| 2001年11月24日(土)
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月日は百代の過客にして |
芭蕉といえば、あたくしが今住んでいる「大垣」も ゆかりの地と言えるでしょう。 句を嗜まないあたくしも、芭蕉が「奥の細道」の結びとして、 この地で、最後の句を詠んだ事くらいは知っています。
蛤のふたみにわかれ行秋ぞ
蛤というと、この地より水門川で下った先にある、桑名が有名ですけど、 大垣でこの句を詠んだというのは、 現地の人間としてみれば、また違った味わいのある面白さがあったりと すっかり気分は文芸人です(笑)。
さて・・・・・。 本日の表題は、その「奥の細道」の巻頭。 「月日は永遠の旅人」・・・・などと口語訳される。 確かにねぇ・・・・。 永遠の旅人なんて、なかなかロマンチックなことを言うじゃん。>ばしょー
あたくしにとって、月日の流れを一番顕著に感じることといえば、 自分の髪である。 大体、人間の髪というのは、1年におよそ12〜15センチ弱伸びる。 あたくしは、15才の冬から20才の冬にかけて、約5年間 一心不乱に髪を伸ばし続けた。 高校を卒業する頃には、ちょくちょく毛先を揃えてはいたものの、 背中を全て覆う長さになり、 バッサリといく直前は、ヒップラインまでその毛先は到達していた。 よく人に、
「トイレ行く時にどうするの?」
「シャンプーする時はどうやってるの?」
などと質問されたが、 肩先を超えて、「ロングヘア」と呼ばれる人たちと然程変わらないと思ったので そのように答えておいた。
どうして、そんな風にして髪を伸ばし続けたかというと、 まぁ、それにもいくつかの理由みたいなモノがないこともなかった。
�,△燭�しの脳みそが忘れてしまっても、身体のどこかに当時の記憶を留めておく為 �▲錺鵐譽鵐哀垢箸いθ鰻燭�、当時流行っていた。 ��女性のセックスシンボルをアピールしたかったため �と�容院代を節約するため(これがまず一番の理由だったが)
あたくしの長い長い黒髪は、 高校の校舎でも大学のキャンパスの中でも目立った。 ストレートパーマや、カラーリング、ブリーチも一切していない 傷みの少ない長い髪は、男性ではなく、女性の目を惹いた。 ある種の「憧憬」として。
実は、1度伸ばしてしまえば、ショートカットよりも 日々の手入れもラクで、美容院の回数も少なくて済む 根っからグータラなあたくしには ロングヘアがピッタリなのでございます。
あんなに長い髪を蓄えるには、相当の苦労が伴なうんだろうなぁ・・・・ そんな周囲の好奇の目を恣に、当のあたくしは 安穏と暮らしていたのであります。
成人式からおよそ1年後、ぷっつりと髪を切った。 が、肩先くらいでとどめておいた。 それでも、理由�,砲△燭詆�分においては、 5年間という月日で、しっかりとした記憶が脳みそに焼きついたと自覚したので 切りおとす、というのもそんなに辛い儀式ではなかった。
1年半前、あたしの髪に鋏を入れた、1人の美容師がいる。 姉である。 長さは、一束に結べる限界までは残してくれと注文したものの、 形に関しては、彼女に一任した。 きっと彼女なら、あたくしに似合う形を創り出してくれると、信頼したからだ。 結果、あたくしが、今までに経験したことのない髪型になった。
それをベースに、今の髪をしている。 切ってもらってから、1度、謀反を起こしたくなって、髪を全部金髪にした。 それから、色を入れた。 その昔あたくしが持っていたはずの黒髪の片鱗は、 今や、どこにもない。
1年半前に彼女のした仕事を、なるべくならそのまま残しておきたくて、 形を変えないで、少しだけ切ってくれと、 別の美容師に頼んだこともあった。 新しく、「なくしたくない記憶」ができたから。
また彼女には仕事をさせなければならない。 この髪を、彼女の手で持って創り上げてもらわねばならない。 月日が永遠の旅人なら、 あたくしたちも、またそうである。 人が羨むようなモチーフがここにいるのだぞ、と 彼女の前に「あたくし」という素材を突き出してやりたい気分でいっぱいなのだ。
彼女の手によって変身したあたくしは、 また俗世に戻って頑張れる。 流れる「旅人」という名の月日をものともせず 頑張れる気がするのである。
遠い戦地で戦う姉を、 やはり戦地にいるあたくしは想い、厭い、 早く復活して、本当の戦場に出てこいと願う。
そして、自らも、早く本当の戦場へと赴かねばと 心を逸らせるのである。
月日は百代の過客・・・・という呑気な表題をすっかり忘れきっている感も否めず 本日、これにて。
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