2枚組を入手。
リッカルド・シャイー、ロイヤル・コンセルトヘボウASKOアンサンブルによる、まさに偉業、だ。

一時、サントリーホールにやみくもに通ってしまった時期もあった。オーケストラの弦の海のうねり、を、ナマで、浴びなければだめだ、と、若気の至り、か、クラシックへの最短の飛び込み、かは、わからない。ぶっちゃけて言うと、ぼくはコンサートが始まる前の、あのオーケストラのチューニングのざわめき、まさに“ざわめき”、に、いつもとろけるのだった。おー、ヴァレーズは、そんなぼくの気持ちを、わたしの父の生誕以前に理解していてくれていたとは。いままで聴かないでいてごめんね。

ヴァレーズは、フランク・ザッパの最大のリスペクト対象。フランク・ザッパは、ジョン・ゾーンの最大のリスペクト対象。
チャーリー・パーカーもまた、このヴァレーズを同時代的に体験・意識している。
一部の批評家がジョン・ゾーンに驚嘆したのは、そのチャーリー・パーカーの完全マスターぶり、に対して、だった。
ムーンドック、ニュー・ヨークでチャーリー・パーカーと交差している、越境的音楽の先駆的孤高。

今日はECM系のディスクもたくさん聴いた。
浪曲のカセットも聴いたし、
平岡正明と佐久間駿のDJで渚ゆうこもコロンビアに移籍したてのセロニアス・モンクとチャーリー・ラウズの初々しくカッコいい演奏をオリジナル・アナログからのDAT録音で聴いた。

音楽は時代を生きる。


the music i listen today
- MOONDOG (Prestige)1956
- MORE MOONDOG (Prestige)1956-57
- Codona (ECM)
- Milosc & Lester Bowie (Biodro)
- Upojenie / Anna Maria Jopek & Friends with Pat Metheny
- The First Circle / Pat Metheny Group (ECM)
- Rosslin / John Taylor Trio (ECM)
- Suspended Night / Tomasz Stanko Quartet (ECM)

■musicircus


2004年02月16日(月) ブランキー、ベイシティローラーズ、ドリカム

ああ、そう。長いと読む気がしない。だから読まれてない。結構。短く書いてやろうじゃないの。あさってあたりから。

大音量でブランキー・ジェット・シティの選曲CDRを聴く。
「デッドアルマジロ」「Black Jenny」「Baby Gun」「太陽の羊」「嫌われ者」「三輪バギー」「何も思わない」「センチメンタルコーラ」。
アルバムには収録されていないシングルのB面を中心にセレクトしてある。

on the radio
- I Only Want To Be With You / Bay City Rollers
- 晴れたらいいね / Dreams Come True

ベイ・シティ・ローラーズ。はい。作られたアイドルであろーが、タータンチェックであろーが、好きです。
レスリー・マッコーエン、スチュアート・ウッディ・ウッド、アラン・ロングミュアー、パット・マッグリン、スコッティーズ、イアン・ミッチェル、ロゼッタ・ストーン、・・・、おお、まだまだ言えるぞ。

「バイ・バイ・ベイビー」
「イエスタディズ・ヒーロー」
「Dedication」
「Don’t Let The Music Die」
「You Made Me Believe In Magic」

かー、たまらん!これがベスト5じゃ!
BCRさいこー!ジャズ聴くやつの気がしれねー。クラシック聴くやつの気がしれねー。

こういうのはもう、いたしかたのない、耳の歴史であります。生まれたばかりのヒナはオモチャについてゆきます。耳は、聴くものによって強化されて、アンテナを得ます。それは旅をする者の視界に似て、同じ山を見て美しいと述べても、いまいる場所によってそれはほんとは違って見えるように。ジャンルの耳、時代の耳、世代の耳、レーベルの耳。ラジオ短波とNHKラジオ深夜便とJ-WAVE。すべての地形に足跡を残せば、いつかは見えるだろう、すべての地形をつらぬいて聴こえる真実はひとつ。な、ただたか(伊能忠敬)、な、りょうたろう(司馬遼太郎)。

今日はむしょうにhitomiがききたい。彼女の声の成分には超音波が含有されています。非科学的なことを言う。

ドリカムの「晴れたらいいね」。むかしは、吉田美和の歌唱(「晴れたらいいね」)に合わせて、「べつに」「だから」「あほか」「どつくぞ」と歌ったものでしたが、ふと、午前5時台のJ-WAVEで耳にすると、幼稚園児のように素直に聴いて明日は晴れたらいいねと思ってしまう今日この頃なのです。

「たださん、ドリカムなんて聴いているんですか?ひよってますねー」
なんで?どしてドリカムはひよってるの?どして浅井健一は天才でよくて、吉田美和は天才じゃだめの?どしてブライアン・ウイルソンが天才でよくて、ベイ・シティ・ローラーズがだめなの?どして奥田民生はよくて、小室哲哉はだめなの?

そんな何でもありなわたしにも鬼門があります。こっそりとわからないように書いておきますねちゃげあすとやまざきまさよしとじあるふぃーとはましょーとぽるのぐらふてぃです。ぼくのふつーの友だちには向井千恵の胡弓ソロ・インプロヴィゼーションを大音量で聴かせて免疫を作るというロヴァ耳プログラムがありますが、わたしにとってはこれらの音楽が流れている場所は鬼門、なんの巡り合わせかそれしかない車での長時間ドライブはまさに地獄の拷問。耐えられません。最初に言っておきます、ファンのかた、さようならごきげんよう。


the music i listen today
- 佐渡情話、吉田御殿 / 毒々木米若 [浪曲名演集]
- 佐倉義民伝、は組小町 / 浪花亭綾太郎 [浪曲名演集]


2004年02月15日(日) 「今からきてー。」・『ジャズ・フロム・リンカーン・センター』ブラッド・メルドーLive

昨日、ヴァレンタイン・デーはきよちゃん6さいの誕生日だったのだ。仕事中にケータイが鳴る。
「おとうしゃん、きよねにチョコかって、今からきてー。きよねにプレゼントくれてないの、おとうしゃん、だけだよー。」
「きよねー。たのむ。お父ちゃんに、チョコくれー。」
「だめー。きよねがもらうんだよー。今からきてー。」
さすが4人兄弟姉妹の末っ子だ、わがままで純粋だ。ご多忙の仕事中に練馬から群馬まで行けるか!親も親なら、子も子だ。
「今からきてー。」
早口にまわるろれつは、チャーリー・パーカーにちょっと似ている。
「今からきてー。」
思春期になったらアッシーくんに言うのだろうか。


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2003年。「ブラッド・メルドーの『ラーゴ』以降、面白いCDはあった?」と、ぼくはジャズ系の友だちにきく。
この問いかけ自体が踏み絵になっている。
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・・・と、こう書き始めて、の、ミュージサーカス用の原稿を未完成のままに・・・。

われ思う。現代ジャズは、総合格闘技状態と捉えれば、ハナシは簡単なのである。ジャズ・プライド、だな。
そしたら、だな、オマール・ソーサもボヤン・ズルフィパシチ、ジョー・マネリ、ブノワ・デルベック、クリス・チーク、キース・ジャレット、オル・ダラ、キップ・ハンラハン、ブラッド・メルドー、ミシェル・ドネダ、大友良英NJQ、デート・コース・ペンタゴン・ロイヤル・ガーデン、ポール・ブレイ、コンボ・ピアノ、・・・。

すべての鍵盤をパーカッションする、躍動するピアノ、オマール・ソーサ〜!

ピアノジャズの火薬庫、バルカンの刺客、ボヤン・ズルフィカルパシチ〜!

ハンコックよおまえはもう死んでいる、日本が誇る鍵盤の魔術師、マサヤス・ツボグチ〜!(坪口昌恭)

右手と左手の連携の解放、歩くピアノ文化大革命、ブラッド・メルドー!

対戦させるんだ。
なんだ、その、対戦って。

競馬でもいい。
グレード・ツー(GII)、欧州即興ステークス、NYダウンタウウン記念、オールギタリスト天皇賞、女性演奏家だけのエリザベス女王杯、デビュー作だけでのダービー、ベース奏者だけを聴く低音杯、マンフレットアイヒャー杯、・・・、そんで年末、グランプリ、ジャズ有馬記念!

ミュージックバード『ジャズ・フロム・リンカーン・センター』でブラッド・メルドーのソロ、トリオのライブ演奏を聴く。
リンカーン・センターって、ウイントン・マルサリスが音楽監督を務めるジャズの殿堂、である。

「たださん、ブラッド・メルドーからレディオヘッド〜ルーファス・ウェインライト〜フィオナ・アップル〜マグノリアってライン、わかります?」
「ジョン・オブライオン?」
「そうですよー。『ラーゴ』、すごいですね。ジャズ録音の文法を無視してますねー、壊してますよねー。」
「オブライオンのプロデュースというと、ポー(Poe)ってバンドもありますね。」
「へー、それも聴かなきゃ。いやー、ジャズ・ピアノ、進化してますねー。ブラッド・メルドーのほかの作品もこういう感じなんですか?」
「ぜんぜん違いますよねー。あ、ライブ、録音しましたから。」
「じゃあぼくは、『マグノリア』のジョン・オブライオンが全面開花しているほうのサントラをお持ちしますねー。」
「あとですね、ジョン・テイラーの『ロスリン』、これもピアノ・トリオなんですが、昨年ECMファンが全滅しちゃってる名盤なんですよー。」
「それは聴いてみたいですねー。」

放送されたライブ音源曲目は以下のとおり。
・ カウントダウン / ブラッド・メルドー(p)
・ イッツ・オールライト・ウィズ・ミー / ブラッド・メルドー(p)
・ エキジット・フォー・ア・フィルム / ブラッド・メルドー(p) ラリー・グレナディア(b) ホルヘ・ロッシー(ds)
・ オール・ザ・シングス・ユー・アー / ブラッド・メルドー(p)
・ ザインズークト(SEHNSUCHT) / ブラッド・メルドー(p)
・ フォー・オール・ウィ・ノウ / ブラッド・メルドー(p) ラリー・グレナディア(b) ホルヘ・ロッシー(ds)
・ モンクス・ドリーム / ブラッド・メルドー(p)


「たださんの日記とか読んでいると、寺島さんの魅力にも近いものを感じるんですけどねー。こないだ宝島の別冊読みながら、寺島さんのページのLPがいちばん聴きたい、って、さわいでませんでした、っけ?日記のタイトル、初めて名まえにさん付けしてますねー。」

だから、なんなね。

the music i listen today
- OK Computer / Radiohead (Capitol)1997


2004年02月14日(土) 日本チャーリー・パーカー協会会長の辻真須彦さん

チョコの獲得数、ゼロ!史上初の快挙だ。世界におんなはおらんのか!


ミュージックバード『ジャズ道場破り』を聴く。
日本チャーリー・パーカー協会(そ、そんなものがあるのかー!)会長の辻バードこと辻真須彦さん(71)、が、寺島靖国さんの番組に出演。
辻さんは、チャーリー・パーカーの研究・活動を通じて、カンサス・シティの名誉市民にもなっている。


この71歳の辻さんは、極めて明解なジャズ観を闊達な口調で話す。

「スイング・ジャーナルの編集方針はチャーリー・パーカーに反しているんですよ。」

「まだチャーリー・パーカーが死んで50年です。ほんとうに偉大な音楽家というのは、百年というパースペクティブで見なければなりませんね。たとえば人類の遺産と言われるバッハが書いた『マタイ受難曲』でさえ、150年経ってメンデルスゾーンが初めて演奏することによって見出されたわけですし。」

「(若い演奏家が)コルトレーンというのは、行き詰まります。モードというのは、そういうモンです。モードをやる、ということは、パーカーを捨てる、ということになりますね。これから世界的に、パーカーの理解が進んでいきますよ。」

「言っていいですかね。これ、放送するんですかね。・・・ジャズという音楽形式は、すでに歴史を終えているんですね。クラシックで言えば、バッハのバロック様式からモーツァルト、ベートーベン、ハイドンといくつかの峰を越えて、終わってしまっているんです。ジャズもこの100年の間にいくつかのピークを越えて、終わっているんです。その、終わった形式を、再現する芸術としては、クラシックだってバロックだって残っているわけですよね。ジャズも、再現にほとんど近い時代です。前のひとの作った形式を乗り越えて、新しい峰を作っていく時代ではもはやなくなっている。絵画でもそうですね、いろんな時代があって。ジャズも音楽の一形式としては、終わっている。ジャズじゃない別の形式を考えるのならある得るけども。ジャズはどこへ行くかというと、クラシックと同じ立場になるんですよ。」

「歴史というのは、残るのはただ一人なんです。歴史というのは横暴なものなのです。そうして人類の芸術は進んできているんです。チャーリー・パーカーがジャズの創始者です。簡単に言えば、ボキャブラリーと文法という、意思を疎通させる体系を作ったわけです。コルトレーンがモードという峰を、作ったわけですが。ジャズをジャズたらしめるのは、チャーリー・パーカーです。」

「ぼくは現状のジャズにはまったく希望を持っていません。ぼくが期待するのは、再現芸術として、チャーリー・パーカーと同じフレーズで同じ音色で吹ける人間が登場することですね。」

「これからの人類にとっての新しい音楽というものは、おそらくコンピューターとネットワークといったところにあるでしょう。」


どえー!まったく過激、ラディカル、なんつう理解の到達。
恐るべし日本チャーリー・パーカー協会。

会話の断片では、その一部しか紹介できないけども、すごくよくわかる感覚でした。ジャズを聴きはじめて数年して後藤雅洋さんの著書からチャーリー・パーカーを聴いてからというもの、モダン・ジャズを全部省略してしまえて、60年代後半からの音源をことさら楽しんできたぼくには、もはや、微塵の差異にこだわっててごめーん、と謝るしかなく、反論のしようがないです。


そして、上記の辻さんに対する寺島さんの会話は、筆舌に尽くせないほど見事に曲解をしている。これがすさまじい。

チャーリー・パーカーを聴いてサックスを始めた矢野沙織(17さい)の演奏をかける。とてもほほえましい演奏だ。だけどどこにもパーカーらしさはみじんも感じさせない。演奏も音色も、これ以上のアルトは500人くらいいる。それを、「彼女の演奏はですね、チャーリー・パーカーよりもチャーリー・パーカーらしいんです!」と、ジャズ評論家の寺島さんが言う。これは、ちょっとまずいと思います。

論争になっていない「この白熱した論争はまた次回の放送で」ということだ。辻さんの発言、続きはどんなんだー。

かかった曲は以下のとおり。
・ コンステレーション / チャーリー・パーカー < savoy 4809 >
・ オーバータイム / チャーリー・パーカー < RCA 4901MN >
・ イージー・トゥ・ラブ / チャーリー・パーカー < Verve 5008ST >
・ ホエン・ユー・アー・スマイリング / 矢野沙織 < SAVOY COCB-53061 >
・ チェロキー / チャーリー・パーカー < Spotlite 4109 >
・ オール・ザ・シングス・ユー・アー / チャーリー・パーカー < Fantasy 5305MS >


the music i listen today
- With Strings: Master Takes / Charie Parker (Verve)


2004年02月13日(金) フライングピケッツの『オンリーユー』・音楽の未来遺産「シリーズ・三善晃の世界」3月25日

今日は、ピーター・ガブリエルの誕生日なのだそー。

あれ、そいえばピーター・ガブリエル、すっかり忘れてたー、ケイト・ブッシュとデュエットをした曲を聴いて、いいなあーいいなあー、と、思って以来、すっかり忘れてたー、けど、最近どんなCD出してんの?

on the radio
- Only You / Flying Pickets
- Takin’ It To The Streets / Doobie Brothers
- Sledgehammer / Peter Gabriel

フライング・ピケッツの『オンリー・ユー』がかかる。
アカペラ・グループが「ぱらららー、ぱらららー。ぱら!ぱら!ぱらららー!」と、声がハモるたびに奥歯の付け根あたりから、にやける名曲。
たしかに、サントリービール「こだわり限定醸造シリーズ」CMソング(1998-1999)になっていた、から、みんな知ってる。
これだけの多幸感をシンプルに構成できるポピュラー・ミュージックのちから。山下達郎のアカペラ名演「Remember Me Baby」でさえ、鼻差届かない、比類のないナンバーだと思う。
この曲、1983年の暮れに発売されてた。
ラジオのエアチェックでみつけたぼくたちは、この曲の12インチシングル盤をさがした。
見つけたんだとジャケットを手にした彼女の顔を、20年ぶりにはっきりといま思い出した。


名曲「響紋」が数年ぶりに聴けます。みなさん、行きますよ。

《東京オペラシティ・グランド・コンサート・シリーズ》
音楽の未来遺産「シリーズ 三善晃の世界 2003/4」■東京フィルハーモニー交響楽団のページ
2004年3月25日(木) 19:00 東京オペラシティ コンサートホール
プログラム: 夏の散乱(1995) レオス(1976) 魁響の譜(1991) 響紋(1984)

A席4000円。オーケストラでこの公演内容で4000円。
安くないか?
オーケストラって、何十人もいるんだぞ。
ヤン・ガルバレク・グループは4人で8000円、キース・ジャレット・トリオは3人で12000円、東儀秀樹はひとりで7000円だぞ。
平井庸一グループは7人で1300円だぞ。あれ?

三善晃のCD『レクイエム・詩篇・響紋』は、マストアイテムでしょう。
て、もしかして、このCD、廃盤?たしかレコード芸術の現代曲部門で1位取ったよな盤でそ。

■作曲家 三善晃先生のページ


「たださん、モーリス・ラベルの弦楽曲はすばらしいんですよー。あの三善晃がですね、病床にあったときに、ラベルの楽譜を見て、死の淵から帰還した、というくらい、美しいものなのです。」
23歳のわたしは、「え?だれですか?そのみよしあきらってひとは。みよしえいじのおとーとかなんかですか?ぼくの彼女のよしみちゃんも美しいです。モーリス・ラベルのボレロはえっちのなぞりではないですか?よしみちゃんとそう思いました。」
わたしはラベルの音楽に、生のちからではなく、性のちからを見てしまった、そういう不幸な、いや幸福な、いや気持ちいいトラウマがあるのです。・・・あれ?、・・・おれ、ふたまたかけてたのか?


the music i listen today
- Perceptual / Brian Blade Fellowship (Blue Note)2000
新世代のドラマー、ブライアン・ブレイド。カート・ローゼンウィンクルほかを従えてのリーダー作、2作目。こういう微妙で繊細なところを感じさせるフュージョン風味ジャズというのも、いい仕事だと思う。音楽の視野がいい。ジョニ・ミッチェルが1曲参加、ダニエル・ラノワが2曲参加。


2004年02月12日(木) 寺山修司のラジオドラマ『さらばサラトガ』・キース・ジャレットの『生と死の幻想』・チャーリーヘイデン

ケータイの着メロで、ミスチルの新曲「PADDLE」の音骨格だけを聴く。春はもうすぐ。


寺山修司のラジオドラマ『さらばサラトガ』がCDになっている。
仕事に出かける前の夕刻に、薄暗くなった部屋で電気ストーブにあたりながら、『さらばサラトガ』を聴く。
サラトガとはサラブレットの名で、主人公の父親の存在となって登場する。
昭和42年の作品。

故郷に向かう意識。
蒸気機関車の汽笛、と、鉄道を進んでゆく構成された金属音。
「誰か故郷を想わざる」(作詞:西条八十、作曲:古賀政男、唄:霧島昇)が雑踏でかかる。

高橋竹山の三味線が、日本の原風景といった概念をまとって、そこにあったものとして、鳴る。

部屋の電気ストーブが、冬の北海道にあった石炭ストーブの熱に感じられて、外には雪景色が広がっているような錯覚に陥って、このラジオドラマが放送された時代に、ぼくはこれを聴いている。石炭ストーブのうしろに高橋竹山が座っている。

競馬が人生に似ているのではなく、人生が競馬を真似ているのだ、とは、たしかに寺山の有名なセリフだ。
おい寺山、人生って、そんなもんか?
競馬は、一瞬というものが永遠の価値があるということを伝えてくれる出来事のひとつであるが、数字に魅せられていることもあるし、金持ちも浮浪者も若者もじじいも同じ事象に釘付けになる事態から、人生を過ごすにカミさんや子どもや仕事や趣味からも離れて、人生のなりゆきにかまわず常にそこにあるものとして存在している。・・・あれ?それじゃ故郷の山河と大差ないか。・・・あ、大差あるよな。

競馬場に行くと、自分のいろんな人生のシーンとともにいるような気持ちになる。


ぼくが毎週のように府中競馬場に通っていたのは、長女が生まれた88年から、小沢健二が『LIFE』をリリースした95年までの時期だった。
長女が生まれた1988年3月25日は、たしか高知学芸高校の修学旅行生が中国の上海郊外で列車事故があった日だ。
(修学旅行生193人中、生徒26人と教師1人が死亡、5人が重症、41人が負傷・・・73人死傷、という惨状だった)
その日に、ぼくのオーディオ装置に並んでいたのはキース・ジャレットの『スティル・ライヴ』2枚組(ちょうど国内盤の発売日だった)、ウイントン・マルサリス、オーネット・コールマン、ヘンリー・スレッギル、ワールド・サキソフォン・カルテット、ジョン・ゾーン、ジョン・ルーリー、あがた森魚、友部正人、XTC、レベッカ、だった。

馬券が当たると、立川のWINSへ行き、立川のディスク・イン(新星堂)でジャズのCDを買った。ユニオン新宿店よりも六本木WAVEよりも、輸入盤が充実していた。かなりの目利きが仕入れているのが、店内のディスプレイで一目でわかった。当時は、ヘンリー・スレッギルのことなんか、誰も騒いでいなかったぞ。一部のジャズファンと悠雅彦さんだけだった。


わたしがボーッとしているときは、名盤の脳内再生をしていると思ってください。

キース・ジャレットの『生と死の幻想(The Death and The Flower)』(Impulse)、このタイトルを読んだ時点で、わたしの脳内で再生ボタンが自動的に押ささってしまいます。どっどーん、ちりーん。チャーリー・ヘイデンのベースでなければこんな世界は作れないです。

『生と死の幻想』とくれば、『残氓(ざんぼう)』『心の瞳』。

オーネット・コールマンとキース・ジャレット、決して共演はしなかったが、チャーリー・ヘイデンとポール・モチアンの軌跡を辿れば、そこには音楽の水脈が現れ、ジャレットが果たせなかったこと、モチアンが続けたこと、ビル・フリーゼルの導入で現れたもの、などが、浮上してくる(たぶん)。

こないだ「チャーリー・ヘイデンがいちばん好きー」というジャズファンというかECMファンというか、若者と話がはずんだ。
「オーネット・コールマンとチャーリー・ヘイデンのデュオ『ソープ・サッズ』、いいですよねー」
「いいよね。ヘイデンのデュオ・シリーズの2枚『クロースネス』『ゴールデン・ナンバーズ』、さいこー」
「ジャレットとヘイデンのデュオなんか相当美しいですし、アリス・コルトレーンとヘイデンというのもかなり・・・」
「そうそう。ヘイデンとモチアンの反戦デュオ曲「For A Free Portugal」の静かな怒りも・・・」
「最近のヘイデンはどうです?」
「メセニーとやジスモンチとのデュオはさいこーだけど、あれだねー、人間カネ持つとだめだねー」
「やっぱ、デュオのヘイデン、ですか」
「そだねー、もはやリベレーション(・ミュージック・オーケストラ)やってもギャグにしか思えないし」
「聴くがわとして」
「そ。・・・おーい、ヘイデンよー、カルテットなんとかで日銭稼いでないで、モチアンとデュオ組んでCD作ってくれよー。」

the music i listen today
- Jupiter / Bump of Chicken (toys factory)2002
- さらばサラトガ / 寺山修司 : 演出=保坂安雄 音楽=中林淳真、高橋竹山 園井啓介(詩と語り)、斎藤なおみち、村林平八、工藤よしこ、大坂放送劇団、青森放送劇団、そうげん座 1967
- A Day In New York / Morelenbaum2/Sakamoto (warner)2003


2004年02月11日(水) 『星辰譜』服部眞幸

数年前の朝の新宿駅構内でセーラー服を着た女の子がホームに転落した。
電車が入線し急ブレーキの音響とバコッという明らかに頭蓋骨が割れた音がした。


サイト「ミュージサーカス」で、服部眞幸さんのコラム『星辰譜』が更新された。
テキストのタイトルは「染まらない色」。
アウシュビッツの中でオーケストラが鳴っていた。

■musicircusここから『星辰譜』へ


数年前にミュージシャンの大友良英は、音楽は無力でありだからこそ美しい、と書いた。



the music i listen today
- Little Three / Robin Holcomb (NONESUCH)1996
- Jupiter / Bump of Chicken (toys factory)2002
- 21 Broken Melodies At Once / Alfredo Triff (american clave)2001

on the radio
- Angel / Rod Stewart


2004年02月10日(火) ECMのサイトが本日リニューアル・オスバルドプグリエーセ・斎藤充正・往来トリオ・ジャズルーツ五大異端説

ECMレーベルのサイトが本日リニューアルされた。

サイトの上下がゴツンゴツンとする感覚、が、もたらす、前に向かって覗き込むような精神の姿勢、に、留意すること。


2002年のバンプ・オブ・チキン『jupiter』がぼくらの目の前を輝かせたように!

とくに意味なし。


洗濯にハマる。
冬の晴れた日の午前。
たまった洗濯ものを次々に干してゆく。

今日は、タンゴの巨星、オスバルド・プグリエーセの『ビエン・デ・アバホ』2枚組がBGM。
レコード会社がユニバーサルに統合して、プグリエーセ楽団のフィリップス社録音全期からのベスト・セレクションがリリースされる、のだ。

ぼくがタンゴを聴いた軌跡は、(軌跡だなんてエラそうでごめん)
黒猫のタンゴ、あがた森魚のバンドネオン時代、アメリガン・クラーヴェの『タンゴ・ゼロ・アワー/アストル・ピアソラ』、ディノ・サルーシのECM登場、高柳昌行の『エル・プルソ/ロコ高柳とロス・ポブレス』、といった順序。本格派タンゴ・リスナーからは邪道に思われるかも。

平成10年にピアニストの梯剛之(かけはしたけし)らとともに出光音楽賞を受賞した名著『アストル・ピアソラ・闘うタンゴ』(青土社)を執筆された斎藤充正さんに一度だけお会いしたことがある。こともあろうに、「はじめましてー。あのー、専門家におききしたいのですが、今流行っている「だんご3兄弟」をどう思われますか」ときく、わたし。
目をきょとんとさせた斉藤さんはちょっと間をおいて「こういうふうに年齢を越えて聴かれるヒット曲というのはとても得難いものですねー」と、にこやかにおっしゃられた。いいひとだー!
ピアソラのCD、究極の厳選2枚といえば何を挙げますか?ときくと、2日後に『ニューヨークのアストル・ピアソラ』『タンゴ・ゼロ・アワー』と回答された。

ほんとだー!『ニューヨークのアストル・ピアソラ』


プグリエーセのCDを求めたのは、ベーシストの斎藤徹さんがプグリエーセへのリスペクトを表明していたからだった。
恵比寿の中南米音楽で購入。


洗濯を干したあとは、小山彰太トリオの『一期一会』を聴く。
96年オフノートの作品。
サックス、竹内直。ベース、是安則克。タイコ、小山彰太。

日本人にしか叩けないような“間”と“オカズ”のあるタイコを小山は叩く。シャレているし、ユーモラスでいながら、カッコいい。
往来トリオでのジャズの沸点強度では味わえない「この日」の交流がある。

そうだ、

この小山彰太、そして上記のベーシスト斎藤徹、さらに日本最高のサックス奏者林栄一、が、組んだのが“往来トリオ”という。
このトリオには『往来』『櫻〜往来トリオライブ』という2枚のCDがある。

ネットで検索してみたら、『櫻〜往来トリオライブ』について、岡島豊樹さんがこういうテキストを書かれていた。
コピペしてみたので、ゆっくり味読してみてください。

「往来トリオを聴きながらジャズ・ルーツ五大異端説を思い出した」

前回のアルバム『往来』といい、このCDといい、とてつもなく感動した。声明とのセッションにゾクゾクし、エリントンやミンガスの著名な曲や「リア王復活のテーマ」「オンバム・ヒタム」では小さいとき馴染んだ子守唄か何かのような懐かしさがこみあげてくる。私は声明もエリントンの音楽も沖縄の音楽もブラジルの音楽も縁遠い能登のイナカで育った人間なのに。思えばこれは私の場合、斎藤徹氏の音楽を聴いているとき常に生じる反応なのだった。ソロで即興演奏するときでもタンゴを演奏するときでも韓国シャーマンとの共演でも箏のような邦楽器との共同作業でも欧米の最先鋭インプロヴァイザーとの共演でも。なんで? コントラバス奏者か風鈴売りの行商人か一見わからないようにいろいろ小道具をつけたり、妙な棒でギーギーこするのを初めて観たときはショックを受けたけど、そうやって出た音は自分でもいつ身につけたかも知れない色んな記憶を喚起してくれる不思議な音として病みつきになるまでにたいして時間はかからなかった。楽器というのは現在では常識となっている形状や奏法に落ち着くまでにけっこう変更の歴史があったそうだけど、するとその間に、破棄されたり封印されたりした弾き方や音があったんだろうなと想像する。斎藤氏はそういうのを解き放つのが得意なのではないかな、たいへんな音楽博士なんじゃないかなと想像してしまう。そういった洞察を曲の形にしたのが、斎藤氏の曲なのではないのかなと思う。往来トリオでは林栄一氏も小山彰太氏もいつにも増してのびのびと多彩な音の出し方をしているように聴こえるのは、そこらへんに理由があるのではないかと思ってしまう。セファルディのトラッドとジェリー・ロール・モートンとセロニアス・モンクと東欧トラッドとアフロ〜ヒスパニック系音楽を検分 / 再構成した音楽をやりつつサン・ラーのカヴァーにも興じるアメリカのアンソニー・コールマン氏、トルコのモーツァルトことタンブーリ・ジェミル・ベイの曲やルーマニアの舞踊曲やセルヴィア正教の詠唱曲をアレンジして演奏するベオグラード出身のボヤン・ズルフィカルパシチ氏他のようなゴキゲンなミュージシャンたちのジャズに感涙しているような人たちも往来トリオの音楽にはホロリとしているんじゃないかと思う。そんなのまでジャズと呼ぶ必要があるのかな? という人もいるかもしれないけど、私はジャズと呼びたい。むかし、ジャズのルーツの議論が盛んだった頃、インド音楽説、トルコ音楽説、ギリシャ音楽説、スペイン音楽説、さらに「ジャズはオデッサで生まれた」説なんてものまであったそうだし(みんな異端説にされてしまったそうだけど)、もともとそんな議論で賑わったような音楽なのだから。むかしから色んなジャズが演奏されていたからそんな議論も湧いて出たんじゃないのかな。今後もジャズはそんな音楽であって欲しい。いや、あり得るはずだと、往来トリオを聴いていると確信してしまう。(岡島豊樹)

■musicircus


2004年02月09日(月) 小冊子『up north!』・月刊『JAZZ TODAY』創刊号・新宿ピットイン平井庸一グループ

かなり美しいパンフレットをディスクユニオン新宿店で入手した。
『up north!』という水色を基調にデザインされたタテ長の小冊子だ。

「ヤン・ガルバレクとノルウェー・ジャズの愉楽」と題されており、コンテンツは「ヤン・ガルバレク・インタビュー」「ECM音響エンジニア、ヤン・エリック・コングスハウクに聞く」「ブッゲ・ヴェッセルトフト、ジャズランドを語る」「ノルウェー・ジャズの来るべきかたち」の4本。

すごい面白いのは、ガルバレクはオスロの家から4〜5時間離れたところにコテッジを持っていて、そこにこもってインスピレーションを得る、そんでオスロでは娘や孫の相手をしなきゃ、という。おおー、おじいちゃんになっていたのかー、ガルバレクー。そりゃ音楽も、変わるやな。なんか、いいなあ、こういうコメント。アイヒャーとのなれそめシーンにも、笑える。インタビュー全体にガルバレク情報多数(あたりまえか)、ファン必携。

コングスハウクのインタビューもいいし。ジャレットのスタンダーズを録音しにニューヨークに行ったとき、隣のスタジオでデビッド・ボウイが『レッツ・ダンス』を録っていた、とか。ブッゲのインタビュー、ディスクユニオンの山本さんのテキストも。現代ノルウェー・シーンの5人と10枚、なんてかなりシーンに迫った素晴らしいセレクトで、全部買わなきゃ、です。

この小冊子、中身もいいが、デザイン、写真、そして紙質までいい。指先を伸ばして、そっとページをめくってしまう。読む用、と、保存用、と、永久保存用まで入手したいブツである。


同時に『JAZZ TODAY』創刊号を入手。
イーストワークス社が月刊で日本のジャズ・シーンを揺さぶるような気配を感じる。表紙はさすがアウトゼア誌編集長のいい写真だ。
キップ・ハンラハン『ピニエロ』の記事がいい。このCDもほんとうに素晴らしい。

イーストワークス社は、キップ・ハンラハンのレーベル『アメリカン・クラーヴェ』を配給している。テオ・マセロの『テオ』は、もっとジャズファンに聴かれなければならないし、マイルスのブート盤とともにテオ・マセロは語られるべきなんだと思う。


新宿ピットイン昼の部に平井庸一グループ(>2/5参照)を聴きに。

リーダーの平井くんは前夜、太陽肛門スパパーン(!)の録音と打ち上げで、寝起きで登場。
グループの演奏は、リハ不足なのか、個々のプレイには実力者揃いであるから聴きどころを感じるものの7人がかみ合っていない。ベースがふたつある必然が感じられないし・・・。みんな、リーダーとのコミュニケーションができてない感じ。ケンカでもしたんかね?(笑)。タイコがアップテンポになればガラッと変わった、という問題だけかも。
なんともユルいライブだったけども、リーダーの平井くんが何度もその巨漢からズリ下がるズボンを上げては演奏してみたり、座ってみたり、それでも悠然としている風情に、なんとも可笑しく、(あせっていない、というのも、いいもんだなあ・・・)と妙に味わってしまっているのだった。


友だちから「たださんに聴かせてもらったモスラ・フライト(>1/16参照)、凄いです、これこそ私が聴きたかったジャズです、こないだ聴いたジョーマネリのライブとともに愛聴盤になりそうです」とメール。

高木元輝は今日まぎれもなく、日本―いや世界で最も重要な位置にいるリード奏者であると、僕は確信をもって云い切ることが出来る。かつて、アーチー・シェップについて「シェップは、それまでのテナー奏者が、最高絶頂のときにのみ出す音で、始めから終りまで演奏する」と語られたことがあった。この云い方に従えば、それでは、わが高木元輝については、いったいなんと云ったら良いのか。リードをはさみ込んだ彼が、チューニングのために一吹きすると、厚さ一センチに近いガラスがビリビリと音をたててふるえるほどなのである。そうして始まる彼の演奏は、あくまでシリアス、あくまで豪快に吹きまくり、人間の感性に直接つながる〈美〉を浮き彫りにする。それは、凄じい魂の叫びである。怒りと悲しみと平和が渦巻いて、サウンドの底に鳴り響く。石、鉄、水の様な無機質な〈もの〉に、情念の回路を通じて、夢と生命を吹込む。これは、高木の奥深い処に秘められているやさしさなのであろう。つまり、高木の演奏には1音1音に生きた感情があるのである。(副島輝人)


ディスクユニオン新宿店で、身なりのいい男女が店員にCDを手渡し、
「これに似た感じのCD、いくつかみつくろってください。いい感じなんですよ。ええ、お店でかけるんです。おまかせ、で。」と。
TPOで聴くジャズもあれば、リスニングルームで対峙するジャズも、踊るためのジャズも、ある。
むかしはNHK−FMでもジャズの専門番組あったし、ぼくはクロスオーバー・イレブンで聴いたパット・メセニーでECMに遭遇したし。
ジャズについては、20歳のときに中央線に揺られていた午後に、突然「あの、水道橋スイングで聴いてるああいうのが聴きたいー」とスイッチが入ったのをはっきりおぼえている。

■musicircus


2004年02月08日(日) 「田中宇の国際ニュース解説」・二葉百合子「一本刀土俵入り」・スピッツ「月に帰る」・ディスクユニオンの番組

「たださん、ディズニーランドをグローバリゼーションの象徴として批判したのは、東京ディズニーランドができた時点での“いわゆる左翼”の物言いでしたし、それを、荒地のリーダー的存在でもあった重鎮・鮎川信夫が老いた母親を連れて東京ディズニーランドへ行って“ほんとうに楽しかった”とやんわりとかわしたんですよ。その意味はわかりますか?」

ひええ、わかんないですー。

「シスターニ師の発言とそのからみは、たださんに教わった田中宇さんの配信メールにすでに書かれていますよ、ちゃんと読んでいますか?ここからぼくたちが知るのは、かなり先までシステマチックに紛争ごとはデザインされているという実感なんです。」

ひええ、読むの、さぼってましたー。

「田中宇の国際ニュース解説」>メール配信(無料)をオススメします
■田中宇の国際ニュース解説

ううむ。さすが哲学を究められておられるわかいひとにはかなわん。じゃが、わしはわしを生きにゃならん。なむさんー。


二葉百合子の「一本刀土俵入り」(昭和35年)を聴く。三橋美智也のヴァージョンは未聴なり。まっご、すばらしかー。

昭和35年、というと、1960年である。わたしが生まれる1年前、である。わたしのご父母が摩周湖の新婚旅行で燃えた夜である。

わたしが東京に出てきたのは1980年で、流行に惑わされずにわたしはディキシーとかスイングばかりを耳にしていたのだからお笑いである。
1920年代のジャズの録音。自分の父親どころか祖父が幼少の時代である、と、世界認識(ちと、おおげさ)して聴いていたものである。

二葉百合子の「一本刀土俵入り」。アレンジが、古い、しょぼい、と、みんな思うだろう、しかし、いま、誰もこのような演奏の審美では弾けない、だろう。サウンドから聴こえる、“演奏の意識”に立ち降りていって耳をそばだてると、これが、すごいいい演奏であることがわかるのである。


平原綾香の「ジュピター」。
すごい、いい。すごく、いい。声が楽器、それも名器のもの、で、歌われるような、素晴らしさ、だ。
ただ、これをもって、平原綾香は名器だ、とは書けないのが日本文化の不思議ではあるが。

▼スピッツの原点としての「月に帰る」

真っ赤な月が呼ぶ ぼくが生まれたところさ どこだろう
黄色い月が呼ぶ きみが生まれたところさ 湿った木箱のなかで
めぐり逢えたみたいだね 今日の日 過ぎてゆく
もう さよならだよ きみのことは わすれない

スピッツのファーストアルバムに収録されている。


久しぶりにディスクユニオンの山本隆・沼田順がDJをしている番組「ジャズ・イン・ザ・ワールド」を聴く。
これはFM東京の衛星放送ラジオ「ミュージックバード」の■ジャズ8の番組。
今日の曲目はこんな感じでした・・・
・ HB / Magnus Broo < moserobie 16 >
・ SOZABOUE / TUNA OTENEL < DIW DIW-426 >
・ De Oslo a Rio / Agustin Pereyra Lucena < CELESTE 6202 >
・ KEEP HOOPLE! / SEBASTIEN TEXIER < DIW DIW-476 >
モダンジャズ、フォービート、ハードバップ、の、現在のシーンを紹介してくれる番組。「現在演奏している」というジャズの楽しさを感じる。
おふたりとも「ジャズを真剣に聴け」「ジャズをBGMにするのは撲滅したい」とのお話。

ディスクユニオンというとDIW(disc in the world)を発足したばかりの頃の、若いジャズ・リスナーを「知らない世界へ連れ出す」姿勢にドキドキしていたことを、つい思い出してしまう。

時代は変わった。ちがう。わしが老いたのだ。もしくは。


2004年02月07日(土) 「ダウンタウン・ミュージック・ギャラリー(downtown music gallery)」・ペーターコヴァルトに捧ぐ・川端民生

アメリカでのジャズ即興系のCD購入にオススメなのが「ダウンタウン・ミュージック・ギャラリー(downtown music gallery)」です。
メーリングリストの登録をしておくと入荷リストがメールで配信されます(無料)。
はっきり言ってからだに毒です。アーティスト名を読むだけで、脳内麻薬物質がドバーッと出て禁断症状に指が震えてしまいます。

■ダウンタウン・ミュージック・ギャラリー
>ロバート・ワイアットのチェックリストにはガルバレクの娘(Anja Garbarek)のCDもー。

4人のコントラバス奏者の巨匠がここに集結した・・・、と紹介されているこんなCDがリリースされている。
『BARRE PHILLIPS/JOELLE LEANDRE/WILLIAM PARKER/TETSU SAITOH - After You Gone (Victo 091) 』■Victo レーベル
Live at the Victoriaville Festival on May 23rd of 2003.

国際コントラバス会議の議長(!)を務める欧州即興のしなやかな知性、バール・フィリップス〜。ヘイ、タクシー!と90年代に颯爽と登場したフランスの女性即興演奏家、ジョエル・レアンドル〜。この人が弾かないジャズはない、参加作はすべて名演名盤、現在進行形ニューヨークジャズの巨人〜、ウイリアム・パーカー。東京タンゴはもはや伝説、汎アジアを体現するベーシスト、門下生としてもっとも高柳昌行の闇と光を継承している、真っ先に聴け吐きそうな低音〜、斎藤徹〜。
・・・ほとんどリングサイドのアナウンサーになってしまうが。

4人のベーシストによる競演、だ。前例なし、たぶん。しかも、この水準のベーシスト、世界を探しても、あと何人いるかどうか、である。
まさに競馬で言うところのGI(グレード・ワン)。
ベーシスト、この水準で、あと?ううむ、ブルーノ・シュビヨン、エルンスト・レイスグル、デイヴ・ホランド、バリー・ガイ、ペーター・コヴァルト・・・。

2002年9月21日ニューヨークで急死したドイツのベーシスト、ペーター・コヴァルト、に、この演奏は捧げられている。

世界でおそらく初めての3人のベーシスト(バール・フィリップス、井野信義、斎藤徹)による即興演奏集『オクトーバー・ベース・トライローグ』()が発表されたのは2001年。この時の、アイディアがもとになっていることは間違いないと思う。


音楽は聴く者をどこかへ連れてゆくものだ。

ともに演奏していたベーシストが突然どこかへ行ってしまう。一緒に、明日のことなぞみじんも不安に思わずに過ごしていた友だちがいなくなること。

去年、ウイリアム・パーカーがペーター・コヴァルトとのデュオ演奏をコヴァルトの息子の絵(たしか)をジャケにしてリリースしていて、秋口にぼくはそれを聴いて、その生き生きと闊達なやりとりが笑ってしまうくらいにはじけていて、ほんとうにそれだけの即興演奏で、ぼくは思わず涙が出てきていた。これをたとえば客観的に即興演奏として評価したところで、それは誰のためのどんな行為なのだろう。


ベーシストが亡くなった、といえば、ベース奏者の川端民生に捧ぐライヴもたしかあった。

川端民生が亡くなったときに、どこかのサイトで、「菊地さんがコメントを発表している」と読んで、ぼくは菊地雅章だと思ってそのテキストを読むと、菊地成孔のものだった。ぼくはその時はじめて菊地成孔の名前を意識した。ティポグラフィカも聴いて騒いでいたのに。

その音源を2枚組くらいでCD化できないものだろうか?

小沢健二(『球体が奏でる音楽』、lovers@日本武道館)も、菊地成孔も、そのCDにコメントを寄せてくれるだろう。


(ぼくが2001年に書いた文章)

わしの今のところ生涯ライヴ三傑は、昭和人見記念講堂でのヴァレリー・アファナシエフの初来日での友人の死に捧げられたモーツァルト、菊地雅章の5人ぐらいの編成のファンクなグループでの新宿ピットイン、小沢健二の初めての日本武道館初日、である(エグベルト・ジスモンチの松本でのピアノ・ソロ、仙波清彦と山木秀夫のダブルタイコでのジョン・ゾーンのプレイズ・オーネット、神奈川県民ホールの福田進一と客演したアコーディオンの京谷弘司、大泉学園インFでの千野秀一+竹田賢一……なども入れたいが)。奇を衒って書くのではない。7月24日の藤井郷子で四傑となった。「ジム・ブラック入りのCDは名盤のしるしだよねー」と言い合ったディスクユニオン吉祥寺店の友だち(彼女は耳がいいので、ファンが多い)も「ジャズ聴いてきてほんと良かったと思えるライヴでしたねー」と声を弾ませていた。
そしてこの生涯ライヴ三傑の菊地雅章のグループで文字どおり“オトコ惚れ”していた川端民生が、7月26日に逝去した。CDでは『ホッパーズダック』、ライヴでは昨年末新宿ピットインでの浅川マキのベースとして聴いたきりだった。浅川マキと一緒に煙草の煙を薫らせながら音を弾く深みは、病後の健在を示すよりも普遍につながる何かを空間に放っていた。今年の3月ジロキチでのネイティブ・サン約20年振り復活ライヴ、には意味があったのだろう。川端は、おそらく菊地雅章の叩きつけるピアノに勝てた唯一のベーシストだったろう。一撃で音楽を沸騰させることができるその意志のちからのようなもの、「川端民生の存在がジャズなんやで!」と言い放てたぼくの握リこぶし。「いや、もう、おざけんは天才。おざけんがいればECMの全部のレコードいらない!」と横井一江さんに言い放って唖然とされた直後に、ぼくは小沢健二と川端民生と渋谷毅のトリオでのレコーディング実現を知る。たしか小沢は川端を、大地に根をはって槍を持って立つ原住民の存在感、というような言い方をしていたけど、ほんとうだよな。しばらく川端民生の追っかけみたくなってしまったわし(30代半ばの当時は3人の子持ちがだぜよ)は、ライヴがひけて出口のところでモデルみたいにきれいなおねえちゃんと親しそうに話している川端の姿に、嫉妬感つうか、追っかけしているおのれの小ささに打ちのめされて遠くから眺めることにしたのだったな。何かのジャズ・フェスで小沢・川端・渋谷のトリオが出たとき(小沢の『球体の奏でる音楽』から唄ったのかな)、観客のブーイングにも似た冷たい反応があったとニフティのジャズ会議室できいたことがある。だからさ、自己紹介なんかで「私はジャズが好きです」なんて言えるような脂ぎったやつは大嫌い。それは川端民生を聴いていないよ、いや、音を聴いていないよ、ほんとうに音楽を聴いたらきっとぼくらは透き通った存在になってゆく。川端民生はもういない。残されたぼくたちは川端民生を心に宿そう。

■musicircus


2004年02月06日(金) 「ハッスル」・ECM耽美派総帥Aさんの留守電

裸の王様、の、王様、と、ロバの耳、の、王様、だと、後者でありたい、というのと、横濱ジャズプロムナードで来日していたロヴァ・サキソフォン・カルテットを聴き逃してまで書いたテキストであったため、ロヴァの耳、と、名付けました。

▼「ハッスル」

いきなし書くが、厄年には理由がある。

41を過ぎて実感することは、思いっきり走ると2日後に筋肉痛がやってくる、徹夜麻雀をすると翌日の予定がだめになる、定食屋の大盛りがつらくなる、冬になると背中やケツがかさかさになって痒くなる、エッチなエネルギーに行動が乱されないようになる、あたまのてっぺんだけが薄くなってきてザビエル化してゆく、あれだけなついていた子どもたちにウザがられるようになる、若い女の子が花のように美しいと感じるようになる。

脳のシナプスが劣化・萎縮して、物忘れ、うろ覚え、勘違い、に、拍車がかかる。ときに不意な懐古に動けなくなる。

不意にヴァン・マッコイ&ソウル・シティ・シンフォニーの「ザ・ハッスル」が耳によみがえり、聴きたくなる。

トゥトゥトゥ・トゥル・トゥル・トゥトゥ、トゥトゥトゥ・トゥル・トゥル・トゥトゥ、・・・ジョイン!
ウー、ウウウ、ウー、・・・ジョイン!、ウー、ウウウ、ウー、・・・ジョイン!、
タッタッタ、タラッタラッタッタ、タッタッタ、タラッタラッタッタ。タッタッタ、タラッタラッタッタ、タッタッタ、タラッタラッタッタ。
「トゥ・ザ・ハッスル!」

踊ってない、踊ってない。ハッスル、ききてー。

▼ECM耽美派総帥Aさんの留守電

Aさんから電話があったようで、留守電にメッセージが残っていた。「お時間があるときにお電話ください、電話番号は・・・。」

ひえええ。

ECMが好きなひとのサークルを作ります、と、スイングジャーナル誌にハガキを書いたのは21歳のときだった。
最初に集まったのは4人。
これが、濃い。まったく、濃い。
ECMを1番からソラで番号、タイトル、メンバー、録音スタジオ、ジャケットデザイン、すべて言えるSさん。
ヨーロッパ・ロマン派だー、と、自説のブルドーザー、どこから見ても、どんなに話してもヤーサンとしか思えないギタリストOさん。
東京大学宇宙物理学大学院生で、なおかつあらゆる知性が備わったかのような、フリー・ジャズの辞典のようなMさん。
そして。
「本来であれば、私が会長をつとめなければならないのですが・・・」が最初のあいさつだった、カーペンターズ・ファン・クラブ会長のAさん。

ありえねー。

わたしはこの4人から毎月最低30枚の厳選されたLPを手渡された。
ECMは5枚くらいで、あとはフリージャズ、プログレ、現代音楽、モダンジャズ、パンク、クラシック、歌謡曲・・・あらゆる、彼らにとっての“名盤”が並んだ。

わたしはこの4人にいまだに勝ててない。

キース・ジャレットを、スティーブ・キューンを、三善晃を、モーリス・ラヴェルを、ボリス・ヴィアンを、美少女論を、語ったAさん。

わたしがロクでもないことを書いたり振舞ったりすると、どこからか連絡をされてきて、説明を求められるのだ。

■musicircus


2004年02月05日(木) 『挑発する知』姜尚中+宮台真司(双風舎)・アルフレッド23ハルト・平井庸一グループ

わたしはミーハーです。
Qちゃんよりも、市橋有里(いちはしあり)ちゃんのマラソンを今後も応援してゆきたいです。


姜尚中と宮台真司の対談『挑発する知』(双風舎)を読んだ。
宮台さんは“ネオコン=カルチュラル・プルーラリストの、ディズニーランド的発想は、よくできています。”と、問いかけている。

年末にサイト(musicircus)に書いた「デヴィッド・シルヴィアンはグローバリゼーションに加担する」でディズニーランドという場所について連想をはたらかせていたけど、なんだ、みんなそう思ってるんだ。ぼくはミスチルの『It’s A Wonderful World』にふれた「9・11を連想してしまうJポップ2曲」(2002.12.10掲載)でディズニーランドを想起していたから、結構桜井くんの喚起力というものは時代を読んでいる。

「タガタメ」「シフクノオト」というミスチルの新譜にまつわるキーワードを見ていると、単に日本語だからというでなしに、仏教的文化圏を志向しているような気がするし、亜細亜文化圏とまでは言わないけども、日本語で起動しているぼくらの身体が、感受性とか倫理の根っことか、思うより
も強くその日本語(コンセプトとしての)によって規定されている自覚をしなければ、とは思う。それによって排他的になるのではなしに。


なんでか、アルフレッド・23・ハルトは韓国に移住してしまったらしい。去年DIWレーベルから直輸入日本盤となってリリースされた『eShip sum』は、韓国のミュージシャンたちとの“マイルス+コラージュ”程度にしかなっていない作品で、なんでドイツ人のあんたが韓国にまで行ってそんなことやってんのー、とか言いながら、そのトホホ感が聴いていて妙に居心地がいいんだな、これが。マジには聴けない作品。
■『eShip sum』

あした2月6日(金)7日(土)と、
このアルフレッド・23・ハルトが新宿のピットインで大友良英ニュージャズクインテットにゲスト参加したライブがある。
■新宿ピットイン
うーむ、以前なら迷わず行くライブなのだけど、すでに仕事のシフトは動かないー、みんな行ってねー。


新宿ピットインといえば、来週2月9日(月)昼の部、は、平井庸一グループのライブがある。
フロント2管、平井くんのギター、ピアノ、2ベース、タイコ、という編成。コンセプトは“トリスターノ+変拍子”。
そろそろ自主制作でいいからCDを出していいような気もするが。2ベースのこの日はとりわけ注目している。

こないだ綾戸智絵さんがテレビに出てドクター・ジャズこと内田修先生に見出されたエピソードを語っていたものだけど、2年前に出た「アウトゼア誌8号」で記事にされていたように、この平井庸一も内田先生の眼光にかなった才能。日本の即興演奏の聖地である荻窪グッドマンの店主も平井くんのライブには通っている。

最近のmusee誌を読むと、アウトゼア編集長末次安里さんは健在のようだし、実際に東京ザヴィヌルバッハ、デートコース、不破大輔、コンボピアノ、クレイジーケンバンド、林栄一、平井庸一にいち早く反応していたスゴイ耳のアンテナを持ったひとだったから、リニューアル復刊にあたっては平井くんのバンドは当然にコンテンツに載ると思う。


ミスチルもどきバンドはsacraではなくて、サザーランドのほうだった。昨日の訂正。


2004年02月04日(水) お年玉支給・シスタニ師・東京新聞の熊田亨

4人の子どもたちにお年玉を支給しに行く。今頃。
高校生中学生小学生幼稚園児。総額2まん1せんえん。
「お年玉袋がノリでびっちりくっついて、開けられないよー、これ、ふつーのノリじゃないでしょー、何でくっつけてんのー」
「もっこーよーボンド、なかったんだよー」
「こんなところに気合い入れててー!わー、ありがとー」
「おとーちゃんも、たいへんなんだからなー」と、だけ言う。
(あのCDもこのCDも我慢したし、あのライブも、このライブも、ぜーんぶ我慢したんだー・・・)という内実を心中つぶやくわたし。
でもルーファスワインライトの『POSES』のような朝だ。

午後7時半になって家族全員が揃ったので、みんなで車に乗ってでかける。

田んぼの中をスムースに加速してゆく。
夜空が晴れていて、雲がななめに輪郭を描いて藍色に光っている。
鈴木翁二のマンガに広がる夜の空だ。

「空がきれいだよ、とーちゃん」「わたしもそう思っていたんだー」「おれもー」


牛肉も鶏肉も食べられなくなって、豚肉だけが安全だという状況を、アラブ世界へのあてつけに「おらおらー、おまえら豚肉くってみろー」と挑発しているブッシュの世界戦略なのだろうか。

東京新聞2月4日の熊田亨のコラムで、すごいことが書いてあった。
アメリカがここにきて、いきなり国連に泣きついているという。
シーア派の最高指導者アリー・シスタニ師が「早々に総選挙して、イラクの未来はイラク人によるイラク人のためのイラクの政府を」とコメントした、というのだ。これはイスラムの教義や神託として話したというよりも、民主主義について書かれた初歩の教科書にあるとおりに述べたものであるとのこと。コメントしただけである。
熊田亨は、このシスタニ師は、大量兵器も持たず、サダム・フセインなんかより、まったくアメリカの手に負えない存在だという。
なぜなら、イラクの60%を占めるシーア派信徒1500万人が、このシスタニ師の言葉に従うのである。
アメリカのイラク侵攻は、その隣国イランへの対抗であったわけだけど、ここにきて一気にイラクがイラン化してしまいそうな展開を恐れるのだ。

こういうことをきちんと書く熊田亨も東京新聞も、えらいよー。

この熊田さんは、ぼくに現代音楽と古楽を手ほどきしてくれた友だちの伯父さんです。


あ、こないだ友だちが「ミスチルのイミテーションだ!」と激怒していたバンドは、
sacraという名古屋出身のバンドですね。マーケットではガンガン売り込み攻勢かけてます。いよいよ出てきましたかー、ミスチルもどきー。


2004年02月03日(火) 『Terra Nostra / Savina Yannatou』(ECM 1856)

昼間に、友だちとCD持ち寄り会をしていたジャズ喫茶でいきなり『The Trio』がかかって、
「やっぱこん時の(ジョン・)サーマンはすげえや」と腰に手をあてた(あ、満点のポーズね)。
「バール・フィリップスのベースもまたすごいね、果敢な突っ込みとサウンドの揺さ振りー。」
「サーマンはECMに録音するようになってから当時のジャズファンから見放されたよね。」
「でも、あの孤独感はたまらないものがある・・・」
「まあ、孤独感というコトバに還元してしまうのもどうかと思うけど。」

ウード奏者のアヌアル・ブラヒムのサウンドを聴くと、地中海〜アラブへの郷愁を深く感じさせる。
■アヌアル・ブラヒムのサイト 

サーマンとこのブラヒム、そしてホランドが作った『シマール』
『Thimar / Anouar Brahem - John Surman - Dave Holland 』(ECM 1641)
■Thimar ECM1641
わたしはECMジャケ派ですから、この暗がりの草むらに潜んで彼方から聴こえてくる三者のサウンドに、それこそどっぷり浸った。
ノスタルジー、喪失感、郷愁、孤独感、そして静かな精神状態が深夜を覆うような、そんな音楽だ。
作品としても、なんと言うか、完成されたものを感じる。

この作品はイギリスのマーキュリー・ミュージック・エンタープライズという賞にノミネートされて、この賞は音楽評論家の団体みたいなものが毎年10枚ほどレコード屋とタイアップして認定して、マーケットで販売展開をする。いわば批評家たちがジャンルを横断して選んだ「これがオススメ」というディスクをリスナーに問うわけだ。
それもあって、この『シマール』はそこそこ売れた。

2003年のECMを振り返るのに聴いた『テラ・ノストラ』に、この『シマール』と地続きな音楽的成分を強烈に聴いた。
『Terra Nostra / Savina Yannatou』(ECM 1856)
■Terra Nostra ECM1856

“ECMがこの作品をライセンス・リリースした意味は大きい。アイヒャーは、この地中海〜アラブのラインにジャズのルーツのひとつが確実にあるということを認識している”と、評価する声を聞いていた矢先であったし、
嶋田丈裕さんが主宰しているサイトで、年間ベストにも挙げられていたのである。
■TFJ's Sidewalk Cafe

平井玄さんの■『引き裂かれた声―もうひとつの20世紀音楽史』(毎日新聞社)(>1・25日記参照)を読むと、
ルーマニアから地中海に沿ってアルジェリアの村まで、2000キロに及ぶ広大な旋律の採集の旅をしたバルトークは、ウクライナ、イラク、ペルシアにも及ぶ音楽の共通性に気付いていたようである。

この音楽の磁場は、ビザンチン〜微分音〜ジョーマネリへと続かないのだろうか。
妄想がわく。というより、耳の欲望が性急な乾きの音をたてている。

最後に平井さんのテキストを引用

“マグレブやトルコのメロディーに強く惹かれたブダペストのバルトークの方向感覚は、「アメリカ的なもの」としてジャズを取り入れたベルリンのヴァイルやクルシェネクのそれとは異なる方向を指していたのである。”


2004年02月02日(月) 竹田青嗣・ユニバーサルシンコペーション談義・年間投票でベスト15位の中に4枚もECM

ちくま新書393、と、こう、番号に執着するのは仮面ライダーカード、SFマガジン、サンリオSF文庫、ECMレーベルと、わたしの人生です。

『現象学は<思考の原理>である』竹田青嗣(たけだせいじ)著(ちくま新書393)を3時間15分で読んでしまう。
ようやくピンとくる現象学のテキストに出会って、ちょっとうれしい。「確信成立の条件と構造」「公共的な妥当性の一般的信憑」とか。

“人間は幻想的エロスをその本質とします” ヨシっ!来た!そのままそのまま。なかなか言い切れないもんです、こうは。

■竹田青嗣さんのサイト


20年来のECM友だち(老後は彼と縁側で、渋茶とジャズとECMで過ごす余生になっている)が電話をくれた。
「あっはは、読んだよユニバーサル・シンコペーションの評。ガルバレク10点、ほかは採点不能だって?たしかに、ガルバレクが異様に上手いけどさー。ヴィトウスとデジョネットはいいんじゃないのー?」
「そりゃ、ベースとタイコは最初に録音したらしいからねー」
「えー?あれ、バラバラに録音してんの?・・・たしかにマクラフリンやブラスセクションの入っているトラックは音がちょっと、と、思ったけど」
「そんなのわかります?」
「うーん。今はデジタルだから、できるのかな。そういうの、アナログ時代には考えられなかった。でも、そんなのどこで知ったのよ。」
「ヴィトウスのインタビュー。
■jazz review ヴィトウスのインタビュー記事
いっちばん最後にガルバレクが録音してんだから。」
「だからガルバレク・カラオケになっているんだな。」
「このアイディアはヴィトウスがアイヒャーに打診して、経費を出してくれ、と要求したらしいんですよ。で、アイヒャーは断ったの。」
「そりゃー、断るわな。」
「だからヴィトウスは自腹で録音して、アイヒャーに聴かせて、そんでアイヒャーと構成した。」
「だからクレジットが produced by Manfred Eicher and Miroslav Vitous。」
「ユニバーサル・シンコペーションって、ヴィトウスの会社の名前。チェコのオーケストラのパーツ別音素材を売っている、という。」
「なんだ、会社の名前か。ヴィトウスはそういう仕事をしていたんだ。」
「でも、今年はガルバレクとヴィトウスとデジョネットでツアーするみたい。」
「うおおお。そのトリオ、すごいライブになるよ。ガルバレクのグループより聴きたい。」
「チケット買ったんですから、そういうこと言わないでくださいよ。」
「それより、まーくん、SJ買った?」
「なんでですか。」
「いや、年間投票でベスト15位の中に4枚もECMが入っているんだよ。おれ、嬉しくてつい買ってしまった。」
「4枚って?ジャレットの『Up For It』のほかは? スクラヴィスクルヴォワジエトロヴェージジョンテイラーアビュエールウールムラッド?もしかして、ポールギーガー?」
「あのねー。ホランドのライブ、と、アートアンサンブルのトリビュートレスター、と、このユニバーサル・シンコペーション。」
「そうですよねー。でも、すごくよくわかる、この4枚だっていうのは。ジャズだも。」
「え?ユニバーサル・シンコペーションはジャズじゃないんだろ?」
「ジャズじゃないです。」
「まーくんの言うジャズ、って、わかんねえな。」
「そうですねー、じゃあ今度のロヴァ耳で書きますか。」
「わしが感じるジャズがジャズである、って書くんならいーよ。」

■musicircus


2004年02月01日(日) マラカイフェイバース逝去・ぽるなれふばーきん・ジャズ評論家成田正

午前5時、湾岸道路のミシェル・ポルナレフ「シェリーに口づけ」、まじで28年ぶりに聴いた。
中学2年生のぼくの部屋の机の木目や、ガラス窓から見下ろせる雪印乳業苗穂工場の深夜の光景、そん時持っていたエロ本のババアづら。
ベスト盤が出ているそうな。ちょっと待てよ!、「忘れじのグローリア」を入れてないベストは認めんぞ。どうゆう編集しとんじゃ。

ジェーン・バーキンがトルコのミュージシャンをバックに歌っている。一日だけの来日公演があるそうな。
ラジオのナレーションが「世界を旅するようなアレンジですね」、って、あのよー、ジェーン・バーキンがババアになって、トルコのミュージシャンとの、このテンポとアレンジと雰囲気とで、歌っている感慨、を、言わんのかい。

どっちもフランスか?


ブラッド・メルドーについて、おそらく日本でいちばん最初にこういう表現をしたのがジャズ評論家の成田正さんだったと思う。
「ピアノを弾く時の右手と左手のつながりをバラし、ジャズを読む上での右脳と左脳の葛藤を無用のものに換えてしまったピアニストだ。」
■「ブラッド・メルドー── 胸騒ぎの高貴と侠気」

その成田正さんが、こういうデータベースを作成している。

“日本を訪れたジャズ、ジャズ系、ジャズがらみの音楽家の足どりを読むウェブ・データ・ベース”
『CUSTOMS RECORD of JAPAN』

■CUSTOMS RECORD of JAPAN

こういう地道な作業だけが続くものを作る成田さんはえらいと思う。
関係者は情報提供をすべきだし、ジャズ好きな方はお気に入りに入れて、何かの役に立ったら成田さんにお参りを・・・(あれ?)


音楽の多様性といったことを考えるとき、遺伝子がその種の存続のために、大半は親のほぼコピーであるのに対し、一部は、親の特質をらに特化させていたり(これも偶然に、ね)、かなり無理のある亜種(もしくは失敗作といったもの)を生み出していたり、その涙ぐましく健気なエネルギーを費やしていることとは同型だよね、ミュージシャンの熱気にどこか似ているわよね、と、未婚の女性が言うか。

種全体の中の必然として個々はあったりする、のか?おれはちがうと、思うぞ。


マラカイ・フェイバースが逝去。
■PI-Recordingsのフラッシュ画面。

August 22nd 1927 – January 30nd 2004

1999年11月にレスター・ボウイを失ったアート・アンサンブル・オブ・シカゴは、
ロスコー・ミッチェル、マラカイ・フェイバース、ドン・モイエの3人で『Tribute to Lester / Art Ensemble of Chicago』(ECM1808)
を録音し、昨年発表していました。
1993年から半ば引退状態であったジョセフ・ジャーマンが復帰してカルテットでのアート・アンサンブル・オブ・シカゴで
『The Meeting / Art Ensemble of Chicago』が発表されたばかりでした。


Niseko-Rossy Pi-Pikoe |編集CDR寒山拾得交換会musicircus

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