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451 名前: 名無しさん@1周年 投稿日: 02/12/13 23:43
>448 注意書きのところに「今こそ神組み手でスクラムを組む時です」って書いてあるね。 いつの間に・・・
そういえば、崇教ではよく「組み手同士がっちりスクラム組んで」とか、 何かとスクラムという言葉を使ってたなぁ。 こんな教団に、安易に使われたくないと思った、ラグビー経験者の元2世。 ある意味、命がけでスクラム組んでるんだよ、フォワード陣は・・・ お前ら「スクラム」って言いたいだけちゃうんかと(以下略)
452 名前: 名無しさん@1周年 投稿日: 02/12/14 09:52
12年前の今頃は、ひつじのイラスト付年賀状を書いていた。それで、こんなことを 思っていた。次に干支が未になるのは12年後の2003年、賀状を書くのは2002年末だ。 霊(火)の洗礼の大峠のあとで、人類は激減、地形も変わり果て、年賀状を書くなどという 状況ではないだろう。そもそも自分が生き残っているかどうかもわからない。未年の年賀状を 書くのは、これが最後かもしれない・・・・。しみじみと思いながら宛名を書いたものだった。 今、普通に書かけていて幸せだよ。やめられてよかった。
453 名前: 名無しさん@1周年 投稿日: 02/12/14 10:38
練馬準道場で乱交パーティーの件はどうなった?
454 名前: 名無しさん@1周年 投稿日: 02/12/14 10:39
20世紀最後の1、2年は、教え主様(恵珠さん)が亡くならないか心配していた。 21世紀に入ってからは、その心配が益々強まった。「本当は救い主様はあと十年 現界にいられるはずだったのに」という話が頭にあったからだ。
これはつまり、教線の拡大(信者の増加)が足りない=人類悔恨のバロメータが伸びない =神はバロメータの伸びによって火の洗礼の時期と規模を決めるから火の洗礼が十年早まった。 その早まった力を外にそらすため、(神様にお詫びして)救い主様が幽界に行かれた(死んだ) ということだった。
一方、光玉氏はこういう意味のことを言っていた。「種人のすべてが組み手というわけでは ないだろうが、ある程度の割合で残されるだろう。世界で一番信者が多いのはキリスト教で 約6億人。組み手もこれくらいを目指すべきだろう。キリスト教徒が2000年近くかけて これだけの人数にしてきたのに、私たちはわずか数十年でしなければならない」 クリスチャンの人数はうろ覚えだ。多少違うかもしれない。
光玉氏の言っていたことと20世紀末の教線拡大振りを見れば、氏の言葉に全然足りない のは明らかだ。それに、これを絶対数のことでなく世界人口に対する割合として考えると (そのほうが理にかなっていると思う)同氏の発言が何年のことだったか覚えていないが、 当時からくらべて人口はずっと増えているのだから、さらに足りないといえる。これでは 御経綸の進展はどうなるのだ。大天変地異の規模と時期は? 教え主様が命がけでお詫びを されているからこの程度ですんでいるということだが、これでは光玉氏の二の舞で神幽られる ことにならないか。そんなことになったら申し訳なさすぎる。恵珠さんの御教示の中には 「たとえ一人でも正法を行じる者がいる限り、神様は人類をお見捨てにならない」という ものがあった。ならば力足りなくても、せめて気持ちは最後の一人になっても正法の真行 者になっていようと思ったものだった。全く無意味な心配と決意だった。
やめてから考えてみれば、組み手は「幽界誕生おめでとうございます」なのに、なぜ恵珠さんが 亡くなるのを心配していたのか自分でも不思議だ。
455 名前: 名無しさん@1周年 投稿日: 02/12/14 10:57
ちなみに、世界宗教人口の統計を2001年づけで提示してるサイトがあって、 それによるとクリスチャンは(世界人口の?)33%だそうだ。 大きく水をあけられたね。目標にしたことそのものが無謀だったのだろうけど。
ttp://www.adherents.com/Religions_By_Adherents.html
456 名前: 名無しさん@1周年 投稿日: 02/12/14 11:02
キリスト教徒って19億人だろ。 教えがコロコロ変わる真光が聖典が1500年以上も変わらない キリスト教に歯向かうちゅうのが無理な気がしてきた。
457 名前: 名無しさん@1周年 投稿日: 02/12/14 12:08
知人に真吼え(勧誘)したときに、「真光は終末論の宗教で、自分たち信者だけが 天変地異のあとに生き残ると考えているから嫌いだ」と言われた。私は「真光は そんなじゃないよ」と返し、心の中ではこう思った。「真光の神は組み手だけを 残すとはいってない。神のみ意にあった者、正法を実践している者を残すといって いる。救い主様の言葉にも「種人のすべてが組み手というわけではないだろうが、 ある程度の割合で残されるだろう」というようなのがあった。真光は、いわゆる 「信者」でないと救われない(生き残らない)教えではない。ていうか、そんな 料簡の狭い神様だったら、私も嫌いだ。そんなところは嘘の宗教だと思って、 やってないぞ」
だが、その一方で、こういうことを教わっている。「正法を教えているのは 真光だけ」「罪穢を消せるのは神の光、真光の業だけ」すると、結局組み手で ないと救われないことにならないか? なんだかなと思っていた。信者(あえて 信者といおう)でないと救われない、終末論の宗教は私も嫌いだ。教わっている ことをあわせて考えると、真光はそれに該当する。しかし、光玉氏はそれと違う ようなことも言っている。どっちを信じればいい? どう判断すればいい?
458 名前: 名無しさん@1周年 投稿日: 02/12/14 12:11
上は省略されてない(つづき) それ以上は考えられず、結論が出せず、その点をうやむやにしたまま組み手を 続けていたように思う。深く考えて、結局、私の嫌いなタイプの宗教、信者しか 救わない宗教だと判断したくなかったのだろうと、やめた今は思う。それに気づいて しまえば、私のポリシーからいって、やめるのが正しい選択の道だ。しかし、手かざしや 霊動で何かを感じ、この教えは本物だと思ってしまっていて、(冷静に考えれば 手かざしや霊動に何かあっても、教えが正しいという証明にはならないのだが) 教示では繰り返し大天変地異が迫っていることが語られ、神向きをするように説かれる。 そうすると、大天変地異で死にたくないので真光に帰依し続けることになる。 組み手しか救われない教えだと嫌いなタイプの宗教になるので、それからは目を そらし、人当たりのいい方、組み手以外も生き残るという話の方を意識する。 一方で、組み手の人数がバロメータで火の洗礼の時期と規模が変わってくるので、 お導きはしようとする。人が救われるにはその人が浄まるしかないし、何より 組み手に許されるのが救われの第一歩だから、お導きに熱心になる。 こんな感じで組み手をやっていたのだろうか。矛盾を矛盾と認識していないというか、 矛盾を感じていても、それを追及しないで活動しつづけていたと思う。日々の道場参拝や 行事、奉仕の忙しさに追われて物事を深く考えなかったり、疑いの気持ちは邪霊の働きと 思って、考えるのをとめていたせいもある。まさしく、思考停止だったのだろう。
459 名前: 元組み手さんたちへ 投稿日: 02/12/14 15:53
あなたたち、本当にやめて良かったね。
気付いただけでもすごいと思うよ。マトモだ。一度は間違えた道に進んだのだろうけれど、今あなたたちが幸せで良かった。
460 名前: 投稿日: 02/12/14 22:02
週刊新潮1981年10月15日号 22頁 『宗教法人』に課税を −もう“聖域”の時代ではない− 今、世の中で一番もうかる商売は、「三大脅迫産業」だそうである。 すなわち、「来院しなければ病気は治りませんよ」という“医療産業”。「通わねば勉強ができなくなります」と脅す“学校産業”。そして、「信じぬ者は地獄に落ちる」と宣(のたま)う“宗教産業”――。 とりわけ、“宗教産業”の羽振りのよさは比類のないほど。 つい最近も、国が補助金を出していた、岐阜の舟山高原自然休養村の一部が売却され、町があわてて買い戻す事件があったが、一億円以上の金をポンと出して買収したのは、地元の宗教法人『崇教真光教団』。 現在、三百億円かけて高山市内に本山を建設中という。 「三大脅迫産業」がもうかるのは、社会に利益をもたらす「公益法人」として税制面で優遇されているからである。 「宗教法人」は宗教法人法によって保護され、宗教上の事業は無税。また、宗教法人の金もうけである「収益事業」にかけられる税金は二五%。しかも、三十%控除されるので、実質は17.5%にすぎない。 これに対し、一般法人の税率は42%。つまり、同じ“商売”をしても、宗教法人を名乗るだけで税金は半分以下になってしまう。 そのうえ、宗教事業と収益事業の区別がきわめてあいまい。そのため、創価学会は全国十六ヵ所に豪勢な”研修道場”を持っているが、実態が会員の物見遊山の施設であっても、宗教法人を名乗るがゆえに、これらの不動産は無税になっている。
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