レパントでオスマントルコに勝利を収め、自信満々で挑んだ アマルダ沖での英国海賊掃討の海戦は、向かうところ敵無しだった スペイン帝国に少なからず影を落とした。
相手はイギリス、まだまだスペインやイタリアからみれば 技術も文化も軍事力も、発達途上の島国。の、はずたった。
ロマーノも、スペイン艦隊の右翼を任され船を出した。 先のレパントでの勝利が、次の作戦の勝利を確信させたのだ。
これに勝てばスペインはイングランドにカトリック勢力を取り戻し、 その勢いで制圧までも期待できる。イタリアでは、貿易相手との間に 襲い掛かる邪魔な海賊船を一掃できて、リスクの無い貿易が さらなる富を約束してくれるだろう。
それなのに、3日間の戦闘の果てにロマーノが見たものは、 首に鎖を掛けられた親分の姿だった。
鎖の端はイギリスにしっかり握られていて、彼からスペインを 逃がすためにロマーノが叩き切ってやったのだ。
怒りが抑えられなかったことと、泣き叫んだ事しか覚えていない。
同時に自分の中で無理矢理ねじ伏せられていた反抗心や 男らしい闘志が誇らしさの爆発音と共に聞こえていた。皮肉なことに 無理矢理ねじ伏せていた張本人のために力を出してしまったけれど。
呆けたスペインを取り戻すために、何もできないロマーノの手の平が、 まるで労働者のように豆だらけの赤い手に変わっていた。
確かに流れている。これがローマの血なのか。
1588年9月 スペイン サンタンデール
7月の海戦から2カ月。 イギリスに追撃され、逃げまどいながらようやくスペイン艦隊の わずかな生き残り達が故郷の地を踏んだ。
「スペイン」
「こっち来んなロマーノ」
「何人死んだと思てんねん!!!」
腹の中に2万人を超える死者と、山ほどの飢えと疫病を抱えこまされ、 傷だらけのスペインは気が立っていた。ロマーノが近づくのすら許さず、 噛み付くように怒鳴りちらした。
ロマーノはそれでも一歩前に進む。
「ええ度胸やないか」
スペインが小銃を構えた。
でも、血の足りない体は脱力して、銃を向ける手も震えているから、 正直当たる気がしない。
なにより、海水でずぶ濡れのロマーノの精神状態も普通ではなかったので もういっそスペインの弾になら当たってもよかった。
弱っていてもスペインの濡れそぼった髪から覗く目だけはぎらぎらと 容赦なく、ずっと視線を合わせていたら、負けそうだった。
長い歴史の中で世界の富を嘗めつくし、その維持のために借金を重ねる。 悪循環に疲弊しながらも戦闘中の目だけは変わらず勝ち気な猛禽のようだ。
すでに涙目で視界がぼやけるロマーノに気付いたスペインは、 ふいに正気にかえったように「怖がらせてごめんな」と謝ったあと、 「やっぱり側にいて」と言った。
ロマーノはうれしさを隠せず、素直に側にじり寄った。
「病気移したらごめんな。あと、俺、ちょっと臭い。海おったから」 「そんなもん知るかよバカヤロー」
銃をにぎりしめたまま、ロマーノを抱きしめるから、ひやりとしたけれど、 それが指が恐怖で強張って動かないせいだと気付くのにそう時間は かからなかった。
血と汗と涙でぐちゃぐちゃの顔をにキスして、優しくあやしてやりながら、 ゆっくり一本ずつ指を外してやる。
その間スペインはほうけたように黙りこくっていた。
傷口を縛ってやりながら
「死ぬなよ畜生…」
とつぶやくロマーノに、
「別に、死ぬわけやない」
と笑いながら血だらけの指でロマーノの髪をすいた。 頬に当たる掌に応えるように頬ずりする。
「天使や・・・」 夢うつつのスペインがロマーノをまじまじと見つめながら、 真顔でそんな事を言うから、思わず笑ってしまった。
そんな事、言ってくれたことなんて無かったくせに。 武器ばかり磨いて何も考えていないようなこの鈍感な男が、 腹の中では役立たずのロマーノにそんな思いを抱えていたのだと思うと、 ロマーノは急激に切なさが増した。同時に、ずっと怖くて聞けなかった、 ロマーノのために平気で命を掛ける理由が分かってその罪深さにおののく。
なぜか、この純粋な男をかわいそうに思って、泣けてきた。
「オマエが血まみれになって守ってるのは、天使なんかじゃないぜ・・・」
ちきしょう。こんな時にまで、なんでこうも恋しいんだろう。
海戦の敗北がスペインを衰弱させる決定的な要因になったわけではない。 もうすでにスペインは大国の頂点を極め、センセーショナルを巻き起こす ような新鮮な変化を望めなくなっていたのだ。
領土の維持のために領土の銀を担保にして金を集め、返済に 領土の銀を使う。スペインの血は流れっぱなしだった。
疲れきってため息をつくスペインの瞳は濡れて薄ぼんやりと熱の膜を持って いるみたいだった。
俺らの時代が終わるんかなあーと、いつもの口調でしみじみ言うから、 ロマーノは声を上げて泣いた。
遥か昔、ギリシア、イタリア、ポルトガル、スペイン。 古代から中世を駆け抜けたラテン民族の繁栄の終焉を、たった一回の 海戦の敗退で決め付けるスペインに腹が立った。
何より、ずっと側で暮らしていたこの日々が、 もう叶わない夢になるんじゃないかとロマーノの不安は増すばかり。
<続く>
【読み飛ばしてもいいよ!アルマダの海戦】
歴史に対して100%の誠意を持って接するとこんな事描いて遊べない 気持ちになったので、20%〜40%の誠意を持って、アルマダ海戦の事を 調べました。
スペイン親分がイタちゃん達にハアハアしていた頃。 太陽が沈まないと言われたスペイン帝国は言わずと知れた ヨーロッパ一の大国でした。
オスマントルコにリベンジしたり、フランス艦隊を撃破したり。 もちろん負け勝負もあったけれど、もっとも祝福を受けていると 自讃していたのはこの頃です。
しかし、レパントの海戦の後、20年足らずで起こったアルマダの海戦で イギリスに敗北、それまで世界史の教科書をにぎわせていたスペインは 急に姿を潜めてしまいます。
そのせいで、あたかもアルマダ海戦敗北をきっかけに、 ヨーロッパの覇権がスペインからエリザベスのイギリス、果てには ルイ→ナポレオンのフランスに譲り渡されていったような印象を与えます。
しかし、実際には以前から慢性化していた借金で破綻寸前だったことや、 大国として成熟し、レコンキスタや新大陸征服のような派手なニュースや 国家としての成長もなく、教科書に書かれるようなセンセーショナルな 変化が起こらなかったことで、ネタ無しとして急速に教科書上の舞台の端に 追いやられてしまったのが大きいようで。
[1500年代は、戦争ばっかりしている様子] *対フランス イタリア戦争 1449〜1559 *対オスマン帝国 プレウェザ・レパント他 1550〜80代 *ネーデルラント 80年戦争 1566〜1648 *対イギリス アルマダ海戦 1588
巨額の軍事費にさすがの王室も破産宣告を出し、 スペイン貧しい伝説がリアルに!
アルマダ海戦は、スペイン側にとってももちろんスパイシーな出来事では あったと思いますが、教科書は歴史を盛り上げてくれる新興勢力に スポットを当てて展開するので、どうしても新興勢力としてのイギリス寄り に描写され、スペインがまるで歴史的大失態をおかした象徴的な事件の ようなイメージを持たれています。
でもむしろその前からずっと戦いっぱなしですでにフラフラやったん ちゃうか、と思われ、ただ、この後のスペインの発言力の低下や 欧州の覇権の移動やネーデルランドの独立を象徴するのにちょうど よかったのでややオーバーにスポットを当てられたのではないか、
という前ふりを、置いといて、 ここまで引き延ばしておきながら置いといて、
アルマダの海戦ではスペイン属領のくるん達も、艦隊の右翼を任され、 船を出していたようです。
戦況は(面白い所なのですが、長いので略)巨大ガレオン船で挑んだ スペイン艦隊は、小回りの効くイギリス艦隊に翻弄されつくし、 さらには補給不足と逃走中の嵐と疫病や壊血病で多数の死者を出す 惨憺たる結果になりました。
ifはナンセンスとは言いますが、 もしスペインがイギリス艦隊に勝利していたら、
イギリス国教会はカトリックに改宗され、 にのらが10年も通っていた学校は存在すらせず、 英国料理が美味しくなって、 フランスのコックを雇う必要が無くて、 失業者であふれ返ったフランスで貴族に対しての憎悪が増し、 やっぱりフランス革命は起こったんやろな。
でも、アルマダでもしイギリスが負けたら、負けを取り返すために 海賊行為がエスカレートして、結局その後も続く海賊掃討戦で スペインの国庫が爆発して、やっぱりいつかは無敵艦隊は海賊紳士に やっつけられちゃってたんやろうな、と思いました。
あのカトリック大嫌いなヘンリー8世の娘エリザベスが1回の負けごときで ディープカトリックなスペインに屈服するとは思えない。
イギリスについては、森護氏、小林 章夫氏、林望氏、の著作がとっても とっても楽しく読めてイギリスの紳士的なところも海賊的なところも 盛りだくさんなので、ぜひぜひ読もう。さあ読もう。
スペインが斜陽でなんだかんだ、そんなときのスペロマでした。 (ご清聴ありがとうございました)
あらためましてにのらです。やっと日記です。なんで日記に↑の ような長話を垂れ流すかというと惰性で読んでもらえるかもと 期待させてくれるからです!
今日の日曜美術館はすごかった。あれほど緻密に生きた草花を描き、 その奥に語りかける命の息吹・・・(なんやそれ) ひぐらしの鳴くような場所に住みたい。
と思ったのでBGMをひぐらしの鳴き声にしています。 ひぐらしの鳴く頃に、ではなくて、純粋に蝉の鳴き声の収録音を 聞いています。夏だねえ・・・。
お昼寝します。
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