愛してくれ、なんて口が裂けても謂は無い。
 其れが僕と母に共通する意地だつた。
 僕達が殘した最後の砦、自尊心の城壁を打ち壞しながら日々生きる僕らが何とか守り拔いた最後の拘りが其れだつた。

 最初に母が死ぬ事を豫期したのは何時だつたのか、僕は憶へてゐない。
 彼女が血を吐いて頻繁に倒れる樣になる前に、もうそろゝゝかも知れ無いと思つた事は憶へて居る。だが、其の時期が詳しく思ひ出せ無い。

 「もうそろゝゝ逝くかも知れ無い」
 何度もさう謂はれながらも彼女は生き續けた。
 もうそろゝゝ苦しまずに逝つても良いのでは無いか、從兄が僕に告げた其の意見は僕のものとは全く違つてゐた。
 苦しくても誰かが望む限り生き續けなければならぬ。母が教へた其の教へを僕は受け繼いでしまつており、實行してしまつてゐるからだ。

 「次は駄目かも知れ無い」
 此の言葉を僕が思つた半年後に父は逝つた。だが、此の言葉は母には當て嵌まつて欲しく無い。

 苦しくても生き續けておくれ、と彼女程苦しんでもゐないくせに僕は今も勝手に想ふのだ。
2003年07月03日(木)
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