エンターテイメント日誌

2001年08月18日(土) お猿と恐竜

「猿の惑星」
ティム・バートンはデビューしたての「ヴィンセント」や「フランケン・ウィニー」の時代から、一貫して「異形に生まれた者の哀しみ」を主題に、往年の怪奇映画への憧れを胸に抱きつつ映画を撮ってきた作家である。しかしどうも「猿の惑星」はしっくりこない。本来はマイナーであるべき異形の者たちがここでは制圧者であり、人間の方が虐げられているという逆転現象が起こっているからかも知れない。それにしても猿役のティム・ロスが生き生きと描かれているのに対して、何と主人公の魅力のないことか!
脚本は破綻し支離滅裂で、最後のオチはもうジョークとしか解釈しようがない。余りに馬鹿馬鹿しくて笑いも凍り付いてしまったが(^^;。ティム・バートンも色々映画会社から注文を付けられて終いには投げやりになっていたのでは?続編は絶対にタッチしないと明言しているそうだし。

「ジュラシック・パークIII」
まず上映時間、正味90分という潔さを高く評価したい。演出のテンポが緩急自在で小気味よい。ストーリーが陳腐という批判もあるようだが、単純な追いつ追われつのジェット・コースター娯楽映画として上出来だろう。少なくとも登場人物に全く魅力がなかった第2作と比べると、こちらの方が断然面白い(スピルバーグは子供の演出は上手いが、大人の女優の扱いはからきし駄目な作家である。彼の映画に於いて、いまだかつて魅力的なヒロインが存在したことがあろうか?「ロスト・ワールド」のヒロインなんて、単なる身勝手なトラブル・メーカーである。嗚呼、腹立たしい!)。
「ロケッティア」や大傑作「遠い空の向こうに」で大空への憧れを吐露したジョー・ジョンストン監督だけあって今回は翼竜プテラノドンが大活躍し、最後の空に舞う雄姿はあくまで美しく、そして気高かった。



2001年08月05日(日) 宮崎アニメ、ヒロインの飛翔

「もののけ姫」で何が非常に僕を欲求不満の想いに駆り立てたかといえば、それはヒロインの飛翔場面がないことであった。「未来少年コナン」の昔から、宮崎ヒロインは必ず空を翔た。それは「ルパン3世 カリオストロの城」のクラリスでさえ例外ではなかった。宮崎さんが脚本と絵コンテを担当した「耳をすませば」もまた、もう無理矢理の設定でヒロインは飛翔する(笑)。「もののけ姫」はその宮崎アニメーションの最も魅力的な部分を敢えて自ら禁じ手にしてしまった-そういう作品だった。

新作「千と千尋の神隠し」が何故心地よいかといえば、それは再び宮崎ヒロインが空を飛ぶ場面があるからである。これこそが漫画映画の醍醐味であり、カタルシスの神髄なのだ。

宮崎さんは共産主義思想を持つ作家であると書いたら、唐突で驚かれる方が多いだろうか?しかしこれには確固たる根拠がある。高畑勲さんと宮崎さんが出会った東映動画時代(名作「太陽の王子ホルスの大冒険」を制作した時期)ふたりの朋友はともに労働組合運動に熱を入れた(宮崎さんが書記長で高畑さんが副委員長だったそうだ)。宮崎さんは一時期、共産化した中国を理想の国家だと想ったこともあると告白されている。そして「風の谷のナウシカ」で描かれる風の谷や「もののけ姫」のたたら場は、自給自足のコミューン(共同体)である。共産主義を表す単語communismがcommuneから派生しているのはご存知の通り。だから宮崎さんが未だに「コミューン幻影」に囚われているのは間違いない。「紅の豚」なんて、もう映画のタイトルからして宮崎駿という作家が「俺はアカで、中年の太った醜い豚だ」と堂々と真情を吐露した映画なのである。「紅の豚」の主題歌「さくらんぼの実る頃」はパリ・コミューン時代に流行ったシャンソンである。これを唄うのは加藤登紀子さん。加藤さんは高校時代に安保デモに参加、また全学連の委員長だった藤本敏夫さんと獄中結婚したというまさに筋金入りの人だから、ここまで来れば確信犯である。ゆえに1920年代のアドリア海を舞台にした「紅の豚」の主人公、ポルコ・ロッソはファシスト党と戦うイタリア共産党員をイメージして創作されているのは確かだろう。ただ、これらの作品をじっくり観ていくと、宮崎さんの思想は「マルクス主義」というよりは、それより以前のジャン=ジャック・ルソーらが説いた初期の社会主義を理想としているように見受けられる。

「千と千尋の神隠し」には明らかに「働かざるもの食うべからず」と、労働の美を謳っている一面があり、こういうあたりはコミュニスト宮崎駿の面目躍如といったとこのなのだが、そういった思想とか、いつもの「人間による自然破壊への警鐘」といったテーマが決して全面に出しゃばり、頭でっかちになることなく、それらはあくまでダイナミックに物語を語る上での一要素として奉仕するだけで、総体としては劇場で観ている子供たちから笑いの絶えない見事なエンターテイメント作品に仕上がっている点で、さすが巧みなる職人芸だなと関心した。そして相変わらずのストーリーの持って行き方の上手さに舌を巻き、最後は悔しいけれどホロリと泣かされちまった(^^;。沢山のユニークなキャラクターが登場するのも面白く、宮崎さんの尽きせぬ創造力の豊かさにはただただ脱帽である。

宮崎駿という作家の面白いところは共産主義を理想と考えながらも、逆に、かつてのソビエト連邦や現在の中華人民共和国、朝鮮民主主義人民共和国にもし宮崎さんが生まれたとしても、現在のような生き生きとした娯楽性の高いアニメーションは決して作れなかっただろうという自己矛盾を孕んでいるということだ。共産主義国家では宮崎アニメのヒロインは決して自由に空を駆け回ることなど出来はしなかっただろう。おまけにスタジオ・ジブリは資本主義の権化ともいうべきディズニー・プロと組んでいるのだから、その複雑な胸中や如何に(笑)?

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