可視的物質世界を超えて広がる無限のパターン
血の臭いなんて、よっぽどでないとわからないのに その夜はムッと音を立てそうに鼻についた
「(スペインだ)」
と同時にドアが開いて、予想通りのくたびれた姿で彼が入ってくる。
いつにも増して戦闘は激しかったようだ。 額が切れて、流れっぱなしの血がより大袈裟に怪我を引き立てていた。
「お、おい、大丈夫かよ!」
たまらず駆け寄った俺の頭を
「大丈夫や。歩ける」
と言って軽くはたくと、作りかけの笑顔のままドサリと床に崩れ落ちた。
毛足の長い最高級の絨毯が、彼の身体を受け止める。
イスラムの幾何学的な文様を描くアラベスクに、 砲弾で凹んだヨーロッパの甲冑が歪な光を放っていた。 バラでも飾ってやりたいような男っぷりだ。
世界広しといえども 地球上で最も反目する2つの思想をここまで融合させた国はこの男だけだろう。
周囲に異端だとか、プライドがないと嘲笑される矛盾点は、 その男の容姿や性格によくあらわれていた。
男は敬謙にキリスト教を擁護したし、 総本山のお膝元から来たロマーノを文字どおり命懸けで守ってくれた。
そのくせ、ロマーノが 「そのイスラム趣味なんとかしろよ!オマエ異端児って呼ばれてるぞ!」 と、どんなにどんなに聞かせても
「せっかく置いてってもろたお土産はありがたく使わしてもらわな〜」 と言って取り合わない。
より優れていると判断したら、金になる文化を手放すような男ではないのだ。
それに愛着が加わればなおさらのこと。
人懐っこい笑顔で言い方はやんわりとユーモラスなくせに いつもは優しく物腰の低い翡翠が饒舌にロマーノを見下しながら
「砂糖か胡椒か?教皇様は金が欲しいんやろ?」
などと暗に目で語りかけるからロマーノはグッと言葉に詰まる。 自分の体から隠しきれない腐敗臭を意識させられる。 権威の維持には金が要るのだ。
イスラムの支配から抜け出してもう100年以上経っていた。
いつもはロマーノが見ていない場所でこっそり手当を済ませる スペインだったけれど今は完全に意識を手放している。
呼吸は穏やかだ。眠っているんだ。痛みに睡眠が勝ったのだろう。 ロマーノは意を決して立ち上がった。
死なれては、困る。
時折、シャツが傷口に張り付いているのを、恐る恐る剥がしていく。 幸か不幸か、出血が多くて渇ききってはいない。作業に時間はかからなかった。
傷口を洗ってガーゼを当てる。 白い生地にぽちりと浮いた赤がだんだん染みて広がっていく。
外は雨が降り始め、標高の高い宮殿の石壁がひどく冷えた。 部屋を暖めるために薪を燃やした。 パチパチとはぜながら踊る柔らかな炎の影が、スペインの身体と 床に広がるアラベスクに楽しげな影を作る。
いつも陽気でおしゃべりな男は瞼すら動かさない。 疲労に落ちくぼんだ眼底を、いとしげに撫でてやっても、 ピクリとも動かず、何も起こらなかった。
ひどく静かな夜になった。
体中にできた傷口に目をやる。 古い傷が濃い肌色に引き攣れていたり、 比較的新しい傷はまだ薔薇色を残していたり。
とても言えたもんじゃないけど、 それが自分の為に彼が命をかけた証と思うと 自然胸が暖かくきしんだ。こみ上げる甘さに息が詰まる。
時には残忍な牙を上手に隠し、信念と情熱は隠さない。 いつもは飄々と穏やかだけれど、本当は堂々とした気の荒い彼が、 自分を守るときにスラリと抜く剣はいつも眩しく、粉砕する斧は心強かった。
もう随分長い間、傷痕の数だけ受けてきた無言の愛の囁きは、 耳に届く言葉の何倍も、うたぐり深いロマーノの心臓をせつなく締め付ける。
「そんなこてしても俺は何も返してやんねーぞ!ちきしょー!」 と、何の役にも立てないことを幾分情けない気持ちを恥じながら言っても
「親分は大好きな子分にはかっこいいとこ見せへんとあかんからなあ〜」 と笑い返されて終わってしまう。
それをロマーノは不安な時にいつでも繰り返し思い出しながら 生きて帰る日を指折り待った。結局非力な自分が生きながらえるためには この男の支配を受けざるを得ないのだ。死なれては、本当に困る。
そうして、いつの日も彼が側にあることを望み続けているうちに、 いつしかのんびりした足取りで帰ってくる彼のくつろいだシャツの白に、 甘くて苦しい気持ちで締め付けられる胸の内を、意識しない日はほぼ 無くなってしまった。
足元で暖炉の光を受けながらスペインを包んでいる無限のパターンは、 ロマーノがひそかに紡いでいる言葉にできない感情を彼の代わりに 必死で伝えようとしているようだった。
まだスペインがお金持ちのころのロマーノの片思い・・・。 携帯で書いてたから、誤字がいっぱいあると思われんす。
メロさん・・(ここまで到達していると思わないけど)、こうして 2人は次第に心を通わせていくのです・・・。
史実に沿わないのは、言うまでも無くニュアンスだけで妄想している からです!!!
まだまだ続く。
そういえば、経済社会データランキングを楽しんでいたら
過去2週間以内に無遅刻だった者の割合 スペインが大健闘最下位でイタリアがドイツより真面目に学校に 行っている事がわかって、にやにやしっぱなしでした。
久々のデートで死ぬほどおめかしして予定時間の20分前から 噴水の前で手鏡を見ているロマーノと、素で2時間遅れてくる スペインを想像しただけで、明日も会社があることを忘れちゃうぜ☆
お風呂入って寝るぜ。
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