そよ日暮らし の そよふぉとノート もくじだよ|きのうへ|あしたへ
![]() 占えばひとつ何かを見失うブルーデイジー膝が寒いよ 飛永京(086:占) * 題詠マラソン2005 飛永京(とびながきょう)さんも、過日完走されました。 以下、飛永さんの百首より、大好きなものを20首転載させていただきます。 * 031:盗 ● 逆光を浴びて子犬が帰還する盗人草も誇らしく金 043:馬 ● 名にしおうシルクロードの馬友友(ヨーヨー・マ)長き指もて西へ東へ 045:パズル ● その先はもう埋めないで曼陀羅華パズルは少し残すのがいい 飛永さんの百首をならべて、 まずはじめに・・・と、さささぁーっと目を通した瞬間に、 飛び込んできた三首です。 歌意とか、背景などを掴むまえに、ひとめぼれした歌でした。 感覚的に、直感的に、圧倒的に、とても好きな歌でした。 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 057:制服 ● トランプの兵隊さんの制服に四つ葉をみっけスパイだろうか こんな視線にときめきました。 三十一文字のなかに、こんなにもゆたかなひとつの物語。 とてもとてもあこがれました。 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ そして。兵隊さんだけではなくて、 飛永さんのお歌に登場する愛すべきお友だちのみなさんは、 どなたも、たいそう温みがあって、 たまらないのです。 なので、ここで愛すべき、風邪ひきさんや、パキラちゃん、 探偵さんや、こぎつねそしてコアラちゃん、ほか 一挙紹介しちゃぃます。 かわいらしさに惑わされそうになりますが、 歌の魅力はべつのところ。 視線が深くふくよかな飛永さんの独自の世界。 すてきなのです。 005:サラダ ● 睡蓮を風邪ひきさんの枕辺に 切り子のサラダボウルに浮かべ 010:線路 ● 手袋の指人形がすわってる線路の脇にすみれは群れて 035:禁 ● とろぉりと甘い泪のパキラちゃんそれは禁じ手ねばらないでよ 036:探偵 ● 猫の手のような探偵さんだから花園の鍵は見つからないまま 077:櫛 ● こぎつねが使っていったか柘植の櫛からみついてる柔らか栗毛 079:ぬいぐるみ ● 綿の実を食べるコアラのぬいぐるみ耳の先まで胃袋にして 039:紫 ● 紫陽花の地球儀ひとつくださいな海の深さを示したものを 100:マラソン ● 兎さん亀さん問わずマラソンのランナーたちに草冠を 100 マラソン >>> 草冠です。くさかんむり。 しろつめ草で編まれた白いくさかんむりを、うさぎもかめもいただいて、 なんてあかるいゴールの広場。 くさかんむりにかんむりょうです。 だいすきでした。 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ さて次は、うってかわってぐっとおとなの匂いです。 050:変 ● 今ごろは実のひとつくらい成してるか私の愛した唐変木は 066:消 ● 毒消しになればなったでつまらない山葵をおろすひとの舌先 073:額 ● あだ花のひとつでも良い咲けたなら額で睨む癖もやめるわ 075:続 ● 続くからずっとなぞって歩いてる煙草畑に落ちる夕陽と 078:携帯 ● その内に柘榴の火種いまさっき別れた人の携帯灰皿 088:食 ● 食べられぬ茸ばかりを愛で写すスケッチブックはお腹いっぱい 飛永さんのお歌のリズム、わたしにはとてもとても近しくて、 声に出して読むときも、どれもとても読みやすいのです。 たぶんきっと、作者とおなじ「ま」のとりかたで、 作者とおなじ速さの息づかいで、 読めているはずって思います。 そしていま、気がつきました。 飛永さんのお歌はどれも、説明がなくて、 ルビもふらず、まもあけず、 このことは、たぶんきっと 読み手を信じるということなのですね。 ルビもふらず、まもあけず、 それでも読み手はただしく読んでくれるはず、という 信頼感のようなもの。 みならいたいなと思うのでした。 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 040:おとうと ● おとうとのあさがおきょうもさかなくてひとりふいてるしょぼーん玉 あぁ。シャボン玉は、しょぼん玉。 ほんとうに。おっしゃるとぉり、そのとおり。 子どものころから、なんとはなしに しょぼんとした日のひとりあそびの代表でした。 あさがおきょうもさかなくて >>> そう。ちょぅど、 そのくらいの「しょぼん」にとても似合う気がする。 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 080:書 ● 訳本を書いた人の名うつくしい蓮池薫 大地に根ざす わたしも、ずーっと思っていました。 そのことが、 こんなにもまっすぐに とてもしぜんに詠まれていました。 ふと思ったことを、そのままに、 こんなふうに詠むのがきっとほんものの 短歌なんだよなぁ・・・なんて、 思うのでした。今さらながら。 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 081:洗濯 ● 魂の洗濯だねを聞きたくて母と野ばらを歌っています 百首の中に、いろいろなカラーをちりばめられていた飛永さん。 そのすべての歌の背景に、この一首がひろがりました。 飛永さんの百首をなんども読んだとき、 次々に浮かんできえる一首一首の映像があり、 でもその奥の背景画像は、かわらずに一枚の絵でできていて、 それが、 母と野ばらを歌う野原や青空の、ぱぁっとひろがる風景でした。 とても、とてもすきな一首でした。 おしまい。 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ たくさん転載させていただきました。 ありがとうございました。 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 飛永京さんの、読み応えたっぷりのホームページ 「ヴォゴン人の詠唱」は こちら です。 そして。 飛永京さんが、書きつづけてくださっている 題詠マラソン2005の感想ブログ「薔薇螺旋主義」は こちらです。 (不可思議な猫ちゃんたちの写真つき。) ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ ひるま、仕事にでるようになり、ここ、なかなか更新できません。 のんびりぼちぼちすすみます。 ぼちぼちー。
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