ようやく、いろいろ片付きまして、先週書いた通りローンの本審査はまだ先なのでそれ次第というぬるい状況なのですが、とりあえず通常業務に戻ります。動き出したのは実は2月位だったのですが、そこから少しおいて見始めたの5月位、動きが良くなったのは5月終わりからですね。トニコン行脚と被っていてそれはそれは大変でした。更に勢いが付いたのが6月終わりでこの辺はもう毎週都内にいたという感じで結構体力的にもへたってましたね。途中疲れてサボってたし。それでも会社欠勤せずに見て決められたのは結構頑張ったのではと思います。ここだけの話、私の上司に当たる人もお家買ったのですが、決める最後の方いろんな理由つけて休んでましたから(笑)ここでヘタって休んでしまえば良かったんでしょうけど、それが出来ない性格でね。私今のとこ3年目なのですが、当時一緒に採用されて1年後に切られて、フリーという形でたまに仕事をしていた人がいたんです。そうしたら最近体調を壊したとかでもう仕事が出来なくなったとか、又別の人で今年で4年目の新卒採用の子が今年初めに身体壊して、それが考え直すきっかけになってもうすぐ退職するという事でした。そういう話聞くと私はつくづく丈夫だよなと思います。頑丈に作ってくれた親に感謝しなくてはですし、やっぱり体力的に先の長い仕事ではないと思うんですよね。だから倒れる前に(笑)もっとどんな事が出来るのかいろいろやろうと思います。家探しと平行して今のとこに住み続けてでフリーというのも考えていたのですが、フリーになるにはちょっとコネがなさすぎかなというのと、ネットワークだけでやりとりするにもやっぱり近くでいる方が、と思いました。何より少し消極的かなと。この決断が吉とでるか凶と出るかわかりませんが、1人ならそんな迷惑かけないか、と開き直ってみたいなと思います。
最近ですね、私の中学時代の部活の顧問が定年を迎えるとかで、何故か市報に記念演奏会の告知が載りまして。一介の中学教師にすぎないのにすごいなーなんて思って、当時の友人(言ってみれば幼なじみですね)に連絡とろうとしたら、良く考えたら数年前にぱったり会って、その時に引っ越したと聞いて、でもその時「どーせまた会いそうだから連絡先教えなくていいか」とそのまま別れてしまってそれきりなんですよね(アホ)当時の部員仲は険悪で(笑 そんなんで優秀な成績治めてしまうんだからねぇ)しかも某宗教関係が多くてこっちから切ったり、そんな中の数少ない友人だったのですが。妹なんかは親世代が昔の人だからひょっとしたら電話帳に電話番号載せてるかもと言ってくれたり、自分の同窓生経由で探してみようか(妹は年子なので部員が被る)と言ってくれたり。そこまでしなくてもいいかと断ったのですが、後輩達が当時どんな家庭環境だったのかとか、今どんな生活しているのかとか聞く事が出来ました。お世辞にも幸せでないみたいで思わず「人生に成功してるというヤツはいないのか??」と妹に切り返したら「そんな人はもう余所の地域に移っているでしょうに」と言われました。‥ごもっともです。それにしても非常に怖い先生だったのにこういう風にお祝いして貰える先生もいれば、片や警察沙汰になった先生もいたりして(ワイドショーでもやっていた‥)先生という家業もいろいろだなと思いました。
岡田君舞台始まってますね。私は今回抽選漏れだったので今のところ行かれませんので、もし行く人がいましたらご報告お願いします。
|