でも、どうしてか「完璧」を求めたがっている自分のことが気になったりします。
今日は、名古屋市の某作業所「ゆいま〜る」の新年会で、
再度、クラチマンに会ってきたのだけど、そのことを大いに考えさせられた。
尤も・・・・。
クラチマンは挑発大好き人間。
でも、この挑発をいちいち全部聞き入れていたら、
病気が悪化するかもな・・・・と気づいてしまったのだ。
適当なところで往なして、構想だけはきちんと立てて、
喧嘩上等なところまで自分を持っていってからでないと、
ハンパなことをしていると、唯一の趣味である「モノカキ」の領域に
邪魔が入ってしまう可能性があるので、
あたくしは、必要以上に警戒していました。
クラチマンの発想は、
あたくしの貧相なそれとは比べ物にならないくらいに豊かで奇抜だ。
本日、挑発された内容は
�〇羲乃錣鮑遒蹐Β�
�▲潺紂璽献�ルの本を作ろう♪
��っていうか、「ゆいまーる」という言葉から連想される何かを創るのだ( ̄^ ̄)
今更、「紙芝居」というメディアに目をつけているのは素直に見えるけれど
実は奇抜だ。
1人芝居よりも簡単でとっつきやすいけれど、
構成やコンテにはえらい時間がかかるし、
いざ朗読・・・・の段になったら、岸田今日子以上の実力が必要だ。
いつも、何度でも(♪よんでいる〜 胸の〜ど〜こかお〜くで〜♪)。
クラチマンは、あたくしに要は筋書きとコンテを要求した。
ちくしょぉ・・・・(-。-) ボソッ
コンテなんて、描けねぇよ。
苦手なんだよ・・・・(-。-) ボソッ
最初は芝居の本だったのに、どうしてこうなっちゃうわけよ?(トホホ)
でも、彼の言うことは尤もなわけ。
どんな媒体に移し変えても、面白いものは面白いし、
光るものがあればそれを引き出せば良い。
99%駄作だと思っても、残りの1%に賭けるだけの価値は何にでもある。
そのためには喧嘩は絶対必要。
モノを創るとは、そういうことだ。
前の3行については、あたくしにとっては未知の領域だし、
光るものがどういったモノなのか、はっきりいってわからない。
あたくしの中に光るものが存在するのかどうかもわからない。
だけど終わりの2行については全く同感だ。
最近、あたくしをとりまく痴呆な人種のおかげで、あたくしの中で
「喧嘩は絶対に必要」と、繰り返し咀嚼してきたことでもあったので、
それだけは、100%同感できた。
少なくとも、全力で挑むには喧嘩は必要だし、
どうしたって、上を向き続けているのだから、「完璧」を求めたくなるのも必然。
でも・・・・「完璧」って何なんだろう。
メディアをころころと変えてもガンと存在感をアピールすることが出来るテーマは
極々限られてきているし、
たとえ、それに時流が合っていて、ニーズもあるとしても
そういったものを創作するのには、時間・労力・金・神経に負担がかかって然り。
そうやって時間を犠牲にしていると、ニーズだとか時流だとかが消滅してしまう。
挑発戦隊クラチマンの瞬発力とスピードはいつだって超人並み。
休んでいたあたくしがついていけるかどうかは、不思議なところ。
ただ、挑発されているということは
見捨てられていないということでもあり、それはそれでありがたい。
けれど、挑発の結果に生産したものが、見捨てられると
それはそれで、かなりキツい。
っていうか、連日、不安発作で名古屋まで出向くことすら無理かも(爆)。
(そうなると、喧嘩もできねぇ( ̄∇ ̄;))
「完璧」なものなど存在しないのに、それを求めなければならない性って、
結構、しんどいね。
願わくば、少なくともクラチマンが一創作者として、
あたくしと喧嘩してくれれば、あたくしは何も言う事はない。
最近、遊んでなくて(モノ作りは遊び)、喧嘩していないあたくしは
その相手に恵まれることで、きっと幸せ。