橋本裕の日記
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ローマ人の偉大さは、すすんでギリシャ文化に学んだところだろう。その学びがいかに徹底していたかは、ジュピターを始め、神々までもギリシャの神々を模倣したことでも分かる。ローマはついに公的な教育機関をもたず、ローマの貴族は子弟をギリシャに留学させるか、ギリシャ人の家庭教師をやとった。ローマの貴族はギリシャ語を公用語として用いた。たとえばシーザーがクレオパトラと愛を語り合ったのもギリシャ語である。
中近東やアジアの国々は、自らギリシャに学んだと言うよりも、アレキサンダーの東征の結果、ギリシャ文化とのかかわりを持ったというべきだろう。たとえばアレキサンドリアではユダヤ人学者の手で旧約聖書がギリシャ語に翻訳され、これがやがて新約聖書への思想的飛躍を生むことになる。世界宗教としてのキリスト教の成立の背後に、ユダヤ教のヘレニズム化ということがあった。ちなみにヘレニズムとは「ギリシャ語を正しく使うこと」という意味だそうである。
私たち日本人にとって興味深いのは、ガンダーラにおける仏教文化の成立だろう。インドで生まれた仏教は、この地でギリシャ文化と出会うことで、大きく変貌した。本来偶像をもたない仏教徒が仏像を創り、これを礼拝するようになった。また、さまざまな大乗経典が書かれたが、これもギリシャ文化との対話・融合の果実だといえる。
こうして生まれた仏教文化は、中国を経て、日本へもたらされた。こうした経緯があるので、日本に伝えられた仏像の由来を尋ねると、その多くはギリシャの神々にたどり着くことになる。NHKスペシャル「文明への道�▲悒譽縫坤爐畔�教」(NHK出版)から引用しよう。
<この時代、もっとも重要な出来事は、はじめて仏陀が人の姿で表されたこと、すなわち仏像が誕生したことである。仏陀、菩薩像をはじめ、クシャンの神々もこぞって片足に重心を書けたギリシャの立ち方(コントラポスト)を採用している。
クシャン王朝下に大輪の花を咲かせた仏教文化はおびただしい数の作品を残したが、ここにもギリシャの神々が姿を見せている。これらの神々は仏教文化の流れに乗り、東方の彼方へと向かった。
・・・毘沙門天は財宝神にして、冥界と神々の世界を往来するヘルメス神から翼の付いた帽子ペタソスと杖を引き継ぎ、巾着を受け取ったファッローはそれを大袋に持ち替えて大黒天になり、ともに日本までやってきた。死者の霊魂を冥界に運ぶエロスは、ストゥパーや舎利容器に描かれた。
ヘラクレスの結びは菩薩の腰ひも、・・・ギリシャの至高神ゼウスが手に持つ雷霆(らいてい)はインドの神々の王インドラが手にする金剛杵となり、。さらに仏陀の神通力を表すものとなって、執金剛が創出された。そのなかには、ヘラクレスの姿に表されるものが少なくない。彼は東への道すがら独立尊の執金剛神となり、さらに金剛力士や仁王などへ分身して仏教世界へ散って行った。ギリシャの神々はヘレニズムの地空間・時空間を遙かに越え、アレキサンドロス大王がなし得なかった東西両文化の融合の想いを成し遂げたといえる>
ギリシャの美神アフロディテの胸を飾っていたX字型胸飾帯は、ガンダーラーを経て、観音菩薩へと受け継がれていく。大黒天や金剛力士や数々の仏・菩薩たちが、遠くギリシャの地からやってきた神々の末裔だと想うと、その旅のはるかなこと、その歴史の壮大で美しいことに感慨を禁じ得ない。
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