エンターテイメント日誌

2006年11月25日(土) ユートピアへようこそ

韓国国民の6人に1人が観るという大ヒットとなった「トンマッコルへようこそ」の評価はCである。これは朝鮮戦争を舞台としたファンタジーである。蝶が舞う村、弾けたとうもろこしの実が雪のように降る場面・・・ビジュアル面は素晴らしい。音楽に久石譲を起用していることでもわかるようにパク・クァンヒョン監督が目指したのは宮崎駿のアニメーション世界を実写で表現することにあったのは間違いない。

争いもなく自給自足の生活を送るトンマッコルの村は明らかにユートピアのメタファー(隠喩)である。宮崎アニメでいえば風の谷であり、「もののけ姫」のたたら場である。しかし宮崎駿とパク・クァンヒョン監督には明らかな違いがある。それはユートピアの実現を信じているか否かだ。

宮崎さんには人間に対する深い絶望がある。結局自然の生態系を守るには人間が滅びるしか道はないのではないかと嘗て宮崎さんは発言されたことがある。「天空の城ラピュタ」を見てみるがいい。ラピュタに人間が侵入してくると城は破壊兵器となる。そして人間が全て去って初めてそこは楽園となり空高く舞い上っていくのだ。ユートピアなんてこの世に端から存在しない。しかしいくら虚しかろうとその夢を俺は描く。これが作家・宮崎駿の立脚点である。

一方「トンマッコルにようこそ」を観ていると作者はもしかしたらこのユートピアが将来実現するかも知れないと淡い希望を抱いていることが分かる。その甘さがこの作品の脆弱な欠陥であり、筆者を白けさせるのだ。

ユートピアの生活は共産主義国家を連想させる。しかし20世紀の壮大な実験であったソビエト連邦や中華人民共和国、朝鮮民主主義人民共和国はユートピアたり得たか?結果はご覧の通りである。

第四回大韓民国映画大賞最優秀音楽賞を受賞した久石譲の音楽はハリウッド映画を含め今年日本で公開された映画の中で最高の出来だったことを最後に申し添えておく。「ハウルの動く城」「キートンの大列車追跡」そして「トンマッコルにようこそ」。久石さんのワルツは極上のワインのようだ。



2006年11月23日(木) 暗黒のL.A.4部作

小説家ジェイムズ・エルロイによる「暗黒のL.A.4部作」といえば「ブラック・ダリア」「ビッグ・ノーウェア」「L.A.コンフィデンシャル」「ホワイト・ジャズ」を指す。「L.A.コンフィデンシャル」はご存じの通りカーティス・ハンソン監督で映画化され、アカデミー脚本賞・助演女優賞緒受賞した名作である。そして今回は映画「ブラック・ダリア」の登場と相成った。

「ブラック・ダリア」は好きな小説だ。エルロイ自身が10歳の時に母を惨殺されるという過去を持ち、「ブラック・ダリア」はその母に捧げられた小説で力が入っている。監督は流麗なカメラワークで知られるブライアン・デ・パルマであり期待していた。デ・パルマの映画は「悪魔のシスター」(1973)「ファントム・オブ・パラダイス」(1974)「キャリー」「愛のメモリー」(1976)など初期の時代から観ていてこれが10本目なのだが、今までで一番面白くなかった。大いに失望。評価はF。

どうしたらあの傑作小説をこんなに退屈に撮れるのか摩訶不思議である。まず脚本がダメ。物語を端折りすぎで、原作を読んでいる筆者でさえ混乱した。登場人物に魅力の欠片もなく、「マッチ・ポイント」であれだけ輝いていたスカーレット・ヨハンソンもまるで別人みたいに精彩を欠く。オスカーを2回受賞したヒラリー・スワンクも完全なミスキャスト。彼女を出す意味がない。この映画はもう救いようがない。

そうだな、唯一褒める点があるとすればマーク・アイシャムの音楽。彼のフルモグラフィーの中では一番メロディアスで印象に残った。



2006年11月18日(土) プラダを着たメリル

俳優としてアカデミー賞最多受賞者はキャサリン・ヘップバーンの4回である。彼女の記録をあと50年以内に塗り替えることが出来る役者がいるとしたら、それはメリル・ストリープを措いていないだろう。メリルは「クレイマー・クレイマー」で助演女優賞、「ソフィーの選択」で主演女優賞を受賞しているがノミネートに関しては13回で史上最多である。そして「プラダを着た悪魔」で間違いなく14度目のノミネートとなるであろう。考えてみればメリルのような大女優が2回しかオスカーを獲っていないというのは余りにも少なすぎる。だってジャック・ニコルソンが3回(「カッコーの巣の上で」「恋愛小説家」「愛と追憶の日々」)、トム・ハンクスだって2回(「フィラデルフィア」「フォレスト・ガンプ」)受賞してるんだぜ。女優だったらヒラリー・スワンクも2回(「ボーイズ・ドント・クライ」「ミリオンダラー・ベイビー」)だ。トムやヒラリーとメリルが同格?あり得ない!!

「プラダを着た悪魔」の評価はB+。とにかく面白い。お洒落で格好いい映画だ。ファッション業界が舞台なので画面が華やかで豊穣な雰囲気に浸れる。女と女の戦いがスリリングで目が釘付け。まるでファッション界の「イヴの総て」みたいだ。ただ、アン・ハサウェイ演じるヒロインが最後に下した結論が筆者には納得出来ないのでA評価になり損ねた。彼女にはイヴのように胸を張って颯爽と生きていって欲しかった。

とにかくメリルが素晴らしい。圧巻である。女王然とした威厳。匂い立つ気品。考えてみれば彼女の今までの役柄は野暮ったい田舎女が多くて、このようなファッショナブルで洗練された女性の役は記憶がない。是非これで3度目のオスカーを受賞して欲しいところだが、難しいだろうな。なぜならアカデミー会員はコメディに冷たいからである。シェイクスピア悲劇みたいなもっと深刻な役が好みなのね。

テンポの良い演出も特筆に値する。映画の冒頭、流れるようなカメラワークとともに台詞一切なしで、紹介がてら登場人物たちの個性を的確に描き分けて見せる技など心憎い。

基本的に筆者はジュリア・ロバーツとかアン・ハサウェイとか口のデカイ女は嫌いである。彼奴ら口裂け女どもはガハハと下品に笑う。その醜悪さは正視に耐えない。しかし、「プラダを着た悪魔」でのアン・ハサウェイは好演。着せ替え人形としては及第点だろう(←それって、褒めてんだか.....)。「セックス&ザ・シティ」の衣装デザインでエミー賞を受賞したパトリシア・フィールドのコーディネイトで初めて彼女の美しさが映えた。



2006年11月11日(土) 今年大化けしたのはこの娘 <虹の女神>

今まで上野樹里が出演した映画は「ジョゼと虎と魚たち」「チルソクの夏」「スウィングガールズ」「亀は意外と速く泳ぐ」「サマータイムマシン・ブルース」を観ている。筆者にとって樹里とは<演技がそこそこ出来るコメディエンヌ>程度の認識に過ぎなかった。最初に観たのが「ジョゼ」だったというのも痛い。樹里は偽善的で狡賢い女子大生として登場し、その役柄に相当ムカついたので印象が悪くなったのだ。

この娘、もしかしたら女優として天賦の才能があるんじゃないか?と気付き始めたのが「のだめカンタービレ」である。樹里の上手さには毎週舌を巻く。漫画からそのまま飛び出してきたような特異(極端)なキャラクターを、何の違和感もなく自然に演じてしまうことなど、誰にでも真似できる芸当じゃない。わざとらしい竹中直人と比べてみればその差は歴然である。今から考えてみると「ジョゼ」の樹里に腹が立ったのは、それだけ彼女が役になり切っていた証拠なのではなかろうかと最近になって漸く気付いた次第である。

そこで樹里が主演し、岩井俊二がプロデュースした映画「虹の女神」(監督:熊澤尚人)に行ったってわけ。観たら腰を抜かした。今まで5本の映画を観ても樹里に対して全く不感症だった筆者であるが、「虹の女神」の樹里は本当に女神に見えたのである!それだけでもこの映画のスタッフの大勝利であろう。特に樹里が市原隼人に対して「キミ」という呼び方をするのに萌えた。評価はずばりAだ。素晴らしい、文句なし。

気恥ずかしくなるほど青臭い映画である。樹里が大学の映研時代に監督主演したという設定の8mmフィルムが映画の終板で全編流される場面など商業映画でこんなことが許されるのか?と唖然とした。まるでかつての8mm少年がそのまま大きくなって映画を撮ったかのような雰囲気。しかし、考えてみれば青春というものは本来、みっともなくて青臭いものである。だからこそこの作品は本物の青春映画になり得たのだ。

樹里を舐めるように撮るそのスタイルは、かつてヒロスエのことを<女優菩薩>と崇め奉った原将人監督の「20世紀ノスタルジア」(1997)を彷彿とさせた。しかし「20世紀ノスタルジア」の物語はあって無きが如しで、広末涼子主演の長いなが〜いプロモーション・ビデオのような映画だったが、「虹の女神」はきっちりと映画になっているところが違う。見せ方が上手いというか、時制を巧みに前後させた脚本が見事なんだな。これは紛れもなくプロの仕事である。脚本に網野酸(あみのさん)という名前がクレジットされているが、これは聞くところによると岩井俊二のペンネームなのだそうだ。なるほど納得。岩井の最高傑作「打ち上げ花火、下から見るか?横から見るか?」に肉薄するくらい完成度が高い。少なくとも「LOVE LETTER」は軽く超えたね。

最後に特筆すべきは相田翔子が怪演。いやはや天晴れ。こんな女が身近にいたら本当に恐い。



2006年11月04日(土) 喫煙よ今日も有り難う

映画'Thank You For Smoking' (日本語公式サイトはこちら)の評価はC+である。

大変よく練られたシナリオだ。皮肉が効いている。しかし、コメディなのに余り笑えないのが減点。

喫煙を題材にしているのに、劇中で登場人物が煙草を吸う場面が一切ないという洒落た演出には感心した。


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雅哉 [MAIL] [HOMEPAGE]