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 2016年01月30日(土)   役割 

この週末は、J開幕前に消化せざるを得ない京博の刀剣展示を見るべく
実家に前泊しているので…今日は名古屋の徳川美術館に行ってきました。

徳川美術館は刀剣乱舞に3振りが実装されているトーハクに次ぐ勢力なのですが、
推しはおらず、ついででしか寄らない場所。昨年も後藤(実装前)しか見てません。
今回は物吉が展示されているとのことで足を運んだのでした。

徳川美術館では最初の展示室が武具の部屋。ガラスケースに並んでるのは4振りですが、
国宗(国宝)、吉見左文字、物吉貞宗、三条宗近と贅沢の極み。
コレクション記録である腰物帳は脇差・宗近の、本阿弥家の折紙は物吉のを
さらっと展示しており、1万振りのコレクションから刀剣乱舞に近いものを
選りすぐるなんて楽勝なんだよ!―と無言で訴えかけてくるラインナップでした。

いろんな博物館を見て回ると、尾張家の持っている元来のストック量は
桁が違うことを実感させられます。蓬左文庫のコーナーでも感じましたが、
初代藩主から現在まで(!)ずっと収集癖がある御三家の底力とでも呼ぶべきでしょうか。

今回の企画展は、膨大なコレクションの中から、通常の企画では出すのが難しい
珍品(例:大きすぎる掛け軸、江戸時代は真作だと信じられていた雪舟の贋作、
水戸家からもらった茶碗、火事で焼け焦げた鎧、近代になって当主が打たせたステンレス刀)を
あえて並べてみるという、言うなれば収蔵品を持て余した博物館の余興。

その中で、菩提寺にあった墓が近代になって改葬された際に発掘された
二代藩主の副葬品4振りのうち2振りが展示されていました。
一つは錆びて切っ先も欠けてしまった無銘の太刀。一応、発掘後に研いだそうですが、
大部分を二代藩主と共に朽ち果てさせた姿で、展示されているのが気の毒なくらいでした。

もう一振りは比較的状態が良く、これも発掘後に研いだとのことでしたが、
鈍い輝きを放っている脇差でした。もともとは奉納されたものらしく銘もくっきり。
刻まれていたのは相模国住人貞宗。フォルムも彫刻も、物吉によく似ていました。
物吉は無銘ですが、おそらく、尾張家の最重要宝刀である物吉に似た兄弟刀だから
一緒に葬られたのでしょう。同じ刀工に打たれても、その後の持ち主で運命は大きく変わるのです。

ミュージアムショップで鯰尾のポスターが半額になっていたり、
チケットホルダーが叩き売られているのに切なくなりつつも、
そんな鯰尾のはがきや物吉のしおり(豊国神社とのコラボと同じメーカーだとか)を
購入して帰りました。とうらぶブーム、少しずつ鎮まりつつありますからね。

ぐでたまコラボ@サンシャインサカエも行ってきました。カフェは20人以上が
列をなしていたため断念し、テイクアウトの名古屋めし企画に。
こちらは屋外なのもあってか混んでいなかったのですが、あれこれ頼もうと思っていた
私を待っていたのは、天むす6個で1200円、クレープ700円という価格表でした。

お手拭き、紙ナプキン、箸袋、果てはレシートにまでぐでたまが印刷され、
もらえる缶バッジも名古屋限定ですからコラボのコスト相当かかっているのは
分かるんですけど、それにしても高い…1200円ならカフェでご飯食べた方がマシ

名古屋市博物館の「名古屋めしのもと」という展示も気になったのですが、
なんか半端に時間余ったので名古屋城行ってきました。20年以上ぶり?!
本丸御殿は白木と金の襖がずらりで、ただただ圧倒されました。
大名家に伝わった刀剣男士は、この輝きが日常だったんですよね…唖然。

ちらっとお見かけした武将隊の前田利家さまや加藤清正さまもかっこよかったです。
最上階(7F)にあった募金箱にお札がたくさん入っていて驚いたんですが、
よく見たら韓国ウォンや人民元、その他各国のカラフルなお札でした。
資金としては役に立つか分かりませんが、世界から人が集まっている証拠にはなりそう。

お城で一番じっくり見たのは清正石と、石垣普請の割り当て図でした。
清正石が、実は黒田家の仕事だったのは看板でも説明されている通り。
でも清正の肥前名護屋城での姿(!)が流用されて銅像になっていたり、
徳川美術館でも清正が築城で使った台車の写真を改造したと称する木鉢があったり、
清正の人気は高いのだと改めて感じさせられました。ここは熊本との共通点ですね。

黒田クラスタの中には、改名すべきだと主張している人もいますけど、
これはもはや間違って伝わったことが歴史(あまり認めたくないですが
厚藤四郎が真作か怪しいけど、彼のたどってきた経緯が国宝となっているようなもの)だと
私は思います。長政さまは、平和な時代に戦功を誇ってどうすると言った方でもありますし。


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