Niseko-Rossy Pi-Pikoe Review
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ハットトリックを決めた香川真司の試合後にサインとシボレー運転席ツーショットを決めて帰国したみいちゃん、 のど鳴り笑いがかわいいスレンダー美人のひばりちゃん。
副都心線で渋谷、井の頭線で明大前、キッドアイラックホールで自主制作映画うらぎりひめを観てくる。明大前なんて何十何年ぶりかわからんくらいな外国みたいだし。
舞踏を観るくらいのスペースにパイプ椅子30というかんじか。パイプ椅子自体もキツイし、パイプ椅子連結も狭すぎだわ。隣に乱入するよに座った小柄なオッサンが浮浪者の臭い!おいおい、パリパリコンビニおにぎりを2個座席でむしゃむしゃ。映画を観ながらも、クックッと展開場面ごとに嘲笑するよな声を出し、この臭い御仁、監督の知り合いらしく終演後すぐに出口で監督に何やら話しかけて消えていった。
70年安保闘争を学生で過ごしたであろう世代らしい寓意に満ちた映画と言えるか。オンナたちは蹂躙されていたのだろうか、その場の歓びに向かう弱さゆえにわたしたちはこの国のようにそのまま。加害者も被害者もわたしたちだと感じるわたしには、いいわよね、という映画だった。
マイナーな存在として右翼の街宣(これは聞くに値するまじめだものだ)、国際指名手配写真の顔、日本共産党ポスターが映されているが。なあにそれ?
主人公の婆さんは雇ってもらって大金を稼げるいい仕事(CM出演)させてくれた社長を、今になって、本当に刺したい相手(群馬の大将って中曽根のことなの?)の代わりに刺そうとするのだ、イミフ。
右翼チンピラくずれのオッサンが動けるのに障害者手帳持ってて家電製品有線放送のアダルトチャンネルを踏み倒して屋外アンテナ壊しておいて壊れただの損害賠償だの怒声を飛ばしコタツの上には日本共産党市議の名刺があり世話になってるんだとニヤリと笑う、そんなわたしのまわりのリアルには負けているでそ。井の頭公園夜歩いてオジサンがごちさせてくれるのはあとでごちするからねという文法をトボけてさも被害者のように喫茶店で吹聴するよなそれでいて日本人妻してるギャル、にもね。
おれは映画見じゃないんでね。
ボッとん便器の底からミシェル・ドネダが笑う「死の声」には可笑しかった、ドネダのソプラノサックスが聴こえてくるようだった。
音響とサウンドはまあまあ良かった。心象なり映像を異化するようなサウンドの使い方はしていない。311が起こって映画にリアリティが出てきたという世辞は311は背景ネタに過ぎないように思う。それは悲惨な現実を簒奪している。わたしも愛国はあるけど、第二の敗戦だという言い方にはほとほと飽きている。憎しみ、ですか。よくわかりません。
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