■今年も発症/高校で始まる「情報」の授業(その2)■
本日、見た目は素晴らしい天気。
というワケで、嵐山の方へ散歩に出かけてみたりしたのだが、風が冷たく、体感的には、イマイチな天気。でもまあ、日差しはあったので、歩いている内に体は温まってきた。で、気分良く散歩が終わればよかったのだが、今年も、例に漏れず、花粉症が発動。また、ツラい時期がやって来た…。
□■□ MYCOM PC WEB にて、「高校で始まる「情報」の授業 - 情報教育の遅れは取り戻せるか」というレポート((1)と(2)がある)について、今日は、教科教育との絡みで思ったことを、先日に続き、アレコレと。
日本と諸外国との、IT教育での違いが生まれた原因として、「日本が、「情報」を科目として教えていく方向なのに対し、『諸外国では違う立場を取っており、教科教育指導にITを生かすことに力を注いでいるから』」と書いてある。そう、日本では、コンピュータを介しての教科教育というのは、ほとんど見られない。あくまで、コンピュータは道具なのだから、それを活用した教育がなされるべきではないのか。最初のシステム作りは大変だろうが、できてしまえば、それによる恩恵は多大なものになるはず。なぜ、教科指導へのIT導入も、同時に推し進めないのか疑問である。
レポート内でも、実例として、化学の授業用フラッシュが載せられているが、そんな具合に、もっと視覚媒体(時には、聴覚媒体)を刺激する授業を行っていけばよいと思う。英語の授業にしても、英文の仕組みを、黒板で色とりどりのチョークを使って、先生一人が必死に説明するより、フラッシュや PowerPoint でサラリと説明する方が、生徒の関心が高まるような気がする。それを Web 上に上げ、何度も再生させれば、文の構造の理解度も高まるだろうし、速読にもつながってくるだろうし。それに加え、文の仕組みを説明する前に、映画などの映像から、実例(映画はあくまで作り物なので、厳密には、実例と言えないが)を引っ張ってきて、解説したりすれば、なお効果的だと予想される。
こんな感じで、IT を教科教育で活かせる場面は、いくらでもある。極端なことを言えば、「情報」なんてものについては、現代社会(技術家庭か?)なんかに、組み込んでしまって、最低限のことを教えればよい。確かに、一科目にしても教えきれないぐらいのボリュームはあるだろうが、敢えて、高校の一科目として取り上げる必要は無い気もする。というか、「ゆとり教育」とか言いやがって、時間減らしたクセに、教科増やすんかいってツッコミたくもなるし。その点からも、一科目増やすのは、どうかと思う。やはり、「教科教育への積極的な IT の導入」という方が、得策でしょうな。
注1:ホームページトップと、References を改装。 注2:calendar を更新。
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