2002年08月30日(金) |
レーバーデーの休み、はじまり |
今日が終われば休みが月曜日まであるので、少し楽かな?
来週の月曜日はレーバーデー(Labor Day)で休みなのでゆっくりできる。そして、何と言っても、レーバーデーセールだ〜! このセールで買おうと思っているものがあるが、引越すると何かと物入りになるのはなぜだろう。引越したあとで、揃えるものがあったり、今まで使っていたものが古くなって新しいものにしたりするからだろうか。もともと、自分たちは持っているべきものを持っていなかったので、この際に買おう、と買うことが多いようだ。
今日もネジャーティを迎えに行って帰るときに、The Home DepotとBigg’sに寄って買い物した。そして、外食した。The Home Depotにもすだれがあったが、種類があまりなく、その上少し高かったので、変に安心した。
今日はネジャーティのお給料日だったので、いつもより出費になったが、今日ぐらいいいかな。でも給料の20%を国税、州税、市税と持っていかれたようだ。オハイオは州税や市税が取られるらしい。でも、引かれていても、今までよりはもらっているからいいのかなあ。でも税金がそんなに取られるのは納得できないなあ。
昨日、Pier1 Importsの別の店舗に行ってみようと思ったが、お店が見つけられず、断念。今日もう一度行ってみた。
今日はちゃんと行き方を書いていったので、ちゃんと着いた。
そこでもすだれは売ってて、セールで20%引きとなっていた。以前寄った店舗でも20%引きだろうから、ネジャーティを迎えに行った後で寄ろうと考えた。
ネジャーティを迎えに行ったときに梨奈が寝ていたので、今日は寄らずに帰ろうと思っていたら、ネジャーティが寄りたいところがあるというので、梨奈が起きてたら寄ろうと思っていたところがあるというと、そのころには起きてるだろうから行こうということになって行ってみた。
20%引きになっているすだれを買って、文房具屋に寄った後、ネジャーティが寄りたいと言っていたホームセンターに行った。
そして、そこですだれが売っていたのだった、、、。
すだれを買ったPier1はアパートからだいぶ離れたところだったが、ホームセンターは近くにあるモールのそばだった。そこにあるのは気が付かなかったなあ。
確かに、ペンキとかドアとかまでも売っているところなのだったが、ブラインド類があることは頭になかった。
すだれにはいろいろ種類があって、日本のすだれと同じものや、ヨシでつくられているものや、色がもう少し濃いものなどあった。サイズもいろいろあった。Pier1でも確かに種類はいろいろあったし、そこで買ったものはここでは1ドル違うだけだった。でもなんとなく損をした気分になった。
というわけで、すだれ探しはおしまい。
シンシナティーですだれをお探しの方、Pier1(I-71沿い)とホームセンターのLowesで売っています。ニューハンプシャーのみなさん、モール近くのWalmartとポーツマスのPier1で売っています。Home Depotでもあるかもしれませんね。
ちなみに、すだれは "Matchstick blind(マッチスティック ブラインド)" として売っていました。ヨシのすだれは "Yoshi reed blind" とありました。"reed"はあし、よしの意味です。ブラインドによっては "shade" として売ってるものもありました。
昨日はとても眠たくて、午後から2、3時間1人で寝ていた。その間、ネジャーティと梨奈は近くを散歩してきたようだった。
梨奈の帽子を買おうとモールに行った。Dillardsのデパートから入ったら、他のデパートで買おうかなと思っていたブレスレットが75%引きになっていた。もちろん1ケタ台になっていて、ネジャーティが来月の誕生日祝いとして買ってくれることになった(なんというプレゼント、、)。あとで、他にもいいなあと思っていたものも見つけたので、これはひそかに後日きて、気に入ったら買おうと決めた。
結局帽子でいいものはなく、やっぱり以前買ったOld Navyに行くしかないかなと思う。これで、帽子は3つ目。
おなかがすいたので、ゴールデンコラルで食べようかと言うと、ネジャーティはそんなに重たいものは食べられない、というので、じゃ、どこかでテイクアウトして家で食べようということになった。マイヤーによって買い物して、帰り道にチャイニーズのバッフェの店があるから、とそこに寄った。車をとめて、ここでテイクアウトしても、食べていってもさほど変りがないかということになり、結局そこで食べることにした。
新しいところなのかわからないが、結構きれいで、喫煙席と禁煙席が分かれている。バッフェ以外にも単品で頼めたりするが、やはりバッフェでしょう。だれかがカニを食べているのを見て、カニの足をお皿に盛る。
フライドライス(チャーハンだけど日本のチャーハンとは味が違う)も、今まで食べたところより油濃くなくておいしかった。昨日のカヌーで体力を使ったのもあって、思いっきり食べていた。
モンゴル式フードとかかれているコーナーがあって、そこでは生の肉(牛、豚、鶏)や、うどん、野菜をお皿に乗せて、丸い鉄板の上で焼いてもらうのである。焼き方が面白くて、2本の長い木の棒で炒めるのである。そして、炒めた後、その2本の棒で、うまくお皿に乗せるのである。すごい技だ(いかさん、亜里沙さん、行ってみる?)。
ネジャーティはこれはおいしい、とえびのようでミニロブスターのようなものとダックの肉を「おいしいよ」といって持ってきた。ザリガニじゃないよね、と思いながら食べたが、大丈夫だった。
だいぶ食べたけど、もう少し食べようかなと思ったところでやめるのがポイント。デザートに果物とアイスクリームを食べた。
昨日も梨奈は昼寝をしていなかったので、夜早く寝た。
2002年08月25日(日) |
楽しい1日? その2 |
梨奈は前にいた私と、後ろにいたネジャーティの間にいて、ライフジャケットを着ているので溺れることはありませんが、カヌーが傾いたときに顔を水に突っ込んでたみたいで、ネジャーティがふっと抱きかかえたようでした。
ボートの荷物を横たわっている木の幹に置きましたが、梨奈の帽子と私のはおるものと保冷用バッグに入れたお昼が流されてしまいました、、、、。
帽子とはおるものはどこに行ったかわからず、保冷用バッグがぷかぷか浮いて流れるのを見送りました。おにぎりが〜! と思いつつ、どんぶらこ、どんぶらこ、と流れていくのを見ているだけでした。
カヌーでは下流に行って、最終地点からバンかバスに乗って戻るので、川を下っていくだけなのですが、誰か知らない人が戻ってきました。その人に手伝ってもらって、ボートを中洲に戻して、何とか乗るまでになりましたが、気が付いたらパドル2本も流されていました。どうやって漕いでいくねん、と思いましたが、1本貸してもらえることになりました。
そこからすぐのところで、その人の連れの人が、私たちのパドル2本と、保冷用バッグを拾ってくれているではありませんか。お礼を言って、借りたパドルを返しました。梨奈の帽子も見たらしいのですが、どこにいったかわからないということでした。
すぐに見つかるだろうと思ったのですが、結局、帽子とはおるものはわからなかったです。
教訓2 荷物は最小限にしましょう。なんで貴重品を車のトランクの中に置いてこなかったのかなあ。
しばらく行くと、カヤックに乗っている研究室の2人が途中で待っていました。そして、もう少し行くと、浅瀬のところでカヌーボートを泊めて川岸にいる研究室の人たちが休憩していました。 そこで5分ぐらい休憩しました。その時点では梨奈がおにぎりをぱくついていたのですが、ボートが転覆してから梨奈はとても静かでした。怖かったから泣くかなと思っていたのですが、泣かなかったです。
そう、おにぎりを心配したのですが、保冷用バッグはちゃんとファスナーで閉めてあったので沈まず、水もほとんど入っていませんでした。そして、おにぎりはラップで包んだ後ビニール袋に入れて結んであったので、水は入っていませんでした。お菓子も無事だったし、水のペットボトルはもともと大丈夫だし、食べ物が無事だというのは嬉しいです。
しばらく行くと、2頭の牛と子牛が川縁で水を飲んでいました。どこから来ているんだろうと思って、そこにつながっている道を見てみると、牛が何頭か上から歩いてきていました。ちょうどその時は、人がいっぱいいたので、子牛は親の牛の後ろに隠れてしまいました。 牛の写真を撮りたかったのですが、、、、。カメラも水に浸かって動かなくなっていました。ネジャーティ曰く、乾いたら動くだろうと言っていました(後日、動きました)。
1時間、2時間たつと、だいぶ慣れたもので、ちょっとした流れでも、何も漕がずにそのまま流れに身を任せた方がうまくいくときもありました。転覆したときの流れはもうありませんでしたが、ずっと静かな流れより、小さくさざなみが立っている方がやはり面白いです。
教訓3 案外、日に焼けるので帽子や日焼け止めで日焼け対策をしよう。短パンをはいていると、ひざ上が焼けるので、日焼け止めを塗るかタオルか何かをのせましょう。
昨日雨が降ったからかどうかわかりませんが、水は緑色です。川が深いところは川底が見えません。
フロリダのタラハシー近くにあるワクラ川(Wakulla River)はワクラスプリングスから水が湧いている川なので、川の水が透き通っている。川底もはっきり見えて、川底ってこういう形をしているのかとわかります。V字になっていました。
ワクラ川ではワニを見ましたが、ここにはもちろんいません。ワニがいないのか、寂しいなあと思っていると、川に横たわっている木の上で、カメが日向ぼっこをしていました。梨奈に「カメがいるよ」と言うと、梨奈も喜んでいました。ネジャーティは「こういうところにいるカメというのは案外毒をもっているんだよ」と言っていました。
こうやって、川下りを楽しんでいたわけですが、目にしたくない物も見ました。それは車の不法投棄です。 ちょうどそこは川岸の上に道路があって、そこから車を落としたようで、川には落ちていなかったのですが、木にひっかかったりしています。どうりで途中、川に落ちているタイヤを見かけたのです。どこでも同じような問題を抱えているんだなあと思いました。
ところで、カヌーに来ている人たちにはいろんな人がいて、だいたいは私たちのようにグループで来ています。また、下流からは、他の民間のカヌーレンタル屋から乗ってきている高校生ぐらいの女の子たちが20人ぐらいいました。
彼女たちも初めての人たちが多いようで、パドルの持ち方が違っていたり、とんでもない方向に曲がっていったりしています。カヌーのパドルの柄の先の部分は平らになっていて、そこを片手で握り、もう一方の手で柄を握り、左右持ち替えながら漕いでいきます。
彼女たちにぶつかられることもあったり、「カヌーなんかいやだ」と叫んでいる女の子もいたり、こちらから見ていると面白かったりします。
他のグループにはアーミッシュ (Amish) のグループがいました。アーミッシュは現代の生活スタイルを持ち込まず、昔ながらの生活をしている人たちです。服にも金属を使わなかったり、服も昔のままの服で、自給自足の生活をしています。厳格なプロテスタントの一派というのは知らなかったのですが、、、。
オハイオの隣のペンシルベニア州にはアーミッシュの村があって、大学の語学研修で一度アーミッシュ村の朝市に行ったことがありました。オハイオにもアーミッシュが住んでいると聞いたことがあります。
ペンシルベニアのアーミッシュについてはHPがあります。
最初、アーミッシュの人たちは川辺で休憩をしていました。そして私が見たのは、、、。
「缶のジュースを飲んでる!!」
そして、ピクニックに持っていく保冷用のケースも持っている、、、。現代的なものを使ってる、、、、。
そしてそこを通り過ぎ、私たちが最初の休憩場所で休憩していると、アーミッシュの人たちがカヌーで通り過ぎました。そして、休憩した後、カヌーを漕いでいると、またアーミッシュの人たちが休憩で岸に下りました。さっき休憩してたばっかりやのにね、とネジャーティと話していました。
カヌートリップは最初の転覆事件を除いては穏やかなもので、転覆した場所が一番急な流れで、というよりは、急にその近くから乗ったので、転覆してしまったのかもしれませんが、いずれにしてもちょっとした流れでも、流れに逆らわず身を任せ、そういう時はへたに漕がない方がいいようでした。最終地点でも流れが速いところがあったのですが、そこはまっすぐだったので、何事もなく通過し、カヌートリップを終えました。
最終地点にバンの迎えが来て、それに乗って、カヌー乗り場に戻りました。着替えを一式持ってきていたので、トイレで着替えました。くれぐれも着替えは車に置いていきましょう。転覆したら着替えもぬれてしまい、持って来た意味がありません。
その後、先生のお宅にみんなで行きました。先生はネジャーティの研究グループにいる人で、直接のボスではないそうです。先生とお互いの自己紹介をしたときに「ブライアンです」と言われました。自己紹介でそういわれたら、普通はそう呼んでくださいね、という意味で、もちろん先生は私の先生ではないので、ブライアンと呼ぶべきなのでしょうが、日本人の私としては、先生である人、まして年上の人の名前を下の名前で呼ぶのには抵抗があります。ネジャーティもトルコではそういう習慣が無いようで抵抗があるようです。UNHでは指導教授を下の名前で呼んでいましたが(みんながそう呼んでいたので)、最初はDr.〇〇と呼んでいたそうです。
もちろん自己紹介で「私はDr.〇〇です」といわれたときには、そう呼んでほしいから言うわけで、そう呼ぶことになります。
ブライアン先生のお宅では奥様がおられました。飲み物や食べ物などを用意してくださっていました。 最初にポテトチップスなどを食べながら、おしゃべりをしたり、広い庭を見たり、梨奈と遊んだりしていました。その間、先生や他の男の人がチキンなどのBBQを始めました。
庭は外から見たらわからないのですが、奥にまっすぐに敷地が広がっているそうで、ある先生によると、3エーカーも庭があるそうです。
エーカーで言われても、ピンと来ていないネジャーティや、外国人や私。1エーカーが約4047平方メートルです。それが3エーカーだから12141平方メートル。坪に直すと、1坪が3.3平方メートルだから、、、ひぇ〜! 3679坪だ。庭だけでそれだけあるなんて、、、。
でも、庭は坂になっているところもあるし、藪みたいにもなってるし、途中で動物の(人間やないやろう)白骨が転がってるし、鹿のふんはあるしで、庭というよりは自然公園です。
1時間ほどしてBBQチキンも出来上がり、食べ始めました。家の中で紙皿とフォーク(サイド使うから流しに持ってきてくださいとなっていた)を持ち、1列に並んで、食べ物を取って行きました。
その部屋には大きなすだれがかかっていた。ネジャーティが「どこで買ったんですか?」といっていたら、Walmartの近くのお店で買ったそうで、30ドルぐらいだったらしい。すだれはとてもいいわよ、というようなことをおっしゃっていました。私が以前見たPier1以外にも売ってるのかあ。また、Pier1とそのお店に探索に行こう。
食べ終わって、他にも呼ばれているところがあったので、みんなより一足先に先生のお宅を後にしました。
長い1日でした。
2002年08月24日(土) |
楽しい1日? その1 |
ネジャーティの研究室の人たちと先生でカヌートリップ、その後に先生のお宅でBBQをするという楽しい一日がやってきました。カヌーは私は4回目(1回はペンシルベニアで、2回はフロリダで)で、ネジャーティは初めてです。
シンシナティー&郊外の公の森林公園でカヌーができるところは2ヶ所ありますが、今回行くのはそこではなくて、シンシナティーからI-74とUS52を西に行ってインディアナ州に入って、Brooksvilleという町にある民間のカヌーレンタル屋さんです。 直接行く方法も教えてもらいましたが、先生の家からもまとまって行きます、と連絡メールで書いてあったので、先生のお宅に行くことにしました。でも何時に先生の家を出ますというのは書いてなくて、10時にはカヌーに乗りましょうとあったので、何時に着けばいいかなと検索ウェブのDriving Directionから時間を割り出しました(アメリカのMSNやYahoo!などで住所を書き込むと地図と時間を教えてくれる)。 ここから先生の家までは34分、そこからBrooksvilleのカヌーのところまでも34分。先生たちは9時半には家を出るだろうから、それまでにつければいいなと考えました。
アパートの敷地を出るとき、芝生に何かの群れが。渡り鳥の雁の群れでした。30羽以上が芝生の上を歩いていて、近所の家の芝生にも10羽ぐらいいました。なんてのどかなところなんだろう、と思いつつ、時間があれば車から降りて観察するのですが、時間がないので、アパートを後にしました。
先生の家に着いたのは9時半ぐらいで、ちょうど先生の車ともう1台が出るところでした。ネジャーティが先生に挨拶した。2台の車について行きました。 先生の家に行く道と別の道を通りましが、ジェットコースターみたいに坂が急で、それが3、4回ぐらい続きました。キャーキャー言いながら坂を下ると、下ったところにある家の犬が走り回り、またそれが面白くて、大笑いしました。
I-74を西に走ってインディアナ州に入りました。初めてインディアナ州に入って、オハイオとはまた違う景色を見たり、ニューハンプシャーを走ってるんじゃないかと思うような風景もあったり、トウモロコシ畑を左右に見ながら、車を走らせました。
途中、先生の車を見失いましたが、何とか目的地に着くと、研究室のほかの人たちも来ていました。
先生が予約をしてすでにお金を払っているので、後日先生に払うようで、何かの書類にサインをして、ライフジャケットとパドル(かい)を持って、川に下りました。
コースはいろいろあって、ルートは一緒ですが、長さが違います。私たちのは5〜6マイル(8〜10キロ)の距離を行くもので、4時間ぐらいはかかるだろうというものでした。スタッフの説明を受けた後、早速カヌーに乗りました。カヌーは長細いボートで2人が漕ぐようになっていて、子供がいれば2人ぐらいまで乗れるようになっています。パドルの長さはあごの下ぐらいまでがいいようで、それを右に左にと持ち替えながら漕いでいきます。ちなみにカヤックに乗った人もいましたが、カヤックというのは1人用の小さいもので、パドルは長く、パドルの両端を使って漕ぎます。
私たちはみんなの後をついていく形になり、カヌーに乗って間もなく、川の中洲より右を漕いでいると、前の方で、カヌーボートから降りて川の中洲の左側に移動しています。どうも浅瀬になって、これ以上漕げないようなので、私たちもいったん降りて中洲を渡って川の左側に行きました。
教訓1 カヌーボートを川に出すとき、川に入らないといけないので、水にぬれてもいいものをはきましょう。それから水にぬれてもいいような格好をしましょう。着替えを持っていきましょう。
他の人たちはカヌーに再び乗って行きました。乗っていったところは向こう岸が少しカーブになっていて、倒れた木が横たわっていました。そして流れが少し速くなっていました。
そして、カヌーに乗ってから間もなく、、、、、、
少し速いその流れのところで、カヌーが横たわっている木に当たり、、、、、
カヌーが傾いたかと思うと浸水し、完全に転覆し、、、、、。
つづく
昨日は少し夜更かしをしたので、今日は起きるのがつらかった。 いつも通る一般道も坂を気にせず走った。 帰りは部分的に違う道を通ったが、工場があるので、通るのにはふさわしくなかった。やっぱりいつもの道の方がいいかも(でも坂道、なんとかならんかなあ?)。
帰ってきて寝ようと思ったが寝られず、モールに行くことにした。目的は髪の毛を切ること。最近どうも重たくなってきて、やっぱり切ってもらわないといけないし、明日は出かけるからこの際切ってもらおうと思ったのだ。 前回切ってもらったのはいかさんが来る前だから、4ヶ月も前だ〜!
3時に予約を取って、それまでご飯を食べたり、お店を回ったりした。3時ちょっとすぎに担当の人がお店に着いて、切ってもらった。
このぐらい切ってください、と長さを見せたが、あんまり切ってない気がした。レイヤーは今までどおり入れてもらったものの、後ろの部分はまだボリュームがある。髪の毛の多い私はだいぶすいてもらってちょうどだ、と実家近くの美容室の人に言われたことがある。日本で切ってもらうと、床に落ちている髪の毛はかつらかと思ってしまうほどたくさんあって、自分でもびっくりしてしまう。
横の髪の毛がまだ長かったので切ってもらったが、後ろはよく見えなかったのでわからなかった。髪の毛を乾かしたらボリュームが出てきた。まるで、「猿の惑星」の猿人みたいな髪形になっていった(誰や、わろてるの、、、)。自分でもおかしいので、必死で笑いを抑えていた。
髪の毛が短くなったかどうかはゴムでくくればわかることで、ゴムでくくりにくいぐらいがちょうどいい長さだ。店を出てゴムでくくるとちゃんとくくれる。まだ切り足りない気がする。
こんなことだったら、いつか週末にネジャーティに切ってもらえばよかったかな? でも前よりはいくらか軽くなってるし、いいかな? (今度は違うところで切ってもらおう)
一般道を走り始めたが、どうも坂が多くて困る。というのも、坂を下るとき耳が痛くなるからだ。 今日はネジャーティを送った帰り、また違う道を通ってみた。これは途中から、ネジャーティが乗るバスのルートになるところだ。途中工事中もあったが、比較的いい住宅地の中を走った。距離は13マイル。時間は30分弱だ。工事中のところがなければ走りやすいのだが、、、。
そして、ネジャーティを迎えに行くときは、バス通りをひたすら走った。途中からは今日の朝走っていないところになった。どちらかというと、下町っぽい感じで、建物さえ違えば日本と変わりない。フロリダでもニューハンプシャーでもこういうところはなかったなあ。
下町を抜けると、坂道になったのだが、カーブになっていて、さらにカーブというフェイントを食わされ、見覚えのあるところまで来た。
ネジャーティを乗せた後、今朝通ったところを通った。工事中のところを通る と、ネジャーティが「ここ通ったことあるよね」というので、「こんなところ通ってないよ」。「ほら、家具を見に行ったときに通ったところ」
確かにそこも工事中やったけど、それはI-75の東側。ここは西側や、、、、と思っていたら、「ほら、あの道路I-75でしょ。」というので、あ、ほんとだ、今いるのはI-75の東側だ。そして、すごい甘いにおいが、、。ふと見ると「Jim Beam」の工場だ。 方向感覚は大体私のほうがあるのだが、今日はネジャーティにやられた。 運転のことはそれぐらいにして、午後にネジャーティが電話してきた。 何かなと思ったら、土曜日に研究室の人たちでカヌーに行って、その後BBQをするらしい。それで、カヌーの予約をしないといけないので、行くかどうかというのを電話してきたのだ。もちろん行きますよ〜! カヌーなんて何年ぶりやろう。フロリダで2回カヌーをしたことがあったが、2回目でも6年前だ。ニューハンプシャーでは機会がなかったから、6年ぶりだぁ。
そして帰宅後、印刷してきた連絡のメールを見てみたら、Whitewater Riverという川でやるらしく、どうもインディアナ側に入ったところであるらしい。シンシナティーはケンタッキー州もすぐだが、インディアナ州もすぐだ。インディアナは初めてだ。
ここからちょっと行ったところにある、24時間営業の店、Meijer。私たちはずっと「メイジャー」だと思ってた。(きむちさん、Pさん、笑わないでね)。 ネジャーティの研究室にいる日本人に、シンシナティーで生活経験のある日本人のHPを紹介してもらったので見てみたら、この店の読み方がかっこ書きで「マイヤー」とあった。
この読み方で何語かピンとくる人もいると思う。
車のマフラーやオイル交換などをする “Meineke” というお店は「マイネキー」と読む。”e” の読み方が全部違う。何でこんな読み方をするのかなあと思っていた。そして、以前日本語のクラスにいたユキ子さんのフィアンセの名前が “Leineke” で「ライネキー」と読んで、“M” と “L” が違うだけである。そして彼はドイツ系アメリカ人だ。 東隣のペンシルベニア州はドイツ系が多いので、きっとこの辺もそうなんだろうと思った。そして帰りにネジャーティに「マイヤーっていうだって。ドイツ語かなあ? ネジャーティは習ったことあるんでしょう。」というと「う〜ん、わからないなあ。」と頼りない返事。
「“j” が “y” の読み方するとか、、、。」 「そういえば、イエスと言う意味で “Ja” というのはヤーっていうなあ」 「”ei” をアイって読む?」とユキ子さんのフィアンセの名前を例に挙げた。
ネジャーティは中、高で外国語の選択がドイツ語だった(ドイツ語にさせられた)のにもかかわらず、ピンと来なかったらしい。しっかりしてよ〜!
今日は送るときに高速に乗ったが、戻るときに一般道を通ってみようと思った。学校の前のクリフトン通りを北に走って、次の信号で右折してウィントン通りに入ってずっと行くと先週行ったウィントンウッズという森林公園に出て来る。 クリフトン通りは実家近くの坂道のようだが、いい家がたくさんある。そして、ウィントン通りもしばらくは上り坂が続いている。上りきったところにラジオ局か何かの大きい塔が立っている。そして街中を走ってしばらく行くと、ウィントンウッズに出た。
あれ?この方が近いのかなあ。距離数は確かに短くて、12マイルだ。高速を使うと15マイル(ネジャーティがMSNのDriving Directionで出したら17マイルだったらしい)。こっちの方が楽なのかなあ、でも坂道あるしなあ、でも高速より怖くないし、と思っている。
ところで今日の夜、中・高の同級生Mちゃんから電話があった。Mちゃんはデトロイトに住んでいて、彼女曰く、ここから車で4時間らしい。夏休みに時間があったら 遊びにおいでよと言っていた。電話番号を知らせてなかったのでメールで送ったが、今日電話がかかってきた。話し好きの私たちは、昔話に花を咲かせていた。 ネジャーティはその間コンピューターが使えないので退屈そうだったが、そのうちうたたねしていた。 9月にMちゃんが遊びにきてくれることになった。メールはしょっちゅうしていて、電話もたまにしているが、私がアメリカに来て以来会ったことはなかった。というのも、お互いとても遠いところにいて、飛行機を使わないと会えない距離だったし、なかなか会う機会もなかった。そして、今回ようやく会えるのだが、おそらく約10年ぶりの再会だ。
2002年08月18日(日) |
「ネジャーティ、ジャングルジムズへ行きたい」の巻 |
ずっと雨が降っていたが、ネジャーティがジャングルジムズに行きたがっていたので、行くことになった。
ジャングルジムズはここより少し北にあるのだが、北に行くにつれて雨がだんだん激しくなった。そのうちワイパーを最大限に動かしても前が見えない状態で、近くにあったガソリンスタンド兼お店に入った。 お店には United Dairy Farmersも入っていた。そこはアイスクリームを置いていて、ハーフガロン(1.8リットル)でも2ドル50セントで売っている、あるブランドのアイスクリームもあった。きっと普通のスーパーで買うと3ドルはするだろう。
そこでアイスクリームを食べて雨宿りした。アイスクリームのコーヒー味はターキッシュ(トルコ風)コーヒーで、ネジャーティに食べてみる?と聞くと、それとバニラのミックスを頼んだ。雨足が弱くなったかなと思ったらまた激しくなったが、アイスクリームを食べ終わったころには雨足が弱くなった。 車を走らせると、ジャングルジムズはすぐ次の信号だった。こんなにすぐだったら駐車場で待っててもよかったなと思ったが、そのぐらい視界が悪かったのだ。
車を置いて外を歩いたときにはかさをさすほどでもなかった。ネジャーティが子供用のカートを探してきた。 トルコのビールがあるかもしれないと思ってみてみたが、結局わからなかった。お店を回ると、チーズやパンの試食品が置いてあって、それをつまみながら、店内を回った。 ヨーロッパのコーナーもあるのだが、いつもは行ってなくて、今日コーナーを回ってみた。アイルランドのコーナーにはファンタのオレンジが置いてあった。ネジャーティもファンタは知っていて、子供このころには飲んだなあと思っていたが、アイルランドがもともとなのかな?
お米のコーナーではアメリカ人の女の人と日本人の高校生ぐらいの子がいて、日本人向けのお米を買っていった。「これで、朝昼食べられるよ」と言ってたので、きっとホームステ―をしてるんだろうと思った。 おととい来たにもかかわらず、またいろいろ買ってしまった。
駐車場に戻ったら、前に駐車してあった車が変っていた。ナンバープレートを見たら、、「ニューハンプシャーだ〜!」。シンシナティーで初めて見た。
朝ゆっくり過ごした後、どこかへ行こうということになって、そしたらまだ行っていないKohl’sに行こうということになった。
ニューハンプシャーを出る少し前、4月ぐらいだったか、近くのモール裏にKohl’sができた。行ってみたら、モールの中のデパートみたい、とがっかりしたにもかかわらず、ニューハンプシャーを出る前にサングラスを買っていたりする。
ここのKohl’sは2階建てで大きい。ここでは以前、梨奈の水着とネジャーティへのプレゼントを買ったから、ここに来るのは2回目だ。
先にご飯を食べようと、近くのゴールデンコラルに行った。ネジャーティはフロリダでゴールデンコラルに行ったことがないということで、この店自体初めてだった。 朝食バッフェの時間を過ぎていたにもかかわらず、朝食バッフェの値段になっていた。こういうところはアメリカらしくいい加減だ。日本だったら1分過ぎていたらもうだめと言いかねない。
ネジャーティはたくさんある種類からいろいろ取ってきて、喜んで食べていた。お兄さんや甥を連れてきたいなあと言っている。「お兄さん、よく食べるの?」と聞くと、たくさん食べるらしい。甥の1人は中1(といっても日本でいうと小6。トルコでは小5+中4のシステム)なので、そろそろ食べ盛りになるころだろう。
そしてKohlsに行った。Kohlsではネジャーティが靴下を買っただけだった。ここもモールになっていたが、新しくできたところなのか、まだ使われていない店舗が多かった。 Kohlsからモールに入った。隣はゲームセンターで、入口の外にダンスのゲームが置いてあった。画面の矢印と同じようにステップを踏むようになっていて、それで得点を稼いでいくのだが、ゲームをしている男の子たちはすでにステップを覚えているようで、どんどん得点を稼いでいる。今日は特に週末だからか、得点を何人かで争っているようで、誰かが記録をつけていた。
中には子供用のコースターやゴーカートがあって、それに乗ることにした。子供だけだとこの身長以上、大人と一緒に乗ればこの身長とちゃんと設定してあって、梨奈はぎりぎり大人と一緒のときの身長に達していた。
子供のコースターにしては十分で、見ているだけではわからないが、乗ってみると大人でもひやっとしてしまう。ネジャーティは見ていただけだが、ネジャーティによると梨奈はびっくり目をしたまま固まっていたそうだ。
次にゴーカートに乗った。ゴーカートは梨奈が少し身長が足りないかなと思っていたが、係の人もいいかげんで、何も言わなかった。 シートベルトをして、上のバーを前に下ろすと梨奈はハンドルに届かないので私が運転した。ゴーカートなんて何年(〇十年?)ぶりというぐらいだった。前に進めないと、係の人が操作するのか後ろに進むことができる。あまりぶつかるといけないからと外郭を回って当たらないようにしていた。 その後、レースのゲームでネジャーティと勝負し、私の勝ちとなり、どうしたの?と聞くと、スピードを出しすぎてカーブを曲がりきれず、タイヤ交換になったらしい。
日本のゲーム機が多くて、このレースもレース場のいくつかが日本になっている。
モールを出て近くのMeijerに寄って、すぐ帰った。ご飯を食べた後、元気があればジャングルジムズに行こうといっていたが、梨奈が寝てしまい、結局いけなかった。
朝、夕と送り迎えをしているので、なんとなく落ち着かない毎日を送っている。今日は金曜日で今週も終わりと思うと嬉しくなる。 手巻き寿司ののり(期限が少し切れてる、でも気にしない、、、)もあるし、今日は手巻き寿司に決定。具を買いに行こう、と昼からジャングルジムズに向かった。
ジャングルジムズの入口近くにはお酒やワイン、ビールのコーナーがあって、日本のビールが置いてあった。カナダで作ったものや日本からの直輸入のものもあった。小ビンがあったが1つのケースに6本入っていて、それを全部自分で飲むのに、年内はかかると思い、それはやめた。1本だけ買えばいいわけであって、バラで見つけたが、中ビンか中ぐらいの缶ビールがあった。ちょっと保留と他のコーナーへ行った。寿司の具にする貝割れとまさご(小さい粒々の卵)をかごに入れた。冷凍で日本から輸入された鯵の開きを見つけ、思わずかごに。一通り終えた後、もう一度ビール売り場に戻った。よく見ると、一つ小さいのがあって、それを買うことにした。
夕方ネジャーティから電話があって、インターネットがつなげられるようになったから、つなぎ方を教えるからつないでみたらということで設定をした。でもつながらなかったのでネジャーティが帰ってからすることにした。
車の中では、今日の出来事をネジャーティに尋問されて報告するのだが、ジャングルジムズに行ったことを言うと「え〜! あそこはみんなで行こうよ」と言うので、「じゃあ、週末にもう1回行こう」というと喜んでいた。
帰ってネジャーティがインターネットを無事つないでくれたが、設定で入力する電話番号にハイフンを入れてしまっていたのでつながらなかったということがわかった。
今週が終わったのと、インターネットが無事つながったのとで、お寿司とはめでたい、めでたい。そしてすでに酢飯と具をテーブルに置いた。ツナ缶を買ってくるのを忘れたなあ、、、。1缶しかないや。 ネジャーティも梨奈もパクパク食べ、3合炊いたご飯がどんぶりに1杯程度しか残らなかった。
そして一段落して、気が付いた。ビールを出すのを忘れてた。
ビールだけ飲む羽目になった。私の飲む量はコップ1杯なので、ビンを空にすることはできません。ネジャーティは「なんでこんな苦いものを人は飲むんだろう」と信じられない様子。 楽しい金曜日だった。
なんていいながら、今晩はメールの受信箱を整理しないといけないし、みんなに転居したというメールも送らないといけないし、と4時間ぐらいインターネットにかかりっきりだった。
昨日は寝るのが遅かったので、今日はきつかった。 今日はシンシナティーの図書館が行っている子供の夏の読書プログラムが終わって、15冊読んだ子にはプログラム後のお楽しみ会のチケットが配られていた。梨奈も何とか読んで(と言うよりは「見て」)、この前の土曜日にチケットをもらっていた。2時からお楽しみ会があるというので、行ってみた。
司書がチケットと交換にシールを子供と親に渡していた。1人、男の子がシールをほしがっていた。でもその男の子は15冊読んでいなかったので、チケットを持っていなかった。司書の人はどうするのかなあと思っていたら、あなたは本を読まなかったでしょ、みんな15冊読んだからシールをもらってるのよ、だから読みましょうって言ったでしょ、ね、、、、と言った後、シールを渡していた。私もチケットを渡して2枚のシールをもらった。
閲覧場所のテーブルがのけられて、子供たちが前に座り、親が後ろに座った。1人、50代か60代の男性が前に立っていた。今日はそのおじさんが手品やジャグルなどを見せてくれるということだった。
手品は親も魅せられた。部屋の電気を消すと、おじさんがスーパーボールぐらいの大きさの赤いボールを2つ持っていた。それは電気がついているのだが、そのうちの1つを白い発泡スチロールのカップに入れた。カップの中の赤い光が見える。そのカップには穴がないのだが、そのボールをカップの横から出したり入れたりしている。仕掛けはおおよそ見当がつくのだが、それには親もおお〜と驚いていた。
他の手品では、マス目が薄くついている白い板に顔を描いていった。まず髪の毛、輪郭、目の輪郭、鼻、口、と描いていった。そして子供たちに「目には何を描くかなあ?」と聞くと、子供たちが「目玉」というので、目に点を描いた。それで何かを子供たちに言っていたら、子供たちが何か叫んでいる。よく見ると、目の点が左右に動いて、子供たちが「おじさんを見てるよ」とか叫んでいたのだ。おじさんは最初気が付かないふりをして、どこ? と後ろを振り返ったりして、そのうち、わっ、と気が付いた。そして、その顔の口も開いたり閉じたりしてしゃべっている。おじさんの腹話術なのだが、それには大人も子供も楽しんだ。
あっという間に45分がすぎた。おじさんはふだんは30分ぐらいしかしないらしい。ショーが終わって、子供たちは帰っていった。
私たちもいったんうちに帰って、一休みしてから最近行ってないモールに行こうかと思っていたが、一休みどころか2人そろって2時間近く寝てしまった。昨日あまり寝てなかったからだろう。そして、ネジャーティからそろそろ電話がかかってくるころだし、起きてご飯を炊飯器にかけた。そのうち電話がかかって迎えに行くのだが、梨奈も私も眠たくて、きつ〜い、と思いながらも、関西系のトークショーのテープを聴きながら、車を走らせた。
帰ってきて、夕食を済ませ、ネジャーティも横になっていた。ネジャーティも昨日は眠れなかったと行っていた。昨日の夜、本屋でカフェインなしのコーヒーを飲んだが、普通のだったんじゃないかと言っていた。そのうち枕を持ってバイバイ〜と眠たそうに2階に上がっていった。
私も洗い物を済ませて、いつもより早く2階に上がった。梨奈がすぐに寝つなかったので、私も付き合わされたが、そのうち寝てくれた。 明日は金曜日。今週は明日で終わりだ。
夜、本屋のバーンズ&ノーブルに行った。
シンシナティーに引っ越してきて、ここのバーンズ&ノーブルに行ったのは初めてだ。この本屋はスターバックスが入っている。スターバックスの方に歩いていくと、来年のカレンダーが売り出されていた。ここはオハイオ。オハイオのカレンダーもあった。フロリダ時代は覚えていないが、ニューハンプシャーにいるときは毎年実家にニューハンプシャーのカレンダーを持って帰っていた。今度はオハイオになるんだなあと、オハイオのカレンダーの写真を見ていた。オハイオの北は五大湖の一つに面していて、冬には凍っている部分もある。1月の写真は雪化粧だ。ここはオハイオの一番南だが、ニューハンプシャーの積雪までとはいかなくても少し積もるぐらいの雪が降るらしい。
スターバックスにはコーヒーとケーキもあるのだが、なんとここのスターバックスのケーキはチーズケーキファクトリーのものだった。 チーズケーキファクトリーは大きい都市にあるレストランで、20〜30種類あるチーズケーキが売ってあって、持ち帰りもできるし、そこで食べることもできる。ケーキだけではなくて食事も出しているのでレストランというわけだ。そこのケーキは1つが大きいが、6ドルぐらいする、少し高いケーキだ。そして、スターバックスでは半額強で、出していた。
梨奈が騒いでいて、食べ物で落ち着かせようと、コーヒーとケーキを注文した。ネジャーティは本を探していて、そのうち戻ってきた。ネジャーティもカフェインなしのコーヒーを頼んだ。 梨奈と2人で店内を回ったが、梨奈がネジャーティとも回りたいようで、結局店を出た。
ネジャーティは早めに寝たが、途中で目が覚めてからなかなか寝付けなかったようだ。
2002年08月13日(火) |
隣人&ネジャーティらしい |
今日ネジャーティを送ってスーパーに寄って帰ってきたら、隣の中国人の男の人が2人いて車に乗るところだった。挨拶をして、駐車場から家の玄関に向かい、鍵を開けていると、違う中国人男性2人が出てきた。そして女の人が鍵を閉めていた。2ベッドのところに5人も住んでるの? どうやって寝てるんやろう、と考えてみた。女の人はきっと旦那さんと一緒と想定して、マスターベッドルームより小さ目のもう1つの部屋に寝て、3人がマスターベッドルームを使うのかなあ、、、。たしかにマスターベッドの方は3人でも寝られる広さやし、、、。女の人が1人でリビングに寝てるってことはないやろう、、、とか、いろいろ頭をめぐらせていた。
この家賃を5人で割ると1人頭いくらになる、、とか、光熱費とか入れてもやっていけるやろう、とか、私と同年代ぐらいに見えたから、3人は独身やろうか(ほっとけぇって)、そういえば、外でよく男の人が夜に誰かと電話で話してる中国語は北京語じゃなくて広東語の音感やったし、最初ベトナム語と間違えたから、きっと広東語で上海とか、香港とかから来た人かな、とかぐるぐる頭の中を駆け回った。
夕方まで部屋の片付けや掃除をしたり、郵便局に行ったり、夕食の用意をしていて、ネジャーティを迎えに行った。
夕食時にネジャーティが、学校での話をし始めた。
「研究グループの自分のボスがいるでしょ。ボスの研究室に黒人の人が来ていて、自分はただ「ハイ」と普通に挨拶して廊下を通ったんだけど、その黒人が「え? え? あれ? あっ! ネジャーティ〜!」とびっくりしてたよ。その黒人の人、UNHで同じ化学の大学院生だったんだよ。自分より先に博士課程が終わって、ボストンのどこかでポストドクをしてるって聞いたことがあったんだよ。ここには助教授の面接で来てるみたい。いつかくるのがわかってたから今日来たんだなと思って、普通に挨拶したけど、向こうは自分がここにいるのを知らなかったから、すごくびっくりしてたよ。」
ネジャーティのしそうなことである。ニューハンプシャーにいるときは、他の人にはまじめな顔して冗談を言ってたけど、家ではそんなことはあまり言わなくなっていたが、オハイオに引っ越してからというもの、またまじめな顔で冗談を言うようになり、まるでストレスのバロメーターとなっている。
なんとなく寝不足のまま、今日もネジャーティを送っていった。
午前中、うとうとした後、午後には梨奈が昼寝をしたので、コンピューターに向かっていた。 洗濯をしに行こうとも思ったが、梨奈が寝ていたのと、昼間は暑かったのもあって、夜行けばいいやと思った。 今日はいつもより早くネジャーティから迎えの電話が入って、迎えに行った。
いつもI-75のExit15まで1本の道をまっすぐ行くのだが、ここから少し近いところにあるI-275からI-75に入っていくのはどうだろうと思って行ってみたが、I-75のExit15まで10分、そこから大学があるExit3まで10分だった。明日もう一度1本道の方の時間を計ってみようっと。
大学があるExit3までは日本みたいに車幅は狭いし、くねくね曲がってるし、ここのドライバーは方向指示器を出さずに車線変更するし、ちょっと隙間があったらすっと入るし、マナーは他府県でも要注意の大阪やなにわナンバーに匹敵する。高速道路がレース場に見えたりして。そう考えると、プロのレーサーってすごいなあと思う。高速では出せないようなスピードで、車間距離もほとんどなくびっしり詰まって走るわけやから。車線変更で方向指示器出すわけやなし(出したら出したでおもろいけど、、)プロはすごいなあ。
車と言えば、シンシナティーには走り屋がいる。日本の走り屋ほどでもないが、制限速度を守りながら、夜はグループで走ったりしている。今まで見たことがない光景だったので、アメリカにも走り屋がいたのか、と驚いた。走るところはいっぱいあるでぇ。環状道路のI-275なんか1周するのに2時間ぐらいかかるやろう。そして、この前驚いたのは、夜走っていたとき、隣の車線にいたバンの各座席の後ろが青く光っていたのが見えて、それが液晶画面だとわかった。まるで飛行機みたい。
今日は近くにあるというウィントン・ウッズ(Winton Woods)に行こうということになった。ネジャーティの同じ研究室の人が家族でよく来るところだそうで、ポニーとかがいるそうだ。
昨日はお昼ご飯を持っていかなかったので、今日は作って持っていった。それで普通の森林かなと思ったら、キャンプグランドや子供の遊び場、夏場は水遊びができるところがあったり、ボートにも乗れる。水着を持ってくればよかったなあと思っていたら、梨奈は最初に水遊びじゃない、遊具がある広場で遊びたがっていた。ネジャーティが最初についていて、その間私がお昼を済ませ、食べた後交替して梨奈と遊んでいた。そのうち水遊びの場所にも行きたがり、私が水着を取りに帰ることにした。
水遊びの広場は、プールはないのだが、噴水が出るようになっていたり、大きなマッシュルームからシャワーのように水が出たり、小さい船に滑り台がついていたりと、工夫が凝らされている。
水着を取りに帰ってきた。入口では年間費3ドルを払ったので、出入りが自由だ。更衣室があったので着替えて、その広場に行った。10分か15分遊んだところで、45分の掃除をかねた休憩が入った。アイスクリームを食べて、ボート乗り場に行ってボートに乗ろうかと言っていたが、ネジャーティの持ち合わせがなかったので、車まで取りに行った。駐車場から休憩が終わったのがわかって、ボートに乗らずそっちに戻った。梨奈が2回、船の滑り台から滑って楽しんだ。
そのときもおそらく15分ぐらいだったと思うが、ごろごろっと雷が鳴り出した。それでまた休憩が入り、雨が降るかもしれないと引き上げた。帰ってシャワーを浴びているときに雨が降り出した。
晩ご飯を食べて、Walmartに行った。テレビやビデオが置ける台を買うことにして店内を歩いていると、熱帯魚が入っている水槽が見えた。Walmartにも売ってるんだ、と水槽に近づくと、日本ではおなじみの赤い金魚や出目金がいた。それにしても、久しぶりに新鮮な魚を見た。食べられへんけど、やっぱり魚はこうじゃなければと、つやのあって元気のある魚と、日本の活きのいい魚が二重写しになった。
帰ってきてから2時間かけてネジャーティと台を組み立てた。
昨日はそんなことを書いていたら、今日は意外に暑くなった。
午前中ゆっくりして、午後、図書館に寄った。図書館では英語しか使えないので、何日か前にとりあえず英語で何人かに引越のお知らせをしたら、ほとんど返事が返ってきてうれしかった。1人を除いてフロリダ時代の友人で、日本語ぺらぺらで韓国出身のミーキョンは今年結婚して来年赤ちゃんが生まれるとか、バージニアにいるドミニックはまだ博士課程にいるようだったし、私が誤報をしてしまったジーンは日本を旅行して、各地でフロリダ時代の日本人学生に会ったとか、うれしいメールばかりだった。先月で一応ジェットプログラムの期限が切れるユキ子さんは、もしプログラムを延長していなければアメリカに戻るか戻っているかの時なのできっと忙しいだろう。気がかりだったのはボブだった。この2、3ヶ月話していなかったので、元気かどうか心配になった。
図書館を後にして、ダウンタウン近くのエデン公園(Eden Park)というところに行った。
そこはネジャーティがシンシナティーの大学で面接をしたときに、研究室の人が連れて行ってくれたところだそうだ。その公園の一帯はお金持ちが住んでいて、という話を聞いていたらしかったが、大学にも近いし、いいところだから、もしいいところが見つかればそこにしよう、と言っていた。その地域はMt. Adamsと呼ばれる地域で、ニューハンプシャーで決めて行ったアパートの地域のMt. Airyと混同して、「連れて行ってもらったところはよかった」とか、「お金持ちも住んでいるし、環境的にもいいところだ」とか言っていて、後々、ネジャーティが勘違いしていたことがわかった。
エデン公園には美術館もあるし、そこからもう少し車を走らせると、オハイオ川とその向こうのケンタッキー州を見下ろす広場がある。「お昼を持ってくればよかったなあ」と言ってたら、じゃあ、買いに行こうということで、公園から出てそのまま車を走らせるとマクドナルドがあって、そこで持ち帰りにして、またその広場に戻った。
一方通行のところから広場に入ってすぐ、子供用の遊び場があって、そこを過ぎると見晴らしがいいところがある。木陰にはピクニックテーブルが置いてあって、人工池には誰かがボートの模型を浮かべている。
ハンバーガーをほおばっていると、スズメかそれによく似た鳥が集まっている。きっとおこぼれを待っているのだ。ポテトをほってみると、鳥がものすごい勢いで飛んでくる。スズメにしてはとても人間に近寄ってくる。ちょうどピクニックテーブルの上の枝に巣を作っていた鳥もおこぼれ欲しさにスズメの中に入ったが、スズメのすばしっこさには勝てないらしく、いつも先を越されていた。ネジャーティもその鳥にやろうと、その鳥めがけてほっていたが、そのうち、ワンバウンドしたポテトがちょうど鳥のくちばしに入った。 ハトもそのうちやってきたが、ハトはその鳥よりどんくさくて、結局、口には入らなかった。
川を見下ろすところにあるベンチに座って、景色を見下ろしていたが、今日に限ってなんで暑いんやろう、昨日日記であんなこと書いたからや、と後悔した。
公園で1時間半ほど過ごし、ちょっと夏ばてを感じながら帰った。
ネジャーティと梨奈はプールに行って、私はクーラーをつけて一人部屋で休んでいた。ちょっと一人でビデオを見ながら休んでほっとしていた。
ネジャーティと梨奈がプールに出てすぐ、隣のアパートから2人の男性が出てきた。1人は多分見かけたことのある人で、私たちが引っ越してきた日に会って、「兄弟が住んでいるんです」と言っていた人だ。もう1人は年齢が近かったが、見たことがない人だった。
ネジャーティと梨奈が帰ってきてしばらくすると、引越のトラックを持ってきた。
「そうか、引っ越すのか」
そういえば、さっきから古くなったソファーやいすを運び出して、ごみの場所に捨てに行っている。トラックをアパートの入口につけて、他の家具などを積んでいっている。
平日は隣人を全く見たことがなかったし、今週も何日にもわたって、玄関にかけてある広告が入ったビニール袋がそのままになっている。家賃もそんなにばかにならないし、住んでいないんだったら引き払ったほうが懸命だ。しかし、住人は一体誰だったんだろう。そして、車椅子の老人は誰だったんだろう。
いつのまにかトラックがなくなっていた。夕食を作っていたら、いつのまにかネジャーティも寝ていた。そばを作って、そばつゆと一緒に冷やしておいて、今日は残りものがあるから、やることもなく、こうしてしばらく日記を書いた。
あっという間に1週間がたって、明日は休みだ。
ネジャーティが学校に行きだしてずっと毎日送り迎えをしている。2回往復するので、毎日100キロ近い距離を走っている。梨奈も付き合わされているので、梨奈はいい迷惑だと思う。
金曜日のお昼は研究室でタイ料理の出前を取るらしいのだが、今日はタイ料理の店が休みだったそうで、メキシコ料理にしたそうだ。メキシコ料理にもちょっと辛いものがあるが、タイ料理よりはましだろう。
今週は涼しかった〜。先週とは全く違ってクーラーをつけなくて済んだし、しかも夜は肌寒いぐらいで窓を閉めないと少し寒いぐらいだ。でも暑いから夏だあと思っているのに、気のせいかなんとなく秋の様相にもなっているような気がして、夏が短いニューハンプシャーを思い出してしまった。
ニューハンプシャーは夏は涼しいのはいいが、短い夏で、秋も紅葉が楽しめるが、すぐ向こうには冬が待っているし、少し物悲しさを感じる。いったん冬になればそれはそれでいいのだが、雪で閉ざされると、心も閉ざされ、氷のようにかちんかちんになるような気がする。日本より1ヶ月遅い春を待ち遠しく感じ、身も心も氷解して夏を楽しんでいると、その向こうに秋があるんだという、また物悲しさを感じてしまう。そうすると1年間のうちほとんどを気の落ち込んだ状態で過ごしているような気がする。開放感あふれるフロリダで3年弱過ごした私は、少しは冬のような身も心も引き締まる季節が恋しかったが、ニューハンプシャーのように、そう引き締まりすぎると、冬の長さにうんざりする。
この涼しいままで夏が終わるとは思わないが、もう少し夏の開放感を味わって、まだ氷結している気持ちを氷解させたいのだ。
Krogerという食料品店に帰りに寄って買い物をした。オーガニックの食料品コーナーがあって、たまたまオーがニックの牛乳が安くなったので買ってみた。飲んでみたら、普通の牛乳より濃く甘味があった。日本の牛乳に近かった。アメリカの牛乳は全脂乳でも水のようだ。 これからこの牛乳は梨奈用だ。
昨日は別のWalmartに行ってすだれを探したがなかった。ニューハンプシャーでは需要があったのかなあ。
今週は涼しいそうなので、暑さしのぎのためには要らないかな。 今日はフォーク、ナイフ、スプーンのセットを買った。
今まではネジャーティが誰かからもらったものや、私が2人用に買ったものなどを使っていたが、引っ越して、せっかくの機会だから買おうと前々から思っていた。ニューハンプシャーやいつも行ってるWalmartにないセットを見て、デザインも気に入ったので、買ってしまった。
今日ネジャーティが送った荷物の1つと、Fさんから郵便が届いた。よく見るとFさんからの郵便は日本からではなくニューハンプシャーからだった。そういえばFさんはニューハンプシャーを回ると言ってたので、もうすでに着いているのかな。
封筒を開けると、子供雑誌とともに、ニューハンプシャーのDurhamの絵はがきが入っていた。8月1日から6日までニューハンプシャーに滞在して思い出の地を回るとあった。今日は7日だからニューハンプシャーを発たれた後だ。そして、ネジャーティがもしかしたらいるかと思って研究室に行ったがいなかった、とあった。ネジャーティは7月31日にニューハンプシャーを発ったので、ちょうど1日違いだった
昨日の暑さが嘘のようで、今日はとても涼しい。というか、肌寒い。日の当たってないところに置いた温度計を見たら16度だった。
毎年この日が来ると、広島の原爆の日を思い出す。日本にいるときは、毎年テレビで式典の様子を見ていた。広島には東京から比べるとそう遠くない距離だし、以前広島におじが住んでいたこととか、母方がもともと山口だから、近く感じるのかもしれない。
昨日の夜の時点で、日本では今ごろテレビで式典を映しているんだろうなあと思っていながら、まだ日本の情報が入ってこないのだが、最近は首相が出席しないとか、そんな問題があったような記憶がある。
いまだ過去のものではないし、過去のものとしてはいけないと思う。現在でも苦しんでいる人がいらっしゃるから。また、ただ犠牲になった方に祈りをささげるだけでなく、碑にもあるように私たちが二度とこういう過ちを繰り返しません、また、どんなに技術力があっても自分たちは絶対に使いませんという決意の場所でもあると思う。首相には広島に来て、そういう決意をしてほしいし、世界相手に日本の代表者として堂々と言ってほしいと思う。
2、3年前だったか、こんなような話を耳にしたように思う。それは日本が原爆に関してアメリカに賠償金を請求していないし、アメリカとの話し合いでもきっと請求しないようになったのかもしれないし、それらの過程はわからないが、日本側が賠償金を請求してこなかったので、アメリカ側は払わなかったというものだ。 日本人の感覚だと、日本側は負けたから仕方がない、ということかもしれないが、アメリカ人にとっては、言ってこないんだったらいいや、というようなところがある。それが本当だとしたら、日本はアメリカに遠慮しすぎたようだ。
世界の人はまだまだ知らない。日本は原爆はもうたくさんだという思いをして、それなりに訴えてきたにもかかわらず、まだ原爆がどんなものかわかっていない国が多い気がする。一部の政治家や軍人が、武器としての破壊力としてか知らず、破壊してしまうのは町だけでなく、人々の生活や人々自身の生命なのに。
いいたいことはたくさんあるのだが、考えがまとまらないので、この辺で。
今日もネジャーティの送り迎えをした。ここから大学まで15、6マイルで、20分で着くときもあるし、混んでいれば30分強かかることもある。 15、6マイルの距離で高速道路のI-75を使わないと早く行けない。ニューハンプシャーを走るI-95みたいにまっすぐの道ならいいのだが、大学までの高速は山を切り開いてできたようなところなので、日本の高速を走る感覚だ。
今日は風向きのせいで、Jim Beamの工場から少しずれてにおいがした。少ししか窓を開けていなくてもすごくにおうので、今日はネジャーティもにおいがわかったようだ。
帰りに近くのWalmartとPier1に寄ったが、すだれがない〜! ニューハンプシャーの両店舗にいろんなすだれが売ってたのに、、、。
すだれをどうするかというと、ダイニングのガラスドアの外に取り付けたいのだ。ダイニングには縁側のようになっていて、外に出られる。そして、東向きなので、午前中は太陽がダイニングのスライディングドアのガラスに直接当たって、部屋の中が暑くなる。それに、縦のブラインドがついているが、網戸にして風を通したいときに、ブラインドを開けると、特に夜は裏庭の外から中が見えてしまう。3ベッドのところは裏庭に塀があるので気にならないが、ここは3つのアパートの建物が広〜い裏庭を囲んでいて、いくら裏庭が広くても、やはり外の目は気になってしまう。それで窓の外にかけておけば、日がガラスに直接当たらないし、縦のブラインドを開けて、網戸にしていても外から見えないし、といいことずくめなのである。
明日から、すだれを探すたびに出ることにしよう。
ネジャーティが行きたがっていたBig KmartとMeijer(マイヤー)という日用品と食料品が置いてある店に行った。Meijerは24時間空いているようで、それだったら何か急なとき、Walmartまで行かなくても物が買える。
ネジャーティが帰ってきてからというもの、シンシナティーはすごく暑くなっていて、車のクーラーが壊れているので、やっぱり早く直さないとね、と言っている。先月は収入がなかったし、今月は月末にならないともらえないので(UNHでは2週間ごとだったが、ここは月末だけらしい)、ちょっときついかな。
Kmartでいくつか安い植物を買って、帰って早速裏庭において見た。裏庭で植えるところはあるのだが、ちょっと土を掘り起こさないといけないところがあるし、前の住人の誰かが植えたのか、植物の上のほうがほとんど枯れかけていて、茎を切ったが、植物ごととってしまおうと考えた。とりあえず、ネジャーティが買ってきた植物を並べた。
Walmartですだれを見たかったが、またいつか行こうっと。
2002年08月03日(土) |
やっぱり楽しいセール |
今日、明日と休みなので、ネジャーティもゆっくりできそうだ。
ちょっとゆっくりしたあと、モールに出かけた。モールのGAPでネジャーティがほしそうなスラックスがセールになっていたのだが、サイズがわからなかったので、ネジャーティが帰ってきてから一緒に行けばいいやと思っていた。結局ネジャーティのサイズはなかったが、ネジャーティ用に、安くなっている服をいっぱい買った。定価で買えば120ドル分だったが、買ったのは40ドルぐらいで、25ドルのGAP用商品券を使ったので、15ドルしか払わなかった。 その後もJCPenneyでネジャーティ用の服を買って、普段、服を買わないネジャーティは喜んでいた。
ネジャーティが帰ってきてから、自分自身が疲れているので、夕方ぐらいで引き上げた。梨奈は眠そうだったが、空気で膨らますいすを買ってもらったからか、帰ってきてから開けたがり、ネジャーティが膨らませて、椅子に座って喜んでいる。私だけリビングで大の字になってが〜っと寝ていた。
少し寝て、みんなでアパートのプールに向かった。いつもより人が少なかったが、ネジャーティもプールは久しぶりだったのか、ネジャーティ自身が喜んでいる。手だけ水中で動かして体を浮かせている。私はどうしても沈んでしまう。 まだプールが閉まる時間じゃなかったが、引き上げることにした。梨奈も素直についてきたのでよかった。
梨奈が長く寝たが、ネジャーティは24時間空いているWalmartに行きたがっていて、結局梨奈が起きたときに行った。さすがに疲れた。
ハイウェイのI-75を南下して、Exit3で下りるとネジャーティの学校に着く。距離にして15マイル(24キロ)だ。
今日と昨日とネジャーティを学校に送ったが、今日はExit3から北上してアパートに戻るとき、途中で混んでいた。まだ午前中で混む時間ではなかったが、ある地点で反対車線で事故車とパトカー、消防車、救急車があるのを見た。事故があると、消防車が来ることが多いが、それらが3車線のうち2車線をふさいでいて、反対車線は何キロか渋滞していた。それで、その地点を過ぎるとこっちの車線がとてもスムーズになった。ドライバーは、どんな事故やったんやろうと思いながらゆっくり走って様子を見てたんやろう。何か日本と同じやなあと思いながら走っていた。
窓を開けて走っていたのだが、何か甘い香りがしてきた。何やろう、この香りは、と思って左手を見ると、看板に「Jim Beam」の文字が。工場からの香りらしい。
こういう経験はよくあって、実家がある西宮の南部には灘五郷の二つの郷(西宮郷、今津郷)があって、西宮郷の日本盛、白鹿などの酒工場が集まっている辺りでは、工場からの香りが漂っている。 中学か高校のときは、まだ電車にクーラーがつくかつかないかというぐらいだったが、夏場は扇風機が回っていて、窓は開けられていた。大阪の梅田駅から阪急で神戸方面に向かうと、グリコのチョコレートの工場が線路沿いにあって、甘い香りがしたものだ。 夕方ネジャーティを迎えに行ったときにそんな話をしていて、特にネジャーティは酒工場のそばを通ったことがあるので知っているが、Jim Beamの工場のそばに来るとやはり甘い香りが漂っていた。ネジャーティに「におう? 甘い香りがしてるねんけど」と言ったが、ネジャーティがいる助手席までは香りが届かないようだった(それか、におわなかったか、、、)。
今日学校にネジャーティが行った時、ちょうど研究グループでタイ料理を注文するところだったらしい。そして、ネジャーティは1−10の辛さで3を頼んだらしいが、それでも辛かったらしい。私は辛いものが苦手なので、1でも大丈夫かなと思ってしまう。
それで、スパイスの話になって、ある教授が、日本のわさびをアボカドか何かと思って、結構な量を口に入れて大変だった、という話をしてたらしい。わさびは鼻に来るからねえ。研究グループに日本人が1人いるらしいので、きっとそういう話をしたのだろう。
早速共同オフィスをもらったそうだが、化学の建物はキャンパスの建物でもひときわ高くて、上の階から外を見ると景色がいいんだろうなあと思っていたら、研究グループの部屋は地下にあるらしい。人通りがないし、クーラーが効いてていいと言っている。
帰ってご飯を食べて、散歩に出かけた。まだ蛍が少し飛んでいる。アパート群の西には図書館があって、南は町のプールがあるのは知っていたが、その先は知らなかった。ちょっと歩いてみると、プールの南側に小学校があった。もし梨奈が小学校に行くぐらい大きかったら、きっとこの小学校に行ってただろう。
アパートに戻って、スイカを食べた。梨奈はやはりネジャーティが戻ってきたのが嬉しかったのか、いつもよりはしゃいでいる。
2002年08月01日(木) |
ネジャーティー初出勤 |
昨日遅く帰ってきたので、ネジャーティは昼近くになって学校に電話した。2時にセミナーがあるということだったので、お昼を食べてネジャーティを学校に送った。
今日はちょっと暑いので家でゆっくりして、やっと戻ってきたコンピューターで、メモに書いた日記を書いていった。久しぶりに日本語を書くので、とても新鮮で手が慣れなかった。
夕方ネジャーティを迎えに行って、ご飯を食べた後、ジャングルジムズに行った。ネジャーティも一風変ったスーパーにびっくりしていた。広告の最初に載っているセール品が入口近くにまとめておいてあった。これならわざわざ各コーナーに行かなくてもよくて、便利だった。
お米の「錦」が安くなっていたので、買っていった。ネジャーティに、トルコのコーナーはないけど、ギリシャと中東のコーナーならあるよ、と連れて行った。ギリシャのコーナーはよく似た食べ物があったが、そこにトルコのコーヒーがあった。以前トルコ人のエモッシュにもらったものと同じだったのですぐわかった。 中東のコーナーにはバクラワというトルコのデザートがあった。トルコの紅茶とか売ってたらよかったなと思ったが、もしかしたら違うコーナーにもあるかもしれない。
買い物を終えて外に出たが、外には現在行われている拡張工事で何ができるかというのが描かれていた。それによると、モノレール(そんなに大きなものじゃないと思うが)や食べるところなど、はっきり覚えていないがいろいろ造る予定らしく、オーナーのジムさんは夢を広げる一方だ。 疲れていたが、時間があったのでWalmartに寄って帰った。
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