読みたい - 2007年04月05日(木) とてもうれしい。 長い文章を読み続ける力が戻った。 体力と気力、興味と意欲。 欠けていたこれらのもの。 取り戻すぞー。 弟を、かつてわたしも通っていた病院に連れて行った。 ほとんど無言だったが、帰りの車の中で、安心したのか、ひとこと 「あたまいたい」 と、つぶやいた。 玄関口の桜並木が素敵で、うわあ、と、思い出した。 学もそこにしばらく通っていた。 入院していた時期もある。 年齢も同じで、体型も性格もどこか似ているこのふたり、 視界のすみにある彼の右手と、通いなれたその桜並木、 とっさに弟の横顔を見て、現実に戻ったけれども。 その病院でなければならなかったのは、わたしが通ったことのある病院で、近場ではないところがいい、という弟の希望を満たすのがそこしかなかったからだ。 弟を待つ間、ココアを買う。 待合室から自販機への道は、病棟への道。 その自販機でコーンスープを買って、差し入れで持って行ってあげていた。 外の世界から、渡り廊下を通じて、隔絶されてゆく世界。 一歩奥へと進むごとに、外の世界が遠くなってゆく。 偏見ではない。 少なくともこの病院においては、入院病棟はそういう場所である。 あぁ。いかん。 これは、だめだ、と思った。 診察や説明がすべて終わった後、飲み干したココアの空き缶は、弟に捨てに行ってもらった。 ふたたび自販機のところまで行くことができなかった。 意識して思い出すようにしている。 しかし、崩れそうなときは、しかたがないのでそこで止めておく。 かわいそうな学のこと。 「レンタルお姉さん」の発想に近いものがある、と思う。 贖罪として、わたしもこの「レンタルお姉さん」をやってみようか、などと考えるときがある。 でも本腰を入れないとできないことだと思う。 本業の片手間にボランティアでやる、とかいう世界ではない、と。 「本業」を得たわたしは、片手間でそういうことに関わることはできない。 それに、ルポ本の評価を読む限りでは、引きこもりを脱した青年たちのその後が描かれていないらしい。 たぶん「レンタルお姉さん」制度が新しいものなので、まだ方向性が固まってなくて発展途上にあるということなんだと思う。とにかく引っ張り出すことに主眼が置かれ、その後のことはまぁそれから考えよう、な世界なのかもしれない。でもそれでもいいと思う。外に出ないと、考えることも考えられない。 記事を目にして5分後にはアマゾンで注文したのだが、届くのは来週の半ばになるみたい。 遅いよ。 -
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