つらつら - 2009年11月05日(木) 今日も何だか内面デトックスな感じの日でした。 ここ1週間弱、自分にあるネガティブを浄化の炎で焼ききる、ってイメージをしていて、だから表面化しているんだろうなーと思っていました。 わたしは今日まで、ゴーッと音を立てるバーナーの炎で一気に焼き尽くすイメージで行っていました。 やった!わたしはやったぞ!焼き尽くしたぞ!という感じがします。 でも、なんとなく、「あれ?ちょっと待てよ」と思ったのでした。 そのイメージしている浄化の炎って、わたしに合っていると思う?と。 なんとなく、もやもや。 このもやもやエネルギーが、ネガの表現に繋がってはないのか?と思ったのでした。 現実に起こっている現象、それを、内部から出てきたネガの表現、と認識していいんかなあ。 そうしたら、ネガの表現を喜んでいる感じで。 もちろん喜ぶのは内部から表面に出して浄化できた、ってことに対してのことだけど、ネガの表現もただ単に表現であるだけなのに、パブロフの犬じゃないけど「これがないと浄化した気がしない」みたいに感じるようになるのは避けたいなあ、わたしの場合はいつのまにか目的が摩り替わってしまうこともありえなくないよなあ、と思いまして。 ということで、少しイメージの形を変えてみることにしました。 蜜蝋ろうそくの温かな炎が目の前にあることをイメージし、その炎から感じられる、やわらかい温かみのある感覚で浄化、というイメージに変えました。 実際、蜜蝋ろうそくに火を灯すと、とても心地よい空気になるし、炎を見つめているととても穏やかな気持ちになります。 だから、「そうやってここちよく感じられる状態のわたし」でいられれば、ネガちゃんに振り回されるなんてことはありえないわけで。 大体、ここちよく感じられる状態であれるならば、自分の中にネガがいようがいまいがどうでもよいや、っても思いました。 ネガちゃんが表現しようが、ああネガちゃんだね…、って見てるだけみたいな感覚。 ネガちゃんが好きでも嫌いでもない、全部の中の一部なだけだって、思うだけみたいな。 うんうん。これこれ。 ということで、イメージを変化させてみました。 さあ、現象化はどう影響するかな、という実験くん。 ...
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