さんかくのしそう

2003年07月10日(木) 眠れない夜に…

眠れない!

睡眠不足が続いているにも関わらず眠れません。その理由は漠然とした不安です。「自分は本当にこのままでいいのだろうか?」「何が何でも言語聴覚士になってやろうなんて気持ちにならないのだけど、どうしてなのだろうか?」「本当は何がしたいのだろうか?したいことなど無いなら何をして生きれば良いのだろうか?」そんな漠然とした不安が心に押し寄せてきます。

そうした不安を誰に吐露するわけでもありません。昔からそうなのですが、こうした不安を人に話す事を避けてきました。どれだけしゃべっても、口から出てくる言葉が私の気持ちを的確に表していると思えないということがあります。そして、恐らく親との関係にも原因があるかもしれません。親に自分の不安を話しをした事はないと思います。なぜなら、そういう事を聞いてくれて受け入れてくれるような親ではないからです。だからかどうかわかりませんが、ずっと孤独感を胸に抱いて生きてきました。中学生の頃には宮元武蔵が大好きでした。彼のストイックに孤独を追求していく姿に自分をだぶらし、「独行道」という彼の言葉を座右の銘にしていたくらいです。

一時は孤独を受け入れた生活を送っていましたが、最近では自分の弱さが無視できなくなってきました。すぐに不安になったり、気落ちしたりと安定感がありません。そして、またそれを独りで抱え込み深みにはまっていくのです。普段からテンションが低く、とても割り切った考え方や行動を取る背景には、こうした落ち込みからくる孤独感が大きく影響していると自己分析をしています。

孤独であるということは、「他人はわからないだろう。」「他人はわかってくれない。」「他人にわかってもらえないなら敢えて言わない。」「自分の力でなんとかできる。」といった気持ちを生みます。逆に自分がこれだけ孤独に耐えているのだから、「他人も自分と同じように自分で解決すればいい。」「他人の気持ちなどわかりっこない。」「なぜ他人は自分で責任を取ろうとしないんだ。」という冷めた気持ちになるのです。

私の性格、存在を支えるものは何なのか?

この孤独からの脱却の仕方がわからずに苦しんでいます。自分らしく、すべてをさらけ出して生きればいいと口では言いながら、まったくもって私の「自分らしさ」がわからないのです。わからないものを出せるはずも無いわけで、すると「ここに生きている私とは一体何なのだろう?」という疑問が湧いてきます。まさにアイデンティティクライシス、自己概念の危機という事態なのです。実は勉強どころではないのではないか?とさえ思っています。何か、私という人間の存在をたらしめる意味らしきものを見つけられなければ、生きている意味さえ掴めないのです。

何も感じず、考える事もなければ不安さえ起きないのでしょう。こうした不安を考える暇もないほど夢中になれるもの、そうしたものを探す事こそ、今の私には求められているのかもしれません。しかし、それは一体何なのでしょうか?どこにあるかも、いつみつかるかもわからないまま探りつづけることは新たな不安を呼び起こすのです。

一体、私は何なのか?どうしたら良いのか?

夜は更けていき、時間は容赦無く進んでいきます。


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