東京の片隅から
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EVカブが気になる。 しかし赤くないんだな。 と言ってみたら、赤カブは郵政カブ(本当はスズキのなんとかいうやつ)みたいだからだめだろ、と突っ込まれた。
すっかり休みボケしてしまった頭はなかなかエンジンがかからない。エンジンがかかっても空回りな感じ。しかしやらなければならないことはいろいろあるのだ。
船酔いの後遺症で胃が悪く、胃薬を飲む。初パンシロン。あまり効かない。
気がついたら、東京湾に入っていた。
帰宅する途中、出勤前の姉宅を襲撃し、鳴門金時を1箱置いてくる。
帰宅後、掃除、洗濯、弁当のおかずづくり。午後、実家におみやげを置きに行く。
明日から日常が始まる。
朝、空港そばの松茂バスターミナルに行き、土産を買う。松山でも買ったのだが、余分に買っておいた方がよいのではないかということになった。 普通の土産の他、鳴門金時やスダチやじゃこ天やらをいろいろ買い込む。自動車だから強気だ(笑)。 途中、モスバーガーで「チキン南蛮バーガー」の文字をまーさんが発見。知っていたが黙っていたのだが、ばれてしまっちゃあしょうがない。寄って買う。ソースは余分だなぁ・・・タルタルソースだけで満足だなぁ・・・という味。 せっかく徳島に来たのだから、と、ジャストシステム本社まで行って記念撮影。どんなんや。日亜化学も行けば良かったか。
そんなこんなでフェリーの集合時間が迫り、どんじりで到着。なんとか間に合って良かった。
往路よりも波が若干ある。遠くの波間で兎が跳ねている。普通の人なら酔わないくらいの揺れだが、疲れが溜まっていたらしい。胃薬と酔い止めを飲んで、吐く。夜明けまで浅い眠り。
祖谷渓を覗いてみよう、ということになった。まーさんは10年ほど前にバイクでツーリングしていて、そのときに行っている。 ずいぶん道が良くなっている、という。かずら橋の近くまで広い道が走り、大きな駐車場も出来ている。かずら橋はなんてことないもので、手を伸ばせば届きそうなところに車1台が通れるくらいの鉄橋があるから、なおさら「たいしたことない観」が漂ってしまい、損しているなぁと思う。 小便小僧の像がすごいところにあるんだよ、というので行ってみたが、大歩危の林道用の吊り橋の方が怖かった。川の水が少ないのであまり怖くなかったのかもしれない。
山道を走っていると、ときどきふわりといい香り。注意してみていたら、キンモクセイだった。あれは帰化?渡来?植物だから、山に自生しているわけもなく、誰かが植えたのだろう。日差しは強いが確かに秋なのだな、と思う。
山を下りてから、脇町に寄る。うだつの町並みでそこそこ有名らしい。鶴瓶がNHKの「家族に乾杯」でうろうろしていたなぁと思っていたら、一緒にうろうろした大杉漣さんがオデヲン座でコンサートをするらしく、ポスターが貼ってある。早速写真に撮って、妹にメールで送りつけたら「知名度は大丈夫か」と心配するメールが帰ってきた(笑)
夜、徳島に到着。骨付き鳥が食べたいというリクエストに応じて店に行くと、1時間後に予約が入っているのでそれまでなら、という条件で入店。猛烈な勢いで飲み食いする。
今日はしまなみ海道へ。 松山から海岸に沿ってのんびり走る。途中「太陽光発電所」の表示を見つけたので寄ってみたのだが、もう終了した実験施設で、パネルを設置していたらしき雰囲気だけ。残念。
本当はしまなみ海道で自転車に乗ろうと思っていたのだが、あまりの暑さに断念する。ちょこちょこと島を降りてみたり、伯方の塩の工場見学をしてみたり。伯方の塩の工場は伯方島ではなくて大三島にある。 こちらも潮が速い。島と海が入り組んでいて、こりゃあ海賊出放題だなぁと思う。
島に限らず、四国の道路を車で走っていると、突然断崖のような場所に集落があったりする。斜面に張り付くように家が点在し、当然自動車は上がれないから道路沿いに共同駐車場みたいな感じで注射スペースがある。場所によっては農業用モノレールも走っている。中には、かつて家があったらしき土台のそばに、墓だけが残っている。きちんと草が刈られている。彼岸明けだからか、花が供えてある。 夜、真っ暗な山の中にぽつんと明かりがある。人が住んでいる。
内子、大洲を経由して佐田岬まで。 内子はこぢんまりした町。旧街道沿いの一角に古い町並みが残り、それを利用して茶店やら喫茶店やら雑貨屋やらが並んでいる。平日なのであまり営業していない。その分、のんびりと歩く。 その町並みからちょっと外れたところに「内子座」という劇場がある。ちゃんと回り舞台もせりもある。役者を呼んで劇を上演できるくらい、当時は栄えていたのだなぁと思う。 内子の道の駅で「すし」を買う。外側はエボダイかなんかの酢締め、内側はショウガ・青ネギの入った甘いおから。口に含むと一気にほどけるというか崩壊する感じはなかなか斬新。甘くて酢が利いている結構はっきりした味は、私はむせてしまうのだけど、まーさんは気に入ったらしい。 大洲は、ちょっと期待はずれ。町の規模が内子より大きいせいなのか、整備が追いついていない感じ。
トンネルを抜けて、八幡浜を経由して、佐田岬へ向かう。途中、普通のガソリンスタンドに「じゃこてんあります 1枚30円」とか貼ってある。んーローカル。
今日は平日。女子高生のスカートがちゃんと膝丈で、靴下もルーズソックスじゃなくて、髪の毛も黒くて、ノーメイク。あぁすばらしい。すがすがしくていいなぁと思ってしまうあたりがすっかりおばちゃんなのであった。
佐田岬へ行く途中には原発も風力発電の風車もある。なんだか見学ツアーの趣になってしまったが、時間切れで広報センターは覗けず。風車はいろいろな会社のものがあって、どれが一番高効率なんだろうかと考えてみたりもする。 三崎港のそばで岬(はな)アジを食べる。以前海峡反対側の佐賀関でも食べたから、感動はイマイチ(苦笑)。漁協としてはこの時期ウニや貝に力を入れているみたいだったから、そっちでも良かったかな。 佐田岬灯台からは、九州が見える。こちらの三崎港とあちらの佐賀関を結ぶフェリーが沖を通る。そういえば福岡ナンバーや大分ナンバーのトラックとすれ違った。漁船が帰ってくる。灯台の横には、旧日本軍の砲台のあと。交通の要所だったのだな、と改めて思う。
そして今回も、シャッターを頼まれる。ひとりライダー、年は私とそうは違わない感じ。 デジカメは失敗したかどうかがすぐわかるから、便利だ。
夜、松山に戻って、道後温泉本館に行く。広い湯船は結構深いが、人だらけでゆっくりしにくい。
明け方に目が覚める。せっかくだからカメラ片手に船首へ。 同じことを考えている人たちは結構いるらしく、片手以上両手未満といったところ。もう日は上がってしまっていたが、写真を撮ってみる。ターナーの絵画のような朝日だ。 海は今日もべたなぎ。波に朝日が反射して、厚いガラスを割ってしまったときの切り口を思い出す。 船の波に驚いてトビウオが飛ぶ。流星群を見ているときのように、いつ飛ぶかと水面を眺める。
潮岬が見える。昔南端フェスティヴァルというものがあった。キヨシローと、せっちゃんと、デイリーさん。行けば良かったのかな、と、今更ながらに思う。
午前中、徳島に到着。
せっかくだから、と鳴門の渦潮を見に行く。観潮船を待つ間、船着き場から入り江を覗き込む。なんだかよくわからない小さな魚の群、アオリイカ、蟹。 ちょうど干潮の時間。水面に段差が出来るくらい潮が流れている。川のようだ。小さな漁船はなかなか乗り越えられない。
松山まで走る。落書きのような適当な姿の山が平野の中にぼこぼこと生えている。聞いてはいたが、本当に山が近い。しかも道路に覆い被さるように迫ってくるような印象を受ける。まだ山の緑が濃いこともあって、緑の大波に飲み込まれるような感じ。
途中、四国中央市を通る。来月此処でライヴがあるんだよな、と思う。
夕暮れ、松山着。
フェリーで四国に行った。 夕方、有明のフェリー埠頭へ向かう。時間が妙に余ってしまったので、ららぽーと豊洲を覗く。作り手の自己満足感溢れるわかりにくい建物をある意味満喫。親子連れが溢れていたのでなんだろうと思ったのだが、キッザニアの入場待ちの列だったらしい。まだそんなに人気があるのか。
有明のフェリーターミナルは国際展示場のすぐそばで、ただ、倉庫街の奥なので用事がある人以外は来ない。私たちが利用する船会社以外は撤退してしまったので、まだそれほど古くない建物の中は薄暗く閑散としている。わびしい感じが漂う。 それでも、集合時間近くになると人が集まり始め、どうやら今日は東京まで遠征に来ていたらしい体育会の学生集団もいるようで、それなりににぎやかに。
客船とはいっても、主役は貨物であって、私たちはおまけのようなもの。船倉に車を入れて降りてみたら、小倉まで運ぶらしきローバーミニの集団がこっちを見ている。スバル360も。
デッキに上がるまでにいきなり転び、腿に大きな青あざが。腫れた。
船というのは以外と早く進むものだなぁと思う。海はべたなぎ。陸の明かりが遠くに見えていたが、外洋に出るとそれも見えなくなる。代わりに行き交う貨物船の明かり。
船には風呂がある。結構深いが、真水だ。ちょっとした贅沢。 食事は時間を決めて讃岐うどんのコーナーが開設される。素うどん200円、かきあげうどんときつねうどんは300円。安いし、旨い。そのほかの冷凍食品やラーメンも、コンビニで買うのと同じくらいか、もしくはそれよりも安い。カップヌードル100円は今時貴重だ。1000円高速に押されて経営が厳しいらしいご時世、なんだか申し訳ない感じがする。
早々に就寝。
家の車を改造する。 もともと中に棚を作るつもりだったのだが、まーさんが親にその計画を漏らしたところ、後部座席を勝手に外してしまった。いや、それは違法だから、と注意して、元に戻してもらう。ところが、こんどは勝手に棚を作った。しかも合板の切り口をガムテープでマスキングしてある。 あんまりな出来だがやたら丈夫に作ってあるので解体もしづらく、クッションシートを買ってきて覆えばそれなりの見てくれになるので、コレはこのまま使うこととなった。
トラックの運転手を長いことしていた割には、車検のこととか全く理解していないのはなぜだろう。というか、そもそも自分名義でないものをそこまでいじくり回せる無神経さに唖然とする。溜息が出る。
私が義父にいらつくのは、自分は専門だから詳しいのだと言い張る事柄に対して実は詳しくないこと、善意でやっているのだがそれが余計なお節介というかむしろ妨害にしかなっていないこと、あり合わせのものでやろうとした結果できあがりがみすぼらしくなってしまう美的感覚のなさ、精神領域や物理的領域を含めて自分と他人との区別がついていないこと、そういうところにあるのだと言うことがだんだんわかってきた。 そういうことに対して五月蠅くて面倒くさいからとスルーして30年修正しなかった義母も一心同体なのか。
栗ごはんを炊く。今年もこんな季節になったんだなぁと思うが、栗が出回るのがやや早い感じもする。 水加減を失敗して、餅米を入れて炊いたにも関わらず、なんだかちょっと固めのできあがりになってしまった。年に1度くらいしか作らないものだから仕方ないのだと自分に言い訳をする。 うーんでも反省。もう一回作ってしまうかも。
秋の味覚といえば、サバなのだが、近所のスーパーにはサバが入らない。鮮度が悪いなら諦めもつくが、そもそも入荷しないのである。それとも昼間には入っていて、私が寄るような19時過ぎには売り切れているのかもしれない。 こうなると、以前の住所の近所にいい魚屋があったのはつくづく恵まれていたのだと思う。自分でシメサバを作れない生活なんて、なぁ。
洗濯とか掃除とか、旅行前に家のことを片づける。冷蔵庫の中が意外と片づかなさそうで、これは義父母にヘルプを頼むかも。
同時進行で、薫製づくり。外にスモーク缶を出して、豚もも肉ブロックとゆで卵、6Pチーズ、魚肉ソーセージを薫製。前回はバラブロックだったのと時間をかけ過ぎてクドくなったので、時間も短めにしてみた。 バラだとくどいので、モモくらいの方が自分にはちょうどいい。 できあがったものを持って台所に置いておいたら、犬が周りをうろうろしていた。ニオイが気になるらしい。塩分が濃いので、これは人間専用である。
部署の暑気払い。今回は幹事。なぜすっかり秋になった今頃か、というと、この日しかメンツが揃わなかったからである。出張や外勤が多い部署でさらに入院が重なり、もうこの日しか開いていない状況となった次第。本当は今晩のフェリーに乗りたかったなぁ、とちょっと思うのであった。
魚ものを謳った店だが、なぜかコースメニューにサンマの姿はなく、コレはコースにしたのは失敗だったかも、とちょっと思う。メニューの順番も後半焼酎やら日本酒やらになってからくどいものが出てくる。出る順番が逆でも良かったなぁ。 なぜか日本酒1合で頭痛になり、あまり飲まなかった。調子が悪いらしい。
紅白まんじゅうをもらった。 お祝いのお裾分けなのだが、イマドキ紅白まんじゅうというベタなものをくれるところもそうそうないだろうとなんだか可笑しい。甘いものを食べなさそうなひとり暮らしの後輩なんかは困るだろうなぁとちょっと思う。 週末にでも食べることにしよう。
会社帰りにライヴ。 渋谷は相変わらず人だらけだが、今までそういうものがなかった場所に風俗店の無料紹介所や客引きなどが増えた印象。道玄坂の表通りにそういうものができるとは。歌舞伎町化している。いや、靖国通りで区切られている分、歌舞伎町の方がまだマシだ。そういう店舗でしかテナントを埋められないと言うことは、不景気なのだなぁと思う。
ライヴはとても良かった。自分のコンディションに一番合ったキーで歌うというのは、歌い手にもストレスが溜まらないのかもしれないな、と思う。キーは年齢によって変化するものだし、発表当時の形にこだわるのも酷なのかもしれない。キャリアの長い他のバンドや個人はどうなのだろうか。最初から無理のないキーで作っているのか。 少し低くなったキーは、エレキ弾き語りというこの日のスタイルにも合っていたし、曲の別の顔が見えて、新鮮だった。
インスタントコーヒー、詰め替えパック+空瓶のほうが、詰め替えパック単品より安いのはどういう訳だ。キャンペーンだったら詰め替えパックの方が安くなるはず。 「瓶はいらないんだよなー」と言いながらセットを片手に売り場で独り言。 「そうよねぇ、空き瓶ばっかり溜まっちゃって困るのよねぇ」 まさか独り言に返事があるとは思ってもいなかったので相当吃驚したのだが、返事の主は60前くらいのおばちゃんで、二人して瓶はいらないんだけど、とこぼしあう。 結局二人とも買わずにその場を離れた。
近くで別のものを見ていたまーさんに「なんで普通に会話してるの?」とあとで訊かれたのだが、・・・慣れですよ慣れ。こちとら商店街育ちですから。
香山リカ「しがみつかない生き方」を本屋でざっと立ち読み。エッセイをまとめたような雰囲気で、一つの章が短いので読みやすい。 内容は至極まっとうなことで、10代から20代の初めまでにさんざんじたばたして自分が導き出した結論とあまり違わないように思った。 理想は理想、現実は現実。
昨日の影響で、一日足が腫れている。水ぶくれが一つ。一つで済んだのは幸運。
昨日パーティーに出て、そのあとコムサカフェで後輩とお茶して、ライヴまでの時間をデパート(といってもほとんど新宿のジュンク堂なんだけどさ←本屋じゃん)で暇つぶしして、何年かぶりに伊勢丹を覗いて、なんかなぁ、ファッション欲がちょっと出てきた。 いつまでもバンドTシャツ+半袖シャツ羽織って+チノパン+スニーカーじゃ良くないな、もう30過ぎだし。
「ちょっとしたパーティー」本番である。雨が降ったりやんだりという、なんでよりにもよってこんな日に、という感じ。 髪がまとまらないので、結局ひっつめて団子という、まったくもって地味な感じ。スタッフみたいである。せめて口紅は赤みの強いもの。
人身事故で電車が止まったりしてあわや遅刻寸前になりかけたりしたものの、パーティー自体はつつがなく終了。先生は相変わらずだし、久しぶりに合う後輩は相変わらず面白かった。私の上の学年が3年ほど来ていないのが気になったりもする。私は一人学年だったので私しか出ようがないのだが、6人も7人も8人もいて全員が地方在住だったり子育てで手が離せなかったり土日出勤だったり実家ごと引っ越して音信不通だったりするわけでもないだろうにな、と思う。それとも先輩たちにとってはその程度のことだったのだろうか。「同期だったら友達でしょ」と言っていたのは青春のマボロシだったとしても。毎回稽古前に胃薬を飲んで肩も腰もぼろぼろにして、100%楽しかったわけではない部活だったけど、でも、なぁ。やっぱり会ってみたいわけだ。マゾなのか。
久しぶりのヒールで脚に激痛。骨がミシミシする。パーティー後のライヴハウスで靴を脱いだらすっかりむくんで靴が履けなくなり、つっかけてぺたぺた歩いて帰る。普段の倍、時間がかかった。
久しぶりにデパートに寄る。普段の生活ではあまりお目にかかれないオサレな人がぞろぞろ。ファッションはこういうところで回っているのだなぁと思う。 明日の「ちょっとしたパーティー」のスーツにインナーを買い足すつもりで、そのスーツを買ったコーナーへ行き、店員さんに訳を話し、一緒に選んでもらう。金ラメの入ったベージュのカットソーという、あれこれ悩んだわりにはつまらないものを選んだ感じもあるが、まぁそれはそれ。 スーツ含めて全体的に自分の「ガラ」じゃない感はあるのだけど、スーツを買ったときはこういうびしっとした格好をしたかったときだし(今はそうじゃない、もうちょっとユルイ気分)普段ちゃんとした格好をしていないから余計「服に着られている」感が強いのだと、無理矢理自分を納得させる。 明日は雨だしな。
2009年09月10日(木) |
ALL MY LOVING |
朝からビートルズの「ALL MY LOVING」が頭の中をぐるぐる回っている。日曜日に見たテレビのせいだ。コーラスもさることながらベースか何かのぼんぼんいう音が好きなのであった。 聞きたくても手元にあるビートルズ関連のCDは「1」しかないという体たらく、それには収録されていないので、ひたすら頭の中で再生している。今度出たリマスター版も気になるのだが積ん読ならぬ積ん聴になるのが目に見えているので、手を伸ばすのに躊躇する。 あーでもそのうちこっそり買ってしまうかも。
ぞろ目の日だ。 大学の近くにあったラーメン屋を思い出す。ぞろ目の日はなにがしかラーメンが半額になるのであった。それはもやしラーメンであったり高菜ラーメンであったりするのだが、何度か食べに行った。一人で。ただの中華屋にしては珍しく、青島ビールが置いてあるのであった。 卒業後何年かして大学に行く機会があったときに前を通ってみたのだが、その店はなくなっていた。 そんな話をしていたら、西武線沿線に住んでいる後輩が、「そういえば今日SLが走るって吊り広告にありました」と行った。山口線か秩父線だろう。ぞろ目とSLが頭の中でしばらく結びつかなくて、それが「銀河鉄道999」のことだと気がつくのにしばらく時間がかかった。だいぶヤキが回ったようだ。
川上弘美「此処 彼処」読了。読了と言うほど大げさなものではなく、エッセイ集だからどこから読んでもいいのであり、何となく鞄の中で無限ループしそうな気配。 新聞連載時に読んでいるのだが、私の霞がかかった頭では何度読んでも新鮮なので、別に構わないのであった。 息子に「うまい棒」を買ってやる話を読んで、あぁこの人はやはり「男の子のお母さん」なのだなぁと思った。男の子のお母さんには、少女性を残したままオトナになった人が多いような気がする。子どもの頃習っていたピアノの先生もそうだった。
夏の服と秋の服が入り交じる電車の中。一人完璧な秋の装いの女性。 ちょっと凝ったカッティングの黒いカットソー、今シーズンものであろう(まだ皺のない)紫のマーメイドスカート、下品にならない細かさの黒の網タイツ。鞄はたぶんボッテガ・ヴェネタ、渋いゴールドで靴も同色。アクセサリーもモノトーンで揃えて、どこかの雑誌から切り取ってきたような完璧なコーディネート。 しかも退社前に化粧直しも済ませていると見た。 うーんここまできっちり揃えた人は久しぶりに見るなあと思った。 のだが、つり革を持つ彼女の左手に輝くブルガリの腕時計の脇にはなぜかマイメロディのシールが。 絆創膏ではなかった。
スイカのチャージ残額が\3,333-。 何となく数字が変わってしまうのが惜しくて、普段ならスイカで買い物をするキオスクも、現金で支払っている。
ソフトバンクの「お父さんスリッパ」の箱を大事そうに抱えて歩くサラリーマン風のおっちゃんを発見。 でも家に帰るとすかさず家族に取り上げられちゃうんだろうなぁ、と思うのであった。
最近ちょっと気になっていた「しがみつかない生き方」(香山リカ著)の宣伝コピー。
1.恋愛にすべてを捧げない 2.自慢・自己PRをしない 3.すぐに白黒つけない 4.老・病・死で落ち込まない 5.すぐに水に流さない 6.仕事に夢をもとめない 7.子どもにしがみつかない 8.お金にしがみつかない 9.生まれた意味を問わない 10.“勝間和代”を目指さない
これが出来たら楽だろうなぁと思いつつ、10.に笑ってしまう。 あの生き方はバブル均等法世代の生き方で、あんなに鼻息荒く生きるのはそれはそれでしんどそうだなぁ、と思っていたところ。あの世代において女性が4年制大学の社会科学系に進学することを経済的にも家庭的にも許されるのって、結構日本全国同世代の中ではまだ少数派だと思うのだね。どこかの大学の宣伝コピーで「最近経済系女子が増えている」みたいなのを読んだから、最近でも多数派ではないのかも。 まぁそれはともかく、1.とか3.とか9.とかは10代でぐだぐだ悩んでいるうちに自ずから出てくる答えだと思う。それを実践できるかどうかが難しいところだ。6.は就職活動をしているうちに導き出された。7.は子どもがいないから今のところ無関係。5.はしつこい性格だからなぁ(苦笑)いつまでも悩んだりするし。4.は難しいよ、順番にお迎えが来るならともかく。だいぶ吹っ切れてきたけど。8.はないよりあった方がいいけど、という感じ。全然ないとそれはそれで不安だけど、今は働いているから、毎月なにがしか入ってくる。それがわかってからはちょっと安心できるようになった。 一番難しいのは2.だ。これがどうでもいいならこんな日記なんて書いていない。アクセス履歴を見る機能も一応付いているけど、気が向いたときにしか見ていない。とは言っても世界中からアクセスできるインターネット空間にあれこれ書いている以上、どこかで誰かが見ているわけだし、誰かに見られることを期待しているわけだ。そこらへんの矛盾は今後も解消されないだろう。 悟りへの道のりは遠い。
2009年09月04日(金) |
侵入社員ネコタネコゾウ |
仕事中に息抜きと称して、隣の空き地を眺めていたら、猫が妙な動きをしている。草むらの中でビョンビョン跳ねているのだ。どうも、バッタか何かと格闘していたらしい。まさかここから一部始終を見られているとは気づいていないだろうなぁと思いながらコーヒー休憩。
仕事が終わって出勤札を返しに行ったら、通用口の向こうから何かの気配が。普段は閉めている通用口の引き戸が50cmくらい開いていて、さっきの猫が覗いていた。まさに一歩二歩建物の中に入りかけたところに私が登場、目が合ったらダッシュで逃げていった。ちょっと追いかけてみた。 誰だか知らないけど、あとでセコムがややこしいことになるからちゃんと閉めてくれよ。
2009年09月03日(木) |
東京の街に出てきました |
帰りの電車。発車を待っている中、体格のいい、といっても筋肉はついていない若者が大きな荷物を持って乗ってくる。 あぁ、君がボストンバックを乱暴に置いたそっち側はしばらくホーム側のドアだよ、と思ったのだが、彼がその場所に陣取ったのは訳があるらしかった。 近くに立っている初老の男性に絡み始める。どうやらさっきのホームで肩だか荷物だかが当たったらしい。それについてねちねちと関西弁で絡む。当然初老の男性は適当に聞き流す。 そのうちに若者の降りる駅が来て、結局彼の絡みはなんの成果も得られぬまま下車する羽目になったのだが、彼の関西的感性のまま東京で暮らすとさぞかしストレスが溜まるだろうなぁと同情すら感じるのであった。
「フリーター、家を買う」を本屋立ち読みで読了。40分くらいか。作者の人すみません。面白いけど、ハードカバーで買って何度も読み返すかと言われるとちょっとわからない。 わからないといえばおまえにこの主人公の立場がわかるのかと言われれば、たぶんわからない。就職氷河期に就職した者にとっては、何となく合わないからといって次の就職先も決まらぬまま3箇月で最初の就職先を辞めるという発想は「たぶん」ない。その違いが男女差なのか世代差なのか環境の差なのかよくわからないのだが。 主人公に感情移入は出来ないものの、読み物としては面白かった。これは就職物語でもなく恋愛桃語りでもなく成長物語というか、親離れの物語なのだろうな。
本当に台風が来たなぁと思った昨日。今日はうってかわって暑い。会社につく頃には汗だく。 月初めだからなのか、上半期最終月だからなのか、それとも単なる偶然か、一日バタバタ。
帰りに電車の窓から外を見ていて、ずいぶん日が暮れるのが早くなったなぁと思う。
そろそろちゃんとした服を着なきゃな、とふと思うのだが、その前に通勤用のスニーカーを買い直さねば。中身も外見もあらゆるものが中途半端だ。ちょっと自己嫌悪。
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