Land of Riches
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2004年03月15日(月) |
ため込んだ記憶が堰をきってあふれ出す |
☆U-23バーレーン戦阿部勇樹投入についてへのショートカット(笑)
FLETSの永田さんロングインタビューが諦めきれない今日この頃。 レイソリスタに近々FLETS導入マシンが入るらしいけど、全部見れるかな?
昨日、昼夜で2試合ハシゴしました。しかし、180分のうち、私が今そこで、 目の前で行われているゲームに集中していられたのは、どの程度だったでしょうか。 恥ずかしい話ですが、私にとってはこれが真実なので、そのまま書きたいと思います。 (先に断っておきますが、以降の話は95%が昔話、ただの想い出、個人的感傷なので 読むと不快になる方も少なくないと思います…自分のためだけに書いてますので。 物書きはある意味電波だというけど、ここまで電波な自分も嫌になります)
日立台サッカー場―筑波を見るのは昨夏の大臣杯以来、その萩谷だって、 大半の時間を西ヶ谷さんの観察に費やしてしまった私ですから、ピッチで アップするメンバーの顔と名前は全く一致しませんでした。筑波寄りの席へ 座る人は多くなく、そこに某筑波サイトの管理人さんがいらっしゃるのが すぐ分かったので、分からなくても“この試合の筑波大について知りたがっている 知り合いのリクエスト”には問題ないだろうと判断できたんですけど。
試合が始まって、筑波の布陣を全部打ち込む前に、“当該人物”は分かりました。 「アキッ、アキッ!」 今思うと、これがトリガーだった気がします―秋田政輝さん。彼がこの春から 筑波の最上級生になるという厳然たる事実が、こうやってタイプしている 今となっては時間の流れを感じさせるのですが、それはさておき、しょっぱなから 秋田さんは名前を呼ばれまくっていました。ダイアっぽい中盤で、右サイドへ 張り出した背番号9が彼。それを迎え撃つレイソルの左ボランチ、背番号17。
二人が並んでいる姿、アキと叫ぶ声―意識して見ようとしなくても、無意識に 二人の間へ漂う空気、たとえば俊太さんが(マークすべき相手として)秋田さんへ 向ける視線なんかにいちいち過剰に反応している自分がとても嫌でした。
なんで?―自問自答したのですが、これも良くなかったです。私は、私の理性が 考えている以上に、あの代の…永井俊太キャプテンの代の市船へ思い入れが あったようなのです。その前の代の市船は憎い憎い宿敵だったのに。
永井キャプテンの市船は、前代の余韻(6試合無失点優勝)もあって、人気があり、 飛騨の山奥で行われたインターハイにも市船ギャルが来るんじゃないかと 話題にしていた記憶があります。実際はそうでもなかったのですが…。 でも私は某さんが撮った、今と同一人物とは思えない黒のストレートショートで あどけなく微笑む聡太さんの写真などなどを持っていたりします。その写真を 私が欲しがる経緯というのが、またなんとも言えなくて―アジアユース前の 最悪の練習試合(ソニ仙戦)の後の練習で、「盛り上がっていこうぜ!」と 叫んでいた重低音に一発惚れしてしまったから。その勢いで、市船の試合も 見に行きますと“彼”へ宣言してしまったから。だから、私は夏の時点では 興味のなかった市船サッカー部を、意識的に注目するはめになったのです。
昔、バックラインから、アキ、アキ、と叫んでいた人がいたのです。
そんな過去が水面下から引きずり出された途端、目の前で行われている試合が 見えなくなってしまったのです。違うだろ、そんなことをしてる場合じゃない、と 心の中の冷たい部分はコーチングしてくるのですが、全くお構いなしに、 感傷は過去の幻影を私の脳裏へばら撒いてきたのです。ビックリしました。 記憶力の悪い私が、ここまで市船の青いユニフォームを着ていた頃の3人 (中澤・永井・秋田)を覚えているとは―選手権直前にあった鹿島との練習試合、 セレーゾがメンツを保つため、セットプレーの練習に市船を付き合わせて スコアを操作しようとしたこと、どんな舞台でも慌てたりしない冷静なCBが この日ばかりはお約束のようにプレゼントパスをかましていたこと、などなど。
試合前、ビジターのロッカールームにいる後輩が気になって仕方なくて、 半分だけ顔を出してそちらを眺めていて、平瀬さんに布先生へ挨拶に行ったかと 聞かれたら、まだ言ってないと答えていた姿、その時の浮かれていた顔までも。
やめろ、やめろ!―いい試合をしていたのは筑波の方だと思います。右サイドからの アタッキング。結果を出したのは“大人げない”セットプレーを繰り出してまで 点をもぎ取ったレイソルでしたが(だって、レイソルのサテメンバーには、 目に見える形のアピールとしてリザルトが一番重要だから)私がかろうじて 認識できたのは、拘束具(この用語が真っ先に浮かんだあたりも、もうダメ)で その身体と能力を錆び付かせているような宇野沢&貴章のツートップだけでした。 あとは幻惑の虜。貴章さんには頑張ってほしかったのに…開幕戦のメンバーを 見た瞬間、サブに彼がいなかったことで、木曜の紅白戦で試していた貴章さんを トップに入れてのパワープレーは使えないと見送られたんだ、という事実が 最も冷たく私へのしかかってきたから。そして、判断のスピードがすっかり 遅くなってしまった…判断自体さえも狂ってしまった宇野沢さんには、切なさを。
PORTERのトート、穴が開くほどボロボロになっても手放せないのは、金欠も 無論あるけど、このバッグは2002年の最終戦のために買ったという想い出から 私が離れられずにいるから。あの日の宇野沢さんは眩しいぐらい素敵だったから。
祐三さんが右の足首を傷めて去った後は、外へ行った彼を眺めていたりも したんですけど―彼は、U-19にとって、とてもとても重要な存在だと思うから。 この日も菅沼さんは殺気だってました。これが彼のデフォルトなのですが…だから 私の中で菅沼さんと宇野沢さんはどんどん重複していってて、当分菅沼さんには 話しかけられないだろうな、とぼんやり考えてもしまうのです。情けないですが。
壊れた私、過去に飲み込まれた私は、試合後のシュート練習(途中出場の メンバーには負荷が足りないから。菅沼さんの出場時間なんて…)を途中まで見て、 練習中の選手はピリピリしてないと、とぼんやり思いながら東川口へ向かいました。 (Nさんにうかがったところによると、今年の鹿島の紅白戦はめちゃめちゃ ピリピリしているそうです。味方同士でボールの奪い合いさえあるとか)
時間の経過、感情の収束によってどうにかなりそうだった私のトリガーを もう一度ひいたのは、3人いるトップ下の中でこの日は遼一さんが先発という “たまたま”発生した事態でした。あの三人、いつも一緒にいたじゃない。
偶然遭遇した寄せ書きにも「ファンタジスタ松井大輔 アテネに向けて舞え!」などと 恥ずかしげもなく書いてしまう今の私ですが、遼一さんが試合中、トップ下ながら あの頃から得意だったパス出しよりも、ヘディングでの競り合いだの (フォアチェックで培った)守備だのを見て、ジュビロでFWをやってきた 時間の長さを連想し、それが現状だと認識しながらも、過去と現在の違い、 ギャップ、像のズレへ浸っていたのです。手には、チケットホルダーから いつも持ち歩いている“彼”のカードを取り出して、握り締めたりしつつ。
Jヴィレッジで、羽田さんを待っていたら、遼一さんと一緒に違う階へ 行ってしまって空振りしたこととか、本当にくだらない…くだらなさすぎて 笑い話にならないような“風景”ばかりが蘇って、泣きたくなりました。 実際、私は埼玉高速鉄道の東川口駅で、“彼ら”の試合へ行く人がこんなにも たくさんいるなんて…と既に感極まって泣いていたりもしたのですけれど、 これがUAEで昌邦さんが流したのと同じぐらい無意味なものとも自覚はしてます。 総入場者数55,442人。
啓太さんのパスを見て、同じ感情をもう何度も何度も何度も抱いているのに、 なおも再認識を迫られるのは、普段はJクラブで活躍している“彼ら”の 長所短所を…持ち味をきちんと認識してフォーメーションを組んでもらえない (これもまた分かりきったことではありますが)現実を改めて突きつけられたのかと 感じました。山本ジャパンになってから、毎試合毎試合同じことを感じる、 変化以上に濃厚に漂う閉塞感(試合内容でなく、彼らを見て感じる感情)が 私の首を真綿のように絞めていきました。決定打は、闘莉王の負傷退場。
阿部勇樹さんか近藤さんか―最終的に、近藤さんはレバノン戦も出れないのではと 思いました。ベンチにDFを一人も残さないなんてバクチをするだろうか? 「徳永を後ろへ下げろ!」―今野さんを下げることしか連想しなかった私は、 香港を思い出していた私は、この代表を見る資格などないのかもしれません。
リベロに#3が入ってすぐ、CB3人が同じように動く…ラインを上げる動作をして、 ラインコントロールの概念が発生したのを嬉しく感じました。理屈抜きで。 これまで、中央のカバーで後ろへ回る意識が強かった両端を、腕を振り 高めの位置へあげる阿部さん。落ち着きを取り戻すと同時に、前へ進む 推進力に欠けてしまった、多分これを見ている方が心がないでいたのは 私が彼らを長く見すぎている証拠…とさえ感じてしまう状態となりました。
啓太&今野のボランチは同系統でバランスが悪いと言われていましたが、 啓太さんのキャプテンシーはこのチームに欠落した要素だから必要だ(私は 11分の1としての啓太さんの良さを説明する言葉をいまだもちません…贔屓は しているのに)というのと、あと、バックラインに1人事実上足りないから、 その穴埋めが必要なのだと私は返してました。しかし、バックが落ち着いた今、 ボランチの展開力のなさ(あとはサイドの選手の属性バランス?)が停滞を生み、 選手を並べ替えてどうにかしてほしいと考えるものの、どういう風に組み合わせたら 彼らがうまく作動するのか、ベンチのメンバーからは想像できなかったのです。
スーパーサブ、昔、田中達也さんがそう呼ばれていた記憶はある、けれど…。
Rさんが買ったプログラムのメンバー一覧を見て、頭を抱えたくなりました。 なんだ、この絶望的な手詰まり感は。UAEでコンディションがガタガタになったのはある、 だけど、いつの間に、こうまで選手の名前だけ見てふさぎこむような代表になったのかと。
石川さんが左に入ったのは、前へ進むエンジンを左翼につけるため。 松井さんが入ったのは、運動量がウリの守備的MFを削ってでも、トップ下2枚を 掛け合わせての相乗効果を期待したから―松井さんの動きは全く精彩がなく、 彼の身体がどれだけ疲弊しているかの証明でしかなかったと思いますけど。
阿部さんのFKに期待を寄せちゃいけないんですか?“壁”に当たったシーンは、 反対側だったから、誰に当たったとか全く認識できずにいたのですが。
昔に逆戻りしたと言われれば、それは甘んじて認めます。そして、そんな代表の方が 感情移入の対象にしやすいことも。自分でも分かっているのですよ、これでも。
思い出している過去は、自分が思ってるほど綺麗なものじゃない。 なぜ谷間と呼ばれたか? それは確たる結果を出せずにきたから。
現状、現在に対する悲観的、絶望的な諦観、落胆と、美しいものだけ取り出す、 あるいは美しいものに作り変えてしまうことができる過去。想い出の揺り返しが プレーの合間合間、感情の隙間へ入り込んできて、どんどん大きくなり、 私を壊していったのです。周りは怒っていたのに。そんな憤りも遠いもので。
U-16アジア予選で敗れ、ワールドユースでも不甲斐ない結果に終わり―彼らは そんな感傷のためにサッカーをやってるんじゃない、分かっているんですけど。
……何かのチームを感情を込めて見るのは、辛い作業なのでしょうか? 代表に限らず、クラブでもいいんですけど。それができずにサッカーを見れるなら その方が幸せなのでしょうか? 日立台でも思ったのです。中井さんや 矢野哲也さんは、ちょっといいプレーをしても歓声が上がる、ああ分かりやすいって。 逆に、近くに座っていた筑波ファンの人は、筑波の選手のシュートに声を上げ、 レイソルの某選手の大人気ない報復に野次を飛ばす(これ以降、当該選手が 一気におとなしくなってしまったあたりがいかにも日立台だと思いましたが)、 私はそのどっちも肯定できなかった…例によって例のごとく、どっちつかずだった、 そんな自分がちょっぴり嫌だった、私は何をどう見ればいいんだろう? 私の、NNCBだけを見ている見方というのも、実のところどうなんだろう?
帰ってきて、ネットへ氾濫する罵詈雑言だの敗因分析だのをぼんやりと眺め、 自分と“意見”が合う人がいないとぼやきながら、本当は泣きたい気分でした。 当たり前でしょうが―私は“試合”を見ていたわけじゃないのだから。
この試合は、アテネへ行けるかを賭けた大事な大事な試合なのに、とうの昔に 熱く思い入れして応援する対象としても、少し突き放して観戦する対象としても 彼らを定義することをやめてしまった私には、残っているのは過去の感傷だけなのです。
そうでもしないと、彼らを見られないのです。どうでもいい、関係ない、 そう言いたいのかもしれない、本音の本音では、でも本当の本当の本当は、 誰でもいいからあのチェコ戦の日の日差しを、穏やかな空と穏やかな試合を、 あの日抱いた切ない想いを…この借りは、世界での借りは、世界で返すと、 次の世界大会では結果を出すと、悔しさとは全く違う酸っぱい誓いを 達成してほしいと願い続けているのです。だから、だから…私はあの後、 次のユース代表へハマっていったのです。それは事実でしょう。公言できなくとも。
…ナガタミツルは、私にとって、そういう人でした。だから、私はイタイくらい 永田充という選手の認識に努力しなければなりませんでした。ひどい話ですが。 今となっては、彼もまた、彼の世界大会での不完全燃焼を抱えるのですけれど。 そして、私はまた次のユース代表を見始めたのです。もう少し穏やかになって。
くるくる回る輪の上を、バランス悪く歩き続けているのです。他の生き方を 知らないから―いつまでこんな生活を続けていられるのだろう、と見えない 未来に全ての力を奪われそうにもなりながら。フランスの予選の頃、自分自身を 完全に見失って、自分のために生きること、自分を磨くことをやめてしまったから。 History repeats itself.
何のためにサッカー見るんだろう?―サッカー見るのに理由はいらない?
-------------------------------------- スポナビのコメントを見て、明日はもう次の試合があることを今更思い知り 愕然としました。全身痛いのに…考えたら来週のU-19日韓戦まで試合ばかりです。 U-19のために第2節レイソルまで見る羽目になりそうで(遠い目)土曜は やはりオフにします。このままじゃ死んじゃいます。最近、長い文を書くと 燃え尽きたようにぽかーんとなってしまうことが多くて、命削って書いてるな、と (それで書いたのが上のようなものだから泣けるのですが)痛感します。 心身のバイタリティの回復スピードもMAXも小さすぎますね。ったく。
昨日唯一嬉しかった…というかドキドキしたのは、日立台へ自転車で入ったら 自転車で降りてきた4人組のうち、自分の一番近くにいた子が思いっきり知った顔 (Yくんです…私服の)だったことですか。ピッチの中ではあどけなさしか 感じないのですが、相応の服着て、相応の顔して、相応の乗り方(笑)してたら 本当、ただの高校生だなって、これも今更ですが。ちなみに誰だかわからないのですが、 絶対U-18だなって一団とすれ違ったのは1週前の日曜に続き2回目。レイソルも 嫌なタイムスケジュール組んでくれますよ。私は午前のトップ練見ないので。
書く方だけでなく読むのもできなくなってて、仕事情報の時給の数字も 読めなくなっているようです。最近、ブラウザの文字サイズを、デフォルトは 小なのですが、中に変える機会も多く、老化している自分が嫌になりまくりです。
ちなみに、互い違いに並んだアイコンがふきだしつきで、その中に発言が 並んでいる形式のBBSは最高に不得手のようです。全く読む気が起きない…。 もう二度と参戦しないようにしようと思いました。やる気ナッシング、アゲイン。
-------------------------------------- …だからこれ(↑)は試合の感想じゃないんですってば、ただの電波な感傷(笑) センターバックが好きだから…あのFKに至るまでのみならず、ずっと脳内で 私と“心の連れ”が叫んでいた名前は「那須!ナス!なす!」でしたもの。 U-23のもともとのバックラインは、那須さんの我慢と今野さんの自己犠牲で 成り立っているんです。バランス―は結局U-23に一番縁のない言葉となりました。
というか、明日のReysol o'leのゲスト誰? すごい嫌な予感がするんですけど。 なにせ既出ネタですが、うちのラジオタイマー録音できないんで…いや、電話なら 無視して国立でもいいんですが、生なら…チケット捨てちゃうかも。人によっては。
…私にとってU-23は所詮そんなものなのか?
>ただ、欲しいのは Because ではなくて… Why も 'Cause も感じさせない >サッカーなのです。それを示す舞台は、アテネオリンピックでもあるでしょうし、 >そこに至るまでいくつもある、所属チームでのゲーム一つ一つでもあるでしょう。
どん底まで堕ちていけ…とソラミナの交換日記を読み直したら、こんなことを 自分が書いてました。ため息出ますね。今のU-23なんて前日に予想スタメンを 耳にした段階でwhyを感じますから。勝った試合に理屈はいらないけど、 負けた試合には自分を納得させるための理由がいる、そんなのいつものことですが。
最後の一言。今更ですが、肉じゃがを一人で作れない私は宮原さん以下ですよ…。
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