車の左の後輪の空気が抜けるとネジャーティが言っていて、そろそろ換え時なので、ローテンションも兼ねてウォールマートでタイヤ交換をしてもらった。
シンシナティにいた時に、ウォールマートで残りのタイヤを換えてもらって、そのタイヤを持ってる限り、どのウォールマートでも無料でローテーションをしてもらえるというプロテクションプランというのに入っていたので、控えを見せて、ローテーションをしてもらった。
今日は金曜日だからか、少し混んでいて、食料品の買い物などカートに載せて、これ以上することがなくなったのに、まだ5件先客がある、というので、中のマクドナルドで休憩していた。休憩後に車をチェックしに行ったら、すでに終わっていて、やっと家に帰ってきた。2時間半、ウォールマートで時間をつぶすのはちょっと限界だったかな。でも、タイヤの調子がいいのが、走っていてわかったので、換えてよかった。
夜は雷様の太鼓が怖いぐらいに鳴り響いていた。
今朝、直射日光が当たらない窓の温度計が10度を指していた・・・。
すごろくのさいころを転がすように、あっち行き、こっち行きとコマを進めている私たち。次のコマもまだ全くの未定だが、今度の引越で処分したいものがネジャーティの念頭にあるらしい。
先日お邪魔したお宅でもIKEAをすごく気に入っておられるということで、インテリアの刺激を再び受けた私だったが、これはIKEAのある町近くか、引っ越し途中でIKEAに立ち寄れるところを選ぶしかないでしょう、ということで、頼むよ、ネジャーティ。
きっと私たち二人の遊び心のなさが、垢抜けない部屋にしている原因の一つかも←特にネジャーティ、机まで捨てるっていうねんもん(もちろん持ってきた)・・・。
今朝の梨奈は早く起きて、私たち2人を起こして、すっきり、しゃきっとしていました・・・・。
それもそのはず、昨日は夕方から夜の11時半近くまで寝て、少し腹ごしらえして、ベッドでうとうと状態がしばらく続いた後寝たらしい。
私は眠気が一日中続き、夕方うとうとしていた。今日は春先を思わせるような強い温かい風が吹いていたが、6時半頃外に出ると風の強さは変わらないものの、冷たくなっていて、肌寒かった。温度計を見たら20度しかなかった←そりゃ肌寒い・・・。
「暑さ寒さは彼岸まで」というのが 当てはまるこちらの気候でした。
2005年09月27日(火) |
都会のWさんと田舎の私 |
梨奈を学校に送って帰ってきたら、ネジャーティがちょうどアパートから出てきたところだった。おなかの調子があまりよくないというので、学校まで送っていこうかと言ったが、バスで大丈夫というので乗っていった。
10分ほどしたら電話が鳴ったので、ネジャーティはまだバスの中だろうし、でもおなかの調子が悪くて、途中で降りて、電話してきた可能性もあるかなと思ってたら、最近引っ越して行かれた台湾人のWさんだった。ネジャーティを送って行ってたら話せないところだった。
日本のお土産をほんの少しお送りしていた。大阪駅で見つけたミニ重箱(10センチ角ぐらいだったかな)入り昆布もかわいかったので、それを主にして、何種類かおかしもお送りしたのだが、おかしもおいしかったと喜んでもらえた。
ちなみに、大阪には老舗の昆布屋がいくつかある。江戸時代に日本海や瀬戸内海を経由する北前船で大阪へ運ばれたことが一番の要因らしく、関西では昆布はだしなどかなり浸透している食材と思う。
それで、Wさんが今 住んでおられる町は大都市の近郊の町で、ゆったりとした時間が流れるようなこの町とはかなり違い、例外なく忙しく感じるらしい。Wさんは私への電話を始めとして、まだまだお忙しい時間が続くことで、私は今朝のこの電話が今日一番の大行事となるかなと思っていたが、夕方近所のKさんとお会いしたので、二大行事となった。
この町では人と話すことが一大行事?←どんな町やねん・・・。
おとどしか去年ぐらいから、アメリカでは低炭水化物の食べ物が流行っていて、低・無脂肪のものは当たり前という感じ。でも食べ物の安全性にいつも疑問を持っている。
お菓子に人工着色料がついているのは当たり前。これが日本だったら、天然着色料を求めるというもの。アメリカでそんなものを見つける方が難しい(オーガニックのお店にあったかも)。
普通の牛乳だとホルモン剤の影響があるとかないとか、在米日本人の間では密かに議論になっているらしく、オーガニックミルクを買う傾向にある。豆乳もいいかも、と思うのだが、その大豆が遺伝子操作されてないものかどうかわからない。
そんなことをいうと、とうもろこし製品も気になるので、少なくてもコーン油は買っていない。お店で売っているのは果たして遺伝子操作されたものなのかどうか、気をつけてラベルを見ているが、キリがない。
アメリカでは大量生産したのものを大量消費させられているように見える。大量に作ったから食えと言わんばかりだ。
うちらはウシか・・・・。
実家の私の部屋だったかどこだったか、実家にあった、能のデザインが描かれていたナイロン風呂敷のようなものを持って帰ってきた。どうしようかなと思っていたが、ネジャーティが食卓の横の壁に掛けた。
昨日何の気なしに見ていたら、裏に何か貼ってあるのが見えた。そのシールを見てみたら何と、
「EXPO70」と書かれているではないか・・・。
ちなみにそのシール、認証付きなので、今で言うオフィシャルグッズというものか・・・。
両親が大阪万博に行ったのは間違いないが(迷子になった話で大笑いしたのを覚えている)、誰かがお土産に買ったものなのか、頂き物なのか・・・。
実家で、少なくとも物持ちがいい私の部屋では、物がいつ頃からあるか見当がつくし、大阪万博のものだったら、小さい時から話題になるものだが、よくわからない。
ネジャーティ曰く、ナイロン製でも35年前のものだったら色褪せするらしいが、色褪せもせずいい状態。というよりは、ほんまに大阪万博の時のものなんか、と疑ってしまうぐらいなのだった。
そのうち真相がわかるとして、このうちで一番古い年代物か?と思ったら、ネジャーティと私がいた・・・。
ハリケーン・リタが来るのではという、実家から心配の電話が入った。ハリケーンは予測よりも東に上陸したので、オクラホマの南東部を少しかすってアーカンソーに進むという予測になった。
お昼の12時から3時間、市内の公園で子供向けのイベントがあって、ネジャーティと梨奈は出かけて行った。私は鼻の調子が少しおかしくて(夕方には治ったが)家でおとなしくしていた。
公園ではこの前お邪魔したオズトゥルク家のビロルと赤ちゃんが来ていたそうだが、奥さんもあまり気分が優れないというので来ていなかったらしい。一緒にいたというウズベキスタンの家族も、奥さんがあまり調子がよくないので来なかったという。
女性陣の調子があまりよくなかったのは、はるか遠くのハリケーンの気圧が関係しているのかも・・・。
その後、図書館とウォールマートに寄った2人は、本とビデオをたんまり借りて、食料をたんまり買って帰ってきた(人に頼むとこういうことになる・・・・)。
このところ、うちで流行っているものがある。
先週末、遅いお昼に何がいいかと思って、スライスターキーとゆで卵、ツナの2種類のサンドイッチを作った。お皿に出したら、「トーストしたパンがいい」というので、そのままオーブントースターに入れてトーストしたところが、なかなかおいしかった。神戸のDONQで食べたサンドイッチも、トーストしているものがあって、それを思い出した。
最近はゆで卵を常時作っておいて、サンドイッチやサラダに使えるようにしているが、実はゆで卵にすごく飽きた時期があったので、そのうち飽きないかと心配している。
このところ、暗くなるのが早い。7時40分頃に日の入だが、8時には真っ暗になっている。日本だと当たり前だが、こちらでは日が長い時は8時はまだ明るい。さらにいうと、シンシナティでは一番長い時では、9時頃はまだ明るく、9時半に真っ暗という状態だったので、梨奈や近所の子達が裏庭で9時頃まで遊んで、なかなか帰りたがらなかったのを思い出す。
ところで今日は、近所のK さんから紹介してもらった方とお会いした。何とご主人がシンシナティにある企業に就職が決まって、近々引っ越されることになった、という方だった。ぜひお会いしていろいろお話したいし、シンシナティの地域や買い物ができるところなど、いろいろ紹介したいと思って(もちろん個人的に好きなジャングルジムズも)時間を作っていただいた。
いろいろお話をしているうちに、地元が近いとか、いろいろ共通点があって、もう少し早く知り合っていれば、とお互い残念だった。
シンシナティのみなさん、オクラホマのナンバープレートを目撃されたら、この方なのでよろしくお願いします。
夜に母から電話があった。「ハリケーンが来るみたいだけど大丈夫?」 かなり大きいハリケーンがテキサスのメキシコ湾沿いの町に上陸するらしい。
ヒューストンもその町に近く、ネジャーティの研究室に、昨日、今日と来ていた企業の人の一人がヒューストンから来ていた人だった。その人によると、避難勧告が出ている町の20マイル(32キロ)離れた所に住んでいるらしい。
ハリケーンの通り道というのがあるらしいというのをフロリダにいる時に知ったが、フロリダ半島から西に行くか、大西洋側の東にそれるかで、当時私が住んでいた、半島の付け根に位置するタラハシーには来ないというのが、地元で言われていたことだった。フロリダでも西端にあるペンサコラという町はよく通り道になるようで、海岸沿いにある、わりと簡易に出来ている吹きさらしの家がよく被害に遭っているのをニュースで見たことがあった。
さて、Weather Channelという1日中天気予報を流している番組のサイトで、テキサスに上陸するというハリケーンの予測進路を見てみると、月曜日の晩にオクラホマ中部に来るという予測になっている・・・・。この町の天気予報では、にわか雨という予測だったが、その頃には熱帯低気圧に変わってるんだろう(希望的予測)。
2005年09月20日(火) |
失われた2ヶ月 by ネジャーティ |
昨日、今日と暑さがぶり返している。この近辺でも百日紅を見ることができるが、まだつぼみがたくさんついている木があって、日本より遅いのかも。
早いもので来週で日本から戻ってきて1ヶ月が経つが、一つ我が家で変わったことがある。 それはネジャーティが夕食後、学校に行かないこと。
この前の土曜日だけちょっと出かけたが、梨奈がいなかった2ヶ月をどうも取り戻そうとしているらしい。昨日も夕食後、ずっと梨奈と時間を過ごしていたので、私は一人リラックスした時間を過ごした。
2005年09月19日(月) |
研究室のコーヒー続き |
私がいたフロリダの大学院でも、プログラムのオフィスに常時いる秘書が、コーヒーを用意していた。発泡スチロールのコップが置いてあったりするが、だいたいの教授はマイマグカップを持っていて、それを授業に持参していた。
1杯25セントとかで、硬貨を入れる箱もあるが、ツケもできて、紙に印かなにかつけておくと、1ヶ月に1度かぐらいで、秘書が計算して、教授の名前とツケの金額をリストにして、壁に貼っていたのを覚えている。
オフィスのコーヒーは当たりはずれがあるので、ほとんど飲まなかったが、トラベルマグを手に入れてからは、飲み物をアパートから持ってきて、極力出費を抑えていた貧乏学生だった。キャンパス内の出店の1ドルのコーヒーを買って、カードのスタンプが貯まると1杯タダになっていたが、1ドルのコーヒーを買う贅沢さをたまに味わって、キャンパスを去る頃に、やっとタダのコーヒーをもらうぐらいだった。
周りの日本人学生も日常は案外こんな感じだったが、時たま息抜きしたり、語り合ったりという時には、キャンパス近くのカフェや、当時はまだ日本でも展開しているところが限られていたスターバックスに行ったりしていた。
コーヒーの話は尽きない・・・。
ニューオーリンズでコーヒーとベニエで有名なカフェ・ドゥ・モンドがどうなったかなと思いながら、そこのコーヒー豆の缶を以前開けていたので、使おうと思ってネジャーティに聞いたら、2ヶ月のうちに全部使ったらしい。
今は毎日コーヒーを作って持っていっているが、ニューハンプシャーの大学院の研究室、シンシナティ大学の研究室、そしてここと、それぞれコーヒーを飲む環境が違っている。
大体の研究室やオフィスにはコーヒーメーカーがあって、教員、院生とも飲めるようになっている。ニューハンプシャーでも、オフィスの秘書が作っていて、1杯飲むごとに25セントとか払うようになっている。
私がニューハンプシャーに引っ越してから、コーヒーの話になって、つもり積もれば案外バカにならないので、家で作って持っていくようになった。 シンシナティでは談話室にコーヒーメーカーやトースター、電子レンジが置いてあって、ある学生が取り仕切って、お金を集めてコーヒーを買っていたらしい。ネジャーティがコーヒー豆や砂糖をたまに持って行っていたのは、その学生が忙しかった時らしい。
さてここでは、コーヒーメーカーはあるものの、誰も飲まないらしいので、保温ミニポット1つと、トラベルマグ1つ、家から持っていっている。
昨日は少し遅く寝たにもかかわらず、いつも起きる時間ぐらいに目が覚めた。梨奈がいつもいつの間にか来ていて一緒に寝てるのだが、私が隣にいるかどうか無意識に足で確認している(その足が顔に来ることもある・・・)。私が起きたすぐ後に、私がいないことがわかって、目を覚ましたらしい。
梨奈はネジャーティと図書館に行きたがっていたので、お昼ごはんを食べた後、2人で出かけるということになったが、またまたトルコ語辞典の日本語で遊んでいた。「靴」の日本語訳の最初が「タングツ」となっていて、「長靴」に対する「短靴」だろうけど、言うかなぁ・・・。
そして辞書で見つけた単語を見て、「ヤバンジン」ってどういう意味?と聞くので、バーバリアンかなというと、トルコ語では「ヤバンジュ」というんだ、と言って、二人で驚いてた。「ヤバン」というのが遠い地という意味で、「ジュ(cı)」をつけると、「〜人」という意味らしい。
例えば、「チャイ(çay)=(紅)茶」につけて「チャイジュ」というと、お茶を入れる人、「アラバ(araba)=車」につけると、運転手になるらしい。日本では茶人というのがあるというと、驚いてた。
さすが、同じ言語グループ。これからも発見は続く・・・。
2005年09月16日(金) |
ブリーズ、マイフレンド |
今朝の気温は15度。肌寒かったので上に羽織って梨奈を送ったが、駐車場にはマッチョなアフリカ系住人が上半身裸で車いじりをしていた・・・。車の調子がおかしかったのか、夕方AAA(日本で言うJAF)のトラックが来ていた。夕方には気温も上がっていたが、相変わらずマッチョな姿を見せていた・・・。
ところでこの夏、大阪の友人に、私が見つけられなかったという本屋さんに連れて行ってもらった時に買った本(漫画コーナーにあったので漫画というべきか)が「トルコで私も考えた」というもので、トルコでの旅行や学校、生活のことが書かれていて、それをネジャーティと一緒に見ていた。
かなり時間をかけて説明したが、そうそう、と思ったのが、若い時はすらっとしているのに、男女ともだんだん体格がよくなってくる、というのと、男の人が禿げてくる、というもの。ネジャーティは、他のアメリカ人と比べると平均的だが、トルコ人としては背もそれなりにあり、すらっとしてると思う。
白いバスタオルをまとえば、顔の彫りの深さから古代ギリシャ人のようだが、控えめながらおなかが出てきていて、これからの季節に出てくるこちらのコマーシャルで、「Halls(のど飴)」の 「ブリーズ〜、マイフレンド。ブリーズ〜(Breathe, my fiend, breathe・・・)」と言う、サウナの男の人のイメージとかぶるので、ネジャーティとふざけて言っている。
2005年09月15日(木) |
HPも作りやすくなるかな? |
朝晩が涼しくなる今日この頃のオクラホマです。かっ〜と暑くて日差しがきつい日とは打って変わって、おととい、昨日の雷雨、今日は夕方までどんよりとした曇り空。
ところで我が家のコンピューターが98からXPになってから、とても便利になった。エクセルとフロントページが日本語で直接入力ができるようになったのだが、以前はできなかった。ペイントは日本語対応ではないらしい。これからフロントページも使っていこう〜。
今ではほとんど私が独占して使っているが、当初はネジャーティも使っていたので、全部日本語ではまずいのだった。ワードとネット上で日本語読み書き可能であれば普段は困らなかった。でも以前の劣悪な日本語環境から比べると、今はありがたい。
週末から梨奈の調子が少しよくなく、月、火と幼稚園を休んだが、今日は元気に行った。
昨日の夕方のこと、テレビをつけていたら、雷雨の予報が出ていた。ネジャーティが帰る頃まで何とか天気が持ったが、そのうちに予報通りになった。
西の空が怪しくなってきた
北の空に目をやると・・・
玄関前は2階への踊り場の下になっているので、普通なら雨をしのげる。と思って、梨奈の自転車を移動させたが、玄関を開けると雨が入りそうなぐらい横殴りの雨だった。そしてしばらく窓に叩きつけるような音がすると思ったら、小さい雹が混じっていた。
窓から見ると、梨奈の自転車がない。雨脚が弱くなった後、ネジャーティが探しに行ったら、玄関の前から少し行って右に曲がり、通路を通って左に曲がった、裏のアパートのところで雨をしのいでいたらしい。風で動いたにせよ、雨宿りをしに動いたように思えた。
敬老の日を来週に控え、100歳以上の高齢者が2万5000人というニュースを読んだ。もう7年前になるが、亡くなった祖母も生きていれば今年で100歳だ。亡くなるまで全部自分の歯だったし、白髪が少なかったので、ぜひ100歳まで生きてほしかったが、それは叶わなかった。
100年というと、先日100年記念の行事が、以前住んでいたニューハンプシャー州のポーツマスで行われた。ニューハンプシャーに行くまで、ポーツマスがどこにあるか知らなかったが、ニューイングランド地方の独特な雰囲気がある、静かなこの港町には、ポーツマス条約ゆかりの建物がいくつか残っている。合衆国独立に駆け回ったジョージワシントンが泊まったホテルもその一つで、その建物がそのままレストランになっている。
合衆国独立前の歴史が息づくこの町では、条約締結の舞台となったことを誇りにし、大事にしているというのを感じた。
記念行事の様子はこちら。
昨日の朝方と夜、梨奈の体調がすぐれず、今朝もまだ微熱があったので幼稚園を休んだ。でも比較的元気で、夕方に少し寝ていた。後でネジャーティが、梨奈のおなかに赤いブツブツがあるというので見てみたら、おなかだけでなく、背中と足にもあった。実は先週だったか私も脚に赤いブツブツができたが、原因不明。特に痒みもない。
晩ご飯の後にネジャーティと買い物に出かけた。ついでに食料の買い物も頼んでおいた。その後祝ってもらったが、プレゼントに何がいいか聞かれたら、椅子がほしいというところだったが・・・。
祝! 今日で人生○回目の年女になりました(自称24歳←戻りたい・・・)。そして両親に感謝。
昨日ネジャーティの研究室の上の階にいるトルコ人の院生から、「明日の夕食にターハナスープを作るので来ませんか」というお誘いを受けた。せっかくのお誘いなので、お言葉に甘えてお邪魔した。ネジャーティは電話の後で、次の日が私の誕生日だったことを忘れていたらしい。お誘いがなければネジャーティは燻製のバーベキューレストランに行こうと思ってたらしいが、日曜日は休みなのだった。私は私で、Kさんに教えてもらった、新しくできたというアジアン麺のお店が見つかったらそこに行きたいと思い、自分勝手な私たち。
さて、トルコの新聞購読、トルコの衛星放送とトルコ色が強く、敬虔なムスリムのオズトゥルク宅。ターハナスープと自家製のパンの後、ピーマンのドルマ、サラダ、マカロニと続く・・・。
マカロニにはプレーンヨーグルトと、おそらく唐辛子を混ぜたオリーブオイルがかかっていて(ラー油っぽいが、ラー油ではない)、ヨーグルトの組み合わせにおののいていた私だったが、おいしかった〜。そしてチャイタイム。もうすぐ睡眠に就く5ヶ月の赤ちゃんをあやすネジャーティ。ちょっとおねむでご機嫌斜めだった赤ちゃんのご機嫌を取り、笑顔を見せる赤ちゃんだった。
2005年09月10日(土) |
アパートの新しい住人は? |
梨奈はプリKでも一緒だったお友達の誕生日パーティに 夕方呼ばれていった。
ところで、昨日アパートのオフィスから配られた紙によると、ニューオーリンズで被災した一家族が地元地域組織の経済支援を受けて、今日からこのアパートに住むことになるらしい。それで物資でお手伝いをしようというお達しで、腐らないもの、冷凍物などをオフィスが受け付けるらしい。
食料品や日用品がある日突然手に入らなくなるという恐怖と、穏やかな生活がどれだけ貴重なものかというのを10年前の震災で経験したのは私だけじゃないだろう。2,3日して家族で京都のおじの家に避難したが、何事もなかったように、普段通りの生活を送っていた人たちと、心がすさみ、いつまでこの生活を強いられるのだろう、私たちの町はどうなるのだろう、と不安を抱えながら、自分たちのことで精一杯だった私たちとのギャップは今でも心に残っている。
この地でその家族の心が少しでも癒されればと思っている。
☆ランチ 近くに住んでいるKさんのおうちでお昼を呼ばれた。Kさんとほぼ同じ時期に日本に帰っていたので、日本でもお電話をもらったが、約3ヶ月ぶりに再会し、日本の話で盛り上がった。
しばらくして、Kさんの代理で1週間に2回お邪魔していたおうちの台湾の方から電話があった。その方は8月にオクラホマを離れられたので、6月に日本に帰る前にお会いしたのが最後だったが、お元気そうな様子が伺えてよかった。
☆夕日 最近は真っ赤な夕日が7時半過ぎに見られるので、カメラを片手に外に出ている怪しい女となっている。
こちらは6日に撮ったもの↓
そしてこれは今日のもの↓。オレンジに見えてるけど、本当は真っ赤。
お酒を普段飲まないネジャーティは甘党で、小豆の餡とか好きなのだが、トルコで小豆は甘くないという話になった。ちょうどオクラホマに戻ってくる時に、ダラス行きの便で、隣の方とそんな話にしたところだった。
そういえばアメリカで甘い小豆を食べたことあるかなと言ってたら、ネジャーティが、Cash Hall(フロリダでネジャーティと私が住んだことのある寮)のカフェテリアで食べたことがあって、最初に食べた時は驚いたらしい。
私はカフェテリアのメニューに覚えがなかったのだが、メキシコ料理だと金時豆のような豆に塩気があって、甘さがないことに物足りなさを感じると言ったら、トルコでは餡になってると多分食べるだろうが、豆のままで甘いと違和感を感じるかも、ということで、豆一つとっても違うらしい。
ネジャーティに、「甘い豆は大丈夫なの?」と今更ながらに聞くと、自分はこだわりがないからと、パクパク何でも食べている。昨日も地元のコープ(神戸近辺には店舗がいくつもある)の100円駄菓子を開けて、何でこういうのがトルコにないかなと言いながら食べている。
ちなみにこだわりのなさは、何も考えないでお菓子など食べ物の袋の開け口を無視して開けたり、袋を逆さまにして開けたりしているところに表われている←こういうところに几帳面さは出ないらしい・・・。
「そういうの、日記に書いといてね」と自分のネタを振るネジャーティって・・・←関西人との生活で鍛えられたか?!
2005年09月07日(水) |
トルコのTV&ラジオ@ネット |
昨日の晩、神戸で見つけたトルコ料理レストランのサイトに、トルコのテレビとラジオが聞けるサイトがリンクされていた。多分これかなと思ってTVの番号をクリックしたら、少し芝居くさいけどドラマが始まった。
何か始まったよ〜と思ったのだが、その時ネジャーティは梨奈をお風呂に入れていた。
ネジャーティが来た後で、ラジオのFMも聞いてみたが、ネジャーティ曰くクラシック&ポップらしく、日本の演歌というところだろう。ネジャーティはこういう曲は聞き飽きてつまらないと言うのだが、私には新鮮で、少しアラブ調が入ったリズムや音のパターンが面白い。
普段ネジャーティはトルコの新聞はネットでチェックしているものの、曲を聴いたりということはない。なので、最近のアーティストはほとんど知らないらしい。 興味のある方はここをクリック。画面上の1,2,4の数字をクリックするとドラマが始まります。その右の「INT」をクリックすると、トルコの地域の紹介、ラジオは「FM」や番号をクリックすると、歌が聞けます。
2005年09月06日(火) |
ないものねだりかも←日本の雑貨 |
約3年半日本に帰っていなかったので、浦島太郎状態を心配していた私だったが、その心配は取り越し苦労といった感じで、携帯の電話やメールも使い、電車の駅の改札も切符は今まで通りということもわかり、3年半のブランクを埋めたものというと、その間に新しくできたお店に行ったことかな。
最寄の駅近くのお店も入れ替わりを目の当たりにしたり、西宮の駅ビルにも何度か足を運んだし、神戸でも新しいお店にも行ったけど、今回気に入ったお店の一つがNatural Kitchenというお店。初めて開いた大阪を始め、うちの市や神戸、東京にもあるみたいで、税込み105円のものが中心のお店だ(←税込価格に慣れるというのも、日本滞在の中の課題の一つ・・・)。
学生時代にこんなお店があったら、ここで何でも揃えたかったなと思ったが、まだこういう感じのものってその頃は少なかったかなあ。それで、実家にいる間に、何度か行って買ってしまった。無機質のものに囲まれると(アメリカにいると特に)、自然調のものが恋しくなったり、いつも同じ食器だと飽きたりするので、今回いくつか買って帰って、食事時に使ったりして、新鮮さを感じるのだった。
それで、三宮(神戸)で見つけたお店は同じ系列じゃなかったのだが、そこもナチュラルテーストのお店で、品揃えもよかったので、また今度行ってみたいな。
・・・と書いてしまったが、要は日本語とトルコ語辞典のこと。ネジャーティがトルコで買った小さい辞書だが、実はとても怪しい。
何かを調べるついでに、ネジャーティが私の日本語を試す(!?)のだが、意味が微妙にずれているものや、少し違う単語が書いてあったりする。トルコ語で「追いかける」という単語のところに、「追い出す」と書いてあったり、カウボーイが「牧夫」と書いてある。確かに牧夫には違いないやろうけど・・・。
明日はレーバーデーで、3連休だ。昨日、今日と梨奈と1日を過ごしたネジャーティ。図書館にも行こうといっていたが、今日は休みだった。
ところで、日本からたんまりお菓子を持ってきた私。ネジャーティが勝手に開けることはないが、一応お菓子を開ける権限は私にある。アメリカの賞味期限の長い食べ物に慣れると、お菓子でも1ヶ月、2ヶ月、と短いことに驚くが、賞味期限を書き出しておかないといけないかな。
昨日かおととい、トルコのお兄さんのところから電話があったが、ネジャーティが学校に行っている時だった。お兄さんの奥さんとの会話は、
お兄さんの奥さん「(私の名前)、ネジャーティ」 私「ネジャーティ、オクルダ(←学校にいます)」 お兄さんの奥さん「タマム(←わかった)」 ガチャッ、
というもので、このパターンから抜け出せないでいる・・・・。
今日ネジャーティがお兄さんのところにかけたら、ハリケーンを心配していたらしい。
もちろんこちらは大事無かったが、ハリケーンの被害は衝撃的だ。実は以前からニューオーリンズで水害が起こった場合に水没することは警告されていて、どのように水没するかというシュミレーションまであったので、それが現実になったことが残念だが、何とか対策はなかったものなのかな。
梨奈が朝方少し微熱があって、鼻も出るので、幼稚園を休ませたが、お昼からは元気いっぱいだった。
この1週間、1ガロンあたりのガソリン代が50セントも上がって、今1ガロンが2ドル99セントだ。1リットルあたり85円といったところだが、こちらでは普段少し高めの料金の2倍といったところだ。
夏休みからネジャーティがバスで通っていて、車で学校に行くのは夜か週末といったこともあって、私が車を使うのは幼稚園の送り向かいと買い物で、ガソリン代を節約している。
2005年09月01日(木) |
今日からインターネット再開 |
おとといも昨日も、一日を普通のように過ごしたが、夜になって急に眠たくなり、何とか夕食を取った後は一足先に床に着いた。今日も夕食前から眠気が襲う。
ネジャーティがインターネットの安いところを使ったらと言ってくれたので、地元の電話会社のインターネットを再び使うことにして、電話料金を払いに行ったついでに、申し込んできた。
そしてオクラホマに戻ってきたら我が家にあったWindows98がXPになっていた。夏休みの間だけネジャーティの研究室に来ていたインド人学生がコンピューターにかなり詳しかったらしく、手伝ってくれたらしい。実家でもXPを使っていたが、日本語に慣れてしまったので、英語で見ると変な気がした。
|