いつの頃だっただろうか
小学校からの下校のときだった もう夏の音は遠のきつつあったような気がする
見たこともないほどの大きな雲が
夕焼けの空の反対側にのっかっていた
家に帰ると祖母と妹を呼んで 外に出て一緒に見た
その雲は 美しい夕焼けの後ろの正面にあったので 見た人は少なかったかもしれない
しかしそれは圧倒的な量感をもって俺を押しつぶそうとしていた
オレンジから紫色へとうつりかわっていく空は 場違いなその巨大な飛行船を際立たせていた
足元から伸びる自分の影のむこうには ニューロンを刺激し神経伝達物質の分泌を促し エピソード記憶として脳神経に刻みこまれるのに十分な 天野喜孝の「月の船」のように幻想的な世界があった
飛びたかった
その雲の裏側へ飛んでいきたかった
きっとあそこでは 誰も見たことのない異次元世界の入り口が 最初の訪問者を待っていたに違いないのに
しかし残念なことに
俺は自分の背中に羽根を見つけられなかった
そしてあの雲に出会うチャンスは一生に一度しかないと思っている
いまは羽根をさがしている あるかわからない次のチャンスのために
まだあの雲を見ていない人は
そのときまでに自分の翼を見つけておいたほうがいい
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