Niseko-Rossy Pi-Pikoe Review
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2012年03月14日(水) |
「恋来い!恋来い!」 |
このところ関東平野が小刻みに揺れるたびに、とっさに安全確保ダッシュをしながら時に「来い!来い!来い来い!」と騒いだ自分を懺悔せねばなりません。ああ、わたしの心は悪魔だわ。
「来い!来い!来い来い!」と、それは氣志團の「恋人」(2002)の「恋来い!恋来い!」と歌詞とリズムになって、PVを観たい!
恋人がほしいという青春期のあの感じ、を、感じることはもはやキレイなおねえちゃんを見ても起こらない身体になっている。
AKB48さいどころか50だしな!店員に50と数字だけデカくプリントしたLLサイズのTシャツないかい?と2回さがしたおいらだ。
Tシャツのメーカーさんよ、年齢数字プリントTシャツを企画しろ!爆発的に売れるぞ。ブームになるぞ。家畜の焼印のように年齢をプリントした衣類を身につけるという倒錯した?抑圧?
「恋人」を聴くと、青春期のあの彼女の吐息や肩の匂いや白目のみずみずしさに心臓がドキドキしてきた感じが鮮明によみがえるのはなぜだ?
音楽的には、昭和歌謡ポップスの文法に則っただけの、しかしながら見事な綾小路翔の楽曲だ。ノーランズの「恋のハッピーデート」と続けて編集CDRに入れるぞ。
定型を聴くという点では、リトアニアのフリージャズを聴くのも、マイルスの黄金カルテット1967欧州公演3CD1DVDを聴くのも同じである。おのおのそこでしか生成していない判断基準がある。
編集CDRを聴いた友人が「これは感性の拷問に近い」とうめいたことがあったが、示唆的だったのはオレは感性のジェットコースター的快楽に突き動かされていたことだった。曲順には音楽のロジックがある!と豪語していたが、これはあれだ、デートに振り回されたりお姫様だっこをしてぐるぐるされたりして気持ちと身体が高まってしまうことと同型なのだ。
音楽に出会うとき、入手経路や喫茶店やコメントや手書きポップや過去の名作との類推やジャケのひらめきやベースラインだけや、そんなんでわたしは音楽の快楽を呼び込んでしまう。免疫学から感染という機制や、精神心理学から踏み越えという機制を転用したいところもあるが。
医療費のお知らせが届いた。国民皆保険制度はじつにすばらしい制度だ。天下りだの不明会計だのは枝葉末節に過ぎなくて、スネがかゆいからハゲが目立ってきたからタバコを吸っているからといって生死を問われるようなことがあってはならない。
やべー、今月のやりくりがキビしすぎる!CD売らないとなんねー。
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