橋本裕の日記
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2007年05月18日(金) 文学の魔力

 最近、また小説を書きたいという思いが強くなっている。書きたいテーマもいろいろとある。そこで、「作家」や「象」という同人誌で一緒だった小説好きの友人に、「新しい同人誌をはじめよう」と誘いをかけている。自前の同人誌を舞台に、思い切り文筆の筆を揮ってみたい。

 しかし、考えてみれば、これは危険なことである。小説を書き始めると、どんどん深入りして行きそうだからだ。筆が走り、興が乗ると、途中でやめることができない。おそらく学校を休むことも多くなるだろう。休まないまでも、勤務中も小説のことが頭から離れなくなり、生徒や職場のことがおろそかになる。

 さらに「小説を書きたい」という気持ちが高ぶると、「教員を辞めて,これに専心したい」という思いが切実になる。妻は「定年まで勤めてください」と、反対するに違いない。そうすると、夫婦間がぎくしゃくし始める。ここで私が小説を書き出したら、おそらく家庭崩壊が現実のものになるのではないか。

 こういう恐れがあるので、新しい同人誌を始めることにもどこか腰が引けている。友人には去年から「ぜひやりましょう」と声をかけてはいるが、掛け声ばかりで、先に進んでいない。同人誌を出すにはそれなりに資金も必要だ。妻に「お小遣いの大幅値上げ」を持ちかけているが、容易に実現しそうにない。これはやはり神様が、あとしばらく辛抱せよとのメッセージを発しているのだろうか。

 定年まで4年を切った。小説は退職してから書き始めるのが無難である。それこそ毎日が日曜日で、好きなだけ、誰はばかることなく文筆に打ち込むことができる。この30年間、この日が来るのをどのくらい待ちわびたことだろう。それがようやく手の届きそうなところに見えてきた。あとしばらくの辛抱である。

 そういうわけで、最近はあまり小説を読まないようにしている。これ以上創作意欲を刺激されてはたまらないからだ。君子危うきに近寄らず、という作戦である。しかし、ときおり衝動がこみ上げてきて、この忍耐が壊れそうになるときがある。

 まあ、壊れたときはそのときだ。忍耐ばかりが人生ではあるまい。もう30年近くも忍耐してきた。それに、人の命は明日をも知れない、はかないものなのだから。

(今日の一首)

 妖しくも燃ゆるものありひそやかに
 これをつつしみ善き人となる


橋本裕 |MAILHomePage

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