夜の空気 - 2007年04月10日(火) 夏の夜の空気が、少しずつ近づいている。 わたしにとっての夏の夜の空気は、ハーフパンツにTシャツにサンダル、で、手をつないでコンビニに行く。 絶対に戻ることはない。 この「絶対に」は、感傷とともにではなく、胸のところにずっしりと圧し掛かる重圧とともに語られる。 去年の夏かぁ、と思って、いいや、違う、と思い直した。 去年の夏、学はもういなかった。 2年前。2年前の夏のことだ。 今年もまた夏が近づいている。 夏は、わたしに予想していなかった恐怖をもたらす。 ということに気づいた。 夏が来るのが怖い。 5月が。 5月が怖い。 1年という区切りが来るのが怖い。 5月の、少しむっとするような、汗ばむような、陽気。 が、怖い。 だってその陽気に照らされたマンションの部屋で学は何日も 人の遺体はもう命がこと切れた瞬間からたんぱく質の塊でしかなくなる、と、わたしの通う心療内科のお医者さんは言った。 それは遠まわしに「割り切りなさい」と諭しているのだ。 前を向きなさい、切り離しなさい、と。 いやだ。 切り離したくなんかない。 割り切りたくなんかない。 でも、怖い。 ジレンマ、たぶんこういうのを「ジレンマ」というのだろう。 窓を開けて、このあたたかい、肌触りのよい夜の空気を部屋に取り込む。 夏の夜の空気に近づいている。 誰にも言わない。 決めているから、本当に、誰にも言わない。 涙が出てきても一人で泣く。 そう決めているから一人で涙を流す。 置いていかれた、 置いていかれたような気がしている、のか、いや、そうではない。 きっと。 裏切られた気がする? それも違うような気がする。 わたしが傷つく筋合いなどないのだろうに。 夜の空気の中に、学が溶けている。 こんな感覚を、誰がわかってくれる? 夏の夜、夏の夜の空気が、わたしが学を殺した日の空気、学がわたしを心から愛して、求めていた日の空気、通じ合っていた日の空気、わたしが学を裏切った日、追い詰めて、投げ出したかった日、殺したい。 憎い。 わかった。 わたしを苦しめているのは、憎悪だ。 あの日の自分が、わたしは憎い。 殺してやりたい。 本当に、本当に、首を絞めて、包丁でめためたに刺して、どんなに泣き叫んでも、抵抗しても、可能ならわたしは絶対に殺す。 殺してやりたい。 そして、首を切り落として、あのマンションのベランダから投げ落とせばいいのだ。 まだまだ足りない。 誰にも、どうしようもない。 私自身が変わろうと思わないと、きっと変わらないのだろう。 だから、誰にも言わない。 1時になれば、彼氏が電話をかけてきてくれる。 あと10分後、わたしはたぶん、にこやかに電話に出ることができるだろう。 それは何も悪いことじゃない。 嘘をついてなんかいない。 わたしは自分に正直だ。 彼のことを傷つけたくない。 電話口で泣く私に、彼は、慰めといたわりの言葉をかけるほかに、何ができる? そして、それを強いたところでふたりの関係に何の進展があるというのか? 見栄とか、意地とか、遠慮とか、そういうんじゃない。 ただ、わたしは、そうしたいだけなのだ。 わたしは彼のことが好きだ。 ずっと一緒にいたい、ずっと仲良くしていたい。 裏切りたくない。 殺して、という声は甘えで、弱い。 学、学のところに行きたい、学のところに行って、ずっといっしょにいたい、まなぶ、まなぶ、声が届かない。聞こえない。 どうして。 どうして、こんなことになったんだろう。 抑圧している悲しみややりきれなさや、空気、夏の夜の空気に溶ける。 -
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