Niseko-Rossy Pi-Pikoe Review
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2007年04月03日(火) |
ポール・ブレイの『フットルース』にはまる |
幹事長。 ビロードの上で輝く宝石のような演奏、鉱物派、・・・断固支持いたします、その表現。あらためて聴きたくなりました。そして、聴くときに、わたしは、この表現を通じて、それはまるで五円玉の穴の向こう側とこちら側と見合うように、幹事長の耳と共鳴するかたちで、音楽は立ち上がるはずなのです。が、その立ち上がる音楽が歪んでしまうかどうかに、通信しあうリスナーの透明度が試されてしまう、要素を含め、の、ことども。人格を持った再生システム。固有の時間。時間の連なり。そしておびただしい過去、そこにいる死者、記憶にとどまる死者、から訪れるヴィジョン。
音楽がわたしを聴いている。表現者、わたし、死者、の、欲望または記憶の交差。たまごかけごはん。
おいけいま。おまいのたんじょうびプレゼントに、ディーリアスの管弦楽曲集、と、 高校生のための東大授業ライブ・東京大学教養学部編、と、 脱マニュアル小論文〜作文と論文をつなぐ指導法・中井浩一著、と、 ALL IN ONE―The Ultimate English Guide高山英士著+ALL IN ONE Extras ■ を送付しといたので、まちがっても古本屋で換金することのないように。
ポール・ブレイの『フットルース』にはまる。ピート・ラロッカのタイコの真価におそまきながらしたをまく。スワロウのベースもバシバシす。 池上温泉につかっている陶酔感がある。かれらの意識や若さまでが聴き取れる。62年の録音。 ライナーで小川隆夫さんが記述したジャズ観にういういしいまでのメッセージを感じてあつくなる。ぐっとてをにぎる。
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