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仕事から帰って来たら
2012年05月13日(日)

すぐ出来るさ、とたかをくくっていた作業が
思いの外手がかかり(^_^;)

帰宅してからだと、やはりさけられる時間が短い
のでなかなか進まず(^_^;)
ちょっとしたアクシデントもちょこちょこあったし。



で、やっと作成出来ました。挨拶礼状(^^ゞ


ここ1ヶ月とちょっとの出来事。
2012年05月07日(月)

まずは、前回のw.cですが、実際、私が挨拶した
言葉を、そのまま入力しました。
ちなみに、その文章は7、80%は自分で考えましたが、
通夜に葬儀場に泊り込んだ時、おばに見てもらう
事にし、枕詞等が無い部分やダブっている部分を
直していただき、最後の挨拶だけはお願いして
しまいました(笑)

その前のw.cから読んで頂くと大体のお察しがつく
事と思いますが、3/21から父が自宅療養する事に
なりました。
約2年前から癌だったのですが、その時はステージ2で
手術後、抗がん剤治療を行っていましたが、
合わなくて抗がん剤治療は保留にしていました。

そこから状態があまり良くなくなったのは去年末頃、
しかし、父は風邪だと誤魔化しました。
で、今年に入り、入退院のスパンが短くなり、その
辺はまた改めて書こうかと思いますが、
父自身は大体を認識していたのでしょうけど、
しっかり娘である私達や、おばが主治医からお話を
伺ったのは3/18、既にステージ5の末期癌になって
いると言われました。その時、余命も言われたそう
なんですが、私自身は覚えていなくて、数日後、
おばから余命3ヶ月との事だったと言われました。

前回の日記にもありますが、父は食事制限はなく
好きな物が食べられました。また、歩いて自分で
お手洗いにも行きました。
但し、自宅療養が必要になった時には高濃度酸素が
必要でした。前回にある日記の業者とはその事です。
普段は機械から鼻にチューブを通し、酸素を取り入れ、
父はとうとう外出する事はありませんでしたが、
再度の入院の移動時等に、ボンベから酸素を取り
入れる必要がありました。
これについて感じた事とかはおおいにあるので、
また改めて高濃度酸素の機械やボンベについて
書かせていただく事があるかと思います。

本当は、他界する2時間前の話とか、その前日に
とても印象的な出来事があったのですが、父が
どのような状況だったのか、という事で、結構
入力してしまったので、また改めたいと思います。


喪主の挨拶
2012年05月03日(木)

(入力日:2012.05.04)

 皆様、本日はお足元の悪い中、父…の為にご足労
いただき、誠にありがとうございます。
父…は娘の私達から見てもまず、実際の年齢よりも若く
見え、また、初めて父に会われた方は、皆様「お父さん
若いね」とか、お父さんかっこいいねと言って下さい
ました。

また、同じ年代の方に比べると珍しく、パソコンのWordや
Excelの入力、作成を行うし、インターネットにも興味を
持ち、勉強熱心で、テニスが大好きでした。
休日はいつもさっそうと出掛け、実際、趣味も実年齢の
方よりも若い傾向にあるなぁと思い、そんな所を内心
自慢に思っておりました。

ただ、我が家としては、父が健康な時は、それぞれが
自分のしたい事や、やるべき事をこなすのに精一杯で、
日々コミュニケーションが取れていたとは言えません
でした。

しかし、この度、父が病をわずらい、自宅療養をせざるを
得なくなった時に、病人食ではなく、好きな物を食べる
事が出来、なかなか取れなかったコミュニケーションも
短い時間ではありましたが、充分に取れ、親孝行が
出来て本当に良かったと思っております、


最後になりましたが、皆様には父が生前お世話に
なりまして、誠にありがとうございました。

今後とも未熟な私どもとよろしくお願い致します。



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