Land of Riches
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子どものままでもいい、生きていたいと思えるのならば。 何も知らなくても。知れば知るほど、心は傷つき沈んでいく。 たとえば、他人の本音。
…傷つけたくないからと本音を飲み込んでいる自分が阿呆なだけなのかな。
----- >音階の練習は退屈である。それでもピアニストは大家になるほど練習を繰り返す。 >毎時間、毎日、毎週繰り返す。同様に、外科医も優秀であるほど >傷口の縫い目を正確に合わせるための練習を繰り返す。 >ピアニストは、何ヶ月も飽くことなく音階を練習する。 >技能はごくわずか向上するだけである。だが、このわずかな向上が、 >すでに内なる耳によって聞いている音楽を実現させる。 >外科医も、何ヶ月も飽くことなく傷口を縫い合わせる練習をする。 >指の技能はごくわずか向上するだけである。だがそのわずかな向上が、 >手術のスピードをあげ患者の命を救う。自己実現の能力とは積み重ねによるものである。 (ドラッカー『ポスト資本主義社会』第11章より)
3連休、なんだかんだで毎日試合を見ました。いずれも、戦う姿勢に疑問を覚えました。 それは言い過ぎか…戦う姿に、自分の感情を投影する余地を見つけられなかった、というか。
栃木SCというチームに今季から接するようになりまして、船山さんがRKUへ 進学した直後と同様に、いろんな未知の境遇とエンカウントしています。 最終日である今日は、ある種のクリティカルヒットを浴びせかけられました。 壁をぶち壊そうと意気込んでいたら、がこんと鈍器が足場を壊したかのごとく。
サッカーは得点の大小を競うスポーツです。選手がプレーする上で目指すのも、 観客が見たいと足を運ぶのも、極端に言ってしまえば、ゴールシーンです。 栃木SCは3試合を終えて、それがオウンゴールの一度しかありません。 お金を払って来ている人々は、感情を抱え込んだままの帰途を余儀なくされてます。 札幌戦後、ゴール裏サポーターは選手にブーイングを浴びせかけました。
自分は乱打戦よりも断然、ウノゼロの方が緊迫感を見ていても保てて好きですけど、 ウノゼロが美しいのは、0-1で負けるからでは当然なく、1-0で勝つから、です。
船山さんは点取り屋として栃木SCに声をかけられた…と一般には思われています。 栃木SCは今年、松田監督の要望に応え、ブラジル人FWの獲得に踏み切りました。 リカルド・ロボ。開幕前の練習試合でも、独力のみでゴールを決めている選手です。
開幕後、ロボが試合中に苛立ちを見せる姿を、何度も見ました。 足元にボールを欲しがるタイプなのですが、放り込まれるのは精度の低い浮き球。 栃木には、相手の激しい寄せを受けながらボールコントロールするのを 不得手としている選手が少なくないのです。クラブの歴史的経緯や財政体力からすれば スキルの平均レベルが高い選手をずらりと並べるのは難しいでしょう。 特に中盤では主導権を明け渡すことがほぼデフォルトで、ゲームの大半は 守備に時間を費やし(ゆえに、守備の軽い船山さんを出すのはリスクが高い)ます。
よって、マイボールで前へ運べるシーンは稀少なものとなり、それを迎えると 「大事にしなければ」という思いから、ミスキックあるいはゴール付近での横パスが どうしても発生してしまうのです。つまり、思い描く通りにボールを操ることが困難。
なかなかFWまでボールが来ない。 たまに来ても、とんでもなく乱雑なパス。
それでも、雑なパスこそがどうにか生み出せるチャンスの芽であるわけで、 そんなボールが、たとえ90分に1回しか来なかったとしても、 きっちりとゴールネットを揺らせるフィニッシュまで個人技量で 持ち込むしかないのが、今の栃木SCだと…私は見ました。 それ以外は、セットプレーしか得点の気配を感じません。 (セットプレーのファーストタッチは、相手プレッシャー薄いから)
練習試合で、船山さんは欲しいボールが来ない不満を、後ろの選手へ伝えていました。 今はまだ、船山さんのプレーを見たことがない栃木サポの方が多いから、 もしかしたら、フィニッシュまで持っていけるスーパーストライカーかも!と 幻想を抱き、名前を適当に出してみる人も少なくないのです。
実際は、栃木のウェアに着替えてから、練習試合でさえ1点も取ってないのに。 実体を伴わない幻想と、直視しがたい現実との乖離をどう埋めるか。 昨年、ホームで3勝しかできなかったという栃木SCの直面する切実な課題です。
「なすべきことを決めなければ、成果は上がらない。 言い換えると、目的がなければマネジメントはできない。 なすべきことが何であり、なしたことをいかに評価すべきかが 分からなければ、組織の構造を設計することもできない」 これも、ドラッカーの著作からの抜粋。
3連休の締めくくりが、関東2部との均衡した練習試合ならば、 神様は、私へ、もっと肩の力を抜いてサッカーを見ろ、と囁きかけているのです。
大丈夫です、と。
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