西方見聞録...マルコ

 

 

書評「家(チベ)の歴史を書く」 - 2019年07月25日(木)

 非常にお久しぶりです。4年に1ぺんかければいいな、オリンピック日記になっています。

 育児はとっくに地べたを這うような地上戦を終え、思春期の空中戦もほぼ後期で、沖縄の大学に進学した上の子に関してはLINEで近況を知る時代に入っちゃってますよ(下の子はまだ高校生だから手元にいるけどさ)

 そして実家母のエルザさんはとその夫(父です)は高サ住宅の住人になり、私は一応、旅の草鞋を脱ぎ、博士号をいただいた母校で教員となり4年目を迎えています。


 夫のあめでおさんは相変わらず我が道を行き,LINEでの家族の会話では誰も拾えない方向に話を持って行き、私マルコと娘たちのスルー力(りょく)は日々高まっています。

 と、軽く3年分の近況を総括したところで、朴沙羅著「家(ちべ)の歴史を書く」ですよ。

 これは面白いよ。読みや。

 戦後、済州島から今日、在日コリアンと呼ばれている人がどんなふうに、どうやってどんな思いを抱えて、海を渡り、大阪に根付いていったのか10人の兄弟のうちの3人とその配偶者1人が姪っ子である著者に語る。

 オーラルヒストリー研究者の著者は草の根から語られる出来事を時に鳥となり背景を補足し、家族の物語として戦争終了前後から済州4,3事件にかけての済州での出来事、日韓の間のヒトの動き、大阪での定着を「現場から」とてもわかりやすく伝えてくれている。

 私は特に第2章の李延ギュ(大の下に圭)(イヨンギュ)さんの敦賀でヤミ米を運んでいたのを摘発されたときのエピソードとそれに加えられた著者の分析を繰り返し読んだ。(p.72‐80)

 ものすごく大変な時代を超えて日本にやってきたヨンギュおじさんがヤミ米を運んでいて摘発される。済州から密入国をしたばかりで強制送還になるかもしれない、そんな中でヨンギュおじさんは「韓国では教師をやってて「日本人になれ」と教えたから民族反逆者になって追われる身になって日本に来たんや」と主張し「朝鮮のことをあんまり知らん」判事は彼を放免する。

 著者はおじさんが日本に来た理由は【「日本人になれ」と教えたから民族反逆者になった】から言うのは嘘で【出身村で全島ストライキを指導したから】だと分析する。しかしわたしは「民族反逆者として糾弾されることを恐れ」、「共産主義運動にのめり込んだ」のはおじさんにとってはつながった一連の出来事だったんだろうな、と思う。背景というか遠景というか。

 おじさんを裁いた【判事】は朝鮮のことを【あんまり】知らない。このおじさんがやや低い声で力を込めて語った「あんまり知らない」を、著者は「あまりにも知らない」と読む。

 おじさんの物語をおじさんの息遣いとともに著者が私たちに媒介してくれたことにより、私たちはこの判事と同様に、なぜ済州の人々が戦後間もない日本に渡り、根付き、こうして生きているのか、その背景もその遠景も、その時の思いも恐怖も憧れもあまりにも知らないことに気づく。そして知らずに遠景も背景も捨象して、今見える現象だけを語る私たちの【見えている景色】、と、おじさんの【嘘】を比べると後者の方がリアルに近いような気持に傾く。

 また3章で、大村収容所を「めっちゃええ場所」と語る貞姫(チョンヒ)おばさんなどインフォーマントたちが語る物語は私たちの想定を裏切って斜め上を行くリアルを私たちに提示する。

 著者はマイノリティの語りを聞き取り、記録することを「空白を埋める」作業だと書く。歴史にならない空白の中に、実は在る原色の面白さとリアルをおじさんおばさんの語りにのせて著者は私たちに提示する。

 私たちはたくさんの空白のある世界を生きている。どの空白にも原色のリアルが語られないまま、聞き取られないまま、眠っている。

 


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