そよ日暮らし の そよふぉとノート
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2005年06月30日(木) |
【題詠マラソン2005】 [飛永 京 さんの百首より] |
占えばひとつ何かを見失うブルーデイジー膝が寒いよ 飛永京(086:占)
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題詠マラソン2005
飛永京(とびながきょう)さんも、過日完走されました。
以下、飛永さんの百首より、大好きなものを20首転載させていただきます。
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031:盗 ● 逆光を浴びて子犬が帰還する盗人草も誇らしく金
043:馬 ● 名にしおうシルクロードの馬友友(ヨーヨー・マ)長き指もて西へ東へ
045:パズル ● その先はもう埋めないで曼陀羅華パズルは少し残すのがいい
飛永さんの百首をならべて、 まずはじめに・・・と、さささぁーっと目を通した瞬間に、 飛び込んできた三首です。
歌意とか、背景などを掴むまえに、ひとめぼれした歌でした。 感覚的に、直感的に、圧倒的に、とても好きな歌でした。
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057:制服 ● トランプの兵隊さんの制服に四つ葉をみっけスパイだろうか
こんな視線にときめきました。
三十一文字のなかに、こんなにもゆたかなひとつの物語。
とてもとてもあこがれました。
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そして。兵隊さんだけではなくて、 飛永さんのお歌に登場する愛すべきお友だちのみなさんは、 どなたも、たいそう温みがあって、 たまらないのです。
なので、ここで愛すべき、風邪ひきさんや、パキラちゃん、 探偵さんや、こぎつねそしてコアラちゃん、ほか 一挙紹介しちゃぃます。
かわいらしさに惑わされそうになりますが、 歌の魅力はべつのところ。
視線が深くふくよかな飛永さんの独自の世界。 すてきなのです。
005:サラダ ● 睡蓮を風邪ひきさんの枕辺に 切り子のサラダボウルに浮かべ
010:線路 ● 手袋の指人形がすわってる線路の脇にすみれは群れて
035:禁 ● とろぉりと甘い泪のパキラちゃんそれは禁じ手ねばらないでよ
036:探偵 ● 猫の手のような探偵さんだから花園の鍵は見つからないまま
077:櫛 ● こぎつねが使っていったか柘植の櫛からみついてる柔らか栗毛
079:ぬいぐるみ ● 綿の実を食べるコアラのぬいぐるみ耳の先まで胃袋にして
039:紫 ● 紫陽花の地球儀ひとつくださいな海の深さを示したものを
100:マラソン ● 兎さん亀さん問わずマラソンのランナーたちに草冠を
100 マラソン >>> 草冠です。くさかんむり。
しろつめ草で編まれた白いくさかんむりを、うさぎもかめもいただいて、
なんてあかるいゴールの広場。
くさかんむりにかんむりょうです。
だいすきでした。
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さて次は、うってかわってぐっとおとなの匂いです。
050:変 ● 今ごろは実のひとつくらい成してるか私の愛した唐変木は
066:消 ● 毒消しになればなったでつまらない山葵をおろすひとの舌先
073:額 ● あだ花のひとつでも良い咲けたなら額で睨む癖もやめるわ
075:続 ● 続くからずっとなぞって歩いてる煙草畑に落ちる夕陽と
078:携帯 ● その内に柘榴の火種いまさっき別れた人の携帯灰皿
088:食 ● 食べられぬ茸ばかりを愛で写すスケッチブックはお腹いっぱい
飛永さんのお歌のリズム、わたしにはとてもとても近しくて、 声に出して読むときも、どれもとても読みやすいのです。
たぶんきっと、作者とおなじ「ま」のとりかたで、 作者とおなじ速さの息づかいで、 読めているはずって思います。
そしていま、気がつきました。 飛永さんのお歌はどれも、説明がなくて、 ルビもふらず、まもあけず、 このことは、たぶんきっと 読み手を信じるということなのですね。
ルビもふらず、まもあけず、 それでも読み手はただしく読んでくれるはず、という 信頼感のようなもの。
みならいたいなと思うのでした。
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040:おとうと ● おとうとのあさがおきょうもさかなくてひとりふいてるしょぼーん玉
あぁ。シャボン玉は、しょぼん玉。
ほんとうに。おっしゃるとぉり、そのとおり。
子どものころから、なんとはなしに しょぼんとした日のひとりあそびの代表でした。
あさがおきょうもさかなくて >>> そう。ちょぅど、 そのくらいの「しょぼん」にとても似合う気がする。
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080:書 ● 訳本を書いた人の名うつくしい蓮池薫 大地に根ざす
わたしも、ずーっと思っていました。
そのことが、 こんなにもまっすぐに とてもしぜんに詠まれていました。
ふと思ったことを、そのままに、 こんなふうに詠むのがきっとほんものの 短歌なんだよなぁ・・・なんて、 思うのでした。今さらながら。
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081:洗濯 ● 魂の洗濯だねを聞きたくて母と野ばらを歌っています
百首の中に、いろいろなカラーをちりばめられていた飛永さん。
そのすべての歌の背景に、この一首がひろがりました。
飛永さんの百首をなんども読んだとき、 次々に浮かんできえる一首一首の映像があり、 でもその奥の背景画像は、かわらずに一枚の絵でできていて、 それが、 母と野ばらを歌う野原や青空の、ぱぁっとひろがる風景でした。
とても、とてもすきな一首でした。
おしまい。
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たくさん転載させていただきました。
ありがとうございました。
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飛永京さんの、読み応えたっぷりのホームページ 「ヴォゴン人の詠唱」は こちら です。
そして。
飛永京さんが、書きつづけてくださっている 題詠マラソン2005の感想ブログ「薔薇螺旋主義」は こちらです。 (不可思議な猫ちゃんたちの写真つき。)
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ひるま、仕事にでるようになり、ここ、なかなか更新できません。
のんびりぼちぼちすすみます。
ぼちぼちー。
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