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死ねサブカルチャー
2002年10月11日(金)

最近興味があるのは浮浪者のことだ。

どうしてそうなるのだろう、きっと、自暴自棄になるからだと思う。
本当になにもかもどうでもよくなる時というのがあるのだと思う。

そういう人間の弱さは計り知れない。
弱さをじっと眺めたい、と思う。

そういう、弱さには昔から興味があった。

弱さを捨てて強くなるのでなく、
弱さをじっとみつめる強さが欲しい。



ところで話は変わるが、人生の岐路で選ぶ基準、というのがあると思う。
私は「どちらが面白いか」で決めようと思ってる。
まあ、テリー伊藤が言ってたのだけど。

で、こういう基準って、まあ、人それぞれだと思うのだけど、
例えば、すごく過保護な親がいて、あれをするな、これをやれ、この人と結婚しろ、等々言うとする。
で、私はその人がいいと思うなら、親の言う通りにしてもいいと思うのよ。
ただし、後で絶対親のせいにしないという自信があるのなら。

後で「あれをやらなかったのは親のせいだった」と言わない自信があるのなら。
後で親が「やっぱり私達過保護過ぎたわ。これからは私達は私達で生きるから、あなたはあなたで生きなさい」とすっぱり態度が変わっても、
すぐにひとりで生き始めて、親を恨まない自信があるのなら。

例えば、授業の時間割を彼氏と決めたとする。いいと思う。
で、その後、別れちゃって、彼が他の女の子と授業に出ている横で、ひとりで授業を受ける自信があるのなら。

私の感覚で言うと他の人の考えが入って、物事を決めると、リスクが大きい。
純粋な自分の考えで決めたことの失敗は凌げるのだけど、
他人の考えがちょこっとでも入ると、
「あの人がああ言ったのに……」
と思わずにはいられない。

物事を決める時は、悩んでる段階では人には喋らず、
ひとりっきりになって考えて決めるようにしようと考えている。
「自分の面白いことは何かな」って。

他の人が色々言ってくれても、期待はしないの。
手の平反されても文句を言わないように。

それから、「テトリス理論」っていうのがあって、
テトリスやってる時に、
ブロックが落ちて来て、自分は「ここの間に落とす」って思ってるのに、横の人が「これ、こっちだよ」と違うことを言うと、
自分の考えで行こうって思ってるのに、やっぱり耳に入っちゃって、曖昧なとこにブロックが落ちちゃうの。
難しいね。
取りあえず、自分は他の人が何かをしている時、それが自分の得意分野のことでも、サジェストはしても、教えたり、「こうするものだよ」などは絶対言わないようにしようと思う。
そしてどんなに仲の良い人でも、余計なことは言わない。

みんな頑張れ。




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