空色の明日
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2011年03月27日(日) 日常

何気ない日常が繰り返される。

その何気ないことの幸せ。

幸せとは向こうからやってくるものではなく
自分がふと気付くもの。

そして今、気付いたあなたは
気付かなかった時のあなたより
必ず幸せになる。


2011年03月26日(土) ズレ

水のボトルとカップヌードルと単一乾電池が
売り場から消えた以外は、何の変化も
あまり感じない関西です。

埼玉から出張でこちらに来た人が
停電や地震の揺れについてどんなに話しても
大阪の社員には今一つピンとこないという
空気感のズレに少しジレンマを感じたような雰囲気で
帰っていきました。

心の中で「わかるよ、そのズレ。」と
そっとつぶやいていました。

体験しないと絶対わからないのよ。
そして似たような体験をしても同じじゃないのよ。

神戸で体験した人も東北の人と同じではないし
同じ災害でも受けた被害によって違うし
体験した事柄によっても違うし
なくしたものによっても違う。

体験によってうけた悲しみや苦しみって
共有はできないと思う。
人それぞれってこういうことなんだなと
その「ズレ」を感じた時に初めて思った。


だけど悲しみや苦しみを共有できないかわりに
寄り添うこと、聞いてあげることはできるんだな。

そしてそういう思いをした人は
きっとそれまでより少し聞き上手になってると思うのです。



2011年03月23日(水) ジレンマ

だんなさんの職場のクライアントさんから
支援物資にしたいから水を50ケース
なんとか調達できないかと言われて
だんなさんが困ってる。

なんで自分たちで調達できないものを
支援物資にしようとするのか。

私の会社でも調達できない物資が何点がある。
被災地優先のため、西日本など
関係のないエリアには出荷制限が
かかっているという話を耳にする。

我々のエリアでそいういった商品が
売り場から消えたのは
そういう理由でも納得できる。
水のペットボトル売り場には
「お一人様2本までとさせていただきます」
と表記されている。

そんな場所で支援物資を名目に
50ケースも買うことを買占めとは呼ばないのだろうか。


2011年03月20日(日) 救世主たち

お彼岸ということで
我々が普段通りの生活を送らないことには
日本経済も回らないと思い
近江八幡へお墓参りに。

先週は私の父のお墓に行ったのですが
その時は高速道路はとてもすいていましたが
今週は3連休ということもあり
かなりの渋滞でした。

帰りに反対車線から何台もの消防車が
災害復旧の帯をつけて行き過ぎていきました。
TVで見た特別な装備の消防車でした。
先ほど見たニュースで福島原発に
大阪の消防隊が到着したと言っていました。

今日のニュースのハイパーレスキュー隊の
人たちの会見を見て涙が止まりませんでした。
いくら訓練や経験を積んだとはいえ
同じ人間であることには何も違いがありません。
放射線の前では同じ体なのですから
恐ろしくてたまらなかったことでしょう。
恐怖の中で自分を奮い立たせ現場へ向かい
困難な現場の任務にも体をなげうって
遂行されたのでしょう。

まだまだこれからも何百人という人が
この任務に向かうのです。

ただただ、心からの感謝しかありません。
私たち日本のために、世界のために
地球のために立ち向かってくれてありがとうございます。


2011年03月18日(金) 灯り

自分たちで処理できないことは
やってはいけない。

これは、自分たちの身の丈以上の電気を
欲した私たち全員の責任。

私たち全員の過ちを止めるために
命を懸けている人たちがいる。

私たち全員のために
命を投げ出して向かう人がいる。


何の知識もない私はただ祈ることしかできない。
その人たちの努力が無にならないよう。

その人たちとその家族や愛する人たちの
不安と悲しみの代わりに今もここに灯りがある。

この灯りは私やあなたのために
命を削りながら灯されている灯りなのだ。



2011年03月16日(水) バトン

着の身着のままで荒野に立ち
それでも互いに助け合って生きている人々をみて

16年前に同じような光景の中で
気づいたから今感じることがある。

差し伸べてくれる手のリアルな温度。
助けられた時に解き放たれる安堵の気持ち。


どんなに小さくても
思ってくれる気持ちが本当に嬉しかった。
16年前に受け取ったそんなバトンを
今あなたに渡す。

あの日あの場所にいなかったら
きっとそんなバトンの存在に
私も気づかず生きていたかもしれない。
だからこそあなたにバトンを渡す。
今がその時だ。

いつか復興してあなたが元気になって
そのバトンを次に渡せる時が来たら
きっとあなたの手の中に
バトンが握られてることに気づくでしょう。

誰かにもらった優しさは
次の誰かに渡せばいい。
みんなそうやって生きている。


2011年03月14日(月) 遠い街から

遠い街からエールを送ります。

枕元に着替えと一緒に靴も並べて
余震におびえながら眠れぬ夜をすごたことも

蛇口から出る水をすくった時に
涙が止まらなかったことも

失ったものの大きさが
一人一人違うことに愕然として
「どうだった?」と聞けずに
お互いに「よかった、生きててよかった」と
それだけしか言い合えなかったことも

みんなみんな乗り越えて
この町から大勢の人たちがエールを送っています。

そんな日々の中で今でも心に残って
その日になると思い出す曲を
今の東北の町に送ります。





2011年03月13日(日) 今できること

2日がたちました。
自分に何ができるだろうとみんな考えて
やきもきされていることだと思います。

私なりの考えですが今はまだ
生存者の救出が最優先で
まずは救出に向かう人や物資を運ぶために
道路を譲らなくてはいけないと思います。
それ以外の人は車をそちらへ向けるべきではないと思います。


物資も神戸の時には偏った物が偏った場所へ
一方的に送り付けられるような状況があり
必要なところには届かず
余っているところでは使いきれずに放置され
せっかくの善意が無駄になったこともありました。
物資の交通整理に混乱を招くような寄付も考えものです。
しかるべき場所へしかるべき物が届けられるべきです。
とにかく道路を確保し物がスムーズに流れることが必要です。


もし何かしたいけどどうしていいかわからない人は
義援金への募金がいいのではないでしょうか。
とにかく自分たちの近くでまとめられるものをまとめ
それをしかるべきところでしかるべき物にしてもらう。
それが一番欲している人のところへ届くのではないでしょうか。

今、この何日かだけのサポートですむ問題ではありません。
余震がおさまってから、家や仕事を失った人たちが
本当に物やお金を必要とするのです。
その時に自分の気持ちがその人たちへ届くことも
とても必要なことです。

今自分がどうしても必要なこと以外にお金を使おうとしていたら
それを募金に回すだけでも十分に被災者を救えます。
少し分け合う気持ちです。

いますぐにでも駆けつけて助けたい気持ちで
みんなTVを見ていることでしょうが
こんな身近なことでも手を差し伸べることができます。


2011年03月12日(土) エール

何気なく目覚めた昨日の朝が
こんなにも懐かしい、そんな朝でしょう。

目が覚めたらみんな夢だったと
そう思いたい、そんな朝でしょう。


それでもあなたは生きている。
誰にも選べない運命の中で
それでもあなたは生かされた。

水や食べ物の確保から始まって
ただ生きることだけにこれからの昼が過ぎ
あっという間に真っ暗な夜がやってくる。
そんな日々が続くでしょう。

それでも日本中が、世界中が同じなわけじゃない。
私たちが同じ状況の時にあなた方が助けてくれたように
私たちが今ここにいる。
みんなが何かできることをと考えている。
とにかく今はとてもそっちへ人も物も動けない。
どうかもう少しがんばって。
ずっと続くわけじゃない。
だからもう少しだけふんばって。

きっと乗り越えられる。
私たちにも出来たのだから。

今は今だけをとにかく乗り越えて。


2011年03月06日(日) 買い替え

PCを替えました。

というのも、前のPCがかれこれ8歳になり
時代のスピードについていけなくなったからです。

それにしても初期設定がずいぶん楽になりましたね。
8年前とは大違いです。
勝手に設定してくれるのですから。

それでもXPをずっと使っていたので
7に慣れるまで相当に面倒です。
これだから「まだ使えるしいいか」と
買い替えを渋るのです。

PCと携帯はどうしてもそんな調子で
新しいものに変える気があまりない安藤です。
今回は相当に清水の舞台から飛び降りる勢いです。
あぁ、面倒くさい。

にしても、7速い。
まぁ、8歳のPCとはもともとの脳味噌が
全然違うのだからそっちのほうがすごいのだけど。
前のPC、私の激動の30代を共に生き抜き
支えてくれた相棒。
お世話になったね。ありがとう。



映画「英国王のスピーチ」を見ました。
なぜかイギリスが舞台の映画が昔から好き。
主な出演者がハリーポッターとカブっていて
「あ、あの人が」という気持ちばかり。
ストーリーは見終わってから清々しく映像もかわいらしく。
壁紙をうまく使ってる場面がとても気になりました。
ヘレナさんの出てる映画と私が好きな映画が
いつもリンクするのですが
今回の彼女のイメージは
大河ドラマ「江」の大竹しのぶ。
二人はなんとなく私の中で同じキャラクターの女優さんなのです。

最近新しい読書をしていないのは
ずっとハリポタを読み返しているからです。
年末からスタートして先月読み終わり
また途中の複雑なところを読み直し。
炎のゴブレットあたりがすごく分厚くて面倒で
なんとなくおろそかに読んでしまうので
じっくり時間があるときに読み直しというわけです。


安藤みかげ |MAIL

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