本当は今年アカデミー作品賞を受賞すべきは「ドリームガールズ」だったと今でも筆者は信じて疑わない。アメリカン・ドリームを描き、いかにもハリウッド的なこの映画こそオスカーに相応しい。
「ドリームガールズ」を撮ったビル・コンドンはアカデミー作品賞を受賞した「シカゴ」の脚色を担当し(監督はロブ・マーシャル)、彼が脚本・監督した「愛についてのキンゼイ・レポート」も実に良い映画だったので今回も楽しみにして観た。華やかで極上のエンターテイメントに仕上がっており大満足だったが、少々不満を述べるならロブ・マーシャルと比較するとコンドンの演出は些か単調だったかな。例えば歌っている俳優をカメラが捕らえるとき、必ず周囲を360度旋回するんだよね(ルルーシュの「男と女」みたいに)。そのワン・パターンにちょっと飽いた。だから彼がアカデミー監督賞にノミネートされなかったのは仕方ない。でも作品賞のノミネート落選はいくらなんでも過小評価だろう。筆者の評価はB+。
オスカーを受賞したジェニファー・ハドソンのパワフルな歌唱は圧巻で、主役である筈のビヨンセが霞んで気の毒だった。だからアカデミー賞授賞式のパフォーマンスで「今日はあたしが主役よ」とばかりに髪を振り乱し、必死の形相で歌うビヨンセには笑った。アイドルなんだから何もそこまでムキにならなくてもと想ったが、まあそれ程までに彼女は悔しかったんだろう。
最有力候補だったメキシコ映画「パンズ・ラビリンス」を押さえて今年アカデミー外国語映画賞を受賞したドイツ映画「善き人のためのソナタ」を観てきた。予告編を観たときは善意を押し売りする(例えば浅田次郎の小説みたいな)あざとい映画を予想したが、それは筆者の杞憂だった。評価はB+である。これならオスカー受賞も納得だ。
予定調和に終わらず、人生の苦さも噛み締める意外性のある展開が見事。東西ドイツ分裂時代の話かと思いきや、ドイツ統一後のエピローグがあったのには驚いた。なんとも鮮やかな幕切れにブラボー!
2007年03月19日(月) |
トルーマン・カポーティとその周辺 |
昨年の筆者が選んだベストワン「カポーティ」のDVDが今月発売されたようなので、そろそろその映画について語りたいと思う。評価はAA。本作は傑出したエンターテイメントであり、予備知識なしでも十分見応えがあるが、出来ればトルーマン・カポーティという作家の人となりを知っていればより一層楽しむことが出来るだろう。
カポーティの小説なら勿論この映画で中心的役割を果たす「冷血」も読んでおきたいが、まず何よりもお勧めしたいのが村上春樹が翻訳した短編集「誕生日の子供たち」である。ここにはいくつかの自伝的小説が取り上げられており、孤独で傷つきやすい、純真なカポーティ少年の姿が浮かび上がってくる。おば(老嬢)スックとの交流を繊細に綴った「クリスマスの思い出」や離れ離れに暮らす父親との「あるクリスマス」など、涙なしには読むことが出来ない。巻末の村上氏によるカポーティの生涯についての解説も非常に参考になるだろう。
さらに、唯一の著書「アラバマ物語」To Kill a Mockingbird でピューリツァー賞を受賞したハーパー・リーについて知っておくのも映画「カポーティ」の理解に役立つだろう。ハーパー・リーとカポーティは幼馴染で、リーは「冷血」執筆時に取材協力をし、カポーティは小説の巻頭にリーに対して謝辞を述べている。「アラバマ物語」に登場する少年、ディルはカポーティがモデルとされている。ただし、「アラバマ物語」の翻訳は古く現在入手困難であり、グレゴリー・ペックがアカデミー主演男優賞を受賞した映画版も名作なのでそちらをお勧めしたい。「カポーティ」にもその映画のプレミアの様子が描かれている。ペックが演じた主人公はアメリカ映画協会(AFI)が発表した「映画史上最高のヒーロー」の投票で、インディ・ジョーンズ、ジェームズ・ボンドを抑えて堂々第1位に選ばれている。「アラバマ物語」を観れば理想のアメリカ人像とは何かが分かる。
映画「カポーティ」について少しだけ触れよう。アカデミー主演男優賞を受賞したフィリップ・シーモア・ホフマンの名演というか怪演が圧巻である。暗く沈んだ、そして刃物のように研ぎ澄まされた映像も見事。そして映画を観終えたら、トルーマン・カポーティが何故「冷血」を書き終えると筆を絶ってしまったのか、有無を言わせぬ説得力で理解できるだろう。まあ、一言で言えば「とにかく観ろ!」ということに尽きる。
2007年03月12日(月) |
バブルの徒花(あだばな) |
ホイチョイ・プロダクションズはバブルの徒花である。
ホイチョイがフジテレビと組んだ映画「私をスキーに連れてって」(1987年)の大ヒットは後のトレンディドラマ全盛期へと繋がっていく。最初のトレンディドラマといわれているのは浅野温子と浅野ゆう子の<ダブル浅野>による「抱きしめたい!」(1988年7月7日〜9月22日放送、フジ系)である。
さて、新作映画「バブルへGO!! タイムマシンはドラム式」はつまり、バブルの時期にぼろ儲けをしたホイチョイが「あの頃はよかったなぁ、あの日に帰りたい」とバブルを懐かしむ映画である。
コメディとしてはそこそこ笑える。それ以上でも以下でもない。バブル期を肯定的に捉えているか否かでこの映画の評価は分かれるだろう。筆者は後者。バブルの馬鹿騒ぎもトレンディドラマの薄っぺらさも大嫌い。ヒロスエにも生理的嫌悪感を感じるが、今回の映画ではコメディエンヌとしての魅力を、まあそれなりに発散していた。評価はD+
2007年03月01日(木) |
宴のあと・ハリウッドの衰退 |
筆者によるアカデミー賞予想の的中は監督・主演女優・主演男優・助演女優・脚本・脚色・美術・編集・視覚効果・メイキャップ・音響・音響編集・長編ドキュメンタリーの13部門である。昨年が18部門、一昨年が15部門だから今年は不調だった。
今年の授賞式を見た率直な感想は映画の都ハリウッドの凋落振りである。これこそが真の「不都合な真実」なのかも知れない。念のために言っておくがここで言う”ハリウッド”とはアメリカ映画全体を指しているのではない。メジャー以外のインディペンデント(独立系)映画(例えば「リトル・ミス・サンシャイン」)は元気だ。 作品賞は香港映画のリメイク「ディパーテッド」が受賞したわけだが、リメイク作品が受賞するのは1959年の「ベン・ハー」以来ではなかろうか。それに「ベン・ハー」はハリウッド製サイレント映画のリメイクだったわけだが今回はなんとアジア映画の焼き直しである。それも劣化版。実に情けない事態ではないか。昨年の監督賞は「ブロークバック・マウンテン」、作品賞が「クラッシュ」とインディーズ系が独占したし、3年前に大量受賞した「ロード・オブ・ザ・リング/王の帰還」はニュージーランドの監督がニュージーランドのスタッフで撮った映画である。もはやハリウッドのメジャー会社には優れた映画を企画する力が失われているのではなかろうか。
衰退した映像メディアはオリジナルが減り続編やリメイクに頼る。この法則に当てはまるのが日本のテレビ・ドラマだ。黄金期には山田太一、向田邦子、市川森一、倉本聰らの素晴らしいオリジナル・シナリオによる重厚なドラマがあった。ところが現在はどうだ。漫画のドラマ化が主流となり、リメイク(白い巨塔・華麗なる一族・砂の器)や映画の後追い(セカチュウ・いま、会いにゆきます・愛の流刑地)ばかりである。同じ現象がハリウッドでも起こっている。
アカデミー賞に話を戻そう。主演女優賞を受賞したヘレン・ミレンは英国人だし、他の候補者、たとえばジュディ・デンチとケイト・ウィンスレットも英国人、ペネロペ・クルスはスペイン人である。アメリカ人はメリル・ストリープしかノミネートされていなかったのだ。助演女優賞に目を向けると菊地凛子が日本人、アドリアナ・バラッザがメキシコ人、ケイト・ブランシェットがオーストラリア人といった具合である。実に国際色豊かだ。
さらに撮影賞・美術賞・メイクアップ賞を受賞した「パンズ・ラビリンス」はメキシコ映画である。「ブロークバック・マウンテン」「バベル」と2年連続で作曲賞を受賞したグスターボ・サンタオラヤはアルゼンチン生まれでスペイン語のロックを世に出すことに貢献した人である。だから今年はアジアや中南米の台頭を象徴するオスカー・ナイトであったとも言えるだろう。
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