昨日までの時点で、あたくし宛に送られてきた、喪中葉書(他、その報せ)は全部で4件になった。 毎年、自分自身の分として40〜50枚ほどの年賀状を出しているのだけれど、 換算すると1割にあたる人々から、このような訃報が届いている。
さすがに、ご両親が亡くなられたというのはないが、御祖父母様が亡くなられたというのが多い。 ご両親すら、不慮の事故や御病気で亡くされる方々も珍しくはないが、 今年に限っては、そのようなことは周囲ではなかった。 あたくしらの年代の祖父母というと、若くても80代前後の人たちが多くて、 平均寿命を全うした上で亡くなる方々・・・・という表現が最も相応しく、お身内の方は 悲しみも一入だろうと思えど、きちんと天寿を全うして旅立っていかれた肉親に対し、 長生きできてよかった・・・・というニュアンスが多い気がする。
日本が大揺れに揺れていた時代を駆け抜け、今の時代を打ち立てた、賞賛すべき人々の訃報は、 肉親でなくとも少し物悲しい気分になるものだけど、 御本人の子供や孫、大勢に看取られながら、逝去された方々は、 それはそれで幸せな最期だったのかもしれない。
葉書をくれた方々には、新年のご挨拶を控えなければならないが、 違った形で御挨拶状を出そうと思っている。 それは毎年していることで、作る年賀状に、「おめでとうございます」を入れずに賀状とする。 その雛形に、手書きで、それぞれに向けた挨拶を入れるようにしている。 今年はあまりお金をかけずに、DMめいたタイプにして、 お知らせのなかった方々には、賀状にそれを印刷し、 お知らせのあった方々には、普通の葉書に印刷し、松の明けた頃に発送しようと思っている。 年に一度の達者の報せ。 それぞれの方に、それぞれの形でお送りしようと思う。
あの人は自ら命を断たれたわけだけど、あれからもう丸6年経つわけで、 その6年の間に、あたくしにも色んなことがあった。 先生が亡くなってからも、舞台はやめなかったし、新しいメディアにも触れた。 こうしてPCを使うようになり、表現媒体を広げるに至ったのも、先生とのお別れの後だった。 前にも書いたけれど、楽しいばかりじゃないし、苦しいばかりでもない。 そういう起伏の中で、自分は自分らしく生きていくんだ・・・・ということを先生は教えてくれた。 先生はもういないけれど、教えてもらったことは忘れないつもり。 それが、先生の七回忌にあたっての、あたくしからの改めてのお悔やみでもある。
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