ブルーカラーの労働日記

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2004年01月30日(金) 「寿司でも食い行っかー」

題名は「Oh!スーパーミルクちゃん」のセリフではない。
僕がこの発言をしたときには、あれほど素敵な夜景ツアーに自分が行くこと
になるとは思ってもみなかった。
いや、僕と同じ状況に置かれたとしたら、
いったいどれほどの人がそんな素敵な予測ができるだろう。
きっと誰もできはしない筈だ。

昨夜バイトが終わったのは18時。
携帯を見てみると三郎君ことアーキタイプ、
さらに改めイケダ君(仮名)からのメールが。

「築地に寿司でも食いに行きたいけど一緒に行く相手がいないよ」




築地で寿司…

なんと甘美な響きだろう!
「築地で寿司」だなんて、「吉原で豪遊」「永田町で爆破」に肩を並べる
ほど魅力的な言葉だ。
いやそれどころではない、「サマワに派遣」も射程に捉える程ではないか!
しかも寿司なんてもう何年も食っていないのだ!!

嘘。
大晦日以来食ってない。食いたい。
その時の気持ちを端的に述べるとこうだ、「食いたい。」

俺がいるじゃないかイケダ君!
君は顔に節穴をつけて生きているのか!!
と思うが早いか冒頭のメールを返したのだ。

寿司は美味かった。
しかし寿司は本題ではない。
本題はここからである。

イケダ君が取り出したる雑誌。
「おとこの遊艶地かな?」と思った僕は愚かだった。

…ああ!なんと罪深いことを考えてしまったのか!主よお許しください。

そう、彼は最早、医学部生であるにも関わらず、
いや、そうであるからこそかもしれないが、
池袋「ナースのお仕事」に足を運ぶような輩ではなくなっていたのだ。
病気をうつされて懲りたのだった。
賢人とは彼のような人のことを指すのであろう。

と、端的にイケダ君の説明をしたところで。
その雑誌はるるぶだったのである。
そして彼はその中のあるページを開いてこう言った。

「夜景見ようぜ」

…キュンッ
実際にそんな音が聞こえた気がした。
キューピッドが放った矢が胸に刺さる音というよりも、
猫の鼻提灯が膨らむ時のような音、
そんな音を秘めて僕のハートはキュンキュンしたのだ夜景タソ萌え。

彼曰く、
「カレッタ汐留のレストラン、こことここの隙間から見える夜景は綺麗やで」

隙間かよ!しかしたしかにそれは穴場かもしれない。
寿司屋を出た我々は一路汐留に向かった。徒歩で。
その時であった。

「あれは何だ!」
人気の少ない築地の夜、その静寂を切り裂く僕の声。
「あ、あれは…!」
そう、浜離宮である。
というより雑木林である。黒い。
日本のシュヴァルツヴァルトである。暗い。向こうが見えない。
「すごい気だ…」
尋常ではない妖気があたりに立ち込めている。
「走れ!」
そう言うが早いかイケダ君は走り出したのだが、
いつの間にか左膝を負傷していてうまく走れない。
…アイツにやられたのか?しかしいつの間に?
考える間もないうちに現実が残酷に立ちはだかった。
「赤信号だ…」

なんてこった!いま信号渡ったばっかりやないか!
なぜ1回横断する間に信号が三つもあるんだよ全くアホかと。
しかし信号を渡ったらそこはカレッタ汐留であった。

「うおお!あれはなんだ!」
「か、亀だ!」
我々の目の前には巨大な亀がいた。
頭も手足も見当たらないが、呼吸音らしい規則的な気流音で
生きていることはわかる。
「…殺られる」
とっさにそう感じた我々は、次の瞬間にはもう亀の背に駆け上がっていた。
「これでこちらに手出しできまい。」
そう思ってのことであった。
しかし、甘かったのである。大甘だった。
「てんさいオリゴ」ぐらい甘さ控えめにしておくべきだったのだ。

ブシュォォォォォォ…!!!

怒り。
僕はその時初めて生き物の激しい怒りを見た気がする。
甲羅の亀裂から吹き出す液体は我々の皮膚という皮膚を焼かんとしていた。

「早ッ!」
ひざを負傷していたはずのイケダくんが逃げるのの早いこと。
最初「僕はハメられたのか?」と思った程だ。
見た目の印象に反して、吹き出てきたのはちべたい水だったので
ことなきを得た。

瀕死の状態でエレベーターに乗り込んだ我々。
しかしまだ無事に46階に辿りつけるかどうかわからない。
不安とは裏腹に順調に上昇してゆくエレベーター。
俺達がアイツの分まで夜景を見てやるんだ!
そうでなければあいつは…うおおおおおお
「おい、泣くのはまだ早いぜ」
イケダの声に目を開くと、扉が開いている。
いや、あの時本当に僕は目を開いたのだろうか?
あの瞬間まで僕は盲目だったのではないだろうか?
そして「エレベーターの扉」という形をとって、
僕は生まれて初めて瞼を開いたのではなかろうか?

まだ視界のすみにわずかに街の灯が見えるのみである。
しかしその灯は僕を暗闇から目を背けさせるのに充分であった。
「あれが隙間だ」

隙間かよ!
と再び言いかけて、その言葉はついに発せられることはなかった。
これが隙間なのか?ええ?
たしかに自分がいる空間は「隙間」と呼ぶに相応しい。
しかしそれは窓が無かった場合の話だ。
僕が立っていたそこは、まるで宝石箱の中のようだった。
クイックルワイパーを突っ込むような隙間とは訳がちがう。
そんな僕の心持ちを察したのか、
イケダ君はにっこりと笑った。
その笑顔で僕は「隙間」と呼んでいたのが一種の謙遜だったのだと気づいた。

どれくらいそこで夜景を眺めていただろうか。

「じつはまだ見せたい夜景があるんだ」

…キュ(ry

その夜景は近くにあるシティセンターから見えると言う。
我々は一度階下に降りるため再びエレベーターに乗り込んだ。
…何かがおかしい。
狭い空間に違和感がみなぎっている。気のせいか?
この感じはどこから来るんだ?
上昇する時と違って眼下の風景が近づいて来るからか?

いや違う、ここだ。
一緒に乗り合わせたほろ酔いサラリーマン数人。
その中に明らかに雰囲気の違う者が一人混じっている。
左足と右手に包帯が巻かれている。
普通ならこんな状態で出社できるはずがない。

刺客だ。

「目を合わせるな」
イケダ君も気づいていたようだ。
もちろんそんなことはわかっている。僕は沈黙で返答した。
真冬だというのに汗が止まらない。冷や汗だ。
1階に着いた。早く、早く開け!扉よ!

狭い密室に外の明かりが差し込んできた。
刺客は足だけは本当に負傷していたのだろうか、
エレベーターから足早に遠ざかる我々を追ってくることはなかった。

シティセンターに着き、42階に上った我々を待っていたのは何だったのか。
「おい」
「なんだい」
「夜景見えないね。」
そう、夜景らしい夜景は見えなかったのだ。
これも刺客の罠だったのである。
まさかるるぶ編集部にまで手を回していたとは…。
意気消沈した我々は次のスポットへ向かうことにした。

「チッタイタリア?」
イタリア?ここはイタリアだったか?いや違う、ここは紛れもない日本だ。
桜咲く 大日本ぞ 日本ぞ である。
「そう、チッタイタリア。日本にもイタリアがあるのさ。」
イケダ君は何事もないようにそう言い切った。
ますます困惑しつつも少なからず興味を抱いた僕は
イケダくんに連れられてそこへ向かった。

「こっちが裏道だ。やつらはどこにいるかわからない。こっちを歩こう。」
まったく頼もしい男である。
「おお、これ日テレやな。」
イケダ君は物知りでもある。
良く見ると、日本テレビと書いてある。
しかし、さっき正面から見た建物とは違って見える。
「ビルが多いと道がわかりにくいなぁ」
そんなことをぼやいている場合ではなかった。
道がふさがれているではないか。

「くそう!こんなところまで!」
工事にかこつけて道をふさぐとは。
あまりに普通、自然でありその手際の良さに舌を巻いてしまった。
「他の道を行くしかないな。」
我々の意見は一致していた。
しかしここにも刺客の手は伸びていたのだった。
歩道がないなんて!!
「あり得ない…」
彼の言うとおりだと思った。あり得ない。
ちょうどそこで歩道が途切れていたのだ。

「構わない、進もう。」
いまさら退くことはできないのだ。
ビバイタリア!ボルケーノ!ボーノ!ボーノ!なのである。
車道の隅を、弾丸の二倍の早さは出ていようかという車に気をつけながら
我々は先へと急いだ。

「駅からだいぶ離れた。暗くて方向もわかりにくい。誰かに道を尋ねてみよう。」
イケダ君の言うまま、さっきとは別の工事現場で
ボケ〜ッとつったっていた初老の男に道を尋ねてみた。
「……。」
なんだこの長い沈黙は。
去年飲んだ睡眠薬の効果が今頃出てきたのかと思ったくらいだ。
初老の男はるるぶの地図片手に固まってしまっている。

「この辺だとは思うんだけどなぁ…」
ついに彼はその重い口を開いた。しかし道筋は得られない。
「そうですか…。探してみます。」
と、再び足を進め始めたときだ。

「あれ?イタリア?」
イケダ君が指差す先には
見るからにイタリアンな建物が照らし出されている。
さっきのオッサンからはまだ15mくらいしか遠ざかっていない。
「まさか彼も刺客だったのか?」
僕は思わず言葉を漏らしていた。
「いや、違うだろう。彼はイタリアーノだったんだよ。まだ日本語がよくわからないんだろう。」
なるほど。
いくら刺客でもこんなにすぐバレる嘘はつかないであろう。
しかしイタリアーノだと考えれば納得がいく。
位置的に考えて、彼が工事していたところもチッタイタリア内部なのである。自分の仕事場の名前ぐらい彼が心得ていない筈がない。
要するに僕の発音がまずかったのだ、と気づいて頭をかいた。
国際化って難しい。

チッタイタリアでは全てがイタリアだった。
というより何と言うかイタリアだったのだ。イタリアなのだ。
「ファミリーマートがイタリア!」
「CoCo壱もイタリア!」
「WINSもイタリア!」
あれもこれもと指差しては子供のようにはしゃぐ我々、22歳。
初めてのイタリアに触れて興奮するとともに、
日本で見慣れたあのお店、この場外馬券場がイタリアにもあるのだということに幾ばくかの誇りを感じた。
「ビバ!イッタールルィア!」
「ビバ!ハポネ!」
これがインターナショナルなんだ!なんて明るいナショナルだろうか!!
国際化の本質を知った我々は、工事現場の小さなイタリア人の不審な、否、無邪気な言動を心に留め次のスポットへと向かった。

「次は竹芝やな。」
我々は第一京浜に沿って南下し、左折して竹芝へと向かった。
途中、藁に巻かれた淫獣に襲われそうになるなどのハプニングはあったが、
間抜けな奴らは道路の反対側に現れたのでなんとか逃げ延びることができた。

「ああ、そういえばここ有名なクラブやねん。」
イケダ君が指差す看板にはKIALAと書いてある。
「芸能人おるで。」と彼は続ける。
僕は専ら感心するばかりである。

その時。戸口から男が出てきたのだ。
見た事もない顔。一人で帰ろうとしている寂しい男。
しかしそれら全てが逆説的に、彼が芸能人であることを指し示していた。
「す、すごい。」
芸能人を見たのは初めてではない。
あややともミキティとも握手した。その僕がたじろぐほどのオーラ。
「KIALAの客はすごいな…。次元が違うよ。」
それを聞いたイケダ君はふっと笑いながらこう言った。
「また今度来よな。」
言葉の裏にはさまざまな意味が込められている。
「次に来る時はあれぐらいのオーラをまとってここに来よう。俺達にはその素養がある。」
そんなところだろうか。
見上げた男だ。しかし彼はきっとここに来るだろう。それだけのオーラを身に付けて。僕は彼と一緒に来られるのだろうか。

そして竹芝駅を過ぎ、海に面した公園に着いた。
そこはどうも竹芝桟橋というところらしい。
「ここ上がったら滅茶苦茶綺麗やで。」
どうやら二階があるようだ。
しかし上がるまでが問題だったのだ。
あの忌まわしい棺桶に潜んでいた刺客たちの恐ろしさと言ったら!
彼らはダンボールで作られた棺桶のようなものを
ベンチに置いてその中に篭り、ひたすらこちらの様子を伺っていた。
潮風の音に混じり、彼らの「ふぅ〜、ふぅ〜」という血生臭い吐息が聞こえる。
じりじりと距離を(こちらから一方的に)詰めてみると、
寝息にも似た彼らの声をはっきりと聞くことができた。
時間は23時である。
たしかに人が寝ておかしいことは何もない時間ではあるが、
彼らに限っては寝たフリをして油断をさせる作戦なのはわかりきっている。
枕元には傘を置いている。武器にするためだろう。しかし何故開いているのだろうか?
とにかく我々は警戒しつつ二階に向かった。

左手にはvingt et un と書かれた船が見える。立派な船である。
それはさておき寒い。たしかに寒かったのだが、しかし…

夜景のなんと美しいことか!
二つ隣のベンチにカップルが座って談笑していた。
暗くて顔は良く見えなかったが、その女性の100万倍は綺麗な夜景であったと僕は断言できる。
そんなに美しくあるのに、
僕のような者でも拝見することが許されているとは。
どんな善人でもこれほどの慈善事業はできまい。
そしてどんな悪人もこれほど僕を恐れさせることはできないだろう。
イケダ君ありがとう、君のおかげで僕はかけがえのない経験ができました。
アァ夜景タソ!

終電の時間が迫った。
「帰るか。」
イケダ君がそう切り出した。
「そうだな、帰るか。」
僕はそう言いながらも名残惜しさを感じていた。
そしてそれはイケダ君も同じ風であった。
公共交通機関でさえも我々の夜景への情熱を止めることはできなかったのだ。

次に向かった場所は穴場であった。
そしてそこにたどり着くまで結構歩いた。
あの悪名高い浜崎橋も渡った。
我々は「芝浦ループ」を探してただひたすら歩いたのであった。
そのときである。

ガタッ…ガチャッ

歩道沿いのその建物は運送会社(だったと思う)で
周囲に塀がめぐらされ、深夜なので通用口も閉ざされ、
人の出入りはできない、筈、であった。
しかしあからさまにぁゃιぃ男が、
いまさら斜めがけのボディバッグを持った男が、
ということはつまり思いっきり私服のその男が、
3mはあろうかという塀を乗り越えて
こちら側に来ようとしているではないか!
刺客だ!そうに違いないのだ。
刺客でなかったら困るのである。それ以外に説明しようがない。

しかし彼はすたこらさっさと、あるいはヒポヒポヒポと、
我々の前を足早に歩いて行く。
そしてついに姿が見えなくなってしまった。不可解だ。
またどこかに潜んで待ち伏せているのか?そう思った。
だがそれは杞憂に終わった。
正面から巡査二人が自転車に乗ってやってきたのだ。
そして我々は新しい問題に直面した。
職質である。

しかしそれも考えすぎであった。
僕一人ならともかく、イケダ君がいるではないか。
彼には一片の後ろ暗さもない。それがにじみ出ている男だ。
僕は彼のおかげで夜景ツアーを続けることができたのであった。

と、ここまで続けてきて疲れた。
疲れたというかメッセンジャーで
「膝の裏に挟んで云々」「ふくらはぎでいいから云々」
等の会話をして集中力が切れた。

結論:夜景最高!


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