真紅のドレスとそれぞれの幸せについて - 2006年02月06日(月) 土曜、またもや元同期の披露宴に出席した。 元同期の結婚はこれで3回目なのだ。3回目。 参列者を楽しませようとする心遣いが随所に表れていて、あぁ、あの子はこんなに素敵な子だったんだなぁ、と、今まで知らなかった彼女の気配り上手な面に気付かされた。 結婚にいたるいきさつも少しだけ話に聞いて知っていたけれど、このふたりは、きっと本当に幸せな家庭を築いていくんだろうと思う。 笑顔が、とてもとても素敵だった。 彼女のお父様が最後の謝辞で堂々と「娘は、わたくしなどよりはるかにしっかりした、よくできた娘です」と言われたのも素敵だった。 カクテルドレスは真紅のワンショルダーで、ピンクやターコイズブルーも素敵だけれど、やっぱり、赤だよなぁと思ったのだ。うん。 「子供」について。 私は高校ぐらいの頃から一貫して子供を産まないつもりでいるのだけど、「それでは年を取ってから寂しいよ」と人は言うのだ。 うーん、まぁ、なんていうか、暴論なのだけれど、年を取って他に心を許せるような人がいなくなったら、そのときはそのとき、なのではないかと。 自分が子供を産まないことによって産んだ人との間に生まれるであろう差を考えるとき、もっとも大きいのは「子供に育ててもらう」というチャンスを失うことかなぁと思う。 自分が今ここに生きている、生かされているということは泡ぶくのようにはかなく奇跡的なことであって、なんていうか、カッコつけてるみたいだが、泡ぶくならいつ消えてもおかしくないし、消えて世界がどうなるわけでもなく、わたしは両親とふたりの弟との縁によって生かされていて、平和で楽しい毎日を過ごしていて、しかし、その縁を新たな生命に受け継いでいくということについては、正直なところ魅力を感じない。 なんだか考えてみるとおかしいな。 生かされていることのありがたさをこうして全身全霊で受け止めている日々なのに、それを受け継いでいくことには興味を示さない自分がいる。 今のわたしは「権利の上にあぐらをかく者」なのかな。 それとも単に「子供を育てる自信がない」だけ? 今がずっと続けばいいのに、と思う。 悩みは次から次へと生まれるが、同じぐらいの楽しみもまた生まれる。 希望が先に見え続けている生活。 彼氏は苦しみながらもとりあえずは前に進み、 私もまた、少しずつだけれど。 今がずっと続けばいいのに、と思う。 だから、子供はいらないのだと思う。多分。 -
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