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■ 灼熱の渋滞
朝4時起床。
しかしすでに外はほんのり明るくなっていた。 とっても眠いのだが、早々に準備を終え、 兄貴の家(実家)に向かい、姪っ子を迎えに行く。
早朝だというのに、車が結構要るのにびっくり。 渋滞はしていなかったが、兄貴の家まで、 普段と同じく30分程かかってしまった。
5時40分出発。 バイパスにのり首都高へ向かう。 料金所のところで、すこし詰まっていたが、 順調に進んでいった。
途中三郷へ向かう途中渋滞になっていたが、 これは予想通りであった。
常磐道に乗り。 これで渋滞も無いだろうと思っていたのだが、 前方の電光掲示板に”事故渋滞17Km”となっていた。 まあ17Kmぐらいならと思っていたのだが、 これが大変なことになろうとは思ってもいなかった。
常磐道にのってしばらくすると、渋滞開始。 しゃーないと思ってたのだが、 なんとピクリとも動かないではないですか!!
一時間以上も経つのに、一向に渋滞が解消される気配はなく。 事故現場に着かない。 外は炎天下で、窓ガラスは熱したように熱くなっていた。 絶対に目玉焼きできちゃうぐらいだった。
その後、姪っ子がトイレに行きたいということだ。 しかし、ちょっとずつしか動かない中、 姪っ子も限界に近づいてきたようだ。
やっと視界にPAの案内が目に入った。 あと3kmと言うのになかなか到着できないでいた。 姪っ子が一生懸命我慢しているのが、 分かったので、違反と分かっているのだが、 路肩を走ることにした。
しかし、路肩まで詰まってしまった。 P.A.まで後50mのところで、 降りて行ったほうが早いと判断。 かみさんに姪っ子の付き添いで行ってもらう事にした。
10分ほどして、やっと車を停めトイレに向かうと、 女子トイレの鬼のような列が続いていた。
姪っ子は済ましていたのだが、 かみさんはまだなようなので、 男子トイレに行く事を勧めた。
トイレ休憩を終え、 再び渋滞の中へ・・・。
さらに30分程してやっと渋滞を抜けた。 事故現場は500mほどにわたっていた。 それほど事故がひどかったようだ。 全然動かなかったのはどうやら、 ほぼ通行止め状態だったようだ。
後で聞いた話だが、やっぱり死んだ人がいたようである。
渋滞を抜けた後は、順調にすすみ、 11時半ごろ到着。 普段は遅くても3時間ほどで到着するのだが、 今回は、6時間もかかってしまった。
散々な日だった。
2002年08月10日(土)
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