空色の明日
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2017年06月30日(金) とうもろこしご飯の作り方

とうもろこしの季節です。

毎年この季節になるとウキウキとして
とうもろこしご飯をつくるのです。
今まで炊き込みタイプのとうもろこしご飯を
作ってきましたが、今年はともさかりえちゃんが
美味しそうな炒めタイプのとうもろこしご飯を
ブログにUPしていてさっそく作ってみたら
これがもう、万人が大好きな味!!

あまりに簡単なのでご紹介。
ご飯を普通に炊きます。
とうもろこしを半分の長さで切って
実をこそげるように包丁でそいでいきます。
半分にするのはそのほうがやりやすいから。
断面を下にしてこそげ落とします。
ご飯2合にとうもろこし1本くらいがいい感じの量。
ご飯が炊けたら、フライパンにサラダオイルを少し温め
とうもろこしをさっと炒めます。
そこへお醤油を入れて焦がしとうもろこし醤油を作り
そこへ炊き立てご飯を投入して合わせ炒めます。
最後に黒コショウをパラパラと。
出来上がり!

オイルはバターでもなくサラダオイルがいい。
とうもろこしと醤油だけで味わう感じ。

これ嫌いな人いるでしょうか?ってくらい
日本人が大好きな味。
炒めるときにちょっと放置するとお焦げができて
そこもまた美味しい。


ちなみに今まで作ってた炊き込みタイプは
お米に少しの塩とこそげたとうもろこしを入れて炊くだけ。
こっちはこっちで甘さが美味しい。


ということで昨日は炒めタイプ、今日は炊き込みタイプで
とうもろこしご飯、連投の我が家。


2017年06月28日(水) フランケンシュタインの恋

「フランケンシュタインの恋」が終わってしまった。

最終回を大切に大切に観た。
やっぱり最後にはみんないい人になって
みんな温かくて、みんな幸せ。

せめてテレビドラマの中でぐらい
そんな優しい気持ちにさせて欲しいと思うのです。
だからテレビを見るのです。

毎日毎日神経ピリピリさせて
優しい言葉も聞かないで働いてるんですから。


だから大切に大切に観た。


サキタハヂメさんのノコギリが
毎週毎週心になじんできて
あの曲なしにはあのドラマは成立しないくらい切なかった。

いつもなんだけど、見終わったあと
とても優しい残り香がするような
そんな気持ちがふわっとテレビの周りに漂ってる。

あぁ、いいドラマだった。
どうかどうか、これからもこんな優しいドラマを
作り続けてください。どうか。
必ず観ますから。大切に観ますから。


優しい気持ちでいることに希望を与えられた10週でした。


2017年06月27日(火) 東京って

吉本ばななさんのエッセイが好きで時々読む。

この前読んだものの中に
「最近は地方の人が東京に憧れない」みたいなことが書いてあった。
確かにそうだと思う。
そのエッセイでは博多の人のことが書かれていたが
東京は東京の人が思っているほどもう魅力的ではないのじゃないかと思う。
昔はなんでも東京発信というか
まず東京みたいな感じだったけど
最近はそうでもないし、宅配便とネットのおかげで
地方の魅力が身近になった。

私も大阪に近いので大阪で事足りてしまうので
あえて東京で行きたいところもないし
今はもう大阪さえちょっと息苦しい。


あぁ、それにしても東京の人が
やっぱり「東京は日本の中心だ」と思ってるんだなぁと思ったのは
最近NHKの東京スタジオの全国ニュースで
「全国でパンダブームが巻き起こっていますが・・」
と言っていたのにびっくりした。

え?パンダブーム?全然巻き起こってませんけど。
いや、むしろ和歌山にはいっぱいパンダいますし
なんなら、どんどん赤ちゃんパンダが生まれてますけど。

関西には和歌山アドベンチャーワールドと
神戸の王子動物園にパンダがいる。
もはやパンダは上野だけのものではないのだ。
っということに気づいていない東京の人なのだなぁと
苦笑いしながら全国ニュースを見ている関西人なのである。
そして、最近の関西の情報番組はもっぱらそれがネタになっている。
「こっちにもむっちゃパンダおるっちゅーねん」と。


2017年06月24日(土) プッチーニ

2007年「セクシーボイスアンドロボ」というドラマがあった。
大好きな木皿泉と河野英裕Pの組み合わせ作品のなかで
時事ネタがらみで放送が差し替えられたり
脚本が止まったり作っていた人達には、呪いのような作品だったと思う。

それでも私の中でものすごく頭から離れずに
ずっと心に残っていたのが、中でも「プッチーニ」という回。

どんな仕事もそうだけどドラマもいろんな人の組合せで
奇跡のようにものすごい作品ができるときがあるのだと思う。
見ている私からすればこの「プッチーニ前後編」の2回は
まさにその奇跡の回だと思う。

どうしてもDVDが欲しかったがもう遅かった。販売が終了。
なんとかもう一度みたくて日テレオンデマンドで全巻買いして
この1ヶ月見続けた。
見続けて「三日坊主」とか「ZI」とか「ロボ」とか
好きな回があったけどやっぱり圧倒的に好きなのは「プッチーニ」だ。

出てる人もみんな好きだし、ストーリーも好きだし、セリフも好きだ。
何よりも夕焼けの苦しい感じが。
夕焼けは悲しく苦しい。
だけど二人なら何でもできる。
それが今二人になってようやくわかる。
木皿泉の妻鹿さんがとっても大変な時期にこのセリフを作ったのもわかる。

木皿泉と河野Pの作品が見る年齢によって
捉え方が変わって、ますます好きになるという意味がわかった。
10年前と10年後。
捉え方は変わったけど、ますます好きになった。
できれば、また10年後にも見たい。

この回は特別に全キャストが輝いて見える。
松山くんもこの回から大好きになって
このあとすぐ「人のセックスを笑うな」も見に行って
DVDも買ってしまった。
あの頼りなさ加減がよかった。
ロボがなかったらあの作品には出会わなかったかも。
っで、それを覆すほどの衝撃的に素晴らしかった「銭ゲバ」。
あれがなかったら大河はなかっただろうな。
「銭ゲバ」は松山くんと木南晴夏ちゃんがすごくよかった。
毎回、心がボロボロになるくらい見ていて苦しいのに見てしまった。
ドラマをあまり見ないうちの旦那さんも毎回放送時間にテレビの前に座ってた。
あのエンディングテーマもすごくよかった。
だけど、なぜか不思議なのだけど、私の中でだけ
他のドラマのエンディング曲だった椎名林檎の
「ありあまる富」が私の中の銭ゲバのエンディング曲に
すり替わってしまっている。
何度上書きしてもまたすり替わる。
きっとあの曲を聞くと「銭ゲバ」というドラマを思い出してしまうのだ。
あの曲のイメージに合うドラマは「銭ゲバ」なのだ。
それだけあのドラマがインパクトがあって心に刻まれてるということだ。

あぁ、すっかり「銭ゲバ」の話になってしまった。

「プッチーニ」である。

「プッチーニ」は小林聡美さんを抜いては語れない。
あの人の存在はマックスロボだ。
強靭で強大だ。
もちろん「すいか」メンバーが揃ったという感動もはずせないが
あの小林さんのマックスロボ救出シーンと
居眠りしながらしゃべるシーン、後編の罪作りな数々のシーンは
私の中の小林聡美名シーン第1位である。

あぁ、なぜもっと早く手元に残さなかったのだろう。
10年たってもやっぱり見たいのです。

せめてここに「プッチーニ」への熱い思いを残しておきます。


あぁ、それと、ともさかりえちゃんが「プッチーニ」といいながら
プチプチを潰すシーンなのですが
ニのところでプチっとやりますね。
あれ、関西人だときっとプでプチっとやると思うんです。
リズム打ちでいうところの表打ちです。
ニは裏打ちです。
東京は裏打ちが似合います。
でもきっと木皿さんはプで潰してたんじゃないかと
関西人の私は思います。
もし神戸のどこかで妻鹿さんに会えたら聞いてみたいのは
ただ一つ、このことです。


2017年06月23日(金) 生きていく

その人の「生き様と死に様」を残された者は心に抱いて生きていく。

最後まできちんと生きた姿をみたら
残された者はそのあときちんと生きようと思う。
最後の最後まで人は相手に何かを与え続けている。
だから最後の最後まできちんと生きなきゃと思う。
自分の生き様と死に様を見ている誰かのために。
それが先に行く者の責任だ。

きちんと生きていこう。
きちんと最後の最後まで生きていこう。
そして最後の最後にきちんと死んで誰かを「生かそう」。

きちんと生きてきちんと死んでいった家族を想って
私は今日も生きていく。


2017年06月15日(木) 高野豆腐とキヌサヤ

最近、高野豆腐が大好物になった。

今までの人生で去年まで高野豆腐が嫌いで
何が美味しいのかもよくわからなくて
ずっと食べずに来たにもかかわらず。

しかし、この頃おいしいと思ってハマる食べ物は
大抵、昔嫌いだったものが多い。
キヌサヤもそうだ。
だから高野豆腐とキヌサヤの煮物なんて
自分で作ったことなんかなかった。

それが5月ごろからずっと作ってずっと食べてる。

そういう年齢なのか?
大豆イソフラボンを体が求めているのか?
それもあるかもしれない。
けれど、はっきりとわかることは
食べてきてないから物珍しいがゆえの今頃ブーム。
そういうことでしょう。

人間は飽きる生き物。
そして新しいものを求める。
今頃になって高野豆腐を新鮮に受け止めるとは
万博以降に日本の食生活は
大きく変わってしまったのだなぁと感じずにいられない。


2017年06月11日(日) ライブ映像の世界

ライブ映像を見るのが苦手だ。

CDなどの音源媒体は一番いい状態のものを
パッケージ化しているのである意味完成形であって
ライブになると音響はよくないし失敗だってするし
いろいろとリスクが多く不利な演奏環境なのである。

よほどにその演者のルックスが好きでない限りは
音源だけに耳を澄ませるほうが充実してると思うのです。

そんな私がそれでもライブDVDをあえて購入する
アーティスト、それは椎名林檎。
今回もまた購入しました。
百鬼夜行2015。

この人は映像と音楽をそれぞれに別の作品ととらえて
ちゃんとどちらの完成度も高くすることを求めます。
見られることを意識して舞台を作るのです。
若いころ演劇にも興味があった人らしい仕事です。

ピチカートファイブも見せることを大切にしてましたが
それ以上の完成度だと思います。

それならば、とライブに足を運んでみましたが
あれだけのキャパではさすがに
その良さをすべて満喫することは難しいものです。
特に私のように長時間立つことが苦痛な人間には。

それで行き着いたのがライブ映像を購入するという方法です。


満足です。とても満足です。
衣装などの細部までそのこだわりを満喫できます。
やっぱり好きだなぁ。この人の感性。



ドラマ「みおつくし料理帖」すっかり虜に。
原作を読みだしたらもう止まらない。
寝る間を惜しんで読んでしまう。
最初は1冊毎に買ってましたがもう残り全巻大人買い。
読んでから映像を見るとそのキャスティングも見事だと思う。
これ、また「ちかえもん」パターンじゃないかと。
映像もよく出来てる。

「ひよっこ」キャストがますます「奇跡の人」すぎる。


2017年06月08日(木) 一番幸せなこと

この前からずっと考えていることがある。

昔から仲の良い男友達がいて
まぁ、たいてい男友達というものは
結婚すると嫁に主導権を握られなんとなく
やるせないような、悶々と納得してないような
そういう感じを出している。
ことに子育て中は。

「毎日、何が楽しい?」と聞かれ
「美味しいご飯を食べること」と答えた私。

そうだなぁ、本当にそれが一番楽しいなぁ。
それがきっとはた目には「なんて面白みのない人生」と
そう映るかもしれないが
文字にするとそういう感じにしか読めないが。

私としては自分が今食べたいものを
自分が納得した食材で作り
その作る過程も料理が好きなのでワクワクとして
自分が選んだ食材が味見してみたらものすごく当たりなやつで
そして、それを大好きな家族と食べる。
その家族もその美味しさを判ってくれる人で
一緒に美味いなぁと食べてくれる。

これが今まで生きてきていろいろやった結果
自分の力だけは叶わないけど、なぜか
偶然が重なってうまく叶っていることだと思うと
ものすごく価値がある幸せに感じるのである。

それが私の幸せである。
そして、それがあれば別に欲しいものなんてないと思う。

その友達は「俺はこの車に乗りたいんだ」という。
それはもう20年以上前からずっと言っている。
20年もあればそんなチャンスもあっただろうに
それが叶っていないということは
そんなに叶えたい夢ではないんじゃないかと思う。

人の価値観って本当に違うもんだなと思う。

男と女の違いかなぁとも思った。
女はたいていの場合、家にあるすべてのものを管理する担当にさせられる。
なのでそれをしつつそこから何か楽しみを捻出しようとする。
まぁ、子育てをしてない私が言うのもなんだが
「趣味は子育てにしたら一石二鳥じゃないか」とつい
思ってしまうのだが、その立場にない人間は
たいていトンチンカンなことを考えているからこれは置いておこう。
しかし、私の弟なんかはまさにこういう感じのことを考えてる。
仕事が激しく忙しい。
だけど学生の頃からやってるバンドで
未だに時々練習したりライブしたりしてる。
そして子供と戯れている。
なんかそれを楽しみな感じにしながら。

結局そういう親を見てるからそんなもんだと思うのだろう。
他にずっと大事にし続けられるものを知らないからだろう。
親が何か物を大事に大事に持っているというのを見たことがない。
あの人たちは物に価値を見出さない人たちだった。
物は最小限しか買わないけど家族での時間には
ケチケチしない人たちだった。

それが家風なのだろう。
家風が合わないとつらい。
私はそこが合う人をみつけたからたぶん
一緒にご飯を食べるときが一番幸せなのだ。
特に会話なんかしてなくてテレビ見ながらとかでも。
同じものを食べて同じもので体が出来てる。
それだけで家族だなぁと思う。

そういうことがわからない人には
きっと私の幸せは永遠にわからない。
「なんか幸せそうでいいなぁ」と彼は言う。
こんなに簡単なことなのに。
自分がわかろうとすればいいだけなのに。

それがわかっていたら、違う生き方をしてるだろう。
考え方だけの少しの違いなのに人間の思考はそう簡単ではない。


2017年06月04日(日) 愚痴

バカリズムの「架空OL日記」を見てしまう。

すごいよね、おじさんが女子の中に溶け込んでる。
普通に溶け込んでる。
通勤服とかホームウェアとかおかしいのに
なぜか溶け込んでる。
不思議。

30分の内、半分以上は会社の愚痴だ。
OLとはそういう愚痴で共通の話題を維持する生き物だ。
OLに限らない。
女子高生だってそうだ。
ママ友だってそうかもしれない。
(経験がないからわからんが)

基本、話題がそういうことしかないから仕方がない。
間を持たせようと努力しているのだ。


私はそれが面倒くさい。
面倒くさいから女性が自分しかいない職場に就職した。

以前は女ばかりの職場が多かった。
それはそれは面倒くさいながらも
「あの人はちょっと変わってる」という立ち位置で
なんとなくその場からちょっと距離をおいていた。
ながらも、やっぱりそれでは交われないので
時々そういう話題でなさそうな時に参加するというやり方で。

思えば学生の時からそういう生き方だ。
小学生の頃はそのちょっと参加するというのができなくて
いじめられたこともあったので、そこで学習し
そのあとはちょっと参加でなんとなく立ち位置を確保するすべを覚えた。


今は気楽である。
気楽であるが孤独である。
だが、孤独は嫌いではない。だからそんなに苦に思わず満足している。


そんな毎日の中で、あの「架空OL日記」である。
あの文句を言うときの喋る音程の上下するサウンド。
もはや愚痴はサウンド。
それが懐かしい。
しかも若い子たちはまだそのサウンドが柔らかく
むしろちょっとかわいい。

実は、毎朝乗る電車の同じ車両に二人の50才前後の
同じ職場の同僚と思しき女の人がいて、この二人がいつも
職場の愚痴を言っている。
朝っぱらからである。
そのサウンドはやはり年齢のせいか、関西弁のせいか
ちょっと耳障りが悪い。

そのサウンドが聞き苦しすぎて車両を変える。
しかし時々間違えて同じドアについ乗ってしまう。
そしてまたそのサウンドを15分聞き続ける。

この二人と「架空OL日記」のサウンドの違い。
なんだろうか。
内容的にはほぼ同じなのに。
やはり若い子はかわいくおばさんは鬱陶しい生き物なのかもと
自分のことを思いながらひやりとするのである。



さぁ、そろそろ夏ドラマ。
次は「ハロー張りネズミ」大根さんドラマ。
ドラマでの大根さんのほうがいいなぁ。楽しみだなぁ。
「わにとかげぎす」もなんか面白いんじゃないかなぁと期待。


2017年06月03日(土) 花戦さ

映像の仕事って大変だなぁと思うのは
時代考証とか、とにかく見ている人が「あれ?」って
思わないようにすることだと思う。

今の朝の連ドラ「ひよっこ」を見ていて「あれ?」っと思ったこと。
舞台は私が生まれた頃の設定。
主人公が洋食店でお箸でコロッケを食べるシーンでした。
問題はそこで使っている割りばしです。
今でこそ、竹でできた表面がつるっとした断面が丸に近い形の
ちょっと上等な割りばしがコンビニなどで普通についてくるし
あっちのほうが多く出回っていますが
あのころには杉の断面四角の、うまく割れなくて
片方がでっかくなっちゃったりするタイプの割り箸しかなかったのです。
今ではあっちの割りばしのほうが少なくなっちゃいましたね。
昔からやっているお弁当屋さんとかお寿司屋さんの持ち帰り用くらいですかね。

小道具さんはきっとお若い方なのでしょう。
もはやあの杉の割りばしもあまり目にしないのでしょう。
でも「あれ?」って思っちゃうのです。たぶん40代以上は。
あれはあの時代なかったぞって。

もう一つ朝ドラ。
前の「べっぴんさん」。
古いビル(設定的には当時新しかったモダンなビル)のホールで。
これも昭和40年代前半ごろの設定。
エレベーターが到着したときの音。
今は「ピンポーン」と2音がなるものが一般的ですね。
ですが、あれは電子音であってあの当時には電子音は
一般的な道具には使用していないのです。
なので、当時は「チン」というベルのような音が
エレベーターの到着音としては一般的。
それが、画面はレトロなのに音だけが電子音で「ピンポーン」と
聞こえるもんですからもう、気持ち悪くて気持ち悪くて。
これも私が40年代生まれだからわかることですね。
ちょうど「ピンポーン」が出回り始めた時期をしっていて
「あぁ、新しいエレベーターってこんな音がするんだ」と
知っていたから、この音に違和感を覚えるわけです。

そういうことを言っていたら、きっとこれからさき
もっともっと「あれ?」と思うことは増えるでしょうし
私より先輩はそういうことを思いながらテレビを見ていたのでしょう。

そういうことを感じる年代に入ったということです。


もう一つ、「あれ?」と思うこと。
それは花。
花はドラマや映画でよく効果的に使われる道具ですが
これが意外に難しいものなのです。
花には季節があり、生息地があります。
本来咲かないはずの季節や、場所にその花を無理に持ってきて
使っている場合、それに気づく人はものすごく興ざめするのです。
さすがに桜は春にしか使わないでしょうが
小さな草木は意外にいい加減に使われていたりします。
それを見てその監督さんとかスタッフさんを
ちょっと「あぁ、季節に興味があまりない人なんだな」と思ってしまうのです。

昨日「花戦さ」という映画を見てきました。
池坊専好を主人公に花と秀吉と利休とで時代を描いた作品です。
池坊の総力を結集してそれはそれは、見事な花の扱いに
監督さんとスタッフさんが普段以上に大変なスケジュールと
心配りでこの作品を作られたであろうことが伝わってきました。

この季節に封切されることをあらかじめ意識してか
冒頭から今の季節の花でスタートして、それぞれのシーンでも
その季節の花だけを厳選してそろえ、そして題材にでてくる花が
ちょっと季節をはずしていれば、その花を求めて
わざわざ探してきたという設定にまで持っていく。

そこまでの配慮は、やはり全面的に池坊の方々の意見を
きちんと尊重して作られている感じがしました。
だから小さな1輪の花でさえすべて生花だし
それは不自然な美しさに整えられているわけでなし
あるがままの生花の姿に、花を愛する人たちは満足して
あの映画を見ることができたと思います。

キャストもものすごく豪華だったし
脚本も森下佳子さんで面白かった。
ただ、それでも私は「あれ?」っと思ってしまったのです。

どんなに演技がすばらしい野村萬斎さんでも
やはりご自分の使い慣れない言葉は難しいのだと。
あぁ、残念でなりません。
自分が関西人でなければ、十分に満足できるほどの
セリフ回しなのです。さすがです。
耳もいい、発音もいい。

しかし、関西人の間というものは、本当に難しいのです。
和田正人さんや山内圭哉さん、佐々木蔵之介さんがしゃべると
ホッとするのです。安心して聞いていられるのです。
言葉の裏にある気持ちが手に取るように伝わってくるのです。
「おぉきに」ひとつとっても速さや抑揚で違う意味になるのです。
今回ばかりは、野村萬斎さんが関西人でないことを残念に思います。
(池坊ですから京都に寄せてくるしかありません)
関西の人でこの役をできる人を思いつきません。


それにしても初日で客席10人です。
残念です。
花の好きな方はぜひ見てください。
花に心を動かされます。
花が語ります。
そんな作品です。
できれば、見てから要所要所に出てくる花の名前を調べてください。
その名前さえもが物語になっています。


安藤みかげ |MAIL

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