橋本裕の日記
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自らを育てるという意味の「育自」という言葉を知った。私が毎日欠かさず愛読している、「普通の看護婦かおるの日記」のなかにその言葉があるので、少し長くなるが引用しよう。
<だいたいナースって言うのは学生で実習やっている頃から反省、反省って言葉を耳にタコが出来るほど押しつけられている。反省会と名のつくものを毎日毎日。反省は良いのだけど、良かったことを認め合う会ってのはない。その結果良くないことだけを探してうなだれて帰るって習慣がついてしまう傾向にあると思う。
だけど、子育てと同じで、実は人間、反省のし過ぎや強要は、ただの強迫観念を作るだけで新たな失敗を生みやすい。一方で、誉められたら気持ちよく伸びて行く。だから、私は、この人の自分を育てて行こうと言う姿勢に感動してしまったのだった。自分を育てて行くことって生きることの基本のような気がして。また、そんな人が人を育てることが出来るような気がして>
自分を育てることが教育の基本だというのはほんとうだろう。自分の個性を見出し、これを豊かに育て上げ、魅力的な人間になること、それがほんとうの教育である。そしてこうした自己教育に成功した人間だけが、親や教師として、他人の教育を助けることができる。
そしてそのために必要なのは、長所を見出すこと。反省も必要だが、それに数倍する誉め言葉を他人や自分自身に対して与え続けること。そうして、「自分を育てて行こうと言う姿勢」を大切に持ち続けることだろう。
自分を不幸だと思っている人たちに共通している点は、他人のアラ探しをする傾向があるということだという。そうして他人を否定する人は、心の深いところで実は自分自身を否定している。反対に、他者を受け容れ、他者に肯定的な人は、自分をも受け容れることができる。また、自分を受け容れている人は、他人にも温かい。決してあら探しなどしないものだ。
だから幸福になりたいと思ったら、人を賞賛し、自分を賞賛することだろう。こうした肯定的な感情のなかで、個性は伸び伸びと育つ。自己反省教育ではなく、自己賞賛教育こそが、育自教育の要諦であると言えそうだ。
<今日の一句> 冬さうび ただひとつ咲く 風のなか 裕
「そうび」は薔薇の古語で、「冬さうび」は冬薔薇とかく。また寒薔薇(かんそうび)とも言う。温室の中の薔薇ではない。身を切るような寒気の中で、木枯らしに吹かれ、時雨や吹雪にさえ負けずに花をつけている自生の薔薇のことである。葉や幹は変色し、枯葉色になっているが、なお真っ赤な花を咲かせて、冬にやさしい彩りを与えてくれる。その姿は人を感激させ、古来から多くの詩や俳句に詠まれている。水原秋櫻子さんは「斜めに差す冬の日差しの中に、浮き立つように咲いた紅薔薇はこの世のものならぬ美しさである」と書いている。
冬薔薇は色濃く影の淡きかも 水原秋櫻子 月光のおし寄せている冬の薔薇 広瀬直人 冬さうび蕾のままに終わりけり 村上猶子 冬ばらは赤いがいいねと病みにけり 薄多桂子 一輪は聖火さながら冬の薔薇 藤田草心
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